君の中にいてもいいですか?

青りんご

君の中にいてもいいですか?

「私のこと忘れないでくださいね」

「当たり前だろ」

「そうですね、ずっと一緒でしたしね」

「本当は僕が代わりになってあげたいけど・・・」

「またそんなこと言って、私が守ってあげるんですからしっかりしてください」

 彼女はまだ笑顔のままだ。

「カオルはさ、怖くないの?」

「怖くないです。でも、かおる君がそんな顔をしていたら私は心配でここに残りたくなります」

「ごめん」

「そんな言葉が聞きたいのではありません」

 彼女は少し怒っている。

「ありがとう、カオル」

「笑顔が足りないのでやり直しです」

 自分の頬を触れると濡れていた。僕は涙をぬぐってもう一度言った。

「ありがとう、カオル元気でね」

「はい、合格です。かおる君も元気でいてくださいね。」

「うん」

「じゃあ私はそろそろ行きますね」

 彼女は笑っている。だが、僕は思わず引き留めた。

「待って」

 私はつい振り返ってしまった。もう、ふり返らないと決めていたのに。私が後ろを向いたとたん彼の唇が、私の唇と重なった。

「っん」

 私の体は彼に抱き寄せられた。

「カオル、最後くらいさ、大丈夫だから」

 彼は泣きながらとても小さな声で言った。でも、今のこの距離なら十分届く声だった。心の奥まで。

「私のファーストキスをあげたんですからもう泣かないでください」

 そう言っている私も涙を流していた。

「カオル、僕はきみのことが好きだ」

 ふふっと彼女は笑った。

「何がおかしんだよ」

「普通、順番反対ですよね」

「いいだろ、君がもう行くなんて言うから」

「こういうのって返事をした方がいいのですか?」

「いや、べつにそういうのじゃないからいいよ」

「わかりました。じゃあ、本当にサヨナラですね」

「うん。じゃあね、カオル」

「かおる君、ちゃんと他の人も好きになってくださいね」

 そう言って彼女は僕の頬にキスをした。

「さよなら、かおる君」

 彼女は僕の目の前から姿を消した。


 僕は二〇**年 五月二十六日生まれの大学生だ。成績は中の下ほど、特に出るものもない普通の学生だ。今、女子トイレにいなければという条件付きではあるが。

「はぁ、カオルの奴また途中で変わりやがって」

僕は今、長めのスカートをはいて、ブラジャーをして、ロングヘアーのウィッグをつけて、さらに足元はハイヒールまではいている。これはもう一人の自分である《カオル》のせいである。彼女は女性なのでこのような格好をして外に出歩くのだが、急に僕と入れ替わるのでこのように女子トイレにいるときに、なんてこともときどきある。彼女が僕の体を使っているときの記憶は僕にもある。また、反対に彼女にも僕の記憶はあるらしい。ただ、僕たちは今まで一度も話したことがない。会話はしたことないが、連絡などは彼女がスマホのメモに残したりしてくれているので、そこに返信をよくしている。僕は彼女がいつ生まれたのかわからない。彼女は物心ついた時からいるので、多分僕が生まれた時からいるのだろう。

 そして、そんな彼女に僕は恋をしている。自分に恋していると言うと少しおかしいかもしれないが、僕はもう一人の自分のことが好きなのだ。きっかけは小学生のころ、クラスメイトの女子が男子からいじめられているところを僕が、いや、彼女が助けたのだ。僕はその時彼女に憧れをいだき、同時に恋をした。それから十年間ずっと《カオル》に恋をし続けている。会えないとわかっていても。

「よし、外に出るか、講義は出席してくれたみたいだし、あとはバイトだけだな」

僕は女子トイレから出た。鏡の前を通り過ぎるとき、そこには美人が立っていた。

「いつもながらあいつの変身はすごいな」

手洗い場で化粧を落とすと服を着替えてバイト先に向かった。

 僕の働いてるバイト先はファミレスでカオルがきめてくれた。他にもカオルには一週間分の料理を作り置きしてもらったりしている。一人暮らしを始めた時から作ってくれているので僕は料理をしたことがない。たまに「僕が作るよ」といっても断られてしまう。彼女曰く体を借りているお礼らしい。そもそも、僕は料理ができないのにカオルができるのはおかしいと思う。


「ちわー」

「あ、先輩急いでください。今、ちょうど混んでるんですよ」

「おう」

僕は後輩の立花に適当な返事をし、制服を着てフロアに出た。



 私は二〇**年五月二十六日生まれ、大学生です。成績は中の上くらいですかね。特に何も変わったところのない美人女子大生です。今日は朝から私だからちょっぴり機嫌がいいのです。布団から出た私は、ウィッグをつけて胸を出すために胸パッド入りのブラをつけて、メイクもしました。ばっちり決まってます。

「あ、彼の着替えも持って行かないと」

彼とはもう一人の私のことで《かおる君》といいます。私の体は男の子なので多分彼が本当の私なのだと思います。彼に会うことができないため、筆談をしているのですがその時に大学では体を自由に使っていいと言っていただいたので使わせてもらってます。小、中、高では、私が出てきたときにはずっと《かおる君》を演じていたので今の生活がすごく楽しいです。

「行ってきます」

私は、私たちの通っている大学に向かいます。今日はできれば夕方まで私でいたいです。今週分の私たちのご飯を作らないといけないので。それにバイトがあります。バイトではかおる君を演じないといけないのですが、それでも立花さんとお話しするのがとても楽しみです。


午前の講義が終わり、お昼の時間です。今日は朝メールをして、同じ大学の友人と食べることにしました。

「あ、カオルこっちこっち」

「紗季さん、こんにちは」

今日も変身はばれてないみたいです。もともとかおる君が中性的な顔立ちをしていたおかげでもありますが、男には見えていないようです。体つきも小柄ですし、かおる君も毎晩ケアしてくれてるおかげです。

