第9話 ドラゴンスレイヤー
確率はいつか収束する。
サイコロを振り続ければ、その出目は試行回数が増えるごとに理論的に導き出せる値に近くなっていく。これを学習するために、数学の確率の授業でサイコロを何回か降らせられたことはきっと誰でもある経験だろう。
六面体サイコロのそれぞれの面が出る確率は言うまでもなく六分の一である。
百回にも満たない試行回数では、それはばらつくことだろう。しかしながら、回数を増やせば増やすほど、それは理論的な確率に落ち着いていく。
もちろん、六面体サイコロの物理的な特性により、少しばかり確率が偏ることはあるかもしれない。しかし言ってもそれは誤差の範囲だ。
千回も振れば――確率は六分の一ぴったりとはいかないが、16.6パーセントの周辺に収束することだろう。
なので、そう何度も都合のいい出目が続くとは僕も思っていなかった。
いつかどこかで、好調な出目の寄り戻しが来るだろうとは覚悟していた。
けれどもまさか――。
「このタイミングで!?」
「でき過ぎですよ!! なんすかこれ!! もしかして、出目のコントロールとかしてないですよねGMさん!!」
「している訳ないじゃないですか。もしするなら、クローズダイスで私が振っていますって。お二人にダイスを振っていただいている時点でその意図を汲んでください。これは完全に、森野さんのヒキによるものです」
そう言い切られてしまうと、ちょっと胃に来る物がある。
まさか死亡フラグをビンビンに立てた会話の後にこの出目だ。いや、おいしいと言えばおいしいのだけれど、それにしたって本当に引いてしまうだろうか。
死亡フラグを回避する、もし回避しきれなくても安パイのためにかけた【精霊の加護】。それが図らずとも本当に仕事をすることになってしまった。
悔やんでも悔やみきれない。
そして、悔やんでも出目が今更変わることはない。
圧倒的な僕のヒキの悪さに、バーチャル空間にいるにもかかわらず、何か血の気が引くような感じがした。
いや――。
まだだ――。
まだ、一番悪いモンスターの出現テーブルの出目を引いただけだ。
出てくるモンスターの組み合わせによってはあるいはまだ活路はある。
「では、こちらの方で、出現するモンスターのロールはさせていただきます」
竜×1、鬼×2、狼×4。
合計7体のモンスターを選出するのは僕ではなくGMの栖原さんだ。ここから先は彼女のヒキによるものだ。僕は確かに最悪のヒキをしてしまったが――彼女がそうとは分からない。
まいりますと、声をかけてから空からダイスが降り注ぐ。
合計十四個のダイスが二つずつまとまって固まるとその場に光る。
現れたのは――。
「ゴブリン二体、ライカンスロープ一体、人食い狼一体、いのしし鳥一体、キメラ一体――そして因果なものですね」
「まさか!!」
「嘘でしょ!?」
僕たちの前に姿を現したのは、このゲームの開始時点で顔を合わせたモンスター。この砦を容赦なく粉砕し、防衛拠点としての機能を著しく破壊した巨大な獣。
ファンタジーにおいて外すことのできない存在。
「ドラゴン一体。言わずもがな、竜×1がこいつとなります。ここに来て、最悪の展開に最悪の敵ですね。いやはや、もうこれは何もフォローすることができない」
砦に木霊するのは獅子よりも激しい咆哮。
その叫び声に当てられて、傷つけられた砦が瓦解するのではないかというくらいの衝撃音と共に、暗褐色をした大きな竜が僕たちの前に現れた。
悪いことは重なるとは言ったものだが、これはまた大変なことになってしまった。
勝てるのかと、思わず自分たちのステータスを確認する。
即座に頭に過ったのは――無理だという感想だった。
いくら何でも敵が強すぎる。いや、ゴブリンやライカンスロープなど、一度は闘った相手がいる。
彼らを倒す方法は、なんとなく予想ができる。
しかしながら、ドラゴンをはじめとした、今回の戦闘が初見となるモンスターがいささか多い。
ドラゴン、キメラ、人食い狼。
