ヤンデレゲーマーを愛せない

蚩噓妬├シフト┤

第1作 狂気との戯れ

『駅前広場に10時30分集合』




ただ一緒にゲームするだけのネットの知り合いだと思っていたのに、まさか直接会うことになるとは…


[NOA-23-21]さん、ことノアさんとは1年ほどの付き合いだが、声も聞いたこともないし、年齢も職業も趣味も好みも知らない


少し前にRAINも教えたが、履歴には──



『明日会いましょう』


『駅前広場に10時30分集合』



この二言しか送られてきていない


基本会話はTwitterのDMで行われ、RAINは一切動くことは無かった


正直、オフ会の誘いは断ろうと思ってはいたが、男性なのか女性なのか、歳上なのか歳下なのか、探究心と好奇心から、約束してしまった



「10時18分か、少し早かったかな」



休日ってこともあって人は多い


服装とか目印とか何も送られてこないけど、ほんとに出会えんのかな


流れる人混みの中、広場の端っこの壁に寄りかかる



「あっついなぁ…」



まだ6月中旬といえど、ジリジリと太陽はギラついている


炎天下の中立ち続けるのは、最近まともに運動してない俺にとってはかなりしんどいことだ



「飲み物でも…買ってくるか」



待ち合わせ場所から少し離れることになるが、背に腹はかえられない


自販機で何か買おう


早歩きで自販機の方へ向かい、財布を取り出す


お茶、コーヒー、スポーツドリンク、etc

色々あるが、ここはやっぱり──



「缶コーヒー、だよね」



耳元でねっとりと囁かれ、体がビクリと跳ね、反射的に振り返る

そこには───



「いつも言ってたもんね、コーヒー好きって」



整った容姿に似合わずボサボサの髪、真夏だと言うのに長袖ワンピースに加え、もこもこしたフード付きの上着を身にまとっていた


薄い赤紫に統一されたその姿にハイライトの消えた目はまるで魔女のようだ



「はい、どうぞ」



あらかじめ買ってあったのかポケットの中から缶コーヒーを手渡してくる


さっきまで暑い日差しに肌を焼かれていたはずなのに、今では暑さなんて一切感じてはいない


動揺している


明らかに異常なこの女性に激しく動揺している


それでも、俺はひとつ確かめなければいけないことがある



「なに?いらないの?」


「もしかして、あなた…ノアさんですか…」



相手の言葉を遮るように質問を投げかける


俺はリアルでの交友関係は広くないし、もちろんこんな女性は知らない


だがリアルの交友関係以外で俺がコーヒーを好んで飲んでいる事を知っている人間は極めて少数だ


正直、女性がノアさんであって欲しくない


これまで一緒に楽しくゲームしてきた人がこんな変人であって欲しくは──



「ふふ…ふふふ……」



女性は顔を伏せ、ぷるぷると震えている


そして、俺の手を掴み受け取らなかった缶コーヒーを無理やり握らせる


ひんやりとした缶の感触と冷や汗がゾッと背中をつたう感覚が頭を支配し、体を凍りつかせる


そして、女性は顔を上げ、満面の笑みで──



「だ〜いせ〜いか〜い♡」



額から零れた汗が、滴り落ちた音がした








────────────────────────






ネットで知り合った人間とリアルで出会う行為、通称オフ会


聞いたことはあれど、一切経験したことは無い


実際オフ会で会った際、何をするのだろう


全員が社会人ならば飲みに行くのだろうか


カラオケ?観光?買い物?


どれもこれもクラスメイトといくのすらきつい


しかも今回は初対面、加えて1対1ときた


どこで何をするか俺が意見できる訳もなく……



「ねぇ、ソルちゃんは何食べる?」


「…………」



ファミレスに来てしまいました…


俺のオンラインID『SORUBE_006』


いつもソルベさんって呼んでいたのに、なんで急にちゃん呼びになってるんだ…



「ソルちゃん?お腹痛くなっちゃった?」


「あぁいや…大丈夫…です…はい…はい…」



なんでこの女はずっと俺の方を見つめてくるんだ


不気味ではあるが、顔はいいのだ

正直これまで見てきた人間の中で1番かわいいまである


そんな人間と目が合わせて喋るなんて俺には耐えられない



「ほんとに大丈夫?顔色悪いよ?」


「いや、ほんとに大丈夫なんで…あの…はい…」



本当にカッコ悪い

いつもチャットや配信では寡黙な感じで通してたのに、これじゃあただのコミュ障じゃねぇか


切り替えろ俺…


今はとりあえず認めるんだ、相手が俺の知ってる[NOA-23-21]だと


そして色々聞きたいことをしっかり聞こう


切り替えろ……



「えっと…ノアさんは今おいくつなんですか?」


「んー、そういう話は何か頼んでからにしない?」



質問に質問で返すなぁーっ!!

疑問文には疑問文で答えろと学校で教えているのか?


