第8話 竜砦の死闘
さて、竜砦の死闘と題して始まったVRTRPG。
なんだか実にそれらしいタイトルだが――いったい何をどうするんだろう。
「まぁ、ノリと勢いで話の方向性をざっくりと変えてしまいましたが。今回は謎解き要素など皆無の、純粋なバトルバトルバトルのパワー系のシナリオで行きましょう」
「バトルバトルバトルのパワー系シナリオ」
「……うーん、なんか思っていたのと違う展開に、戸惑っている自分がいたりしますよこれ。確かにTRPGにはバトル要素は必須なんですけれど、こんなごってごってのアメリカンスタイルな展開を求めていた訳じゃないんですよね」
「だったら素直にシナリオに乗っかっておけばよかったのに。まったくもう、どうしてそこで変な方向に走っちゃいますかね。これだから、ちょっと拗らせちゃった系のプレイヤーというのは始末に負えないんです」
などと言いつつ楽しそうな声色の栖原さん。
トラブルを楽しむタイプの人なのだろう。宣言通り、僕たちの脱線を見事にさばいてみせようという落ち着きが彼女の態度からは伝わって来た。
再び、テロップが外れて表示されたのはぼろぼろの砦。
しかしながら、視点は天上からそれを見下ろすような状態になっていた。さらに、古典的なRPGのように、光るマス目がそこには切られている。
「さぁ、という訳で、北から訪れる蛮族とモンスターの群れに対して、ひたすら拠点を防衛し続けるというシナリオ開始でございます。まぁ、このマス目で区切られたマップをご覧になっていただけると思いますけれど、SRPGの要領でひたすらユニットを動かして攻撃&拠点防衛を果たしてください」
「うぉっ」
「いきなり普通のゲームっぽくなりましたね」
「防衛する期間は七日間。その間、やってくるモンスターとその数はダイスロールで決定します。見事に拠点を防衛しきってくださいね」
画面左端にテーブルが表示される。
丁度ダイス6つ分に相当する行を持っているそれには、何やらアイコンが表示されている。意匠から察するに、竜と鬼と狼という感じ。その横には×マークと共に数が表示されている。
上から順に――。
竜×0、鬼×0、狼×0。
竜×0、鬼×0、狼×2。
竜×0、鬼×1、狼×2。
竜×0、鬼×1、狼×4。
竜×0、鬼×2、狼×4。
竜×1、鬼×2、狼×4。
だ。
なんとなく、意図するところは分かった。
「ダイスの目が大きければ大きいほど、襲来するモンスターの数が少なくなるってことでいいんですかね?」
「ご名答。その理解で問題ありませんよ、アルベールさん」
「竜のマークとか、鬼のマークとかは、モンスターのおおまかなレベルと考えて差し支えないですかね。詳細なモンスターについてはたぶん、GMさんの方でダイスロールして決定するという所ですか?」
「えぇ、もちろんですレオさん。実にまっとう。スタンダードなTRPGのシステムですね。自分で設計しておいてなんですが、もうちょっと工夫すればよかったかなといまさらながら思っていますよ」
たぶん、それは嘘だ。
システム設計において重要なのはユーザビリティだ。
ユーザーがとっつきやすい設計にすること、なじみのあるインターフェイスと操作性を提供することは、どんなシステム開発においても優先される。
僕が受け持っている案件でも、過去に納品したソフトウェアの部署内での利用率の高さから、迂闊にその操作性を変えることができないという問題が実際に起きている。プラットフォームとなるOSが時代と共に移ろっていくのに、未だにソフトウェアが10年前のインターフェイスから変わっていないことなどままである。
作り手側の権限で、インターフェイスを一新したい、新しい操作性のものに替えたい、なんてことはまず言えない。たとえ一見不便そうに見えても、古臭そうに見えてもだ。軽々しくソフトウェアの操作性というのは変えることができないのだ。
なぜなら、客先はそのソフトウェアで仕事を回すようになってしまっている。もし、操作性を変えてしまえば、それに対応しなくてはいけなくなる。
すなわち、客先への負担が発生してしまうのだ。
だから基本的に、過去から使っている操作性を僕たちは優先する。
客先の通常業務がうまく回るように配慮する。
機能の追加においても、まずは向こう側から提示された想定する操作方法を重視する。もちろん、それを上手に汲み取って、過不足のない形にするのも僕たちの腕の見せどころではあるのだけれども、何を置いても優先されるのは現状維持だ。
この辺りが、IT業界に先進性や革新性を求めて入ってくる人材が、実際の業務との食い違いにより失望を抱く要素だったりするのだが――まぁこればっかりは仕方ない。よっぽど、最先端の企業でもない限りには、日本のIT企業というのは資産――つまり過去に作り上げたシステムの改造という形で利益を生み出す。
これについても同じだ。
オリジナリティに欠けるシステムだと栖原さんは言ったけれども、狙っているのはそこなのだ。このアクティビティに、ユーザーが求めているのはオリジナリティ溢れるゲームではない。
既存のTRPGの延長線上にある分かりやすいシステムだ。
だからこそ、すんなりとこのアクティビティを受け入れることができる。アクティビティにトライする勇気さえパスすれば、そこから先のプレイの難易度は格段に下がるのだ。
たぶん、ゲームデザインについては、その辺り、出資先から言われて大幅にとっつきやすいように改造したんじゃないだろうか。
「まぁ、けど、何事も分かりやすいのが大切ですよ。初心者さんにとっても、熟練プレイヤーにとっても、それは変わりません。面白みがないとか言われるとそれまでなんですけれど、VRTRPGの肝はそこではありませんからね」
そうは言うが、こちらもシステム開発者である。
彼女の道化じみた発言と、自嘲めいたセリフの先にあるモノを、僕たちは言外に察してしまった。察せずにはいられなかった。
たぶんどの世界でもそうだろう。
金を出す奴が、なんだかんだ言って一番偉いのだ。
出資して貰っている以上、ある程度、スポンサーの意向は飲まなければいけない。彼らの意向に沿ったものを作らなければならない。
ビジネスなのだ。
