最終話 たとえばこんな恋の始まり

「……まぁ、なんといいますかね。こういうのって珍しくない話だと思うんですよ。全力の試合をした後に、ころっと次の試合で負けちゃうみたいな。燃え尽き症候群というか、スラムダンク症候群というべきか」


「……うん、そうかもしれないね」


「なに言ってるんですか。どう考えても、二回連続でエンカウントのダイスロールでファンブル出して、竜級のモンスターと闘うことになったからにきまってるでしょう。ほんと、南無ってますね加賀さん。TRPG向いてないんじゃないですか。ここまでダイス運がないプレイヤー、長いことこの界隈にいますけど出会ったことがないですよ」


 ひーんと泣いて謝るのは加賀さん。

 彼女は白いテーブルの上に突っ伏して、おいおいと泣いた。いい歳して泣いた。まずぜったい嘘なきだろうけれども、それでも情感たっぷりに自分のヒキの悪さを嘆いた。


 VR装置から降りてテーブルを囲んでいる僕たち。

 何をしているかと言えば、なんてことはない。先ほどのプレイの反省会である。

 プレイにおいて何がいけなかったのか、どういうところがまずかったのか、また、逆にどのプレイがよかったのかと、店員の栖原さんを交えて僕たちは分析していた。


 そう――。


 結局僕たちはあの大逆転劇の後、あっさりと、そして、あの熱闘はいったいなんだったのかというくらい、あっけらかんとモンスターたちに蹂躙されて、ゲームオーバーを迎えてしまった。

 王道のルートを外れた時点で、険しい道は覚悟していたのだけれども、それでもあまりにもあっけなく死んでしまったのは、自分でも驚きだった。


 その敗因について研究すれば先ほどの一言に尽きる。


「まさかまさかの連日のドラゴン訪問。どれだけドラゴンに好かれているんですか。なにかドラゴンに好かれる星の下に生まれているんですか。えぇ、加賀さん」


「ドラゴンに好かれているのは森野さんの方ですよ!! ちょっと、森野さん言ってやってください!! 諏訪部ボイスで言ってやってください!! お願いですから!!」


「……すまない!! 肝心な所で役に立たないドラゴンスレイヤーで本当にすまない!!」


「そういう内輪ネタとかいいですから!! はーもう!! ちょっと、素人にしてはなかなか骨のあるプレイングじゃないですかと、感心した私の気持ちを返してくださいよ!! このへっぽこコンビ!!」


 返す言葉も何もない。

 兎にも角にも言葉の通り、ダイスのヒキがここという所で最悪の加賀さんは、五日目のエンカウントダイスロールであろうことか1を引き当てた。それにより、まさかまさかの竜級との再戦と相成ったの。


 既に四日目の激戦によりSPは枯渇。

 一発しか放てないスキル【炎の矢】を外した時点で、僕たちは詰んだ、もうどうしようもなくなった。


 そして、竜の吐く炎の吐息に一方的に嬲られて、息絶えることとなったのだった。


 GameOverである。


「いや、言っちゃ悪いかもですけれど、このゲームのバランスも相当に悪いですよ。もうちょっと初心者に優しいシステムにするべきかと」


「あにおう。あたしが設計して、天下のKADOKAWAが改修した、このゲームシステムにケチをつけるっていうのかい!! えぇ、このTRPGおぼこが!!」


「TRPGおぼこって!! 言い方をもうちょっと考えてください!!」


 まぁまぁ二人とも落ち着いてと間に入る。

 ゲームを通して、少しは仲が良くなるかと思ったけれど、負けてしまえば元の木阿弥。加賀さんと栖原さんは、最初に出会ったときと変わらない、なんだかとげとげしい感じになってしまった。


 まぁ、仕方ないだろう。

 やっぱりゲームに負けてしまうと、荒んでしまうのは仕方がない。

 なまじ本気でそれにトライしていれば――なおのこと感情の持って行く先もなくなってくる。こればっかりはもうどうしようもないことだった。


 僕にしたって、悔しい部分がないわけではない。


「だいたい最初から、こちらが用意したシナリオに沿っていれば、楽しく勝って帰ることができたんですよ。プレオープンですよ。お接待みたいなものですよ。なにより、リピーターありきの商売ですよ。なのに、こんな結果――スポンサーにあわす顔がない!!」