彼らがどれほどの攻撃力を持っているのか。また、何がしのスキルを持っているのか、それが分からないことには話にならない。
勝ち筋が見えないのだ。
「モンスターのステータスを確認するようなスキルがあればよかったんだけれど」
「このゲーム、某TRPGと違って、職種の重ね取りができない辺りがちょっと不親切ですよね。なんにしても、モンスターのステータスが分かれば攻略は違ってくるのに」
「残念ながら、モンスターのステータスを把握する技能はこのゲームにはありませんよ。そんな攻略本を覗き見るようなプレイをして楽しいですか?」
なかなか痛い所を突いてくる栖原さん。
しかしながら、そう言いながらも彼女の言葉にどこかキレがない。
どうやら彼女は彼女で、このどうあがいても勝ち目のない、絶望的なエンカウントを引き起こしてしまったことに、責任を感じているらしかった。
GMさえもちょっとヒクような展開。
これは本当に、いよいよ手詰まりではないのか。
何か救済策はないのだろうか――。
そんなことを思った矢先。突然、僕の了承もなく、加賀さん――が操るレオが森の中を突進していた。
向かうのは一人突出しているゴブリン。
「ゴブリンに攻撃を仕掛けます。スキルの使用はなしで」
「分かりました。命中判定ロールお願いします」
「――8!!」
「命中です。ダメージ判定にダイスを5個ロールしてください」
絶望的な状況。
しかし、そんな状況を前にして、淡々と戦闘を開始したレオ。
ダイスロールで出したダメージは18。六面体ダイスを五個振った際の期待値を上回る、まずまずの数値であった。
当然そのダメージであれば。
「ゴブリン死亡します」
「よし。まずは一体――だ!!」
「か――レオ!! 何を勝手に行動しているんだ!! これだけの猛攻撃なんだぞ、もっと考えてから行動を!!」
「考えてもこんなものは仕方ないんだよ!! アルベール!! 絶望的な状況を切り開こうって時に、ごちゃごちゃと細かいことを考えるな!! とにかく、今、自分たちにできることを尽くすんだ!!」
ロールプレイ。
完全にレオになり切って、加賀さんはその台詞を喋っていた。
しかし、そのレオとして発したはずの言葉は、このゲームに対して、諦めを抱いていた僕の心にぶすりと深く刺さった。
加賀さんは、まだ、このゲームを投げ出してはいなかった。
いや、それどころか、この危機的な無理ゲー的な状況に陥っても、それを楽しんでいるという様子だった。
なかなかできることではない。
少なくとも僕は、この状況に一瞬思考を停止していた。
どうしてそんな風に思うことができるのだろうか。
冒頭のイベントシーンならばともかく、これはまぎれもなく回避することのできないガチの戦闘である。それこそ、装備や準備不足の状態で、ラスボスのダンジョンに突入するような、そういう無謀な戦闘に巻き込まれてしまっているのである。
なのに――。
「アルベールさん。最初に申し上げましたよ。TRPGとは、過程を楽しむゲームだと」
「す――GMさん」
「たとえば、理不尽な死や圧倒的に不利な戦況、無慈悲な展開が待ち構えていたとしても、降り注いできたとしても、それに笑って対応する。それがTRPGという遊びです。単純な勝ち負けではないのです」
「けれど、勝たなければ楽しく――」
「それならば知恵を絞りなさい。絶望的な状況で、それを覆す方法を頭を絞って捻りだしなさい。このゲームは、反射神経や反復訓練、マシンスペックや予備知識が意味を成す、多くのゲームとは違うんです。閃きと最後まであきらめない、ゲームへと立ち向かう心があれば、誰でも楽しめるようにできているのです」
姿のない栖原さんの叱咤が飛ぶ。
その言葉に、僕はまた心を揺さぶられた。
TRPGは過程を楽しむ遊び。
そう、僕は理解したつもりで、実際のところは何も理解できていなかった。
人生のように何が起こるか分からない世界を冒険することを楽しむ。そんな風にTRPGを捉えていたが、そこにはまだまだ甘さがあった。