我々は請負であり、お金を貰って彼らの代わりにモノを作る。
自分たちが一から作ったものを、売り込んでいる訳ではないのだから仕方ない。
いや、栖原さんたちが開発したVRTRPGは、始めは確かに、自分たちの手で設計した、オリジナリティのある商品だったのかもしれない。彼らにプロダクトの権限が委ねられている、商品だったのかもしれない。
けれどもそれを世に出すために、出資を募った時点で仕方ない。
そのプロダクトの権限も含めて、出資を募ったのだから仕方がない。
もし、プロダクトの権限を握ったまま、開発を続けていたとしたら――ここまで性急なシステムリリースはできなかっただろう。
そこら辺を飲み込んで、彼女もこのシステムを世に出すと心に決めたのだ。
仕方がないことではあった。
なんだか、予想外に同情してしまった。
そんな空気を覆すように、ようしと加賀さんが気合の籠った声を上げた。
「アルベール!! なるべくいい目を出して七日間を生き延びよう!! なに、大丈夫、ちょっと1を出さなければたぶんなんとかなる感じだ!!」
「根拠のない発言だねぇ。けど、そうだね。1を出さなければいいだけだ。逆に6ばっかり出し続ければ、ほとんど戦闘せずに七日間を生き延びることができる」
「……ちなみに、戦闘ターンが五回以内で終わった際には、戦闘が小規模なもので終わり十分に休息が取れた者として、ボーナスとしてSPが1つだけ回復することとします。できるだけ敵の数は少なく。そして、敵が出たとしても効率よく処理することが、七日間を生き延びるコツになってきますね」
では、早速ですがダイスを振ってくださいと、栖原さんが言う。
先ほど、このルートに入るための幸運地による行為判定を行ったのは僕だ。僕はともかくとして、TRPGにそこそこ興味のある加賀さんだ。きっと、早くダイスを振りたくて仕方ない部分があるだろう。
眼下にいるレオがアルベールの方を向く。
微妙な表情は遠いので分からない。いいですよと声をかけて上げると、わかったとどこからともなく加賀さんの声がした。
「では一日目のモンスター出現のダイスロール、レオが振らせていただきます」
でいやぁと、女の子らしくない気合の籠った声が吐き出された。
からりころりと音がして、それから左端に数字が表示される。
緑色の光で青空に浮かび上がったそれは――。
4。
「うぉっ、なんとかギリギリだけれど、大きいほう」
「……まぁ、初戦の出目としては悪くないんじゃないかな」
「ダイスの出目は四。テーブルから、竜×0、鬼×1、狼×2になりますね。では、それぞれのランクに相当するモンスターの選出を、GMの私の方でやらせていただきます」
からりころりとダイスの音がする。
都合三回。しかも、振るたびにダイスを二個振っている感じ、出てくるモンスターのバリエーションはなかなか豊富なようだ。
おそらく、おおよその目安である竜、鬼、狼の中でも、更にレベルのバリエーションがあるに違いない。
大丈夫だろうか。
ひょっとして、強い敵を引いたのではないかと、ちょっとばかり不安になる。
そんな不安をよそに、マス目に切られたフィールドに、ぽうと光が灯る。
そこに現れたのは、人間とは違うモンスターの姿。
一つは大蜘蛛、一つは狼人間、一つは巨大な鳥。それぞれ、砦に向かって散開して配置されている。配置まで決定したのかどうかは分からないが、それぞれにそれぞれが連携することができない距離のように、一見すると見えた。
ふむ――。
「モンスター、タイラントスパイダーが1体、ライカンスロープが1体、いのしし鳥が1体となります。なお、NPCとして、先ほどの幸運値判定ロールで出た、砦の傭兵の生き残り人数/4のキャラクターが動くことになります。数は切りあげるものとし、20/4で、5人のNPCトークンが自由に動き回ります」
「……あれ、思った以上にこれは楽勝なのでは?」
「ちなみにNPCの動作は、プレイヤーの私たちが指定しても問題ないのですか?」
「その質問に対する回答はノーです。NPCのプレイについてはGMが行います。とはいえ、プレイヤー側の不利なプレイにはならないように、モンスター及びNPC共に、最も効率の良い手で戦闘するものとします」
最も効率の良い手とは。
最良手で常に動き続けるってことだよね。
そんなことができるのだろうか――と考えて、僕ははっと思い至った。
このゲームが、アナログなゲームではないという特性に。
「そう、VRTRPGの最大の特徴に、NPCや敵行動をシステム化できるという所があります。アナログゲームでは、GMが判断して処理していた部分を、コンピューターに代替させて行うことにより、スムーズにゲーム進行を行えるのです」
「なるほど。使えるところはちゃんとパソコンを使って効率化する訳か」
「あ、けど、それだとクローズダイスができなくなっちゃう気がしないでもないような」
「……クローズダイスって?」
予備知識のある加賀さんと違って、僕にはTRPGに関する知識がない。なので、専門用語を引き合いに出されてもちんぷんかんぷんである。
クローズダイス。
普通に英語だが、どういう用途を考えているのか、まるで言葉から想像することができない。
ダイスを閉じるのか、それとも閉じられたダイスなのか。
思わず尋ねた僕の質問に、姿なき栖原さんは少しの間沈黙した。
ふむ。
あまり、おおっぴらに話していいような内容のものでもないらしい。
深く追求しない方がいいだろうか。
「そこの裁量については、ゲーム自体の楽しさに直結する話なので、ちょっと触れるのは控えさせていただきます」
「あ、そうですね。確かにたしかに」
「ただ、興ざめにならない範囲で申し上げさせていただくなら。私たちもそれなりにこの業界で名前の知られたプレイヤーでありGMです。そして、お客さまたちに、かつてない体験をしていただくという使命を持ってこの場に居ると自負しています。それで、本件については信じてお任せしていただくことはできないでしょうか」
「……分かりました。すみません、素人が浅い知識でぶしつけなことを言いました」
