第6話

田畑に点在する平野の風景を過ぎると、どんどん山のほうへ四輪駆動車は向かっていた。

坂道が続き、林道にさしかかろうという道が急に細くなる手前で、下りになる道を左折していった。


しばらくすると、大きな農場のような柵のある野原があり、そこには木造の家が建っていた。

そこが秋田犬の繁殖場のようだった。

車を家の玄関の前につけて、江畑たちはそこで降ろされた。

「けっこう広い牧場のようですね」

「そうなんですよ。秋田犬を運動させる空間なのですよ。何しろ大勢いますから、一頭づつ散歩させるのは大変ですから」

「何頭くらいいるのですか」

「親犬が30頭で、子犬はいまは4頭だけです」

「参考までに犬舎を見たいのですが」

「いいですよ、どうぞ」

犬舎は母屋のなかにあった。

広大な土間に犬のケージが並んでいて、そこに1頭づつ入っていた。

「ここだけではなく、外にも犬舎がありますが、なるべく家のなかにいて、いつも人間がそばにいる環境にしているのがうちの方針です」

「やはり人に馴れるというのが目的ですか」

「犬というのは秋田犬に限らず、人間とともに生活する動物ですから、人間のすぐそばで生活することが一番安心するのです。ブリーダーのなかには、犬舎を人間の暮らすところとは別の建物にしているところも多いのですが、私はとにかく犬との距離がいつも隣接していることが一番だと考えています」

たしかにそうだと江畑も思ったのだが、やはり一番気になるのは臭いだった。

繁殖家は慣れて気にならないのかも知れないが、犬を飼っていないものにはややきつい臭いに感じられた。

「ご家族も一緒に暮らしているのですか」

「そうですよ。うちは6人家族ですが、この犬たちも大切な家族ですから」

江畑はよほど犬が好きではないとこの仕事は出来ないだろうと思った。

考えてみると、警察官の家庭も特殊だ。

とくに刑事は、勤務時間などあってないようなものだった。

事件が起きれば一週間は家に帰れないことなど普通のことだし、家族と旅行に行ったこともほとんどない。

普通のサラリーマンとはまったく違う家庭環境は、犬の繁殖家の家庭も同じなのではないかと思った。

「では、お上がりください」

江畑と野瀬は土間から上がり、和室に案内された。

すぐに、お茶を持って大山の妻が和室に入ってきた。

お茶を一口飲むと江畑は口を開いた。

「奥村さんとのトラブルについてお聞かせいただけますか」

奥村はすこし顔を曇らせた。

「亡くなったかたの悪口を言うようで何なのですが、彼は独善的で、ブリーダーの仲間では評判の悪い人だったのです。私は長野県の秋田犬のブリーダー会の幹事として、展示会をどうしても松本で開いてもらいたいと長年掛け合っていたのですが、奥村さんは長野市の方と懇意にされていて、いつも長野市でしか開催されなかったのですね。外部の方からみるとささいなことかも知れませんけど、私からすると、そういう癒着というのでうか、そういうことが我慢できなくて、一ヶ月くらい前に東京に行く予定が出来たので、ついでに保存協会で奥村さんに文句を言いに行ったんです」

「では、大山さんはけんか腰で行かれたわけですね」

「積年の恨みというわけです」

「でも手出しはしなかったのでしょう」

「当たり前ですよ。人に手を上げたことは妻や子供にもありません。まして、他人に暴力を振るったことはないです」

「言い争いにはなりましたか」

「いや、それもないです。私が言いたいことを言っただけでした」

「奥村さんはどんな様子だったのですか」

「あの人はいつも冷静なんですよ。それがまた癪に障るというんですかね。私も言葉が荒くなるのをなんとか我慢しましたよ」

「結果はどうなりましたか」

「そうもこうもありませんよ。まったく聞く耳を持たないというか、来年も長野市で予定しているし、将来も長野市で行う予定に変わりは無いときっぱりですよ」

「腹が立ちますよね」

「でも、もうこの人がいる限り無理ではないかと悟りました。でも、黙っていては駄目だとおもったから行ったのであって、それ以上の感情はありませんでした」

江畑は大山が嘘を言っていないことを確信した。

「では、奥村さんについて何か噂とかそういうことで何かないですか」

江畑はすぐに返答しはじめた。




#8に続く。





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