第4話
北千束署の岡本と千木良が署に戻ったのは12時前だった。
無線では、鑑識活動はほぼ終わり、周辺の聞き込みも、機動捜査隊などの協力によりだいたい終わっていて、現場にいた捜査官たちらは続々と署に戻ってきた。
刑事課に戻った岡本は、先ほどまでいた伝統日本犬保存協会の会長と女子事務員から聴取したことをパソコン打ち込み、捜査会議に備えていた。
12時20分、刑事課の石井課長が刑事たちを自分のデスクの側に集めた。
「今朝起こった殺人事案は、警視庁との合同捜査に決まった。うちの署に帳場(捜査本部)が置かれることになって、本庁の捜査1課から清水管理官が捜査本部の指揮をとることになった。本庁の連中には対抗心を表に出さずに、自分たちの仕事を着々として、絶対にうちがホン星を捕まえる覚悟でいろ」
石井は顔を真っ赤にして怒鳴った。
いつものことだが、本庁との合同捜査になると、本庁の連中が捜査の主体であって、所轄の刑事はそのフォローにまわることになる。
だが、現場でたたき上げた所轄の刑事たちは、いちおう組織の建前上では、従順に指示に従うが、裏では、本庁の奴らに一泡ふかせてやろうとして頑張るものなのだった。
「本庁が乗り出すということは、けっこう大きなヤマということなのでしょうね」
「そりゃそうだろ。だが、伝統日本犬保存協会の副会長の殺人事件がそんなに大きなものなのかまだ分からないが」
その答えは本庁の刑事たちが参加した捜査会議で判明した。
警視庁捜査一課第二強行捜査第1班の江畑英之警部は、捜査本部のある北千束署に向かう車中で機嫌が悪かった。
部下のひとりが突然登庁しなくなり、心身症と診断され、前の日にパワハラがあったのかどうかという調査を受けていたためだ。
「俺が何をやったっていうんだ。仕事のはっぱをかけただけだろ。それも、気を使って出来るだけ穏やかに話したのに」
「はたさんは普段が人の倍くらい怒ったような感じですからねぇ。穏やかでも、どっか怖いんですよね」
「お前俺をどこかに飛ばしたいのか」
部下の野瀬警部補のわき腹をぐーでつっついた。
江畑は、捜査一課に配属されて10年目を迎える大ベテランの刑事だった。
捜査本部の建つ大事件は数え切れないくらい担当して、警視総監表彰も受けたことのある名刑事の誉れが高く、捜査一課の若い刑事たちの目標になっていた。
だが、時代はコンプライアンス至上主義である。
特に、警視庁はパワハラ、セクハラには厳しい罰を与えることを目標とされる命令が政府や警察庁からも来ていて、まして、部下を心身症に追い込んだとなれば、とてつもない処分が下される可能性がある。
だが、幸い心身症になった刑事は江畑の叱責が原因ではなかった。
それが分かるのは数日後なのだが、まだその日は総務の担当官から詰問されたばかりだったので、朝から機嫌が悪かったのである。
北千束署についたときには、捜査一課の清水管理官と的場捜査一課長が並んで座る捜査本部のなかは熱気で溢れていた。
前列には捜査一課の刑事たち、その後ろに北千束署の刑事たちが並んで座った。
清水管理官が立ち上がり、事件の概要を説明した。
「被害者は奥村将兵52歳、保険代理店を経営し、日本犬保存会の副会長をしている人物である。死因は窒息死で、殺害現場は発見場所ではなく、別の場所で殺害後、現場に放置されたものと考えられる。現段階では、目撃情報はないが、引き続き、地どりを徹底し、目撃者の発見に全力すること。死体を移動させていることなどから、流しではなく、怨恨などの線が濃厚である。加えるに、被害者は民自党の大田幹事長の親戚にあたる人物であることで、マスコミの取材攻勢も受けることになるので、情報管理は徹底するように」
続いて的場捜査一課長は顔を赤くして「都心で起きた凶悪事件であり、政治家の親類が被害者であることから、マスコミで報道され、国民の目がこの事件に注がれていることを肝に銘じろ。徹底捜査で早期に犯人を検挙しろ」とはっぱをかけた。
「はいっ」
捜査本部全員が立ち上がって気合を入れたのだった。
#6に続く。
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