「いえいえ。むしろそのような心配をかけてしまった所に私共としても配慮が足りていませんでした。今までのやり取りで、応用力については理解していただけたと感じているのですが」
「はい、それはもちろん」
今まで軽口をたたきあっていたのが嘘のように忖度した会話になる。
逆に、そんな反応をされるとこっちとしては気になるな。
クローズダイス。
加賀さんが聞いたことを恐縮するくらいに、TRPGの根幹にかかわる用語なのは間違いない。しかもどうやら、それについて知ってしまうと、楽しさが損なわれるような、そしてゲーム自体を楽しめなくなるようなものらしい。
さらに言えば、加賀さんが心配するくらいに、コンピューターでの代替が難しいものらしい。定型化するのが難しい、それこそデジタルゲームとしてのRPGでは実装することの難しい、アナログゲームに属する機能のように思える。
デジタルゲーム一本で育ってきた人間には、なんにしても想像のできない内容だ。
栖原さんが言った通り、これまでの彼女の臨機応変さを評価して、ここはそれについては、信じるということしかできないだろう。
視線は感じないが、沈黙が僕の答えを求めている気がした。
「分かりました。よくわかりませんが、栖原さんを信用します。この件については、これ以上の追及はなしということで」
「……ありがとうございます」
「まぁ、森野さん。初めてなのに、これだけ自由にプレイさせて貰っているんだから、大丈夫ですよ。ちょっと嵌められた感はありますけれど、きっとそれすらも彼女の掌の内という奴で、終わってみれば面白かったねで終わってくれますよ」
そう信じます。
信頼を沈黙に替えると、僕は視線を眼下の盤上に向けた。
さて、そうと決まればモンスター退治だ。現れた大蜘蛛と狼人間、それと巨大な鳥をどうさばいていくか、算段を立てなければいけない。
と、そう言えば――。
「バトル周りのチュートリアルも受けていないような」
「おっと、いきなり信頼を裏切るようなまさかの展開。栖原さん、これは由々しい事態ですよ。どうしてくれるんですか」
「……すみません。まさかこんなに早くバトルに展開するとは思っておりませんでしたので。本来ご用意したシナリオ通りであれば、ゴブリン相手のチュートリアルバトルが発生したのですが」
少々お待ちくださいと栖原さんが言う。
しばらくして、マップの上に新しいユニットが現れたかと思えば、それはなにやら見覚えのある顔かたちをしていた。
老練な戦士を臭わせるその風貌は間違いない。
ついさきほどまで、栖原さんがロールプレイしていた傭兵団の団長だった。
「では、団長といのしし鳥を使って、実際の戦闘の流れをチュートリアルさせていただきますね。まぁ、そこそこコンピューターゲームをやられていらっしゃる方ならば、とっつきやすいシステムになっていますので、理解はそう難しくないと思いますが――」
◇ ◇ ◇ ◇
なるほど、コンピューターゲームに馴染んでいる人間ならば、理解が難しくないだろうという栖原さんの説明は適当であった。
見た目の通りにSRPG。
地形を考慮してユニットを移動し、近接して攻撃を仕掛けるか、遠距離で攻撃をしかけるか、あるいは魔法を使うかという、そういうゲーム性のものであった。
ただし、命中の判定や敵に与えるダメージの算出には、きっちりとダイスを使う。
その状況と場所に応じて有利不利を判断し、攻撃を命中させるためにどれだけの目標値をダイスで出さなければならないのかは自動算出される。また、命中したさいに敵に与えるダメージも、ダイスの期待値を3として、何個振っただけダメージを与えるという形に換算された。
ざっくりと見た感じだが。
「命中率は、プレイヤーの器用さと敵の素早さを基準にして、地形の補正をかけた値でテーブルを引いて目標値を算出している感じだね。なんというか、線形的な変化はするけれど、綺麗な数式にはなっていない感じがする」
「その通りです。命中率を上げたい場合には、プレイヤーキャラクターの器用さのステータスを上げるか、攻撃対象の素早さを下げるかするのが手っ取り早いです」
「運のステータス値は入ってこないのがちょっとびっくりだね。逆にダメージの算出には運ステータスががっつり入ってる。筋力と体力の差を取って、そこに運のステータスを足し合わせた値を、÷3して振るサイコロの個数を決めてる感じだね」
「……詳細な算出式は違いますが、まぁそんな所です。サイコロの出目にダメージを換算する関係上、直接的なダメージの上昇については難しいですが、筋力と体力の差が埋まるようにプレイすることがコツですね」
以上。
チュートリアルがてらに一日目の敵襲をいなしてみての感想だ。
僕たちは七回ある敵襲の一回目を、なんとかしのぐことに成功した。被害はほぼナシ、NPCキャラも無事ならば砦のどこかを破壊された訳でもない。戦闘ターンも5ターン以内に収まり、最初の王都行きを回避するのに使ったSPを僕のアルベールは回復していた。
まずまずのスタートのように思える。
とはいえ最初の戦闘。
ゲームで言えばチュートリアルである。
本来ならば、王都に旅立っていればまっとうなチュートリアル戦闘が始まるはずだったと栖原さんは言ったけれども、どうにも敵の攻撃がいいところで外れたり、こちらのダメージがさっくりと多く入ったりするところを見るに、いろいろと調整はしてくれているみたいだった。
ありがたい。これでだいたいゲームとしての方向性は見えてきた。
重要になってくるのは上記の通り、どうやって命中を当てるかと、どれだけダメージを通すかである。これをうまく考えて数値が出るようにしていけば、このゲームは意外とコントロールできる感じがあった。
しかしながら。
元の能力値に問題があるとそうも言っていられない。
「うぅっ、すみません。なんか、筋力値が低くてダメージが全然通らなくて」
しょんぼりと肩を落とすのはレオこと加賀さん。
そう、彼女のステータスが、なんというか、このVRTRPGにおいて絶妙にプレイの脚を引っ張っていた。
そう、筋力値である。
先ほどざっくりとダメージの算出式を栖原さんに問うてみたのは他でもない、レオが攻撃を当てているにも関わらず、振るダイスの数が異常に少なかったことに僕が疑問を持ったからだ。
