第9話

東京にいる秋田犬の吉田友昭の家に出向いた江畑と野瀬は、吉田から事件について何かヒントが得られるのではないかと食い下がっていた。

「どんなことでもかまいません。奥村さんについてのことを聞かせてください」

江畑の目は輝きを放っていた。

その目つきに吉田はすこし腰が引けたが、殺された奥村の無念を思うと、この際刑事たちに出来るだけ協力しなければと考えた。

「一番奥村さんが怒っていたのは、北海道犬の連中ですね」

「昔のアイヌ犬のことですね」

「希少な種類なので、北海道にブリーダーが多いのですが、数が少ないので狭い世界なんですよ。しかも、ブリーダーの人の多くはアイヌの人ではなく、日本人なんです」

「アイヌも日本人ですよね」

「学説的には日本人とアイヌ人は違う民族だという説もあります。それはもともとの話ですけどね。明治以来開拓のスピードが増して、日本人との混血が進み、純粋なアイヌ人が少なくなっているというのが現状だそうです」

「それは知りませんでした」

「まだまだ差別的なことも多いと聞きました」

「日本人のブリーダーが多いということでしたが」

「そうそう、日本人のブリーダーのなかでも派閥のようなものがありまして、仲が悪いんです。それが、狭い世界ですから、親類同士でいさかいがあったりするんです」

「親類でブリーダー同志ということですか」

「そうですね、代々ブリーダーという人が多いんです」

「そのいさかいに奥村さんも巻き込まれたということですか」

「北海道犬の展示会も北海道でやることが多いのですが、本州にも北海道犬のブリーダーというのはいまして、そういう人と北海道の人たちとのいざこざもあったりしましてね。後は柴犬は逆にブリーダーの数が多くてこちらも覇権争いのようなこともありますよ」

江畑は長年の刑事の勘があって、いつも事件のとっかかりをその勘のアンテナが嗅ぎ分けることがあった。

今回は「アイヌ犬」という言葉にどこか引っかかるような感じがした。

「そのなかでこれはというものはありませんかね」

「奥村さんとは一月に一回くらい飲みに行くことがありますが、いつも行くのが女の子のいる店なので協会についてそれほど突っ込んだ話はしないんです。最近では、どうかなあ」吉田は頭を上げて思い出しているような顔つきになった。必死になっているようだった。

「そうですねえ、柴犬の団体の幹部で奥村さんを目の敵にしている人がいると聞きましたけど」

「それは誰ですか」

「静岡の繁殖家です。齢は80歳を超えているのですが、元気な人でね。繁殖家のなかでも人望の厚い方なのですが、奥村さんとはなぜか肌が合わないらしくて」

「アイヌ犬の件ではどうですか」

「よくある展示会の審査結果とか、どこで開催するとか、展示会絡みの話が多かったように記憶しています。そこのところは会長さんのほうが詳しいと思います」

「だいたいそれくらいでしょうか」

「まだ思い出すこともあろうかと思いますから思い出したらお電話させてもらいますよ」「そうしていただけると幸いです」

江畑と野瀬は吉田の家を後にした。

「柴犬のブリーダーに興味がありますね」

「そうだな、敵だったからこその情報があるかも知れない」

「静岡に行きますか」

「そうだな。本部に戻って管理官に承諾を得よう」

ふたりは捜査本部のある北千束署に向かった。





#11に続く。




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