第5話
捜査会議では、目撃情報の収集と、周辺の防犯カメラ、車のドライブレコーダーの収集、徹底した聞き込みによる不審者の洗い出しなどの命令があり、それまでの聴取内容が各捜査員から報告された。
警視庁の江畑は、伝統日本犬保存協会での聴取の結果で、会長らのアリバイの確認と、被害者にまつわるトラブルの全容をつかむために、聞き取りの捜査員の派遣要請と、会長の記憶にあった秋田犬の繁殖家との直近のトラブルについて事情を聞くために、長野県にいるその繁殖家の聴取の許可を得た。
北千束署の岡本は、周辺の聞き取りで得た、夜中に自動車が停まって、ドアを開ける音がしたという洗足池公園近くの住宅周辺の防犯カメラの収集と解析を担当することになった。
翌日、午前7時新宿発松本行き、特急スーパーあずさ1号の車上には江畑と野瀬がいた。
朝6時に豊洲のマンションを出た江畑はまだ朝食を取っていなかったので、新宿駅構内で駅弁を野瀬の分まで買い込んでいたので、立川を超えたところで食べることにした。
「いつもすいません。自分の分は払いますから」
「お前からそう言われてもらったことがないぞ」
「いやーまあ、そのうちまとめて返しますから」
「いいよ、お前のところはまだ子供が小さいんだから」
「江畑さんのところはもう大学は卒業したのですか」
「まだ2年だよ。でも奨学金で授業料はまかなっているんで、そんなに金はかからない」「お嬢さんでしたよね」
「そうだよ」
「心配でしょ」
「何がだ」
「男関係とか」
「泥臭いこと言うんじゃねえよ。飯がまずくなるじゃないか」
野瀬は江畑が最近機嫌が悪かったことを思い出したが、もう江畑は完全にいらいらモードに入っていて、それ以来、松本に着くまでひとこともしゃべらなかった。
松本には午前9時39分に着いた。
そこから大糸線に乗り換えて、信濃松川という駅まで行かなければならない。
そこからは、前日の電話でアポを取っている秋田犬の繁殖家が4WDで迎えにきてくれるのだった。
午前10時35分に信濃松川についた。駅を出ると、遠く日本アルプスの山並みが薄青い空にきれいな稜線を見せていた。
「やっぱり空気がひんやりしていますね」
「当たり前だろ。標高が高いんだよ」
江畑は不機嫌そのものだった。
江畑と組むようになって2ヶ月しか経っていなかったが、江畑の感情の起伏が激しいところはさんざん見てきたので、あまり気にはならなかった。
駅を出て、タクシー乗り場やバス停があるロータリーまで歩いてそこで待っていると、銀色のランドクルーザーがやってきた。
江畑たちの前に車が停まり、ドアから体格のいい初老の男が降りてきた。
「警視庁の江畑さんですか」
男は、大山と名乗った。
秋田犬の繁殖家だった。
当たり前だが、普通のサラリーマンには見えない。
長靴をはいて、作業着のようなものを着ていたので林業関係者のような山の臭いが全身から漂っていた。
「はい、お迎えしてもらい恐縮です。しかもお忙しいときにお時間をいただきまして」
「いえいえ、奥村さんが殺されたというので驚いてしまって。あの人とはいろいろありましたけれど、お世話になったことも多かったものですから」
「そうですか」
「とりあえず、うちにまいりましょう」
犬の繁殖家というのは、独特の個性的な人が多いと前日に訪ねた伝統日本犬保存協会の人から聞いていたのだが、話してみるとまともな人のような気がしていた。
江畑は助手席に座り、野瀬は後部座席に腰をおろした。
「ご自宅に繁殖場があるのですか」
「そうです。だから近所迷惑にならないように山に作ったんですよ」
「遠いのですか」
「30分ほどかかります」
車は町を離れてどんどん山のなかを上がっていった。
#7に続く。
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