第10話

北海道旭川市は、4月の新年度が始まり、地元出身の県議会議員たちは、今年度の道北部の予算配分をめぐって、その利権をめぐる動きが始まっていた。

旭川市出身の道議会議員白岩一誠は、住んでいるマンションを出たところで空を見上げていた。

北海道の4月は、最低気温がまだ0℃になる日もあり、朝はコートが必要な季節でもあった。

日中は25℃になる日もあるので服装の調整が難しい季節でもあった。

見上げる空はどこまでも青く、冬の重苦しさが嘘のようにすがすがしかった。

32歳で初当選した白岩だったが、二年間議員をやってきて、地方議員の仕事の難しさを実感し、大きな壁にぶつかっている時期でもあった。

その日は、新年度の初議会であった。

政党に所属していない無所属なので政党に所属している議員よりは様々な制約は受けずに活動できるものの、実際は議員ひとりでは何も出来ないことが多いことはこの2年間で身にしみていたのである。

だから、今年度からは保守系の会派に所属して活動をすることになった。

北海道という土地は、保守系とリベラル系という色分けはあるものの、いわゆる革新系の政治家は少ない。

リベラル系は、労組出身者が多く、それは中央の政界とも深く繋がっているので、考え方はリベラルに近いのだが、労組の影響を受けるのは嫌なので、あえて保守系の会派に所属したのだった。

白岩が今取り組んでいるのは、アイヌの人たちの権利を守る活動と、地域復興に関わる地元の青年会と共同して、IT企業の誘致などを進める活動をしていた。

アイヌの問題に興味を持ったのは、高校生のころだった。

旭川地域にはアイヌの流れを汲む人が多く暮らしている。

白岩がいた高校では、アイヌの人たちを呼んで、アイヌに伝わる昔話を聞く会を定期的に開いていて、それがアイヌの人たちに対する興味を持つきっかけになった。

だが、その一方で、白岩の父親などはアイヌの人たちに対する差別意識が濃厚で、そういう人も多いということが分かり、不当な扱いを受けてるアイヌの人も多いし、誤解をする人も多いことが分かった。

例えばアイヌの人たちに対する政府や北海道県庁からの支援や保護が厚すぎて、税金を使いすぎているという主張が広がっていて、道民のなかにはアイヌに対する支援はもう打ち切っても良いのではないか。

アイヌよりもっと多くの市民に対する福祉などに回せという主張が世論のなかで広がっていることだった。

白岩の父親は「アイヌの土地を本州の人間が奪ったのはもう200年も前のことだ。あいつらが優秀ならそんな逆境にも立ち向かって立派な生活が出来ているはずだ。それがいつまでも貧乏なのはあいつらの能力がないからだ」という主張を何度も聞かされた。

子供のころは父親の言うことを素直に受け取っていたのだが、大きくなってアイヌのことを勉強していくと、いかに日本の政府が理不尽にアイヌの人たちを扱っていたのかということも分かり、アイヌの人たちにすべての責任を押し付けるのはよくないことだということが分かってきた。

だが、アイヌの人たちの権利を守る活動を主にするために選挙に出ても相手にされないことは分かっていたので、立候補のスローガンはあくまでも「地域振興」という当たり前のことを打ち出した。

白岩はまだ32歳という若さと、地域振興に既存の考え方では駄目で、新しい産業の誘致を打ち出していかなければならないことを主張して、上位で当選することが出来た。地元には青年会を主体とした後援会も出来て、議員としての地盤が出来つつあった。

だが、選挙では隠していたアイヌ人の権利保護という活動は着実に進めていった。


アイヌの人たちは、普通の市民として街中で普通の暮らしをしている。

長い年月で混血されて、純粋なアイヌ人は少なくなって、誰がアイヌかということは分からなくなっているというのも現実ではあったのだが、民族の尊厳を守りたいという人たちもいて、そういう人たちのなかには、日本人との結婚を認めず、アイヌ人の純血を守っている人も数は少ないものの存在し、アイヌの伝統を未来永劫に伝承させようという運動をしている人もいる。

白岩はそういう人たちの力になれればという思いで交流を続けていたのである。





#12に続く。





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