常に2個から3個に収束するその値に、僕たちは結構やきもきしていた。それでなくても加賀さんのダイスの出目が悪い。期待値の7にも届かない小ダメージしか出せないアタッカーというのは、ちょっと頼りなかった。そしてプレイしている加賀さんにしても、あまり気持ちの良いものではなさそうだった。
5ターン以内に敵を倒すことができたというが、本当にギリギリ。
5ターン目の最期の最期で、加賀さんがなんとかタイラントスパイダー相手に期待値以上の値を繰り出してくれたからこそ、乗り切ることができたというものだった。
それは彼女の操るレオも、少ししょぼくれた顔になってしまう。
戦いそれよりも自分の能力の低さに対する絶望に彼の顔は染まっていた。
「だからキャラクターメイクをやり直さなくていいんですかって聞いたんですよ」
「いやけど、出たとこ勝負というか。そもそも振り直していたら、キャラクターに余計なデバフがついちゃうというか。やっぱりそこは正面から堂々と戦いたいじゃないっすか」
「TRPG初心者のくせにはりきるからこういうことになるんですよ。おとなしくテンプレートキャラクターとか使っておけば、そこそこ楽しくプレイできるものを。まったく張り切っちゃって、僕の考えた最強の主人公とか――いえ、最弱でしたね」
「……うぅっ、否定できねえっす」
そう言って黙り込む加賀さん。
実際、否定できないほどのポンコツアタッカーを見せつけられては、本人も何も言えなくなる。僕にしても、下手にフォローしても彼女を傷つける結果になるのが見えていて、何もできなくなってしまっていた。
レオの【器用さ】は15。ダイス3個を振った際の期待値を大きく上回っている。悪い数値ではない。これならば、おそらくよっぽど【敏捷さ】の高い敵と遭遇でもしない限りには、攻撃を命中させることができるだろう。
対して、【攻撃力】の値は10。期待値とほぼ同じくらいの数値である。
戦力としては優秀な値だが、メインアタッカーとして用いるにはちょっと火力不足。【体力】の大きい敵と出会えば、いまいち攻撃が通らない。もう一声が欲しい数値なのは否めなかった。
さらに幸運値についてはダイス2個の期待値を下回る6である。
総合的なダメージ量を考えれば、【攻撃力】14に【幸運値】9の僕がコントロールするアルベールの方が、まだいくらか期待することができた。
もっとも、こっちはこっちで、器用さに若干難があり、命中させられるかどうかが難点になってくる。
さらに職業もドルイド――近接攻撃に適したスキルを持っていなかった。
いやはや。
「ダメージ倍化系のスキルを取っておくべきでした。まさかここまで私のキャラクターがポンコツ性能だとは。うぅっ、悔しみ」
「なんで命中系のスキルばっかり取るのカナって思ってましたけれど、GMだから黙っておりました。やっぱりプレイはのびのびと、気ままに自己責任でやるに限りますね。だからこういうミラクルが起こって楽しい」
「ぜんぜんたのしくないです!!」
「まぁ、前情報もなしにゲームに挑んでいる訳だから、その辺りは仕方ないですよ」
「けどけど、こんなの思っていたTRPGと違うっす。異世界で俺TUEEEするのが理想なのに、こんな辛酸舐めさせられるようなことになるなんて」
「TRPGはアメリカ発祥の遊びですよ。そんな和製RPGみたいに、細くてかっこいいキャラクターが無双するようにできてるわけないじゃないですか。単純に、筋力で殴った方が強いようにゲーム性ができてるんですよ」
大雑把だなァ。
思ったけれどそれが真実。
実際、筋力値がモノを言うのだから仕方ない。
はぁとため息を吐くと、僕はアバターのアルベールを使って、レオの肩をポンと叩いた。
まぁ、ゲームはまだ始まったばかりだ。
「では、二日目です。ダイスロールは森野さん、お願いできますか?」
「分かりました」
手の中に湧きだしたダイスを睨む。えいやと手を動かして、その3D映像の六面体を空中に放り出すと、ころりころりと転がって地面の上に制止する。
空に向かって出た目には、丸いくぼみが六つ空いていた。
これは――。
「加賀さんと違って、森野さんはなんかダイス運を持っていますね。すばらしい、二日目のモンスター襲撃は、幸運にも回避されました」
「……うぉおぉ、マジですか」
まさかの出目6。
竜×0、鬼×0、狼×0。
砦に向かってまったくモンスターが襲来してこなかったというミラクルを起こしてしまった。
ラッキーと言えばラッキーなのだが、ちょっと素直に喜べない自分がいる。
え、この序盤でという、なんだか無駄引き感が強かったからに他ならない。
「どうせ引くなら、体力と兵力を損耗しきった終盤とかで引くべき出目っすよね。森野さんちょっと空気を読んでくださいよ、森野さん」
「いや、空気を読んでと言われても。出ちゃったものは仕方ないじゃないですか」
「加賀さんは人にそんなことを注意する前に、ルールブックとスキルのテキストフレーバーを読んだ方がいいんじゃないでしょうか。そんなだから、ポンコツ主人公になっちゃうんですよ」
「だぁーもういいでしょう!! 私のキャラクターのことは!!」
「返し刃とか鍔迫り合いとか武器破壊とか、カッコいい名前のスキルに反して、モンスター相手にはてんで使い勝手の悪いスキルばっかり選ぶんですもの。ほんと、プレイヤーが中二病だと、キャラクターまで中二病っぽくなっちゃうんですね。勉強になります。もうちょっと、ゲームの対象年齢を上げようかしら」
「申し訳ないですね!! 心は子供のままで!!」
まぁまぁ、無事に二日目も終わったんだからいいじゃないのよと加賀さんと栖原さんの丁丁発止の間に僕が入る。それより、どんどんと次のプレイをしちゃいましょうと、僕は加賀さんを促した。
三日目。
モンスターの襲撃ロールを決定するのは加賀さんだ。
ここまで悪い出目が続いてきた彼女。さて、どうなるとサイコロを振ってみれば――。
「……5!!」
「あら、加賀さんにしては悪くない出目じゃないですか。では、狼×2でこちらもロール。現れたモンスターは、これまたラッキー。ゴブリン2体になりますね」