そう――。
この世界では、現実世界よりもハードなことが平然と起こる。
それにも笑って立ち向かっていくということ。そこに、知恵と勢いと勇気でもって分け入っていくこと。それこそが、TRPGというものの神髄なのだ。
なのになんだ、ちょっと自分にとって不利な状況になったくらいで狼狽えて。
馬鹿か、僕は。
「……ちょっと、昔のことを思い出しました」
「はい?」
「高専生の頃、夏休みにオンラインゲームをしていたんです。家のパソコンは、それこそ事務用のモノで、ろくなスペックもない。CPU処理能力も、GPU処理能力も、ゲームの推奨スペックを大きく下回る代物だったんです」
当然、そんなパソコンで無双なんてすることなどできない。
MMORPGをテーマにしたライトノベルの主人公のような、爽快な世界は僕の前には現れなかった。
その時、僕は投げ出したのだ。
開かれた新しい世界でも、歴然として存在するスペック差というどうしようもないものに、心をぼっきりと折ってしまったのだ。
今、置かれている状況は、確かにその状況とよく似ている。
敵は砦を破壊したドラゴン。
ステータスは不明だが、おそらく倒すことは、よっぽどの幸運か、知恵を絞らない限りには難しいだろう。
オンラインゲームの時にはパソコンのスペックが足りなかった。
今はキャラクターのスペックが足りていない。
けれども、パソコンのスペックがどうしようもないのと違って、キャラクターのスペックはどうとでもなる余地を含んでいる。そして、オンラインゲームと違ってこのゲームは自分が想い願ったことを実現するのに熟練した技術を必要としない。
ただそれをGMに宣言し、手の中に握りしめたダイスを振るだけである。
より自由な自分になれる世界。
より自由に世界と戦える場所。
TRPGとは――。
「チートで俺TUEEEするから楽しいんじゃない。自分の願った通りに、最後の最後まで戦い続けることができるから楽しいんだ」
そう気が付いた時、僕――アルベールの前にドラゴンが近づいてきていた。
天から、栖原さんの声がする。
「そうですアルベールさんその通り。TRPGとは、けっして予定調和を楽しむモノではありません。現実の世界と同じで、やれることには限りがあり、できないものはできない世界です。けれども、現実と違って、それを為すために必要なのは、宣言とダイスロールだけなんです」
「GMさん」
「ドラゴンの方が【敏捷さ】が高いため先に行動を行います。一番ドラゴンに近い位置にいる、アルベールに向かって攻撃。命中判定のロールに入ります」
知恵を絞れ。
僕は今、ドラゴンを前にして、どうにかしてその攻撃をしのぐ方法について、頭を巡らせ始めた。残念ながら、僕の敏捷さはお察しの通り残念なことになっている。ドラゴンの器用さがどれほどのモノかは分からないが、攻撃をかわすことは難しいだろう。
だとすれば――生存のために必要な行動は違ってくる。
「GMさん、敵からの攻撃タイミングでスキルの使用は可能ですか!?」
「種類によります。詳細については、スキルに記載がありますので、それを個別に確認してください」
スキルの詳細を確認する。
この中で、使うことができるのは――【茨の盾】と【精神集中】の二つだ。
とすれば。
「命中判定はそのまま受けます。どうぞ」
「ダイスロール。ドラゴンの攻撃は命中。アルベールさんに対して8ダイス分のダメージを与えます」
「うげっ、えっぐい攻撃!!」
「そこでスキル【茨の盾】を使います!! この効果により、4ダイス分のダメージを減算!!」
ドラゴンから受けるダメージは4ダイス分。
期待値は3.5×4=14だ。僕のHPは12である。余裕で期待値で殺すことができるだろう。流石はドラゴン。一発で、キャラクターを仕留める攻撃を繰り出すとは、本当に恐れ入る限りだ。
けれども、ここで恐れてはいけない。
最後まで生存の可能性を信じて戦い続ける。
最良手を模索してあがき続ける。
それが――TRPGというゲームなのだ。
