第2話 初めての学園 その2
初めての学園 その2
翌日。
『エリュズネル学園高等部入学試験・実技会場』と書かれた看板の前に
会場は学園敷地内のほぼ中央にある演習場で行われるらしく、一面は学園内とは思えないほどに開けている。
看板の向こう側には簡単な小屋や倉庫などがいくつかある以外は、平坦な芝生が広がる
遠く、辛うじて見えるくらいの位置には
これからこの場所で行われる「実技」とは「魔法」を使用した、「実技技能」の能力検査である。
無論、「魔法」をどの程度扱えるのかに関しては人により程度差がある。
ものすごく器用に魔術を使用し、料理器具いらずといった人も居れば、物を壊したり、あるいは直したりといった一芸に特化した人まで様々だ。
最近だと
「なるほどなぁ」
と、概ねそのようなことが書かれている、事前に手渡されていた入学試験に関するパンフレットを眺め、一人納得する。
正直なところ、今この時、試験会場の目の前に立っても「学園の入学試験を受ける」という実感が自分の内側にちっとも存在しない。
過去、自分が受けてきた試験の数々もこれには当てはまらないから、似たような経験すらもない。
よって、なんだか場違いな所に放り投げられたという、浮ついた感覚をもてあましながら会場敷地内へと足を進める。
「受験票の提示をお願いします」
「はい」
屋根しかないような施設には、「受付」と書かれた紙の貼り付けられた簡易机とそこに座る係員のお姉さんがいた。
言われたとおりに受験票を差し出すと、手元にある名簿と受験番号を確かめている。
名簿には受験生の名前の横に、受験番号とチェックマーク。どうやら手作業でどの生徒が試験を受けたのかを判るようにしているらしい。なんともアナログなことである。
「ザカリア、――ザカリア」
ぶつぶつと呟きながら、メガネをかけたお姉さんは目と指を滑らせて名簿上を確認し、やがて目的の名前にたどり着く。
「――あ゛」
その瞬間、ほとんど「げ」、に近いうめき声をお姉さんは漏らした。
「あの、なにか問題でもありましたか――?」
さすがに不安になり問いかける。もしかして、事前通知などのやりとりで不備でもあったのだろうか。
昨日、学園長にあった際には問題はないと言われたが――もしかすると、そうした入学者専用の入場口みたいなのがあったのかも知れない。
それこそ、小屋の裏口あたりに。
「いえいえいえいえいえいえいえ、なにも。滅相もございませんとも、ええ――首だけは、首だけは堪忍をッ!」
そんな俺の質問に、受付のお姉さんは壊れた機械みたいな反応で即座に受験票を返してきた。
こちらに受験票を差し出した腕を一切揺らさず、しかし激しくお辞儀を繰り返すという無駄な動きに変な感心をしてしまう。
「お、おたっしゃで――ッ!」
受験票を受け取って、試験会場へ足を進めるときには背中に謎のかけ声まで貰った。
明らかにおかしな反応に周囲からの視線も集まりまくっている。
極力目立ちたくない身の上としては、頭を抱えて、どこか人気のないところに隠れたい気持ちでいっぱいだ。
心なしか、背を曲げながら会場内を進んでいく。
「お前、すっげぇ目立ってんな」
「ん――?」
と、そこで声をかけられた。
声の方を見れば栗色の髪の身長の小さな少年が一人、立っている。
「よ。俺はハンスっていうんだ。お前も受験生だろ?」
童顔の顔にドングリのような瞳でにかっと笑いかけてくる。
質問に軽い頷きだけで返すと「そうか」と物怖じしない態度で近寄ってきた。
「お前、なんか受付の姉ちゃんにしたのか?」
「いいや、なにも。全く心当たりがないんだが」
「それであの態度か?」
その言葉にはさすがに苦笑いしか返せない。
まさか、バカ正直に裏口入学しているのでそれが原因かも、なんて心当たりを口にする訳にはいかないからだ。
「俺は受験票渡しただけなんだけどな」
と、平静を装ってハンスと名乗った少年に受験票を見せる。
「ザカリア・エーデルトラウト・フォン・サロニカ――ってお前さん貴族かよ?!」
「って言っても辺境の誰も知らないような貴族だけどな」
別にそこは偽り隠すようなことでもないから素直に告げるが、受験票の名前をじぃ、っと眺めながらハンスは何やらブツブツと呟いている。
「いや、でも、貴族――、――サロニカ?」
「もういいか?」
「あ、ああ」
熱心に受験票を眺めていたハンスに断りを入れて、俺はそれを懐にしまい直す。
見せて問題の無いものだとは思うが、じっと見られていい気がする物でもない。
「んー、まぁいいや。で、ザカリア――って呼んで良いか?」
「ああ」
「様付けで呼べって言われたらどうしようかと思ったぜ――で、ザカリアは知り合いとかと試験受ける感じか?」
「いや、一人だけどな」
「じゃ、一緒に回んないか? 友人も誰も居なくて暇してたんだよ、俺」
突然の申し出に尻込みするが、別に断るほどの事でもない。
まぁ、試験会場で会ったくらいのインスタントな人間関係だ。一人で回るのも確かに味気ない気持ちは分かるので、その提案に俺は乗ることにした。
「じゃあ、まぁ、そうだな。俺も手持ち無沙汰だし問題ない。
ハンスって呼べばいいか?」
「おうよ」
頷きながらハンスは右手を差し出してきた。俺もそれに応じて握手を交わす。
「ハンス・バルド・ハイデガー。
凡庸な名前だけどな、実家は商家をやってる。
夢は世界で一番有名な『ハンス』になることだ。
――ま、よろしく頼むぜ」
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