「今日もきれいだねぇ、カオルちゃん」

「言ってることがおじさんみたいですよ」

「へっへっへ、少しくらいいいだろ」

「ちょ、紗季さん、や、やめてくださいって」

「ははっ、何もしないって」

「もう、絶対するつもりだったでしょ」

「カオルは今日午後講義ある?」

「いえ、今日はないです」

「ならさ、どっかあそびいかない?」

「今日はバイトがあるので、ごめんなさい」

「えー、私よりもバイト~?」

「そんなこと言われても、無理なものは無理です」

「ちさと、カオル、やっほー」

「あ、やっほーです。麻里さん。」

紗季さんと麻里さんは同じ学科ですが、取っている講義が違うため、お昼にしか会うことができません。

「紗季、またカオルをナンパしてんの?」

「むぅ、今日は行けると思ったんだけどなぁ」

紗季さんはいつも私を誘ってくれるのですが、私がいつかおる君と入れ替わるのか私たちに把握できない以上長く一緒にいるのは避けたいのです。すみません紗季さん。

「ガードが固いのはいつものことじゃん。ね、カオル」

「私だって遊びたいですよ、今度空いてる日があったら連絡しますから」

「本当⁉ カオル絶対だよ!」

「はい、絶対です!」

「ねー、私は?」

「もちろん麻里さんも一緒ですよ」

「やったー、何してあそぼうかなー」

「まだ気が早いよ、麻里」

「あ、そろそろ準備しないと、私バイトに行ってきます」

「じゃあね、カオル」

「また明日」

「はい、また明日です」

私が私のままでいられる理由はかおる君とこの二人のおかげだと私は思います。だから、明日も二人に会える確信がなくても、また明日、と言ってしまいます。

「あ、バイト行く前にかおる君にならないと」

私は化粧を落とすために女子トイレに入りました。


誕生日

 バイトが終わり僕は立花を家に送った僕は、スーパーに寄り道をした。ご飯の作り置きがなくなったのを思い出したのだ。いつもカオルに一週間分の料理を作ってもらっているのだが、最近は彼女が夕方に出てくることがないので夕飯のストックが無くなっていた。一人暮らしを始めてから初めての料理を作ることになった。まぁ、何となくだができる気がする。なんせカオルにもできるのだから。

