第8話
北千束署で開かれた捜査会議で、地取り班、画像解析班、関係者班、鑑識班などからの報告と、捜査方向の確認などが行われ、午前11時には会議は終了して、刑事たちは署から散っていった。
江畑と野瀬は、東京の江戸川区にある秋田犬のブリーダーに電話をして、所在を確認してから電車で現地に向かっていた。
都営線の駅から歩いて10分くらいすると、江戸川の土手が見える住宅街のなかに、周辺の住宅の敷地の数倍はあろうかという広大な敷地にあるブリーダーの家についた。
表には秋田犬のあの字もない。
大きな木で出来た門があり、昔はこの地の大地主であったろうということを想像される家構えであった。
門のなかに入ると母屋の奥に続く庭には木製囲いがあり、そこにはログハウスのような犬舎があり、白くて大きな犬がこちらを見ていた。
目と目が合うと「うぉー、ワンワン」と吼えられた。
低くて響くような声だ。
だが、白い被毛は太陽の光を反映して輝いていた。
ピンとした三角形の耳が形よい。
目が丸くて、真っ黒だった。
長野のブリーダーの家でも秋田犬はみたが、みんな同じ顔に見える。
同じ犬種だから当たり前だが、不思議なような気がした。
引き戸の玄関ががらがらと開いた。
中から出てきたのは長野のブリーダーと同じくらいの体格の大男で、齢は50歳くらいのいかつい顔だった。
「吉田さんですか」
「警察の方ですね、どうぞお入りください」
玄関に入ると完全な和風建築だった。
木の香りが充満している日本建築の典型のような家であった。
応接間のようなところに案内されて座ると、奥からお茶を運んできた妻らしき女性が現れた。長野のときと同じような風景だった。
典型的な日本人の家庭がここにはあると思った。
「保守的」という言葉が江畑の脳裏に浮かんでいた。
江畑の家もそうだが、最近の日本の家庭は、共働きの家が多いし、妻が夫の客にしずしずとお茶を運ぶような景色はだんだん減ってきているのではないかと、捜査で今までいろいろな家に出入りした経験から想像したのである。
「奥村さんですよね。まだ御通夜の連絡も来ていないのですよ」
「はい、まだご遺体は警察に保管させていただいております」
「長いですね」
「遺体は捜査情報の基本ですから、ご遺族には申し訳ないのですが、どうしてもある程度の時間はかかります」
「私はそんな目には会いたくないです」
「誰でもそう思われると思います」
「で、どうなんですか。犯人の目安はあるのですか」
「いえ、まだまだです。ですから吉田さんのご意見もお伺いしたいと思いまして来たのですが」
「電話をいただいてから考えたのですが、彼は様々なトラブルを抱えていたことは確かです。日本犬の全体を統括していますから、それぞれの犬種の内部の争いみたいなものも持ち込まれるのですよ」
「内部の争いと申しますと何ですか」
「ブリーダー、つまり繁殖家というのは日本犬に限らず自分の犬が日本一という自負を持っていますからね。
展示会ではランクをつけるのですが、それが彼らの生きるすべてになっていまして、ランクが下がったりすると、怒りの矛先が審査員や、審査員を指名する保存協会に向くんですよ」
吉田からは興味深い話が聞けそうだと江畑は身構えていた。
#10に続く。
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