第2作 傾く平穏

もし、たまたま拾った宝くじが当たったとして、自分の日常は変わるのだろうか


恐らく、大きな変化はないだろう


晩御飯のおかずが一品増え、家具やヘッドホンが新しくなるだけ

決して家族は仕事をやめたりせず、いつも通り学校に通い、学業に追われ、いつも通りゲームをするだろう


そう、変わらないのである

ネットで関わっていた人間が魔女のようなヤツだったとしても、俺の日常は変わりはしない



「じゃあ今日のHRは終わり!解散!」



考え事をしていたら、HR終了まできてしまった

昨日の一件について考えていたせいで、いつも以上に授業の内容が入ってこなかった


今日は用事もあるし、さっさと帰ろうと帰り支度を始め──



「それと、かさね先生が呼んでたからモチズキは後で職員室にきてくれ」

「…………」



誰だよモチヅキって…

そんな名前のやつうちのクラスにはいない

俺の名前は確かに望月の書くが読み方はホウヅキなのだ


まぁ似たような名前のやつもいないから間違いなく俺なんですけどね…


かさね美久みく、生活指導担当の女教師で、ゲームセンターで格闘ゲームをしているところに鉢合わせ、それからよく暇つぶしに俺を職員室に呼び出すようになった


今回もどうせ特に用事もないのに呼んだのだろう

さっさと話を切り上げて帰ろう、そうしよう













────────────────────













「……失礼します」


職員室は苦手だ

独特の雰囲気、書類の山、大量の教師の目、そしてやたらと効いたクーラーに腹が立つ


ガラッとドアを開くと、俺を呼んだ張本人、累美久が立っていた



「そろそろ来る頃だと思ってたよ、いつものところで待ちたまえ」

「了解です」



いつものところ、職員室の奥にある個室のことで、そこでコーヒー飲みながら話すのがいつもの流れだ

個室のソファに座っていると、累先生が入ってくる



「おまたせ、ブラックで構わないかい?」

「別にいいっすけど、なんかあったんですか?」



いつもなら砂糖とミルクを大量にいれた甘々のコーヒーを出してくれるのに

何気ないことだが、気になってしまうのは俺の悪い癖なのだろうか



「いや、昨日の修正を見てからどうにもそわそわしてしまってなぁ」

「あぁ、そういう……」

「スーパーに行くのを忘れてしまってね、シロップもミルクも用意できなかったんだ」



正面のソファに座ると、ぐったり項垂れてしまう

それもそのはず、累先生は大の格闘ゲーム好きで、今ハマッているPN4の格闘ゲーム、『ファイト・エンペラー』の使用キャラ『ベルガー』が大幅な下方修正されてしまったのだから、落ち込むのも頷ける



「でもベルガーは元々ぶっ壊れでしたし、しょうがないことでしょ」

「でもなぁ~、私の作ったコンボのほとんどがあの小足のおかげで成り立っていたようなもんだからなぁ…」

「あれは繋がるのがおかしいんですよ」



やたら判定が広く、発生の早い小足

この凶悪な小足を活かして編み出したコンボは同キャラ使いからも嫌悪されるほどの凶悪コンボで、『煉獄れんごく』なんて呼ばれている


その煉獄の産みの親として、累先生は一気に界隈で有名になると同時に嫌われ者になるという偉業を成し遂げた



「小足だけが修正されるならまだしも、色々なぁ~」

「こんだけ修正されてもまだ使うんですか?」



ベルガーの修正は小足だけでは留まらず、強キャラの座から一気に崩れ落ちてしまった



「そりゃ使うけどさぁ~、でもなぁ~」



こうなった累先生は長い

グダグダと愚痴を呟くだけ

適当に聞き流しながら相槌を打っていると、累先生が喋り疲れ解散する

これもいつもの流れだ



「SNSもいろんな人に見られるようになったしなぁ~」

「いいことじゃないっすか」

「でもなぁ、煉獄なくなっただけで勝てなくなったみたいに見られたくないなぁ~」



いつも以上にめんどうくさいなぁ

これ俺帰れるのかなぁ……










────────────────────













長かった…

まさか30分以上話すことになるとは…

どんだけベルガーのこと気にしてるんだあの人


だが、これでやっと待ち合わせ場所に迎える

らいんRAINで『ガオさん』に今から向かうと連絡しなければ…


『ガオさん』本名は北島きたじま牙狼がろうオンラインID 『GAO2-3』

2年ほど前にネットゲームで出会い、半年前近くに引っ越してきた時初めてリアルで顔を合わせてから、頻繁に会ってはご飯を食べたりゲーセンに行ったりする程の仲だ

現在26歳、俳優をやっているらしく、最近ドラマの出演が決まったらしい



『今から行きます、少し待っててください』


『了解です、いつものカフェで待ってますよ』



RAINで連絡を送るとすぐに返信が返ってくる

いつものカフェ、俺の家の近くにある喫茶店『ガラン』のことだ

客も少なく、マスターもいい人なので頻繁に通っている


学校から家までは電車と自転車で45分程で着く

学校から駅まで徒歩で15分、電車に20分ほど揺られ、自転車を10分も漕げば家に着く

全力で飛ばせば30分程で着くだろうか


とにかく急がなければ…











────────────────────












────カランカラン



「いらっしゃい、ヘイくん、北島さんなら奥で待ってるよ」

「どうも…」



喫茶店『ガラン』のドアを開けると、いつも通りマスターが挨拶してくれる


望月ほうづき 鉼妬へいと、俺の名前は少し特殊だ

親しくない人間には絶対モチヅキと呼ばれるし、親しい人間にも紛らわしいと言われるので、『ヘイくん』

だったり『ヘイさん』なんて呼ばれている


奥のテーブルはマスターのお気に入りで、気に入った客だけが座れるレア席だ


奥のテーブルには整った顔付きにシンプルな服装、明らかなイケメンがノートPCを弄りながら座っている



「お疲れ様です」

「おぉ、ヘイさん、来てたんですか」



正面の席に座り、声をかけると、少し驚いてからノートPCをしまう


どんだけPCに集中してたんだ



「すいません、結構遅れちゃって」

「全然大丈夫っすよ、待ってたおかげで結構集まりましたし」



集まったってことは、またこの人周回してたのか

ガオさんは色々なゲームをしているが、特にやっているのがMMORPGだ

きっとノートPCでずっと周回作業をしていたんだろう



「少ししたら出ましょうか」

「そうですね」



ガランで集合して、ゲーセンに行くのがいつもの流れだ


そう、いつも通り

昨日一件程度で俺の日常は変わりはしない

日常を一変させるハプニングなんて、フィクションの世界だけ


学校にテロリストが乗り込んでくるだとか、車に轢かれて異世界に飛ばされるだとか、突然特殊な能力に目覚めるなんてありはしない


ネットで知り合った女と実際会った程度で日常が動く訳が───



────カランカラン



まるで風で空き缶が倒れるように

日常が傾く音がした

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