「よーし!! ゴブリン!! 異世界のモンスターの代名詞ゴブリン!! やったぜ!! これから私は修羅になるっすよ!! ゴブリンスレイヤァヤァヤァー!! 狩って狩って狩りまくってやります!!」
「しっかりしてくださいレオさん。ゴブリンは二体だけですよ」
妙に張り切る加賀さん。
彼女の理想のキャラクター、レオが森へと突出していく。
砦の西と東にそれぞれ現れたゴブリンに、僕と彼女のキャラクターがそれぞれ分かれて向かう。【俊敏さ】の高いキャラクターから順に行動が処理されていくこのゲームで、いのいちに動くのは加賀さんのレオだった。
すぐさまゴブリンに肉薄して攻撃を宣言。
「おっと、ここで命中判定にスキル【返し刃】を使うっすよ!! 転ばぬ先の杖ならぬ、ゴブリンの先の剣って奴です!!」
「聞いたことない迷言ですね。けどまぁ、いいでしょう。では、二回命中判定をどうぞ」
レオがダイスを振る。
個数は二個。
一回目、振って出た値は――11だった。
まぁ、最高値マイナス1である。小柄なゴブリンは【俊敏さ】は高そうだが、それでもこの値を出せば、当たらない訳がないだろう。
「はい、命中です。加賀さん、スキルを使うまでもなかったですね」
「なんでこんな所で出目がいいんすか!!」
「続いてダメージ判定です。振るダイス数は――4個。さぁ、頑張ってください」
まかせてくださいとダイスを振るレオ。
やはりゴブリン。雑魚モンスターの代名詞。体力のほうもそれほどなかったらしい。ダイス数4とは、これまでの戦闘で初めて見るダメージ量だった。
けれどもそれを振るのは加賀さんである。
そして、先ほどの良い出目に対するより戻し――いや、ある意味では無駄ともいえる悪い出目の連続が心配される。
はたして、息をのむ僕と加賀さんの前で、ころりころりと転がったダイス。
その出目は――。
「おっと、これは、1296分の1を引いてしまいましたね。こんなにダイスを振っておいて、これを引くとはなかなか、持っているじゃないですか加賀さん」
「嘘でしょー!!」
1と1と1と1である。
まずあり得ない確率の最低値を引き当てた彼女。
そして――。
「最低値を引いた場合は、自動的にファンブル――攻撃失敗となります。ご愁傷さまですレオさん。貴方が放った攻撃は、相手の身体には当たりましたが奇跡的にもダメージを与えずに済みました。きょとんとした感じで、ゴブリンはかす当たりの貴方の剣を体で受け止めます」
「いやぁーっ!!」
「うぅん、この絶妙なポンコツ感。いいプレイングですよ。こういうへっぽこプレイの方が、見ている方としては楽しい物です。なんにしても、哀れゴブリンスレイヤー。ゴブリンを斬れぬとはなにごとか」
加賀さんの攻撃は見事に失敗した。
やはり、出目が悪い。ステータス的には割といい線行っているというのに、どうしてこんなことになってしまうのか。
まさしく哀れと言うことしかできなかった。
そうこうしているうちに、NPCキャラクターたちが、加賀さんが向かったゴブリンに向かって集中砲火を浴びせる。
キャラメイクした僕たちよりも、幾分抑え気味のステータスになっている彼らだが、流石に囲んでボコればゴブリン程度は倒せる。危なげなく攻撃を当てて、異世界の主人公が倒すべきだった雑魚モンスターは、さっくりと森の土に還ることになったのだった。
重ね重ね――。
「NPCに獲物を横取りされる気分はどうですか。ねぇ、今どんな気持ち。ねぇ、今どんな気持ちですか、レオさん」
「うっ、うわぁあああん!! このGM、いくらなんでも鬼畜プレイ過ぎるっす!! もうちょっとプレイヤーに楽しませる余地を与えてくれてもいいじゃないですか!!」
「仕方ありませんよ。最も効率のいいプレイングを私はしているだけなんですから。むしろ、効率の悪いプレイングをしているレオさんの方に問題がある訳で。もうちょっと真剣にプレイしていただけないものですかね」
「プレイしてますよ!! これ以上もなくプレイしているっすよ!! けど、これが限界なんだから仕方ないじゃないっすか!! 文句は出目に言ってください!!」
「まったく、TRPGのルルブ見て妄想に浸る暇があるなら、必要なときに必要な出目が出せるように、ダイスロールの練習でもしておくんでしたね。その方がよっぽど有意義に時間を使えたというもの」
「これVRじゃないっすか!! 物理演算エンジンで動きはシミュレートしてますけど、出目は完全に乱数で出してるやつじゃないですか!! そんなんどう練習しろと!!」
あんまりですよと泣き叫ぶ加賀さん。
その悲鳴を横で聞きながら、僕はちょっと申し訳ない気分で自分のキャラクターのロールを始めた。
「えっと、スキル【炎の矢】を利用で。砦の上から、向かって来たゴブリンに向かって攻撃を加えます」
「はい。頭上からの攻撃ということで命中判定に補正が入ります。ダイスロールお願いします」
「……7。微妙な所ですね」
「はい、ですが命中しました。危なげなく攻撃を当てていってくれますね。流石はアルベールさん。どこぞのイキリへっぽこ前衛職とは違って堅実派です」
「ひ・ど・い!!」
「えっと、それじゃ、魔法攻撃なのでダメージ算出は魔力からですよね」
「はい。ダイスを8個振ってください」
「なんですか、そのファンブルしても確殺できそうなダイス量。どうなっているんですか。というか体力完全無視じゃないですか、ヤダー!!」
「魔法攻撃は体力によるダメージ減算の計算式にボーナスが付きますから。それでなくても、スキルを使って攻撃するんですから、これくらいの役得がないと話になりませんよ。どこぞの、攻撃を当てたり、弾いたり、武器を破壊したりする程度の冒険者とは格が違うということですねー。流石はアルベールさん」
「いや、そこまで考えてキャラメイクした覚えはないんですけど」
「支援系キャラがメインアタッカー食うとかどういうことですか!! 支援職チートとか最近のWEB小説じゃないんですから!! というか、今からでもいいのでキャラチェンジしてくださいよ、アルベールさん!!」
さっきから見ていて、プレイ自体はそこそこ悪くないように見えるんだよね。