「えっと、野菜は適当に切って、鍋にぶち込んでっと」

約三十分くらいでほとんど完成した。僕にかかればこんなもんである。それにしてもどうしたものか、軽く作ったはずのカレーが約十日分ある。これはまあ何とかなるだろう。

「はぁ、カレーだけでもこんなに大変なんだよな」

僕はカレーを食べながらカオルにメモを残した。


《今日は僕が一週間分作っといたから、君が夕方出てきたときには食べていいよ。

                  P.Sアレンジをしてくれると助かります。》


「明日はゆっくりでいいか」

講義が午後からなのでアラームを十時にセットして僕はベッドに入った。


翌朝、目を覚ました僕は枕の上においていたスマホで時間を確認した。八時二十一分。まだ一時間以上も眠れるがその下に書いてあるものを見て目が覚めた。

 五月二十六日

僕、つまりカオルの誕生日である。

「やばっ」

何も準備してないことを思い出した。講義が午後でよかったことと朝からカオルじゃなくてよかったことを安堵した僕は急いで家を出た。


ショッピングモールについた僕はいろんな店を回った後、歩きながら唸っていた。

「去年は服を買っただろ、一昨年は化粧品、その前は美容品。もう何買ったらいいのか」

頭を抱えてベンチに座っていると、後ろから声をかけられた。

「先輩?何してるんですか?」

「おう、立花いいところにきたな。今ちょっと時間あるか?」

「はい、大丈夫ですけど」

「じゃああそこのカフェで話でもしようか。」

「それって、デートの……」

「なんか言ったか?」

「い、いやなんでもないです。それより早く行きましょう」

僕は立花の後を追ってカフェに入っていった。

「ところで立花は大学はいいのか?」

「今日は先輩と同じで午後からしか講義を入れてないので」

「あれ?僕午後からっていったっけ?」

「あ、いや、だって先輩もここにいるってことは講義がないってことですよね」

「まぁ、そうなんだけど」

「それより、先輩何か用があるんじゃないんですか?」

「そうだった。立花って何もらったらうれしい?」

「プレゼントですか? そうですね、私はアクセサリーとかいいと思いますけど」

「アクセサリーか、どんなのがいいと思う?」

「私はピアスとかが欲しいですけど、そのプレゼントをあげる人がどんな人かによりますね。

その、彼女さんとかですか?」

「いや、彼女とかじゃなくて、まぁ妹? 姉? 姉だな。姉に誕プレをあげるんだよ」

いつも料理とか身の回りのことをしてくれているし妹よりも姉だろう。これを聞いた立花はなぜだか少しほっとしているように見えた。

「お姉さんですか。先輩ってお姉さんがいたんですね。写真とかありますか? 良ければ私がアクセを選んであげますよ」

「写真か、ちょっと待ってくれ」

僕はカオルの写真をスマホの中から探した。見せるとばれる可能性があったが、カオルの変身技術はすごいので大丈夫だろう。

「これが先輩のお姉さんですか。とてもきれいな方ですね」

なんだか心が痛い、いろんな意味で。写真を見て立花は唸っていた。

「んー、ネックレスとかいいんじゃないんですか?」

「よし、買いに行くか。ここのお金は払っておくから」

「あ、ありがとうございます。って私もいっしょに行きますよ」



「先輩、これとかどうですか?小さなハート付きのネックレス。」

「あいつはハートってがらじゃないしな」

「写真を見た感じだと意外と似合いそうですけどね」

それを僕がつけるのは想像できないな。

「先輩? 聞いてます?」

「あ、ああ聞いてるよ。こんなのはどうかな」

「星形ですか? いいかもですね」

「ほんとか? じゃあこれにしようかな」

僕はスマホを取り出してさっき立花に見せたカオルの写真の首元あたりにかざした。

「うん、これにする」

「さっき見た時も思ったんですけどお姉さんとすごい似てますよね」

「そ、そうかな?」

「そうですよ。目元の吊り上がり具合とかそっくりですって」

「ちょ、立花、近い近い」

僕の手に持ったスマホをのぞき込むような体勢だったので目と目の間が十センチもなかった。

「す、すみません」

立花はそういうと顔を赤くして後ろに下がってしまった。

「僕はこれ買ってくるから、立花は先に出ててよ」

「はい、外で待ってますね」


大学まで立花と行き、僕は自分の講義室へ向かおうとしたが二人の悪党に絡まれた。

「おいおい、お兄さんよ。大学に彼女を連れ込むとか本当ですか?」

「ですか?」

寛太と壮太だ。この二人は僕と同じ科で、授業もある程度同じものをとっている」

「ったく、立花とはそんなんじゃねーよ。あいつにだって好きなやつはいるだろうし、僕にだっているにはいるんだ」

「お兄さんそれ本気で言ってる?」

「だめだ、寛太こいつは何も気づいちゃいねえ」

「何にだよ」

「「はぁ」」

二人のため息が見事にシンクロした。

「なんだよ二人して」

「いや、何でもねえよ。な、壮太」

「お、おう。何でもねえよ」

「まったく、変な奴だな」

「「お前にだけはいわれたくねえ」」

また二人は見事にシンクロをしていた。最高のコンビネーションだと思う。


午後最初の講義が終わり、次の講義まで二時間くらい空いていた。

「かおる、カフェいくか?」

「うん、いいよ。壮太も誘うかどうする?」

「あいつは先に行って席をとってるってよ。ちゃんと窓際とってくれてるといいんだが」


「おーい、かおる、寛太、こっちだよ」

「お、壮太お前いい席とったな」

「だろ? ここからなら外がばっちり見えるぜ」

寛太たちにとっていい席とは窓際らしい。僕が席に座ると後ろの話し声が聞こえてきた。

「ねー、カオル今日きてないのかな」

「紗季、それもう何回も聞かれた」

「だって昨日来てたから今日も来るかなって」

「あんたら付き合いたてのカップルかなにか?」

確か彼女たちはカオルの友人の紗季さんと麻里さんだ。

「今からさ、カオルの家に押しかけない?」

「紗季はカオルの家知ってるの?」

「いや、知らない」

「だめじゃん」

「今から年賀状出したいとか言って聞き出す」

「年賀状って、あんた今五月だからね」

「うぅ」

どうやら僕たちの家までは知らないらしいが、カオルと遊びたいようだ。彼女たちにはカオルと仲良くしてほしいので家を教えてあげたいのだが、事情が事情なのでいろいろめんどくさそうである。

「どうするべきか」

「そうだよな、お前でも悩むよな」

僕の独り言に返事をしたのは寛太だった。隣を見ると壮太も悩んでいる。

「ここだといい女は見ることができるが話すことができん。もっと交流をしないと」

「寛太、お前わかってるな。このままだと僕たちは一生童貞だ」

「お前えらの妄想に僕を巻き込むな」

どうやらこいつらは窓の外を見て自分の貞操の心配をしていたらしい。そんなしょうもない話をしている間に三時を過ぎていた。

「じゃ、僕は講義を受けてくるから」

寛太と壮太に「また夕方な」と別れた僕は講義室に向かった。

(そういえば今日は誕生日だから夕ご飯くらい奮発して少し高いものでも……。昨日のカレーが残ってたんだわ。) 

昨晩カレーを作った自分を恨みつつ歩いていると誰かにぶつかった。

「「きゃっ」」



私と、ぶつかった相手はお互いに尻もちをついていました。

「いたた、大丈夫ですか? って紗季さん?」

「あ、うん私は紗季だけど。あんただれ?」

「え?」

私はスマホの内カメラを起動して自分の顔を見ました。なるほど、今はかおる君だったのですね。

「えっと、わた…じゃなくて僕は以前合コンで一緒だった・・・」

「あ、そうゆうことね。ゴメンね、名前と顔覚えるの苦手なんだ」

「いえ、僕も隅のほうで座ってるだけでしたし」

私はそう言って紗季さんの手を取り、引き起こしました。紗季さんから合コンの話を聞かされて良かったと初めて思いました。ばれてないですよね?

「じゃあね、同じ大学だからまた会うかもだけど」

「はい、すみませんでした」

紗季さんは別の校舎に向かって歩いていきました。私はもう一度スマホを見ると三時十五分、講義の始まる時間です。

「うわっ、急がないと。」

小走りで講義室に向かいました。

 

午後の講義も終わり、私は紗季さんにメールをしました。

《今からなら空いてますけど、遊びませんか》 

五分ほど待つと紗季さんから返信が来ました。

《いいよ、麻里も誘っとく。中央駅前に集合!!》

私はトイレでかおる君服から私用の服に着替えて駅に行きました。


駅に着くとすでに紗季さんたちが待っていました。

「カオル、何したい?」

「カラオケとかだめですか? 私行ったことないんです」

「ちょっと紗季さん、この子お嬢様ですよ」

「麻里、丁寧に案内して差し上げなさい」

「二人してからかわないでくださいよ。ただ、今まで行く機会がなかっただけです」

「それではこちらになります、カオル嬢」

「だから違いますって、麻里さん」

そんなやり取りをしながら私たちはカラオケBOXにお邪魔しました。

「それにしてもカオルってお嬢様じゃないならなんでカラオケ行ったことがないの?」

「行く相手がいなかったからですかね」

「カオルってボッチちゃんだったの?」

「いや、そうのじゃないんですけど。もう、私の話はいいですから歌いましょう」

私は話を無理やり終わらせてマイクを持ちました。歌う曲はonly god clown アニソンの代表曲です。

「……放て god clown 」

「おぉ、カオルマジ上手い、本当に初めて?」

「ほんとですか?いつも聞いてる曲だったんで」

「初めてにしてはいい声出てたよぉ」

「紗季、その言い方エロい」

「麻里、その発想がエロい」

「もう、二人ともそんなこと言ってないで歌いましょう」

その後五時間くらいカラオケで歌い続けました。

「今日はありがとうございました」

「どういたしまして。てゆうかこっちこそありがとうだよ」

「そんな、急に誘ったのは私ですから」

「紗季も私も、お昼の時にカオルと遊びたいって話してたからね、ちょうどよかったよ」

多分昼にかおる君が聞いていた話ですね。

「じゃあ私は、バイトがあるからまたね、カオル」

「はい、紗季さん。また遊びに行きましょう」

「カオル、私たちも帰ろうか」

「そうですね。帰りましょう」



「カオルってさ、私たちに隠し事してない?」

駅が見えてきたくらいのところで麻里さんが聞いてきました。私は足を止め、麻里さんから目をそらすように下を向きました。

「私の勘違いだったらごめんね」

麻里さんは笑いながらそう言った後に歩くのをやめて私の方を向きました。

「……私は、麻里さんたちに隠し事をしているかもしれません」

「なにそれ、カオル自身もわからないってどうゆこと?」

「ごめんなさい、私にもわからないです」

私は麻里さんを見ました。麻里さんは目をそらさずに私を見てくれています。

「まあいいや、カオルがそれでいいんなら私は何も言わないよ。でもさカオル、本当に言いたい時は私じゃなくてもいいから、紗季とかさ、誰かに言いなよ。少なくとも私たちは心配するから」

