第3話
ソファで足組をして座り、少し傲慢な態度にみえた伝統日本犬保存協会の町村会長も、北千束署の岡本から殺人事件だということを聞いた瞬間に足を組みなおし、顔面がどんどん蒼白になっていった。
「だれがそんなことをしたのですか」
強面の顔からは想像できないような弱弱しい声を出した。
目からは涙があふれているようでもあった。
「遺体が見つかってからまだ4時間ですので、捜査員が周辺を捜査している最中です。しかもまだ司法解剖も始まっていないと思いますので、とりあえず、こちらにお知らせすることと、こちらの関係者の方にお話を伺うようにということで伺ったようなわけでして」
町村はおもむろにスマホを取り出した。
「奥村さんのご家族に電話してみます」
町村は電話したが、奥村の奥さんの携帯は繋がらなかった。
「奥様も遺体が搬送された病院で、ご遺体と対面された直後くらいですので、気が動転されているのでしょう」
「しかし、何故だろう。分からないなあ」
「最近トラブルがあったとかの話はありましたか」
「日本犬の関係者の方はみんな気が荒いというか、気が強いというか、そういう人が多いので、ささいなトラブルは日常茶飯事でしたからね。しかし、殺人事件まで起きるようなことはないと思いますが」
「良く考えていただきたいのです。まだ捜査を始めてすぐなのでなんとも言えないのですが、我々はあらゆる可能性を探るのが仕事ですので、こちらのあらゆる関係者と面接して、ひとつひとつ潰していく作業をしていかなければなりません。そこで、まず形式的なことですが、町村さんは今日の午前3時から7時まではどちらにいられましたか」
町村はもう平常の顔色に戻っていた。
「はい、もちろん家で寝ておりました。6時には起きて朝食を取り、電話を数軒しましてから家を出て、こちらに電車で来ました」
「電話をかけた相手の方と時間を教えていただけますか」
町村は、岡本の言うとおり電話をかけた相手とだいたいの時間を伝えた。
それを相棒の千木良はメモを取っていた。
「そちらの女性の方もお願いします」
「私は6時くらいに起きて、食事をとり、8時30分にはこちらに来ていました」
「ありがとうございました。それで、奥村さんの最近のトラブル、さらに今までにあったあらゆるトラブルについて何か資料のようなものはありますでしょうか」
町村はむっとしたような顔になった。
「こまかいトラブルは日常茶飯事だったので、いちいち覚えていませんし、記録も残っていないです」
「奥村さんのパソコンはどこにありますか」
町村はソファのそばにある、デスクを見た。そこには黒いノートパソコンが置かれていた。
「あれがそうですか、お預かりしてもようでしょうか」
「それはかまいません。でもパスワードで開くようになっていますが、大丈夫ですか」
「専門家がいますから大丈夫です」
町村はさすがだという顔をした。
「記憶になかでいつもと様子が違ったトラブルとか無かったですか」
しばらく考えていた。
「んー、はっきりと覚えているのは数年前に秋田犬のブリーダーとの喧嘩としうか、それくらいですね」
「どんなトラブルだったのですか」
「やはり展示会の順位ですね。審査員の人が特定のブリーダーから賄賂を受け取っていて、採点に不正があるとか言い出して、我々も調査しましたが、そういった事実は確認されませんでしたので、不正だと言ってきた人を突っぱねたんです。その人がここに乗り込んできて、奥村さんの胸倉をつかんで殴ったんです」
「警察には連絡しましたか」
「いえいえ、そんなことはしないですよ。言ってみれば内輪もめですからね。そのために我々がいるわけですから、何とか説得しましたよ」
「相手は納得したのですか」
「一応帰っていきましたが、謝罪はしなかったです」
「何年前ですか」
「2年前です」
「ではそちらに行ってみましょう。住所を教えていただけますか」
「長野県の人です」
「それから別の捜査員をこちらに寄こしますから、大きい小さいは関係なくすべてのトラブルをお話してくださいませんか」
「分かりました」
岡本と千木良は伝統日本犬保存協会を後にした。
「長野にすぐに行きますか」
「そうだな、午後に捜査会議があるだろうから、そのとき提案しよう」
ふたりは車に乗り込んだ。
#5に続く。
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