第12話

帯広にある元大学教授の丸山の自宅を訪ねた白岩は、招かれてリビングのソファに座って丸山夫人が出してくれたハーブ茶を飲みながら歓談していた。

丸山は、急に顔を曇らせ、ぽつぽつと語り始めた。

「あるアイヌの人から聞いたのだが、アイヌの人たちのなかには、アイヌの人たちとまったく接触しないでアイヌの血をつないでいる種族がいるというのだ」

「それは初耳ですね」

「あり得ないことだろ。明治時代に旧土人法が出来て、政府は北海道のアイヌをくまなく調べつくしたはずだったし、戦後もアイヌの人権を守る団体などが徹底調査しているはずなのだが」

「私もそう思いますね。あり得ないというのが普通の考え方だろうと思うのですが、1%でも可能性がないといも言えないのではないでしょうか」

「調べてみたいという欲求は沸かないか」

丸山の目が輝きを増した。

「調べてどうします」

「学問的には非常に興味がある」

「今や純粋なアイヌの人たちの数は減ってきていますから、社会に与える影響もありえます」

「問題はなぜそういう人たちがいたとして、なぜ隠れて生きているのかということだよ」

「ちょっと待ってください。隠れているというのは人里はなれたところに潜伏しているという意味ですか」

「それはないだろう。原生林の中で太古の暮らしを続けているというのも例えば、一家族だけというならありえるかも知れないが、集落として存在していれば必ず発見される」

「では先生はどういう可能性があると考えているのですか」

丸山は来たーという顔をした。

「隠れキリシタンだよ」

「仏教徒のふりをしながら、仏壇の裏にマリア像をおいてお祈りしていたという風習ですよね」

「宗教的な団結が根本で、上からの厳しい取締りをかわすために最初は仕方なくそうしていたのが、信教の自由が許された世の中になっても、その習慣が続けられていて、それはけっしてその集団以外には口外されないというかたちが現在まで続いているんだよ」

白岩は困惑していた。話としてはミステリアスで面白いが、荒唐無稽でありすぎるような気がする。

「隠れキリシタンは厳しい弾圧から生まれたので、アイヌの人たちは搾取され、差別はされていましたが、政治的宗教的な弾圧はなかったと思うのですが」

「その考えは甘いね。旧土人法の前からアイヌは民族的な風習を一切禁止されている」

「刺青とかですよね。それは日本政府によるアイヌ人の日本人化を定着させるためだったんですよね」

「それは日本の権力機構が少数民族を屈服させ、彼らの土地である蝦夷地を開拓し、日本の領土にするためにアイヌの人たちの心を支配するために、独自の文化を薄めようとしたといえるんじゃないのかな」

「それは分かります。ただ、日本政府への抵抗はいくつかありましたけれど、多くのアイヌ人は日本人化することに大きな抵抗はなかったように思っていますが」

丸山は呆れたような顔をした。

「君はアイヌのことを一から勉強したほうがいいね」

白岩は憤った。

議員になりたいと思ったのはアイヌの人たちの文化を守り、人権を守る活動をしたいがためだった。

だから、それなりに勉強をしてきたつもりだった。

アイヌの人たちとも多く会って、友人になった人も多くいる。

彼らから期待される地方議員という自負もある。

だのに丸山からは素人扱いされた。席を立って帰りたい衝動にかられていた。「怒ったかい。言い過ぎた。だが、はっきり言って君の理解はまだ浅い。私は君に期待しているんだ。だからしっかりアイヌの人のことを知って欲しいんだよ」

丸山も元教員らしい物言いに感じることはあった。胸にあったもやもやが晴れていく思いがした。

「分かりました。詳しく教えてください」

丸山の話は長くなりそうだった。




#14に続く。




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