私のことを心配してくれているのに本当のことを隠すのは悪いと思いました。

「麻里さん、私は……っ」

私は言葉を詰まらせました。言いたいことがあるのに、言ってしまいたい気持ちがあるのに心が、体が、それを許しませんでした。言葉を詰まらせた私は『何か』が抜けてその場に倒れてしまいました。

「カオル⁉」

麻里さんに呼ばれている気がします。返事ができないまま私は意識を失いました。




最後は一人

 目が覚めると知らない天井だった。窓からは朝日がさしている。ここがどこなのかはわかっている。随分とおかしな話だがぼくたちはそうゆうものなのだ。昨日のきおくをたどっていると部屋をノックする音が聞こえた。

「かおる、入るぞ」

ドアが勝手にあいて父さんが入ってきた。

「かおる、大丈夫か? いや、今はカオルか」

「僕だよ、父さん。大丈夫だと思う」

僕の寝ていたベッドの脇に父さんは座った。

「カオルに何かあったのか?」

「多分、昔のこと思い出したんだと思う。すごい嫌悪感が残ってる」

「そうか、すまんな俺のせいで」

「別に父さんのせいではないよ」

「かおる君、起きましたか?」

僕と父さんの会話に看護婦さんの声が廊下から割り込んできた。

「今、目が覚めたところです」

「先生を呼んできますね」

そういって看護婦さんは行ってしまった。しばらく待っていると、再びドアの前からノックと同時に声が聞こえた。

「かおる君、入りますよ」

「はい」

僕は返事をしたがそれよりも早く入ってきていた。勝手に入ってくるなら聞かないでほしいものだ。

「失礼」

医者はそういって僕の隣、父さんと正面を向く位置、に座って一枚の紙を僕に渡してきた。

「それを見てください」

「何ですかこれは」

僕のもらった紙を見た父さんが素朴な疑問を声にした。

「これは昨日かおる君の脳波を計測したものです。それとこちらが一般男性と一般女性の脳波を計測したものです。」

医者は父さんにもう一枚の紙を渡した。僕はもらった紙を見比べてた。なぜかβ波と書いてあるところだけが一般男性のものよりも異常に多く波打っていた。

「かおる君の脳にはほとんど異常は見当たりませんでした。一つだけ、あまりにも違いが出ていたのはβ波と呼ばれる『集中』『意識』などを表す波だけでした」

僕が見ていたところと同じところだ。

「t軸、時間を表したものに入力ミスがあるのではないかと確かめてみましたがミスはなく、何度確認しても一般男性の計測値の二倍前後の数値が出てくるのです。なにか心当たりはありませんか」

「僕は・・・っ」

僕は言葉を詰まらせた。カオルほどの嫌悪感やトラウマがないにしても体は言うことを聞かないらしい。

「かおるは、かおるたちは二人いるんです」

僕の代わりに父さんが話し始めた。僕たちは物心ついた時から二人だったこと、中学で起きたいじめのこと、高校からの生活や大学で一人暮らしを始めたことについても、大学の生活については僕は自分で説明した、説明することができた。およそ二十分ほど僕たちの人生談は続いた。

「大変でしたね」

話が終わると医者は何を言えばいいのかわからないような様子でそういった。

「でも、今の生き方に僕は不満はありません」

「それはかおる君の話している姿を見ればわかります」

少し恥ずかしい。

「今、お話しされたようにかおる君の体にはもう一人のカオルさんがいるのですね」

「はい」

「だとしたら、少しつらい選択をさせるかもしれません」

「何をですか?」

医者は僕たちの未来の話を始めた。今から進むべきであろういくつかの選択肢とともに。


二人の未来と三つの将来

 医者から言われたことは大きく分けて全部で三つ。

一つ、今のまま体を共有して生きていく

 僕たちの脳は通常の二倍以上の負担がかかっているらしい。一般に寿命は体の機能の衰えからくるので八十歳近くまで生きていられるはずだが、無意識に疲労などが溜まっていて脳への負担が大きくなり体よりも脳の寿命が先につきてしまうらしい。四十歳まで生きていられるかわからないそうだ。

二つ、僕たちのどちらかの意識を完全に消滅させる

 この方法が一番安全で確実と言われた。意識とは脳内を走っている電気の波の様なものであるため僕たちどちらかの波と正反対の波をぶつければ片方が消えて「一人」になるらしい。この場合寿命は体の機能が衰えるまで持つそうだ。

三つ、僕たち二人の意識を一つにまとめる

 僕たち二人の意識の波を計測し二つの波を一つにできるほどの衝撃を与える、もしくは抑えることによって意識を一つにまとめる。この方法は計測の値に寸分のずれも許さない精密な作業になるので成功率が二つ目よりも格段に落ちるらしい。

 正直に言うと僕はどれも完全には理解できなかった。ただ僕は、カオルに生きてほしい、それだけを強く願っていた。

「僕たちのどちらかの意識を消滅させるとおっしゃいましたが、消滅させる意識はどちらのものでも大丈夫なのですか」

「大丈夫だと思います。かおる君の意識もカオルさんの意識もどちらも同じくらいの強さの波なので安で言えばどちらにも大差ないと思われます」

「そうですか、よかった」

「ただし、命を預かる医者の立場からすればカオルさん、かおる君の意識をどちらか消すという行為は行いたくありません。言い方を悪くすればどちらかを殺すということに変わりはありませんからね」