ただ、明らかに加賀さんのダイスの出目が南無っているだけ。そのダイス運をなんとかしないことには、キャラを変えようがチートアイテムを手に入れようが、もはやお話にならない気がしないでもない。
まぁ、運ばっかりはどうしようも底上げすることはできない。
となると、もう、ここは素直に諦めるしかない。
苦笑いと共に僕はダイスを奮う。
まるで加賀さんの運を僕が全部吸っているかのように、地面の上を転がる翡翠色のサイコロは、おそろしいダメージ量を算出していた。
6+6+3+4+2+1+6+5=33のダメージ。
「まぁ、これは死んだでしょう」
「死にましたね。Overkillとか、普通にソシャゲだったら出てもおかしくない値です。二体どころか三体くらい倒せるダメージですよ」
「ほらぁっ!! だから、なんでそういう所でダイス運使っちゃうんですか!! もっとこう盛り上がる所に取っておきましょうよ!!」
そんな言うほどいい出目だろうか。
ダイス一個当たりの期待値を3あるいは4――その中間の3.5としても、3.5×8=28だ。期待値からは5くらいしか上回っていない。
オーバーキルには違いない。
けれども、運がいいというほどの出目ではないように思えた。
まぁ、先ほどから、ダメージ算出で奇跡的な出目の悪さを見せている、加賀さんである。その言葉にはやっかみも多分に含まれているのだろう。
やっぱりそんな出目を出してしまう、彼女の運が悪いという一言に尽きてしまうのだけれど、それでも声を荒げる気持ちは分からないでもなかった。
なかなかTRPGというのはままならないものだなぁ。
まぁ、僕はだいぶコツも分かって来たし、攻略法も見えてきた感はあるけれど。
うん、慣れてしまって、あとはキャラクターが自分のプレイスタイルに合っていれば、これは確かに楽しい遊びかもしれない。
過程を楽しむか。
確かに、最終目的に向けて、お使いではなくあれこれと手を考えてプレイするのは楽しいかもしれない。少なくとも、戦闘における選択の自由さと、それが嵌った時の爽快さは、この数回でとても実感させてもらった。
悪くない。
いや、面白い。
ボードゲームカフェで初めて重たいボードゲームに触れた時もそうだったけれど、世の中にはこんなに面白い遊びがあるものなのだと、ちょっと衝撃だった。
「いいですねTRPG。なんだろう、もっと若いうちからやっておくべきだった」
「そうでしょう。特にアルベールさんのような、理詰めでプレイする方とは、この手のゲームは相性がいいですからね」
「そうなんですか?」
「そうですね。まぁ、パワープレイもTRPGの醍醐味ですが、日本人の気質的には、罠を突破して、シナリオの裏をかき、絶妙なゲームバランスの隙間を抜く――そういう知的なプレイの方が人気がありますから。ですから、アルベールさんのようなプレイが、日本的には王道ですよ」
「……暗に自分が勢いだけで行動してるってディスられてません?」
「いえいえ、レオさんのような向こう見ずアメリカンTRPGもまた醍醐味です。それに、コメディリリーフって、どんなエンターテイメントにも必要でしょう」
「やっぱ馬鹿にされてる!! 誰がコメディリリーフですか!!」
そして、こんなやり取りもまた楽しい。
今一つキャラクターになり切れていない感じもするけれど、ワイワイとお互いのプレイングに関してあれよこれよとコメントしあうのは、一人でゲームをしているのとは違う楽しさがあった。
ゲームの実況動画なんかの楽しさに通じるものがあるのかもしれない。
僕自身は実況なんてやったことはないけれども、幾つかプレイの動画を見たことがある。その和気あいあいとしたプレイヤーと視聴者のやり取りは楽しそうだなと前から感じていた。
たぶんTRPGの楽しさの根幹にあるのはそこだ。
キャラクターを演じるのももちろん大切だが、お互いにお互いのゲームプレイを気軽に評価しあえる。そういう精神的な余力があるということがおそらく大きい。
最低限の会話で意思疎通をしなければ勝敗を大きく揺るがすオンラインRPGやFPSにはない、どこか俯瞰して行動を楽しむことができる余裕。
リアルタイムにゲームをプレイしながら、どこかプレイの内容を置いておいてコメントしあうことができる。そういう側面もまた、自由度と共にTRPGにしかできないことであるように僕は感じた。
奥深いなぁ。
「……さて、これで三日目を無事に生き延びました。流石にここまで連戦では、TRPGなのにトークがなくて面白くありませんね」
「うぇっ」
「あー、まぁ、確かに、トーク面がおざなりになっているような、そんな感じはありましたね。すっかりと忘れていました」
「三日間生き延びたボーナスです。という訳で、四日目の戦闘に向けて、ちょっとフラグ――じゃなかった、トークをしていただこうじゃありませんか」
俯瞰していた砦に急に視線が近づく。
えっと声を上げる間もなく、どんどんと僕の視線は目の前の砦へと降りていくと――プレイアブルキャラクターであるアルベールに重なった。
それと同時に、青色だった空が黒く染まり、まばゆいばかりの星が満ちる。
煌々と光る月が昇り、砦の縁に篝火がかかげられると、僕は茫然と夜の森を眺めていた。
この演出は――。
「戦闘終了後のトークと言えば夜。サモナイ世代としては当たり前の演出ですね」
「……また懐かしい」
「おわー、これまたそれなりの世代を狙い撃ちにしたような演出じゃないですか。まぁ、戦闘終わって、昼間に会話というのはちょっと難しい部分がありますよね。戦闘の事後処理が終わって、ほっと一息。夜の見回りの最中にというのは、分からないでもない気がします」
これでプレイしているキャラクターが男同士でなかったなら、最高にロマンチックなシーンなのだろうけどなとそんなことを思ってしまう。
うぅん、ちょっと残念。
けどまぁ、加賀さんはたぶん、これまでのTRPGに対する憧れから、レオのキャラクターを諦めなかっただろ。そうすると、僕が女キャラクターをやることになっていた訳で。
ネカマプレイまではどうにかできる気がするけれど、流石にそれで歯が浮くようなロマンス展開はちょっとできないだろうなぁ。
