第3作 毛嫌いした変化
俺は変化という言葉が嫌いだ
自分のするべきことが突然変わったり、起こることが変わったり
これまで自分が立てていたプランを崩されることを酷く嫌っている
だから俺は、自分のプランが崩されないように、いつも通り行動する
いつもの道を、いつもの時間に、いつもの態度でいつも通り授業を受け、いつもの時間に帰宅して、いつもの時間にゲームを始め、いつもの時間に眠気に襲われ眠りにつく
いつもと同じ行動を取れば、なにかが変わることは無い
そして、同じ行動をとれるようにプランを立てる
それが俺の平穏だ
今日もいつも通りガオさんと待ち合わせ、遊ぶというプラン
変えてはいけない、動くことの無い俺の平穏のはず──
────カランカラン
ドアに付けられたベルの音
反射的にドアの方から目を逸らしてしまう
いつもなら、店に入ってくる人間なんて気にもしないだろう
だが、今日だけは違う
昨日あった変化を
俺が最も嫌う変化を
俺の平穏を確認しなければならない
「いらっしゃい、1名様ですか?」
マスターが入ってきた客に声をかける
跳ねる心臓を残り少ないコーヒーを飲み干し、落ち着かせる
「えぇ、今日は1人よ、マスターちゃん♡」
声が聞こえた瞬間、安堵する
発言とは全く予想もできない男らしい声
あの女とは明らかに違う声
それだけで絶対的安心感を得られる
確認しよう、この目で
俺は落ち着いた心でゆっくりとドアの方に目を向ける
これで、俺の平穏は守られ──
「──コーヒーのおかわりいかがですか?」
後ろからねっとりとした声が聞こえ、体がゾクッと震える
昨日から、耳にこびり付いて離れない声
まさか…
「やっほーソルちゃん、来てくれたんだね」
「ノア…さん…」
そこには、ガランの制服をきたノアさんが、ティーカップを持って立っていた
なんでここに居るんだ
なんでなんでなんで
突然の出来事に思考がまとまらない
昨日出会った、ネットの関係
ただそれだけのはずだろ
なんで…
「あれ?ヘイさんとはもう会ってるんですか?」
ガオさんが聞くと、ノアさんは不思議そうな顔をする
「ヘイさん?ソルちゃんとはずーっと前から知り合いですよ?」
そうか、こいつ俺の本名知らねぇのか
「ソルちゃん?…あぁ、ソルベの方で呼んでるんですね」
「ヘイさんっていうのはあだ名ですか?」
「そうですね、
「そういうことですか、ありがとうございます」
ガオさんとノアさんの2人だけで話し始めてしまい、完全に空気になってしまった
てかガオさんサラッと俺の本名教えないで
個人情報ですよそれ
「じゃあこれからは
こっちを見てニッコリと笑う彼女を、普通の人間なら可愛い女の子として見るのだろうが、俺はこの人の異常さを1度見ている
落ち着いて冷静に受け答えなくては
「ノアさんにはソルベのままがいいなぁ」
「なんで?私には本名で呼ばれたくない?」
ぽろっと本音が漏れてしまう
あくまでネットの関係でいたいのだ俺は
不意に出てしまった言葉を拾われ、一瞬言葉に詰まってしまう
冷静に…落ち着け…
「ノアさんだけには違う呼ばれ方したいんですよ、俺」
キザな言葉をサラッと言う
昨日の一件から演技に磨きをかけたからな
これくらいは序の口よ
ノアさんの顔は無言で少し赤くなり、ドタドタと厨房の方に戻って行った
撃退成功
「いや〜、ヘイさんもなかなか隅に置けないっすね」
俺が内心ガッツポーズしていると、ガオさんから肩を叩かれる
「あれはそういうのじゃないですよ」
「そうは見えませんでしたよ」
ノアさんの存在自体は知っているはずだが、昨日の一件は伝えていない
彼女の話をするためにも今日会ったのだが、こちらも聞くことが出来てしまった
「ガオさんの方こそ、ノアさんのこと知ってたみたいですけど」
「ノア?あの子が噂のノアさんなの?」
「は?」