「あ、割と現実主義なんですね」


「もっとこう、私だってお客様に楽しんでもらって云々とか、そういう言葉は出てこないの。そんなだからこんなぶっ壊れシステムしか開発できないのよ。守銭奴」


「シャーラップ!! 人間にはね、時にプライドを投げ捨ててまで、やらなくちゃならないことがあるし、やらなければならない時があるの!! 私にとって、今がそれなの!! だから、そういうのは放っておいてちょうだいな!!」


 ただまぁ、最初に会った時のミステリアスな雰囲気から、栖原さんはちょっと変わったように思う。


 どこか世を拗ねた目で見ているような、そんな感じがする人だったのだけれど、こうしてゲームが終わってみるとまるで違う。その奥に、行動原理に、熱いモノが籠っているというのが伝わって来た。

 彼女はそう言っているけれど――実際には全力で僕たちに楽しんでもらおうと、できる限りの努力をしたのだろう。その上で、僕たちのプレイングと運が、ちょっと足りていなかった。それだけのことだ。


 まぁけれど。


「……負けはしましたけれど、楽しかったですよVRTRPG。栖原さんが、心血を注いで作ったのがよく分かるものでした」


「……そんな、おべっかを言われましても、ねぇ」


「……まぁ、今までにない体験という点については認めるわ。負けちゃったのは本当に悔しい。最初のゲームを、敗北で飾るのは惨めなものです。けど、クソゲーと放り出すほどに酷いものではなかった」


「……割と近しい文句を言っておいてそれですか。ちょっと信じられないですね」


「褒めてあげてるんじゃないのよ!! 素直じゃないわねぇ!! ほんと!!」


 やいのやいのと言い合う加賀さんと栖原さん。

 やれやれ、どうやら、この二人、何処まで行ってもこの調子なのは間違いなさそうだ。


 クライアントが会議の場で、いきなり喧嘩をし出すなんてのは日常茶飯事である。こういうい時の話題のそらし方は心得ている。

 僕は、加賀さんの前に出ると、栖原さんに頭を下げた。


 うん。まずはお世話になった人に、素直に感謝だ。


「ありがとうございます栖原さん。貴重な体験をさせていただきました」


「……いえ、それはこちらのセリフです。お二人が遊びに来てくれたおかげで、正式オープンに先立って、貴重なプレイレポートを得ることができました。この経験を活かして、よりよいシステムで正式オープンを迎えることができます」


「そうですか。僕たちのプレイが、多くの人の喜びに繋がってくれるっていうなら、嬉しい話です」


 感謝の言葉を贈れば、感謝の言葉が返ってくる。

 まぁ、よっぽどひねくれた相手でもない限り、あるいは、やらかした案件のおためごかしでもない限り、それは間違いのないことだ。


 ゲームには負けてしまったが、ゲーム自体を楽しめていない訳ではない。

 いや、むしろ、存分にゲームを楽しむことはできていた。

 負けが確定するその瞬間まで、僕たちはあらんばかりの知恵と勇気を持ち出して、このVRTRPGにトライしていた。


 カウンター越しに手を差し出す。

 ビジネスマン、あるいは、社会経験をそこそこに積んだ、大人としての挨拶。この貴重な体験に、心からの感謝を表して僕は握手を求める。


 少し放心してから、栖原さんはそれを握り返してくれた。

 顔は心地ピンク色に染まっていた。


「本日はどうもご来店ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


「えぇ、今度は絶対に負けません」


 もっとTRPGについて勉強してから再戦させていただきます。

 偽りのない本心を告げて、それから僕は彼女から手を離す。

 すると、なぜか隣で加賀さんが顔をむくれさせていた。


 これはもしかして――妬いてくれていたりするのだろうか?