「でも、僕はカオルを生かしたい。僕は消えてもいい。ただ、ただカオルに生きてほしいだけなんです」

「かおる、そんなことを軽々しく言うな。お前も俺たちの一人の子供なんだから」

「父さん、でも、」

「でもじゃない。いいか、俺はお前の意見に反対しているわけではないんだ。俺が言いたいのはその言葉は『かおる』のものであって、『カオル』のものではないだろ。しっかりと二人で話し合ってから決めなさい。それでもお前が消えるというなら父さんは止めない、それだけだ」

「わかったよ。先生、一週間、時間をください。カオルと話し合って決めるので」

「わかりました。どうするか決まった時には連絡をください」

そう言って医者は僕たちの病室から出て行った。はっきり言うと僕にカオルを生かす以外の選択肢はない。今まで不自由にさせていた分があるからだ。それだけが理由かと聞かれると別の理由もあるのだが。ただ、一つ問題があり、この話を聞いているであろうかおるは絶対に僕を生かそうとするのだ。僕はカオルを生かしたい。カオルは僕を生かしたい。この矛盾している意見をどうすればいいのだろう。僕はそんなことを思いながら病室のベットで眠ってしまった。カオルと入れ替わってしまうかもしれないのに。


私の決意

「んー」

私は目が覚めたら病院でした。昨晩の医者とかおる君との会話はしっかりと記憶にあります。私は、かおる君を生かしたいです。多分かおる君も私と同じようなことを考えているのだと思います。それでも、今までたくさん迷惑をかけてしまっていたので、これからは自由に生活を送ってほしいです。

「かおる君、おはようございます」

「わっ。お、おはようございます」

急に声をかけられたのでびっくりしました。ノックくらいしてください。

「ノックはしましたよ?」

あ、してたんですね。気づかなくてすみません。

「今はどちらですか?」

「私です」

お父さん以外から聞かれるのが初めてなので新鮮な感じがします。すでに私たちのことを知られているせいか嫌悪感もありません。

「今日で退院していただくことになっていますので帰宅の準備をしていてください」

「はい、わかりました」

ベッドの横にある棚から荷物をまとめて退院の準備をしました。準備といっても昨日来ての今日なのでカバンくらいしかありませんでしたけどね。

「かおる、起きてるか?」

「はい、おはようございます。パパさん」

「カオルか、おはよう」

「その、昨日だな、なんていえばいいのかわからないんだが。まあわかるだろ、昨日のかおるの時の記憶はあるんだろ?」

「はい、わかっています。かおる君と話しとかないとですね」

「わかてるならいいんだが・・・すまんないろいろと」

「こうなっているのはパパさんのせいではないですよ」

「そう言ってもらえると俺も助かるよ」

ノックとともに看護師さんが呼びに来た。私はパパさんと診察室まで行った。

「やはり体には異常は見当たりませんでした。かおるさん、昨日お話したことを検討していただけますか?」

今の質問は私に向けられたものではありませんでした。この体の持ち主がかおる君だとと思われているから。私は私であることを伝えたくて思わず言ってしまいました。

「はい、かおる君と話しておきます」

お医者さんは驚いていましたが私は気にしません。パパさんは深いため息をついていました。

「なんで君に似ているんだろうな・・・」

パパさんが何か言っていたが聞こえませんでした。いや、聞こえないふりをしていました。気づいてしまったら終わってしまうかもしれないから。



この体、私の体、君の体

 病院を出て私は麻里さんにメールをしました。

《昨日はすみません、途中で倒れてしまって。体に異常はないようでした。埋め合わせはしますから紗季さんには内緒にしてください》

メールを打ちながら私は昨日の最後の記憶をたどりました。紗季さんと別れて、麻里さんと駅に向かって、何か聞かれたような気がします。そのあとに私は倒れて・・・やはり思い出せません。直接聞いてみるしかないですね。私は自分のマンションに向かいました。


「ただいま」

誰もいない部屋に帰宅を知らせると、部屋からカレーのいい匂いがしました。一昨日かおる君が作ってくれていたカレーでしょう。かおる君がキッチンの片づけをしないからにおいが充満しています。しかも一晩どころか二晩寝かせてしまいました。スマホをカバンから取り出し、充電器にさすと二件のメモが表示されました。

《今日は僕が一週間分作っといたから、君が夕方出てきたときには食べていいよ。

                  P.Sアレンジをしてくれると助かります。》

《今日? 昨日? 一昨日? いつ君が見れるかわからないけど誕生日おめでとう。君は大学楽しんでるかい?僕はいつも通りだけど君が楽しんでくれてると僕もうれしいかな。誕生日プレゼントはカバンの中にあるかテーブルの上にあります。よかったらつけてみてください。これからもよろしく》

 昨日、私と入れ替わる前に書いてくれてたんですね。あんな話を聞いた後ではこれからもよろしくなんてかけませんから。私はスマホを置いてカバンの中を探しました。

「あ、多分これですね」

小さな箱を開けると中には星形のネックレスが入っていました。昨日の午前中の記憶はあるのでわかってはいましたがそれでも私は嬉しい気持ちを隠し切れませんでした。ただ、ここにいる誰かに言い訳をするように

「ハート形がよかったなぁ」

と笑みをこぼしながらつぶやいていました。


カレーを食べ、かおる君に頼まれたように少しアレンジしたものを作り終えた後、私はパパさんに電話をしていました。

「どうした、かおる」

「パパさん、私です」

「カオルか、珍しいな、どうした」

「さっき病院で聞きたかったことがあったんですけどタイミングがなくて聞きそびれちゃって。いま大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だ」

「なんて言ったらいいのか私自身もあまりわかっていないんですが、かおる君は最初は双子の予定だったんですよね」

「……あぁ、そのことはかおるにも言ってないんだが、どうしてわかったんだ?」

「違和感はいくつかありました。かおる君が男の子のわりには身長が低めなこと、体つきが女性に近いこと、そして私がかおる君の中にいること。多分かおる君は双子だったのに途中で混ざり合って一人として生まれてきたんじゃないかって思いました。」