と言いたい気持ちを抑えて考える


確かにさっきまで相手は何か頼むか聞いていたんだ、それに応えもせず話を切り出すのは失礼ってもんだ



「じゃあポテトでも頼もうかな」


「わかった、ぱぱっと頼んじゃうね」



目を合わないように視線を若干ずらし、最大限の引き攣った笑顔で答える


呼び鈴を鳴らし、店員さんが駆けつけてくる



「これとこれ、以上で」


「は…はい…かしこまりました」



おどろくほど冷めた声の注文に思わず息を呑む


店員さんも若干引き気味だ



「で、なんの話だっけ?」

「あぁ…えっと…」



なんで俺に話す時はそんな甘い声になるんだよ


なんなんだこいつは…



「じゃあ自己紹介からしよっか、お互い知ってるだろうけど」


「…わかりました」



先手を打たれてしまった


てかお互い知ってるってなんだよ


俺はお前のことなんも知らないっつーの



「じゃあ俺から、ソルベっていいます。FPS系統をメインで配信やってます」


「おー」



ぱちぱちと拍手


自分で自分のIDを名乗るというのは結構恥ずかしいな



「じゃあ次は私だね」



こっからが重要だ

色々聞き出さないと不気味でならない



「私はノア、今は大学2年生でー、ソルちゃんのことは4年前から知ってるかなぁ」


「…は?」



4年前って、俺が兄貴のおさがりゲーム機でアカウントを作ってネット対戦系統のゲームを触り始めた時期だ


その頃から俺を知ってる…?



「それでー、3年前くらいに一緒にゲームし始めてぇ…」



それもおかしい


ノアさんと一緒にゲームし始めたのは俺がFPS配信をし始めた去年からのはずだ


3年前……おぼえがないぞ…



「2年前ぐらいに何回か実際に会ってるよね」


「は?」



にっこり笑顔でとんでもない言葉が飛んできた

会ってるだと?



「で、配信してるのを見つけて、DMでやり取りするようになったんだよね」


「え?あぁ……はい…」



意味がわからない


俺はこいつと初対面だと思ってるし、一緒にゲームしたのも1年前ぐらいの配信の時に参加していいですかってコメントくれた時からのはずだ



「いやぁ引っ越してよかったぁ、憧れのソルちゃんとご飯食べれるなんて…」


「元々私千葉に住んでたんだけど、ソルちゃんが奈良に住んでるって聞いたから、奈良の大学選んで一人暮らししてるんだ」



待って欲しい


確かに俺の住んでる地域は伝えたが、それは最近のことだ


こいつは今大学二年生


つまりこいつは少なくとも2年前から俺の住んでる場所を奈良まで絞り込んでいたのか…


2年前には何度か会ってるとも言った


おかしいおかしい

こいついったいどうやって



「ソルちゃん大丈夫?また顔色悪いよ?」


「あぁ、いやその…奈良に住んでるって教えたの最近じゃなかったかなぁって思って…」


「そんなの簡単だよぉ、Twitterに載せてた画像使えば特定なんて簡単なんだから」



心臓が跳ねる


確かにTwitterを始めたばっかの時、顔こそ映ってないがリアルの写真とかを載っけてた気がする


でもそれもひと月ぐらいで消してたはずなのに


特定されてたのか…



「昔からずーっと、ソルちゃんのことは知ってるよぉ」



いつの間にか届いていたポテトをつまみながら狂気的な笑顔でこっちを見つめる


逃げ出したい

この女の前から今すぐ離れたい


いち早く逃げ出さなければ…


震える膝を左手で握りしめ、携帯を取り出す



「すいません、電話かかってきたんで少し席外しますね」



これが俺の作戦

急用が入ったんでお開きにしましょ作戦だ


リアルの急用を持ち出されては何も言えんだろう



「なんで?」

「は?」



予想外の返答に素で返してしまう

なんでってなんだよそのままの意味だよ



「別にここで出ればいいじゃない、それとも私に聞かれたらまずい話なの?」


「えっと…クラスメイトからなんで、聞かれるとちょっと…」


「リアフレなんでしょ?だったら私に関係ないんだし良くない?」



目の前で電話に出るのって普通に失礼だと思うが相手が気にしないと言ってる以上俺も覚悟を決めるしかない



「確かにそうですね、じゃあ失礼」



携帯を耳にあてる


友人との会話をイメージしろ…友人との会話…

あ、俺まともな友人いねぇわ、詰んだかこれ



「はい、もしもし…うん、俺……うん…うん……マジでか」



芝居は完璧、あとはあっちの反応だが…


横目でノアさんの方を見ると、ジーッとこっちを凝視している


ほんとにバレてないのか…これ…



「今すぐ来いってそんな無茶な……はぁ…わかった、すぐ向かうよ…はい…はい……じゃあまた後でー」



電話を切る、フリをする



「えっと、急用が入っちゃって、すいません今回はここら辺で」


「………」



じっとこっちを見つめたまま一言を言葉発さない

勘づかれたか…?



「うん、満足!」


「は?」



唐突に発せられた言葉に気が抜けてしまう

何に満足したんだよ…



「今日の分しっかりソルちゃんの顔見たから私は満足だよ!」


「…あぁ…そ、そうですか……はは…」



あまりにもバカバカしいセリフに何も言えなくなってしまった

本当になんなんだこいつ……

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