「不愉快ですね。こんなクソゲーの作者に、敬意を払うだなんて。ダメなシステムを作った奴には、はっきりと、ダメだししてやらないと、いつまでたってもシステムはよくならないんですよ」


「……ちょっと、加賀さん」


 違った。

 単純に、システムエンジニアとして、ゲームの仕上がりに思う所あって怒っていたのだ。けど、そんなムキになって怒るようなことでもないと思うんだけれどな。


 本当に、今回は運が悪かっただけで。


 けど、と、前置いて――加賀さんの顔が不意にほころぶ。

 怒っていたのから一転してそれは、なんだか眩しい、とても満足げなものだった。


「クソゲーほど、意地でもクリアしたくなるものなんですよ。ですから、また時間を見つけてリベンジしに来ます。今度は絶対に負けませんからね」


「……無茶なロールをしなければいいだけでは?」


「敷かれたレールの上を走るTRPGなんて、TRPGの意味ないでしょう!!」


「……初心者ほど、そういう勝手な理論を振りかざす。こっちがどれだけ入念に、シナリオを練ってきていると思っているんだか。アドリブの大変さもしら」


「いい感じに話を落とそうとしているんだから!! ほんと素直じゃない!!」


 ほらとひったくるように加賀さんが栖原さんの手を握る。

 ぎょっと目を剥いた栖原さんだったが、しばらくしてからその顔に笑顔が満ちた。

 それを見て、伝搬するように加賀さんも口元を緩める。


「ちゃんと調整しておきなさいよ。私たちみたいに、クソゲーに理解のあるプレイヤーばかりじゃないんだから」


「えぇ、それはもちろん、ばっちりと」


 それじゃぁと手を離した加賀さん。

 行きましょうかと席を立ち、僕の手を引くと彼女は白い部屋の中を出口に向かって歩き始めた。


 またのご来店、お待ちしております。

 そんな言葉に背を向けて、僕たちは部屋の扉をくぐり、エレベーターへと乗り込む。すぐに来たそれに入って、再び振り向き白い部屋を覗き込めば、その中で本当にうれしそうに栖原さんは微笑んでこちらに手を振っていた。


 ゆっくりと閉まるエレベーターのシャッター。


「また、絶対にリベンジしに来ましょうね」


「……うん」


 そんな言葉と共に、僕たちの幻想的な体験は終わりを迎えたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 時刻は夜の八時過ぎ。

 夏も盛り。すっかりと日の出日の入りまでの時間が長くなったというものの、流石にこの時間ともなればすっかりと辺りは暗闇の帳の中だ。

 目の前のLoftから出てくる若者たちを眺めながら、僕と加賀さんは、なんだかようやく現実に戻って来たのだなと言う感じにため息を吐きだした。


「……どうします。これから、更に反省会ということで、お洒落なバーにでも行きます?」


「うわ、なにそれ、とってもデートっぽい」


「しかし残念ながらお洒落なバーにとんと縁のない私なのであった」


「ミートゥー」


 けたけたと、お互いの異性に対するエスコート能力の無さを笑いあう僕と加賀さん。

 とても大人のお付き合いとは言い難い、マニアックでディープな遊びの後だったけれども、それだけにだろうか、気持ちはぐっと縮まったような気がした。


「矢場町駅まで歩きますか」


「そうですね」


 二人ぶらぶらと駅まで向かって歩き出す。

 カップルという感じではなかった。

 かといって、何かこうスレた感じのものでもなかった。

 二人の間にあるモノを形容するならば――たぶん友情だとかそういうものだと思う。


 強烈な異世界仮想体験の果てに芽生えるものがそれとは、ちょっと笑える。


「なんかちょっと思っていたのと違いますね」


「ですねぇ。もっとこう、SAOみたいに、ゲームを終えて、ぐっと二人の距離が縮まるかと思ってました」


「……世代ですねぇ」


「……世代ですよ。こればっかりはね」


 VRTRPGの世界に、あこがれた仮想世界でのロマンスを見ていたのは二人とも同じ。けれど、いざその世界を駆け抜けてみれば、残っているのはまた違う感情。

 はたしてそれがTRPGだからなのか、それとも、男と男のキャラクターだったからなのかは分からない。あるいは二人が、オンラインゲームのトッププレイヤーだったなら、芽生えた感情は恋愛だったのかもしれない。


 けれども、そこは二人はへっぽこ。

 オンラインゲームもさっぱりならば、TRPGでさえ間抜けなプレイしかできない、初心者プレイヤーなのである。

 そこに文学的ロマンスを求めるのは、ちょっと早いのかもしれなかった。


 あるいはここから恋愛感情に発展していくのかもしれないが。


「森野さん、次は本当に本当に、絶対に勝ってやりましょうね」


「えぇ。キャラクターも練りこんで、システムもよく理解して、再チャレンジです」


 お互いに握り合う手には熱意が籠っている。

 打倒、VRTRPG。打倒、栖原さん。目指せ、アルベールとレオの敵討ち。

 そういう気持ちで満ちている。


 男と女が、夜の街を手を握り合って歩くなんて、そんな恥ずかしいことよくできたものだ。けれども、そんなこと気にならないくらいに、僕たちの仲で久しぶりに熱い何かがたぎっていた。子供の頃に置いてきた、何かに熱中するという感情が。