「やっぱりわかるものなのか?」

「いいえ、確信していたわけではないです。最初はただの違和感だけでしたけど昨日ののお医者さんの話を思い出していてふと思ったんです。どうして一般女性の脳波を計測したものを用意したのか。それは多分お医者さんは私たちが二人だったことを知っていたんじゃないかって。だから、女性である私の脳波と男性であるかおる君の脳波を比べるために二人分の脳波をもってきたんじゃないかって」

「すまんな、別に隠したくて隠していたわけではないんだ」

「わかっています。かおる君と私のためですよね」

「あぁ。それで、俺はカオルの思いをまだ聞いていないんだが、お前はどうしたいんだ?」

「私は、かおる君に迷惑をかけたくはないので私が消えたいと思います」

「カオルはそれでいいんだな」

「はい。大学を途中でやめるのは惜しいですけど、十分楽しませていただきました」

「でも、それだとかおるが納得しないぞ」

「私が説得します。なので、パパさんは何も言わないでおいてください」

「わかった。もし、お前の考えが変わっても俺は二人で決めたことなら文句はない。ただ、どちらかの考えを一方的に押し付けたりしなければ、俺はその意見を尊重する。それだけだ」

「わかりました。決まったらその時にまた報告します」

私はそう言って通話を切りました。わかってはいたことですがかおる君と私が双子だったことには正直認めたくない部分もあります。でも、そうなってしまったのは仕方のないことだから、だから私はかおる君にはちゃんと生きてほしいと思います。体のない私の分まで

「さて、どうやってかおる君を説得するかな」

私は独り言をつぶやきながらベットの上に寝ころびました。少しずつ、瞼が重くなってそのまま眠ってしまいました。



過去の記憶

 これは私が小学生で学校では『かおる君』をしていた頃。自分のクラスに入ると男子たちが一人の女子をいじめていました。『いじめ』をしているという感覚は、その子たちのはなかったんだと今の私は思います。

「お前のせいでクラス対抗リレーが最下位だったんだよ」

とクラスの中心人物だった男子が言いました。

「そうだそうだ」

とありきたりな返事を周りの男子たちもしています。女の子はクラス対抗リレーを一生懸命走っていました。それはだれの目から見てもわかることでした。それなのにその女の子は何も反論したりせず黙ってうつむいています。きっと内気な子だったのでしょう。それをいいことに男子の一人がこう言いました。

「みんなそう思ってるんだ。なあ、女子もそう思うよな」

女子たちは何も言わずにコソコソと話して笑っています。私は当時カオルであることをかくしていたので、ここで感情的になるとバレてしまう。そう思ってあまり関わらないようにしようと思っていました。

しかし、中心にいた男子がその女子の頭を軽く殴りました。

「お前みたいなやつはこうやって痛みつけないとわからないんだよ」

どこで覚えたのかわからない。強さを見せつけることがかっこいいと思っていたその男子はもう一度女の子の頭を殴りました。

「やめて!!」

 私は思わずその男子と女の子の間に入りました。できるだけ感情的にならないように自分を抑えながら。

「なんだ? お前、そいつの味方をするのか?」

「君がこの子を殴りつけるんだったら僕はこの子の味方をする」

 私としてはこの子が反論しないことに怒りを覚えていたので口喧嘩に終わるのならそれでいい、そう思っていました。しかし暴力をふるうのならば話は別です。体の大きい男子が女子に手を挙げる、そんなの女子に勝ち目なんてないじゃないですか。それを理不尽に思った私は思わず仲裁に入ってしまったのだと思います。

「お前はそいつのせいで負けたと思わないのか?」

「ええ、私は思わない、だって一所懸命に走ってたじゃない」

「なら、一所懸命に走ってなんであんなに遅いんだよ」

「足の速さなんか人それぞれでしょ、そんなこともわからないの」

多分私は余計な一言を言ってしまったんだと思います。いつの間にか口調も変わっていました。それ以降クラスのみんなからはぶられるようになりました。私はそれがつらくて苦痛でした。私のことでいっぱいいっぱいで、転校したい、そうパパさんに告げました。かおる君には悪いことをしたと思っています。多分こんなことがなかったら今よりももっといい生活ができていたんじゃないかと思います。転校してからも私はかおる君を演じていましたが、それも意味がなく、転校先ではかおる君があまり友達と話すことなく、そのまま卒業していました。私が犯した罪は許されないものだと深く心に刻みました。



僕に伝えたいこと

 目が覚めると見慣れた天井だった。昨日病院から帰ってきたらしい。僕はふと今見ていた夢についていろいろ考えた。多分今のはカオルから見た時の記憶だろう。僕はあの時にカオルのことが好きだったのだがカオルはあの行為で僕に迷惑をかけたと思ってるみたいだった。僕は別にそんなことはなかった。確かにいじめを受けたのは少しつらかったけど、あそこで見て見ぬふりをするほうがつらかった。転校先で友達を作れなかったのは仕方のないことだし、別にカオルが気にするようなことでもなかった。でも、カオルのことを知ることができてよかった。僕はやっぱりカオルのことを生かしてあげたいと思った。

 

スマホを手に取るとロック画面に僕の買ったネックレスを付けたカオルの写真があった。

「やっぱり似合ってんじゃん」

そう呟いて僕は父さんにショートメールを送った。

《父さん、カオルと僕が双子だったってホント?》

《ああ、本当だ》

父さんから帰って生きたのは短い一言だけだった。でも僕はそれが父さんのやさしさだと思った。僕のことを思ってるからこそ余計なことは聞かないでくれているのだ。まあ、昨日カオルがお願いしたおかげかもしれないけど。

 僕はカオルに向けて再びメモを残した。

《カオル、もしも君が嫌じゃなかったら医者の言っていた僕達二人の意識を合わせるっていうのにしてみないか。過去の記憶を見たときに君の感情も伝わってきたんだ。あれは君が悪いわけではないんだ。僕自身もああいう風にしていなかったらきっと後悔していたと思う。もし、それでも悪いと思うなら君一人で背負おうとするな。僕にもその罪はある。だから、僕と一緒にその罪を償っていけばいいじゃないか。君だけ消えるなんて僕は許さない。生きるときも死ぬときも僕は君と一緒がいい。それだけはわかってくれ、僕は君だけを死なせたりはしない》