知ってたんじゃないのか
「そうなんだぁ、いや僕は今日ここに来た時に接客されただけですよ」
「接客?」
「うん、普通にコーヒーとか持ってきてくれてね。
今日からバイトとして入ったって言ってたのにヘイさんとはもう会ってるのかなぁって思ったんですよ」
「ここバイト雇うとかやってたんですね…」
バイトね
彼女とここで出くわしたのは本当に偶然だった訳だ
よかったよかったほんとによかった
俺の行きつけの喫茶店がバレてて張り込まれてるとかじゃなくて本当によかった
「でも、あの人がノアさんかぁ…」
「なんかあったんですか?」
「いやぁ、結構有名なんすよ、ノアさんって」
「有名って、どこでですか?」
色々な界隈を見てる訳では無いが、少なくとも俺は彼女の名前を見たことは無い
「Twitterですね、っていうかヘイさん関係ですげぇ有名っすよ」
「は?」
自分で言うことでは無いが、これでも俺は配信者として結構有名な自信はある
その俺関係で有名ってどういうことだよ
「知ってます?ヘイさんとノアさんが一緒にパーティ組んでる時の勝率」
「わかんないっすね、結構勝ってるんじゃないっすか?」
「98%」
は?
冗談だろ
確かに俺は自分でもゲームは上手いと思うし、全然負けてないと思うけど
結局はゲームなのだ
運もある
全く負けないというのは不可能なのだ
「98って、冗談でしょ」
「配信全部見返して計算した人もいるから間違いないらしいんすよね」
ノアさんと一緒にゲームし始めたのは1年ぐらい前だし、試合数となれば1000近くあるかも知れない
それをほとんど勝ってるって…
「だからノアさんは何者なんだって話でちょっとだけ有名なんですよ
あまりに息が合ってるから、双子だとか同棲してるとか噂が立ってましたよ」
「んなわけないでしょうよぉ…」
多分ノアさんが合わせてるんだろうな
もし本当に4年前から俺のことを知ってるんだとしたら、そりゃ息ぴったりにもなるだろ
「今日話そうと思ってたんですけど、昨日ノアさんと会ったんですよ」
「誰かと会うって言ってたのはノアさんと会うつもりだったんすね」
「それで色々話したんですけど、あの人ちょっとおかしくて──」
ガオさんに昨日の一件について話した
自分で話してて混乱してきたが、ガオさんも同じなようで不気味がっていた
「──っていうことなんですよね」
「……まぁ、いいんじゃないですか」
「は?」
何言ってるんだこの人…
楽観的にもほどがあるんじゃないのか
「まぁその、妄想とか思い込みとかでストーカーされるなんて全く無い話ってわけではないですしね」
「普通に怖いっすよストーカーとか」
「相手も良い子そうですし、ただ好かれてるくらいなら別にいいと思いますけどねぇ」
ガオさんがぐっとコーヒーの飲み干し、席を立つ
「そろそろ出ましょうか」
「そうっすね」
気づけば俺のコーヒーも少なくなっていた
ささっと飲み干し、俺も席を立つ
「マスター、お会計」
「はいよ」
二人分の会計を済ます
ガオさんが店を出るのに続いて店を出ようとすると、肩を叩かれる
「あの、ソルちゃん…」
「どうしたんですかノアさん」
少し予想していたが、本当にくるとは
何を言いに来たんだ…
「これからここでバイトすることになったんだ」
「うん、きいたよ」
何度も顔を合わせるうちにかなり話やすくなってきた
「あの!」
「えっと…な、なにかな」
急に身を乗り出して距離を詰められる
「またきてね!」
「…あぁうん、また来るよ、絶対」
予想外の言葉に少し固まってしまった
少しときめいてしまった自分が恨めしい
逃げるように店から出ていく
──────カランカラン
ついさっき聞いたばかりの
心が傾く音がした
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