笑ってキャラクターを送る為にも、生半可なプレイなどできない。知恵を振り絞って、自分ができるベストのプレイを尽くす。それこそが、このゲームにおいて、僕がやらなければならないことなのだ。
「では、ドラゴンの攻撃によるダメージのダイスロールを行います」
空から降り注ぐのは紫色のダイス。
四個。これらが僕の生死を分かつ。期待値は所詮どこまで行っても期待値である。どんな目が出るかは、サイコロを振ってみるまで分からない。
落下したサイコロの一つが制止する。
天を仰いで転がったその出目は――。
「2!!」
「次!!」
「4!!」
「ラスト二つ!!」
「1!!」
よし。
ここまでの出目の合計値は7である。
4以下が出れば、なんとか凌げる。確率は六分の四。パーセンテージにすれば66.6%だ。
負ける気がしない。
確かに先ほど、僕はダイスロールで最悪の目を引いた。
けれどもそれまでだって、そこまでいい目を引いてきた訳ではない。
であればここで――。
寄り戻しが来る。
最後のダイスが制止する。
天井を向いて制止したそれが示したのは――。
「2!! 合計ダメージ9!! アルベールの残りHPは3になります!!」
「よしっ!!」
期待値を下回る2であった。
無事にドラゴンの攻撃をしのぎ切る。吐きかけられた炎の中かから、焼け焦げた姿になりながらも僕のプレイアブルキャラクター、アルベールはその姿を現す。そして、すぐさま今度は僕の手番が回っきた。
「アルベールさんの行動ターンです。どうぞ」
「まずはドラゴンに対してスキル【幻惑】を利用します。成功判定」
「魔力値による判定になります。ドラゴンとアルベールさんの魔力の差から――六面体ダイスを2個振って、6以上で成功です」
「期待値以下!! 楽勝!!」
翡翠色のダイスを振る。
出た目は2と5で合わせて7となる。
楽勝とは言ったがギリギリの出目だ。けれども、見事に期待値のど真ん中だ。
いける、と、僕は確信した。
「アルベールさんのスキル【幻惑】により、ドラゴンは次の手番に行動を行いません」
「レオ!! この間に雑魚を片付けよう!!」
「……分かったアルベール!!」
そう言った僕たちの前で、モンスターに向かってNPCキャラクターたちが駆けていく。
四体いたうちの三体がキメラの足止めに向かい。一体がゴブリンへと向かう。
それぞれ、自分たちに一番近いモンスターを退治しに向かったという感じだ。ダイスロールは省略されたが、それぞれゴブリンと戦ったNPCは勝利、キメラに向かったNPCはほどよくキメラのHPを削って行動終了となった。
モンスター側の攻撃。キメラが自分を取り巻くNPCの一体にかみつき屠る。ライカンスロープがゴブリンへと向かったNPCに攻撃を加える。
予想だが――ライカンスロープとキメラが鬼級のモンスターと考えられる。
狼級のモンスターは四体。ゴブリンはそのうちの二体として確定している。おそらく、人食い狼もそうだろう。
残されたいのしし鳥は判別には困るが、NPCが倒したところから考えて、それほど強くないモンスターだと思われる。
それぞれ、僕は人食い狼に、レオはいのしし鳥に近い。
そして、ちょうどその道筋は交差するような位置になっていた。
「レオ!! 僕が人食い狼を倒しつつ、君の背後に回る!! 君はいのしし鳥を倒してくれ!!」
「いや違う!!」
「えっ!?」
いのしし鳥と人食い狼が、移動――それぞれ、僕たちに近づくように――して手番を終了する。すべてのキャラクターが行動を終了し、1ターン目が終わる。2ターン目の開始と共に、行動を開始したのはもっとも【俊敏さ】のステータスが高いレオだ。
「人食い狼にスキル【投石】で攻撃!! ただし、投げるのは石じゃなくて剣だ!! 命中判定!!」
「位置による補正――森の中であり視界不良ということもあり、器用さの値にー1を適用します。六面体ダイス2個で10以上で命中となります。どうぞ」
なかなか厳しい判定値だ、だが――。
