第7話

警視庁の刑事江畑と野瀬は、伝統日本犬保存協会副会長の奥村の殺人事件の捜査で長野県に来ていた。

奥村とトラブルがあったという秋田犬のブリーダーの大山という男に話を聞いていた。

大山の話では、奥村はかなり独善的な人物で、犬の展示会などでのトラブルは数多くあったとのことだった。

だが、大山は、うっぷんを晴らすために文句を言いにいっただけだと主張し、江畑の勘ではそれは事実であるだろうと結論して、大山が事件に関わった可能性は低いと判断した。

アリバイも、事件当日は長野にいて、夜遅くまで近くの家で飲み会をしていたということも分かり、アリバイの裏づけは取るものの、事件についての大山への追求はやめていた。

「捜査のために教えていただきたいのですが、日本犬と一口に言いますが、どんな種類があるのですか」

「現在保存協会に登録されているのは、6種類ありまして、柴犬、紀州犬、四国犬、北海道犬、甲斐犬、秋田犬です」

「それぞれに協会がありますか。」

「そうです、そのそれぞれの協会を束ねているのが伝統日本犬保存協会ですね」

「秋田犬などは日本だけではなくて世界中で人気があるんですよね」

「そうなんです。登録数からみると、日本国内より外国のほうが多いくらいなんです」

「凄いですね。ロシアの大統領が秋田犬が好きで飼っているということだったですが」

「イギリスで人気が出たんです。向こうの人は大型犬が好きなんですよ。秋田犬は大型犬に分類されまして、柴犬は小型犬、四国、北海道犬、紀州犬、甲斐犬が中型犬です」

「北海道犬というのはアイヌ犬のことですか」

「そうです、よくご存知ですね。アイヌ犬が国の天然記念物に指定されてから北海道犬と呼ばれるようになりました。ただ、伝統を守ってきたアイヌの人たちは、アイヌ犬から北海道犬と改称されたことに反発しているようですけれど」

そのときは大山の言葉を聞き流していたのだが、アイヌという言葉がこの事件のキーワードになることを江畑はまだ知る由もなかった。

「奥村さんのことで何か思い出されたことがあれば連絡してください」


江畑と野瀬は長野を後にした。

「大山氏が関係してないことや、何らかの情報が無かったのは残念でしたね」

長野新幹線で隣の席で野瀬はペットボトルの口を空けながら江畑に口を開いた。

「そうだな、まだ暗闇の中だ。ただ、奥村が独善的で反発する人間が多いということは判ったじゃないか。それは収穫だよ」

「そうですね、東京に戻ったら一から始めますか」


二人は日帰りの主張捜査の疲れで、松本を出るとすぐに眠りに着いた。気が付くと大宮の手前だった。本庁からのメールでは有力な目撃情報はいまのところ無しで、防犯カメラの画像捜索もまだ途中であるとのことだった。

午後9時すぎに東京に着いて、タクシーで本庁に戻り、まだ残っていた捜査一課係長の矢作にその日の経過を報告して退庁したのは午後11時すこしまえだった。


翌日は、捜査本部の置かれている北千束署に午前9時にふたりはいた。

捜査会議は午前10時からだった。

それまでに、次の捜査目標を決めて報告しなければならない。

そのときぼんやりしたことを言えば、刑事としての評価が下がる。

刑事はそのために短時間で捜査方向を探し、決めなければならない。

「もう一度保存協会に出向きますか」

「その前に、秋田犬の東京支部に連絡して奥村氏と仲が良かった人物を紹介してもらおう」

野瀬は、パソコンで調べた秋田県保存会の東京支部に電話をした。

ちょうどそのときに支部長がいたのである。

奥村氏とは懇意であることを聞いた野瀬は江畑に報告した。

「よし、その人に会ってみよう」

午後からのアポイントを取った。




#9に続く。






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