 今はなんていうか、それだけで十分なのかもしれない。


 三十歳を過ぎて独り身だといろいろと周りがやかましい。

 そんな焦り、そんな思い込みから始まった、思いがけない二人の関係。

 たぶん、加賀さんも思っていたことは同じだろう。僕に近づいてきたのも、そういう部分が多少なりともあったに違いない。


 けれども――。


「今は恋よりも何よりも、楽しい物があるんだから、そっちを優先すべきでしょう」


「そうですよね。大切なものがあれば、恋愛なんて二の次でいいですよ」


「人間好きなことをやっているのが一番」


「そもそも、結婚だの子供だの焦っても仕方ないですものね。それに、急いてはことをなんとやらともいいますし。お互いの趣味に理解のある関係じゃないと、同棲だろうと結婚生活だろうと、きっと長くは続きませんから」


「まったく」


 もうちょっと寄り道してみてもいいんじゃないだろうか。

 そんな穏やかな気持ちにどうしてか、なっている自分がいるのだった。


「……まぁけど、これ、VRTRPGにどっぷり嵌るとなると、理解してくれる相手ってなかなか少ない気もしますね」


「あ、分かります、分かります。TRPGでもちょっと難しいかもって所に、これですからねぇ。しかも、結構お値段のかかる遊びですし、おすし」


「男同士、女同士で遊んでる場合ならいいですけど。男女混ざってとなると相当ハードルは高くなってきますよね。なんか、うん、ちょっと今から不安」


「なまじ一緒に寝ちゃってるわけですからね。あーやらしい。はたして、人類はこの新しい文化についてくることができるのか」


「……まぁ、最悪の時は」


 人類には早すぎる趣味に理解がある者同士で結婚しちゃうのもいいかもですね。


 なんとなく、冗談でそんなことを言おうとして横を振り向く。

 すると――なぜか加賀さんはバックの中を漁っていた。


 気が付けば、矢場町駅のホームの中。電車を待つベンチの前。

 平日で、人の少ないそこで、彼女はなにやらVRTRPGプレイスペースで、プレオープン記念の粗品として貰ったブックレットを取り出した。

 ぺらりぺらりとめくりながらそれを眺めている。


「それ、そう言えばなんなんです?」


「VRTRPGのコアシステムのルールブックみたいですね。プラグインについての説明は書いてないですけれど――基本的な行為判定とか、プレイ例とかが分かりやすくまとめてあるっす。これ、薄いけれど、一読の価値はありですよ」


「なるほど。次の再挑戦までに、穴が開くほど目を通しておきます」


 その時、あっと加賀さんが声をあげる。

 心底驚いたようなそんな素っ頓狂な叫び声に、何事と僕は目をしばたたかせる。

 目の前にはようやくやって来た地下鉄。


 降りてくる人の波の中で、ぽつりと立ち尽くしながら、僕は彼女が指し示すそれを見た。

 そう、それはとある行為判定にまつわる計算式――。


「ダメージの算出判定!! (【筋力】ー【体力】)÷3+【幸運】÷6になってます!!」


「……うぇっ? ちょっと、ちょっと待って? え、【幸運】÷3で、ダメージ算出してたよね?」


 どういうことと混乱する僕の前で、TRPGにはそこそこ理解のある加賀さんが、やられたという顔をする。

 あいつめと呟いた彼女が、思い描いているのはおそらくこの本を書いた人物。


 どうやら――僕たちがロマンスを語らう隙が無いくらいに、この世界は奥深いらしい。


 だったらその深淵まで、行ってみるのもまた一興。


 隣に居る頼もしい相棒となら、まだまだ楽しめそうな気がした。

 ちょっとだけ、年齢とか世間体とか、そういうことを忘れて。


「……森野さん、早速ですけど来週の予定とか空いてますか?」


「……まかせてよ相棒。有給は無理だけれど、土日ならなんとかなるよ」


【了】

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