「ダイスロール!! 出目は11!!」
「命中です。ダメージ判定は――剣にかけられた【妖精の加護】により、六面体ダイス3つ!!」
「ダイスロール!! 2+5+5!! 12!!」
「人食い狼死亡します!!」
それまでの南無っていた出目が嘘のように、鮮やかに加賀さんはダメージを通してしまった。本当にあっけにとられるほど鮮やかに。
しかしながら、どうして人食い狼に攻撃を仕掛けたのだろうか。
「GMさん!! 攻撃行動と移動行動は順番を前後して行うことができますね!?」
「……はい、その通りです」
言ってレオがこちらに向かってウィンクする。
なるほど彼女の狙いはわかった。すぐさま、僕は彼女が本来倒すべきだった、いのしし鳥への距離を計算した。
マスにして、実に六マス。現在居る位置から――。
「なるほどスキル【炎の矢】の射程範囲内!!」
GMがドラゴンの行動を宣言する。
僕の幻惑魔法により、行動不能になっていたドラゴンはそのまま、何もせずに行動を終える。そして巡って来たのは僕のターンだ。
次に僕が取る手は決まっていた――。
「スキル【炎の矢】を使って、いのしし鳥を攻撃!! 命中判定をお願いします!!」
「……人食い狼への攻撃と同じく器用さにー1の補正が入ります。六面体ダイス2個を振り、判定値9以上で攻撃命中です」
「ダイスロール!!」
今度は期待値より大きい判定値。
けれども、所詮2大きい程度である。
これも出せる。出せると信じる。絶対に当てて見せる。
出た目は――。
3と6。
「合計値9!! ギリギリ命中!!」
「ダメージ判定!! 六面体ダイス8個を振ってください!!」
すぐさま振る。
出目は――1+2+1+3+6+2+1+2=18!!
南無っている出目だけれど、逆にそれがこの局面ではありがたい。
これから先に控えている、ドラゴン戦を前に寄り戻しが期待できる。
「いのしし鳥死亡します。続けて、行動宣言をどうぞ」
「そのまま移動して――レオとドラゴンからの距離が入れ替わる位置へ!!」
そう、狙いはこれだ。
最初、僕はレオがいのしし鳥に隣接して攻撃をし、僕が人食い狼を倒す、その後、次のターンでレオがドラゴンの前に立ちふさがるという手を考えていた。しかしながら、思いがけず加賀さんが巡らせた機転により、一手余裕が生まれた。
今、完全にレオとアルベールの位置は入れ替わり、次ターンでレオがドラゴンに先んじて行動することができる状況まで持って来ていたのだ。
これは大きい。
本当に大きい。
「NPC行動を解決します。砦側の兵1体がキメラを撃破。残された1体がライカンスロープに向かい攻撃を加えます。これも撃破」
「……残すところは!!」
「……ドラゴン一体!!」
犠牲は大きい。
NPCの2体を失ったことで、確実にこの砦の防衛機能は落ちている。しかし、それについて嘆くのは今ではない。今は全力で、この目の前に迫ってきている脅威――ドラゴンに立ち向かうべき時だ。
三ターン目。
「レオ、ドラゴンに肉薄して、スキル【鍔迫り合い】を使います!! 行為判定をお願いします!!」
「ドラゴンとの体格差を考慮して【体力】による判定を行います。六面体ダイス2個を振って――7以上で成功!!」
期待値ぴったり。
最も多く出る数字。
ここに来て、加賀さんは攻撃を外していない――。
いける。
僕の確信と共に加賀さん――の操るレオがダイスを地面に向かって振る。回転して出た数字は、期待通りに期待値を上回っていた。
「4ゾロ!!」
「成功です。次のターン、ドラゴンは攻撃できません。しかしながら、攻撃ができないだけであり、移動はできます」
GMが操るモンスターは最適な行動パターンでこちらに攻撃を仕掛けてくる。
この際、最も効率がいいのは、体力が一番失くなっている僕を始末することだ。SPは残り1しかなく、魔法による痛打は1度しかできないが、それでも、攻撃が当たってしまえばメインアタッカーのレオよりもダメージが通る。
そう出てくるのは想定の範囲内。