カオルがいつこのメモを見てくれるかわからないので、とりあえず大学の講義をうけに行くことにした。


告白

 私が目を覚ました時そこは大学でした。かおる君は講義中に寝てしまったのでしょう。講義が終わり、私はかおる君のメモを見ながら、紗季さんたちとカフェに向かいました。

「…おる、カオル、聞いてる?」

「あ、すみません。考え事をしていました」

「もう、しっかりしてよね。麻里がかまってくれないから寂しいのよ私は」

「あんたがしつこいからでしょ」

「ほらまたそうやって」

「あの、紗季さん、麻里さん、もし、私がいなくなったらどうします?」

「どうって、私は死ねる」

「いや、そういう答え求めてないでしょ」

「んー、私そういうシリアス苦手なんだよね。本当にカオルがいなくなるわけではないんでしょ?」

「私は、正直つらいよ。今までこれだけ仲良くしてきたんだから。急にいなくなられるとやっぱりつらい」

「私も同じかな。でもカオル、そんなこと言わないでよ。フラグが立ってるよ」

「紗季さん、冗談じゃないかもしれないんです。ただ、二人にはちゃんと言っておくべきだと思ったので」「カオル本当に今でいいの? この間倒れたこと忘れてるんじゃないでしょうね」

今の一言で大体わかりました。多分記憶がないところは麻里さんに聞かれたくないことをきかれて、言いたくないことを言おうとして無理して倒れたんだと思います。でも今なら大丈夫ちゃんとかおる君の思いが伝わってきたから、私を救いたいという気持ちがたくさん、たくさん伝わる言葉をもらったから。

「はい、今がいいんです」

「わかった。ほら、紗季ちゃんと聞く!」

「わかったよ。それで、何?」

「実は私、男の子だったんです」

「え?」

「え? なんて?」

「男の子だったんです」

「そこじゃなくて、いや、そこなんだけれども」

「カオルがオトコノコ、オトコノコ……」

「ちょ、カオル、紗季がフリーズしてる」

「え!? 紗季さん大丈夫ですか?」

「あ、あぁ大丈夫、話を続けてくれ」

「本当に大丈夫ですか?」

「わかってる、カオルはオトコノコだろ?」

「ならいいのですが、じゃあ続けますね。実は私はもう一人いて、そっちが体の持ち主でこうやって私が出てきたときに体を借りているということなんです」

「なるほど、わからん」

「紗季、ちゃんと頭回して」

そのあと、私は二人から質問攻めにあいました。

「なるほど、つまりカオルはかおる君の体をかりてこうやって生活をしていると、トイレは基本女子トイレを使う、胸はパット入り、‐‐‐はついていると」

「なんか最初以外ほとんどいらない情報でしたが、その通りです」

「それで、それとカオルがいなくなることとどう関係するわけ?」

「実はそのかおる君の寿命を削り続けているので、どちらかの意識を消すか、合わせるかしないといけなくなったんです。それでかおる君から一緒にならないかと提案を受けたので、もし成功すれば私が私ではなくなるのではないかと思って」

「別にカオルが消えるわけじゃないんでしょ?」

「なら、もしそのかおる君と合体しても私はカオルと仲良くしていく自信はあるよ」

「そうだね、多分そのかおる君もいい人でしょ、カオルを見てればわかるよ」

「だからさ、カオル、私たちのことは心配しないでカオルの好きにしたらいいじゃん」

「紗季さん、麻里さん」

「まぁ合体した後でもカオルの格好で来てもらうから特に問題はないしね」

「え? ちょっと、性別どっちになるのかわからないのに、今決めとくんですか?」

「だって私はかわいいカオルに会いに来てるんだもん」

「まぁ、どっちにしろ私たちとは仲良くしてよね」

「ありがとうございます」

私は本当にいい友達に出会えることができました。これもすべてかおる君のおかげですね。私はパパさんに伝えるべく、少し席を外して電話をかけました。

「パパさん、私たち決めました。私はかおる君と一つになって暮らしていきたいです」

「それは、お前たちが決めたことなんだな」

「はい、私が納得させられた感じになりましたけど、これは私の意志でもあります」

「わかった、医者には俺から言っておく。詳しいことは後で連絡する」

「お願いします」

私はこれでいいと納得しました。それなのに不安が残っています。

「大丈夫、私たちは双子なんだから」

根拠になっていない根拠を口にして、不安を取り除こうとしました。パパさんからのメールがきたあとでもその不安は消えませんでした。





僕は病院にいる。先日父さんから受け取ったメールをみてちゃんと時間の十分前には病院にいた。

「かおる君」

僕は呼ばれたのでそのまま手術室に向かった。別にメスなど使うわけではないので麻酔もせずに大きな機械の中に頭を入れ手術を待った。三時間で終わるということしか理解できない説明を思い出しながら、「まぁ、双子だしな」と独りつぶやいて、そのまま眠りについた。




「かおる君?」

「君は、カオルか?」

「そうですね、初めましてかおる君、こうやって会うのは初めてですね」

「カオル、会いたかった。ずっと、ずっとこうやって会えたらいいのにって思ってた」

「多分これはお互いの夢の中でしょうね」

「ああ、それでも君に会えてうれしいよ」

「手術、うまくいくといいですね」

「きっとうまくいくさ僕たちは双子だったんだろ? 相性もばっちりさ」

「そうだねきっとうまくいく。うまくいきますよね」

僕たちは手術が終わるまで、一人になるまで、ここにいたいと、そう思っていた。



手術開始から約二時間、

「そろそろ電波を流し込むぞ、スイッチを貸してくれ」

「今流してしまうと危険です。両方の意識が弱くなってしまいます」

「大丈夫だ、二つの意識をあわせると正常に戻る」

「大変です、先生、波が弱くなっています」

「いや、それでいい二つが合わさって一つが消えようとしている証拠だ」

「いえ、弱くなっているのは片方の波です。このままでは消えてしまいます」

「くっ、どうしたらいいんだ、今までの事例がなさすぎる」


 