たぶん、言われる方も、言う方も、どっちも耐えられない気がする。
まぁ、僕たちはまだそうい間柄でもない。
そんなプレイングをして、後で気まずくなるのもなんだかである。これはこれで、男同士の友誼を深めるトークとして、熱い感じの会話を交わしておくのがベターかなと、僕はあきらめることにした。
「まぁ、BLトークにしてみてもいいですよ。最近は、そういう需要もありますし」
「いや、流石に中身が男と女の時点でそれはちょっと」
「……うぅん。中性的なアルベールくんなら、ワンチャンそういう方向性も」
「ないですよ!?」
そんなことを言っている所に、ふっと加賀さん――が操っているレオの姿が現れる。
ほどほどの戦闘をこなした演出だろうか。
煤けた鎧を着た彼は、手に酒瓶を持って僕ことアルベールの方へと近づいてくる。そのまま、僕たちは森とは反対側にある、砦の内側の塀に腰かけて夜空を見上げた。
トーク開始とばかりに栖原さんが声を潜めた。
さて――。
フリートークシーンとは言ったが、いったい何を話せばいいやら。
設定的には、レオとアルベールはこの傭兵砦にやってくる以前からの冒険者仲間。数々の戦場や冒険者ギルドを通した依頼をこなしてきた相棒という関係だった。
そんな二人が夜の砦でいったい何を話すというのか。
とりあえず。
「これ、たぶん、アルベールの方からは話さないよね」
「そうっすね。そういう感じのキャラじゃないっすよね。なんていうか、レオの方が引っ張ってる感じのそういうパーティですよね、この二人は」
即興で作り上げたキャラクターではあったが、その力関係はなんとなくキャラクターの造詣から掴めてきていた。
加えて、ここに残ることになった最初のロールである。
レオが方針を決定し、アルベールがそれを補強するように動く。
なんとなくそんな関係性が、二人の間にはあるように僕も加賀さんも感じていた。
うん、だいたい話の方向性は見えた。
そんな矢先――まさしくキャラになり切ったように、加賀さんことレオが口を開いた。
「また、面倒なことに巻き込んじまったな。悪い、アルベール」
謝罪。
なるほど、今回の一件は確かにレオの無茶な要望から始まった。
砦に籠って四日目の夜、そんな弱音を相棒に向かって口にする。あるいは本心を吐露するというのは、なかなかそれらしいトークのように思えた。
それに対して、謝られた僕ことアルベールはどう反応するべきか。
悩む必要もない。
「まぁ、君の無茶は今に始まったことじゃないからね。気にしちゃいないさ」
無茶と言ったが、それはここまでの戦闘のプレイングにも表れている。感情ばかりで行動して、後先を考えないレオ。そんな彼を、おそらくアルベールはそれとなくこれまでもフォローしてきたのだろう。
今回の一件で、怒ってしまうようなら長年コンビなんて続けられるはずがない。
そういうことを考えれば、トークの答えはすぐに出てきた。
見つめあうレオとアルベール。
二人の間に流れるのは、ロマンス的なものではない。男と男の間にある確かな信頼感。戦友へと向ける熱いものだ。
月夜を背景に友誼を深める。
なるほど分かっていらっしゃると、声には出さないが栖原さんが言っているような気がした。
レオから酒を貰って手にするアルベール。
どうしようかと迷った挙句、口にしてみて――それから吐き出す演技をしてみた。
絶体絶命の危機に瀕して、友からの酒を口にしてみたが、やっぱり無理だったという感じのロールだ。
はははと笑うレオも含めて、実に絵になる光景だったように思う。
ふと、加賀さん――が操るレオの視線が森の方を向く。
「……無事、生き延びられるといいな」
「……何を弱気になっているんだよ。大丈夫さ。僕とレオなら。これまでだって、二人で冒険をこなしてきたじゃないか」
「そうだな。俺とお前が組めば百人力。何も恐れるようなことはない。大丈夫。きっと、俺たちはこの砦を守り切れる。そしてまた、王都に二人で凱旋できる」
うぅん。
これ、着実に死亡フラグを立ててるような気がするな。
なんかどや顔してそんなことをいうレオだけれど、こんなの次の日に強めのモンスターが出てくるフリ以外のなんでもないじゃないか。というか、どや顔しながら、ちょっとこれどうしようって感じに、涙目になっているじゃないか。
加賀さん――なんかしっくりくるトークが思いつかなかったんだなこれ。
どうしようかとちょっと思案する。
レオのカバーをするのは僕のアルベールの役目である。
ロールの失敗、もとい、こんな死亡フラグがビンビンに立つような演出を見せつけられて、黙っていることはできない。
なんとかこの流れを回避して、希望ある未来へと持って行かなければ。
何かできないかとステータスを確認する。
その時、一つのスキルが僕の目に入った。
「レオ。ちょっと剣を貸して」
「……うん? おぉ?」
レオの腰にある剣を見つめてアルベールは言う。
すぐにレオは腰に結わえているそれを鞘ごと外すと、目の前のドルイドへと差し出した。
僕はそれを手にすると――少しアルベールではなくプレイヤーに立ち戻る。
「GMさん。このトークパートで、スキルを利用することは可能ですか?」
「……許可します。ただし、SPの消費は翌日まで引きずるものとしますが、それでもよろしいですか?」
「構いません。もちろん、効果も翌日まで続くんですよね」
「……その理解で構いません。分かりました、では、何のスキルを利用しますか」
選んだスキルは【精霊の加護】。
アイテムに任意のステータス+1の効果を与えるものだ。永続的な効果はなく、一日前後で切れるそれだが、今この場でかけておくことに意味があるように思えた。
もちろん、かける対象は他でもない――。
「お前の剣に【精霊の加護】を」
「……アルベール」
「これで、剣がお前のことを守ってくれる。大丈夫。恐れることなんて何もないさ。お前には僕がいるし、この剣もある。どんなモンスターが来たって僕たちなら勝てる」
「……そうだな」
ありがとうアルベールと僕の手を取るレオ――もとい加賀さん。
ちょっと、その視線がどかしかった。
相手はポリゴンの男なのだけれども。流石にTRPGに強いこだわりのある加賀さんが作ったキャラだけあって、溢れんばかりの色気がある。