そして――。
「このターンで勝負を決める!!」
これ以上、戦いを長引かせる訳にはいかない。
このターンできっちりとドラゴンに地を舐めさせるのだ。
使う魔法は炎の矢。命中させればダメージは六面体ダイス8個分。期待値は28。おそらく、30以上の数字を出せば、ドラゴンとて一撃で沈めることができるだろう。
「まさかまさかのここでメインアタッカー交代かぁ」
「サポートできてメインアタッカーもできる。そういう器用なキャラクターって、流行を追ってる感じでいいじゃないですか。悪くないですよ」
「器用貧乏な気もするけれど――けど、ここで決めなくちゃだよね!!」
ドラゴンに向かう。
既にほかのモンスターはいない。
その移動行動が終われば、僕に手番が回ってくる。
スキル【炎の矢】による攻撃。
それを宣言しようとした時――。
「……待って!! アルベール!!」
加賀さん――レオが雄たけびを上げた。
指さす先にあるのは、彼女が倒した死骸。
剣が深々と刺さった、人食い狼の亡骸。
ちょうど炎の矢の射程範囲内にして、僕が移動できる範囲内にそれはある。
どうしてそれを指さすのか。
すぐに、分かった。
「……栖原さん!! 魔法は剣から放つこともこの世界ではできますか!?」
「えっ? それは、その、厳密に武器に関するルールはないので、別に大丈夫ですが?」
「では――ドラゴンへの攻撃の前に、移動行動を行います」
向かうのは剣に貫かれて倒れる人食い狼の躯。その――昨夜僕が加護を与えた剣を引き抜くと、僕――の操るアルベールはそれを掲げる。
ステータス【筋力】が騎士よりも優れているだけはある。
難なくそれを持ちあげたドルイドは、すぅと一度息を吸い込んだ。
「これは邪悪を払う神の刃!! 竜を堕とす炎の咆哮!!」
「……おぉ!!」
「即興でそういう台詞を吐きますか!! いいですよ、いいですよ、アルベールさん!!」
「――スキル【炎の矢】を発動。命中判定をお願いします」
「巨体により森林による隠蔽効果は相殺。逆に、器用さにボーナスが働きます。さらに幸運値をボーナスに加えて、命中の成功判定は――六面体ダイス2個を振って6以上」
「楽勝!!」
ダイスロール。
出た目は2と5で7。
加賀さんと同じで期待値ピッタリである。
そして、これは幸先がいい、非常に幸先がいい。
「ダメージ判定に入ります。攻撃に使うアイテム――【精霊の加護】が付与された剣から放つ一撃ということで、幸運値は+1。これにより、ダメージ判定に使うダイスが1増えます。つまり――六面体ダイス9個を振ってください」
期待値は3.5×9で31.5になる。
おそらく、ドラゴンのHPは30くらいだろう。
そう――期待値を上回る必要はない。寄り戻しを願う必要はない。ただただ、期待値の近傍に収束してくれればそれでいい。
高い魔力、そして、幸運値、最後にここに来て偶然にも拾った底上げのアイテム。
勝利をつかみ取るのに必要なのは運でも、生まれ持ったスペックでも、熟練したプレイテクニックでもない。
困難に際して、冷静に必要な一手を打つ、勇気だ。
「ダイスロール!! 6+1+2+3+4+2+1+5+6=30!!」
「ドラゴン!! 倒しましたか!!」
天に向かってレオの声が響く。
その声と共に、紅蓮の炎の大砲が竜に向かって飛んでいた。
その胴体にぶつかった紅の一閃は、ぶち当たった瞬間に竜の身体を飲み込むように広がった。
咆哮が砦に木霊する。
それは断末魔。息絶えるものが発する、まぎれもない今際の一声。
砦を破壊した巨竜は、すわその巨体を灰色へと変えると、ふらりふらりとよろめいて、そのまま――森の中に倒れ伏したのだった。
それと同時に――。
「ドラゴン死亡しました。四日目防衛成功です。おめでとうございます!!」
「「やったーっ!!」」
栖原さんの声が僕たちの頭の上に響き渡った。
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