「やっぱりさ、僕たちは一人になれないんだよ」

「そうみたいですね」

僕たちは夢の中で話していた。

「双子だからとか言ってさ、何の根拠もなく言っちゃったけど無理なんだ」

「はい、わかってます」

「だからさ、僕が消えるよ。だましたみたいになったけど、やっぱり僕がいなくなる」

「だめですよ、かおる君」

「なんでだよ、僕は君に何もしてあげられてない。だから最後くらいいいかっこうさせてよ」

「だめです。私は、かおる君は最初からそのつもりだということをわかってて、それを止めに来たんできたんですから」

「やっぱり、カオルに隠し事はできないな」

「私たち文字通り一心同体ならぬ二心同体ですもん」

「でもさ、カオルには生きてほしいよ」

「だけど、この体はかおる君のものです」

「もしかしたら君の体だったかもしれないものなんだよ?」

「それでも結果的にはかおる君の体になりました」

「なんで、なんでカオルは僕を生かそうとしてくれるの?」

「私はかおる君に今までいっぱい迷惑をかけてきました。小学校の時や中学校の時、今でも迷惑をかけ続けています」

「そうだね、僕が消えるって言ってるのにちっとも聞いてくれやしない」

「茶化さないでください。だから、かおる君にはもっと気楽に生きてほしい。私が消えた分の半生をかおる君に生きてほしいんです」

「カオルはさ、僕も同じ気持ちだってことわかってる? 僕たちは平行線で話が進まないよね」

「はい、そうですね。でも、すぐに時間は来てしまいます。だからかおる君、あきらめて私の分まで生きてください」

「それに僕が『はい、わかりました』っていうと思った?」

「思っていません。でも、かおる君なら言ってくれると信じています」

「……カオル!!」

彼女の体の薄れが僕のよりか少し早くなった。

「やっぱり、私は生きることを許されないんですね」

「なんで、僕のほうはこんなに意識があるのに」

「私は、生きてたら駄目だったんですよ」

「そんなことない。誰が何と言おうと僕は許す。だから、だから・・・」

「私はかおる君の口から聞きたいです」

「今になって何を言わせるんだよ」

「生きたい、それを聞いたら私は安心して消えることができます」

「いやだ、君が死ぬなら、僕も一緒に死ぬ」

「かおる君、」

「いやだ、何も聞きたくない」

「かおる君」

私は少し強めに彼を呼びました。彼は少し驚いて私のほうを見つめました。

「かおる君、これはどうしようもないことなんです。かおる君の体に私が生まれて、私の体にかおる君が生まれなかったように。仕方のないことなんです」

「そん……な、仕方のないって……」

「かおる君も、早くあきらめて生きるって言ってください」

「わかったよ、僕は生きる、生きるから、カオル、消えないでくれ。ずっと一緒にいてくれ」

僕はこの時、気づいてしまった。気づかないほうがよかったのかもしれない。そのほうが僕は楽だったのかもしれない。

「カオル、こうなることわかってて手術をうけたの?」

「なんとなくですが、こうなる気はしてました」

「やっぱり最後まで、僕はカオルに何もしてあげられなかったよ。それどころかカオルから大きなものをもらってしまった。僕はどうやってこの借りを返せばいいんだ」

「返す必要なんてないですよ。私もかおる君が思っている以上にいろんなものをもらいました」

「僕は何もしてないよ」

「そんなことないですよ、昨日だってあのネックレスうれしかったです。たまに私のことを気遣って、ご飯つくろうか? って聞いてくれたりもしました。かおる君が私を大学にも通わせてくれました。そして何より、今までずっと一緒にいてくれました。私は、それだけで十分です」

「そんな、僕は何もしてないじゃないか」

「それでいいんです、それがかおる君のすごいところです」

「カオル、体が……」

カオルの体が少し、また少し薄くなっていく。

「もう、お別れの時間ですね。私のこと忘れないでくださいね」

「当たり前だろ」

「そうですね、ずっと一緒でしたしね」

「本当は僕が代わりになってあげたいけど……」

「またそんなこと言って、私が守ってあげるんですからしっかりしてください」

 私は笑顔でそう言った。

「カオルはさ、怖くないの?」

「怖くないです。でも、かおる君がそんな顔をしていたら私は心配でここに残りたくなります」

「ごめん」

「そんな言葉が聞きたいのではありません」

私はムッとした表情でそう言った。

「ありがとう、カオル」

「笑顔が足りないのでやり直しです」

僕の頬は濡れていた。夢の中なのに濡れていた。

「ありがとう、カオル元気でね」

「はい、合格です。かおる君も元気でいてくださいね。」

「うん」

「じゃあ私はそろそろ行きますね」

私は最後まで笑顔でいた。でも、私の手を彼がつかんだ。

「待って」

カオルは振り返ってくれた。もう、行ってしまうとおもっていたのに。カオルが後ろを向いたとき、僕の唇を、カオルの唇と重ねた。

「っん」

彼女の消えそうな体を抱き寄せた。

「カオル、最後くらいさ、大丈夫だから」

僕は笑いながらそう言ったつもりだった。でも、僕の声は震えていた。きっと彼女の鼓動に反応して震えているんだ。

「私のファーストキスをあげたんですからもう泣かないでください」

そう言っているカオルも涙を流していた。

「カオル、僕はきみのことが好きだ」

私は思わず笑ってしまった。

「何がおかしんだよ」

「普通、順番反対ですよね」

「いいだろ、君がもう行くなんて言うから」

「こういうのって返事をした方がいいのですか?」

「いや、べつにそういうのじゃないからいいよ」

「わかりました。じゃあ、本当にサヨナラですね」

「うん。じゃあね、カオル」

「かおる君、ちゃんと他の人も好きになってくださいね」

そう言って私はかおる君の頬に口づけをした。

「さよなら、かおる君」

彼女は僕の目の前から姿を消した。最初からいなかったかのように。

「他の人もって……。最後にあんなことされたら、しばらくは無理だよな」

僕は彼女を抱き寄せた手を握った。そのこぶしの上には僕の涙が落ちてきた。あふれんばかりの彼女との記憶を映して。

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君の中にいてもいいですか? 青りんご @oneesannhoshi-

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