BLなんてないですからと言いながら、ちょっとくらりと来てしまう自分が居た。
月影に手を取り合う男と男。
幾多の戦場を共に駆け巡った二人の間にあるのは、はたして信頼だけなのだろうか。それ以上の感情を、やっぱり抱いているのではないのだろうか。
ないと言った手前であれなのだけれど、そんなことを考えてしまう。
いけない。
これ以上、このロールを続けるのは危険だ。
そんなことを思った時――。
「えー、お客さま、お客さま。流石にBLロールもいいですよと言いましたが、本当によろしいのですか。中身がいい歳したおっさんとおねえさんですが、本当によろしいのですか? これ、一応社内回覧する予定なのですが?」
「わーわー、分かりました!! 分かりました!!」
「そういうんじゃないです、ないですから!! すみませんちょっとロールミスりました!!」
そう言って急いで手を離す僕と加賀さん。
危うく踏み外しそうになった一線をなんとか踏みとどまって、僕たちはその夜を終えることになった。
まぁ、うん、これでいいだろう。
ちょっとそういう展開臭くなりそうだったけれど、長年の相棒との友誼を確認しあういいシーンにはなったと思う。おまけに、明日からの戦いに向けてのちょっとしたステータスの底上げも行うことができた。
上出来ではないだろうか。
「えぇ、という所で、夜の語らいは終了。四日目の戦闘へと突入したいと思います。と、その前に、スキルの使用について確認を。よろしいですか、アルベールさん」
「あ、はい」
「スキル【精霊の加護】により、強化するステータスはどうされますか?」
そんなの決まっている。
ここに来て、加賀さんを一番困らせている問題。
それを解決するのに手っ取り早いステータスを底上げするのだ。
「幸運を上げてください」
「……なるほど」
「ちょっと森野さん。どういうつもりっすか。もっとダメージリソースに直結しそうなステータスを上げた方がいいと思いますよ。だいたい幸運なんて、レオは最低値に近い6――」
そこまで言いかけて気が付いたらしい。
あっという表情をするレオ。
そんな彼に、僕は優しい笑顔を向ける。
「ステータス【筋力】に直接加算したら、敵の【体力】によって相殺されてしまうからね。その影響を受けない、幸運にステータスを振った方が安心でしょ」
「……なるほど」
「いい読みです森野さん。ルールブックを熟読していないのに、どのようにステータスを底上げすればいいかわかっていらっしゃる」
おそらく、ダメージリソース――ダメージ算出のために振るサイコロの数は【自分の筋力】ー【相手の体力】+【幸運値】÷3で求められている。【自分の筋力】が【相手の体力】よりも低かった場合は0扱いとなり、【幸運】÷3――しかも切り上げにより、振るダイス数が決定するはずだ。
今、加賀さんの操るレオが持っている【幸運】は6。
これが7になるだけで、振るダイスは1個増えることになる。
筋力値に割り振るよりも、よっぽど効果的なダメージリソースの増加だ。
ただまぁ。
「攻撃ダメージを【幸運】に頼るってのはちょっと情けないけれどね」
「まぁ、ダイスロールによる幸運に頼っている時点でそれは言いっこなしですよ」
「なんにしても、これで弱いアタッカーの汚名返上っすよ。ふっはっはー、魔法剣士レオここに爆誕。さぁ、ドラゴンでもオークでも、オーガでもメデューサでもティターンでも、なんでも来いってもんです」
ちなみに、ダメージ判定の式については僕が勝手にこれまでのプレイ内容から考察したもので、厳密にそれを栖原さんが認めている訳ではない。もしかすると、ダイスの数が増えないというい可能性は十分にある。
けれども、すっかり強くなったと思ってイキっちゃう辺りが、なんとも加賀さんらしいというか、レオらしいというか。
無言の上に姿が見えない栖原さん。
彼女が苦笑いしているような、そんな気配がそれとなくする。きっと僕の気のせいならばいいのだけれど。
「さて、では、四日目のモンスター決定と行きましょうか。ダメージリソースを安定化したレオさんの無双を信じて」
「なんか打ち切りファンタジー漫画のあおりみたいに言ってくれましたね!! けれど、アルベールさんの魔法でこちらは百人力っす!! 負ける気がしない!!」
「敵の決定ロールはアルベールさん。さて、ここまで安定していい出目を出してきていますけれど、果たして――」
そんな煽られても困るのだけれどと思いつつ、ダイスを手にする腕にはちょっと力が籠る。いよいよこのゲームも折り返し。
そして、ここまでのダイスの出目を見るに、そろそろ寄り戻しが来そうな所でもある。
もちろん、ダイスの出目などただの一般人の僕にはどうすることもできない。
生粋のギャンブラーで、ダイスロールをコントロールできる人間だとしても、物理演算が意味をなさないVR世界では、自分の望む出目を出すのは難しいだろう。あるいは、乱数調整などをできれば話は違うけれど――。
おそらくTRPGはそんな風にテクニックを弄して遊ぶものではない。
「……いきます」
出たとこ勝負。
人生のように、どうなるか分からないからきっと面白いのだ。
握りしめた手からダイスを放つ。
再び太陽が昇り明るくなった砦。その石造りの床の上に落ちた翡翠色の六面体は、もったいつけてくるくると回ると、ようやく空の方を向いた。
上向いた面に表示されているのは奇しくも――。
襲撃するモンスターの種類と数を整理しているテーブル。
その中に、たった一つしか存在しない、モノと同じ形をしていた。
そう――竜のマーク。
「……え?」
「……これって?」
「あぁ、森野さん。相変わらず、持っていますね。この死亡フラグビンビンの会話をした後に、まさかまさかのこれを引いてしまうだなんて」
テーブルの一番下が明滅する。選ばれたのはそう、一番ひいてはならないモノ。
竜×1、鬼×2、狼×4。
「森野さん、ここに来て初めてのファンブルです。いやはや、確率というのは収束するものですね。恐ろしい」
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