第6話 プラグイン「Orlando」
栖原さんに説明された通り、ゲームのシステムはVRRS一択であった。それ以外のTRPGシステムはまだ十分に作りこまれておらず、とうていお客様にお見せできるレベルのUIを具備していないのだそうな。
また、肝心の世界観を決定するプラグインについても、VRTRPGに対応しているものは僅か三種類のみということであった。これは純粋なリソース不足によるものではなく、意図してその三種類のみVRTRPGに対応したのだそうな。
「KADOKAWAからの資本援助の条件が、VRRSで利用できるプラグインは三種類までとする、というモノだったんです。まぁ、向こうとしては、手持ちのTRPGシステムや漫画・ラノベのコンテンツをVRTRPG化するのが大本命ですからね。あくまで、欲しいのはVRRSを通して培ったVRTRPGのノウハウということですよ」
しょんぼりとした感じで語る栖原さんはちょっと見ていられなかった。
同人TRPGということだったが、割とこのプロジェクトは壮大なスケールで動いていた。
もともとは、SONYコンピュータエンタテインメントで働いているシステムエンジニアと、その妻、そしてその妻の友人である栖原さんの三人ではじめた、細々としたプロジェクトだったのだそうな。
そのシステムエンジニアは、PSVRの開発に携わっていたとのことだが、出されるVRタイトルの多くが抱えている操作面での不自由さをなんとか克服したかったのだという。そこで、本業で培ったノウハウをこっそりと持ち出し、PSVRのスペックを最大限に引き出す、VRRSを開発しようとある日唐突に思い立った。
当然、そんなことをやり出すくらいだからエンジニアさんはオタク気質。
そのお嫁さんもまた同様にディープなオタクだった。
コンピュータ技術者ではないのだが、イラストレーターかつヘビーなTRPGユーザーとして名を知られており、ニコニコ動画などで人気のあるリプレイ動画シリーズを何個も抱えているような有名人だった。
そして、そんな彼女とTRPGを通して交流があり、細々と個人でTRPGシステムを作っていた栖原さん。
彼女の作ったTRPGシステムは、同人ながらネット上では高く評価されており、今生き馬の目を抜く勢いがある新進気鋭のアナログゲームクリエーターとして、密やかに注目されていたのだという。
そんな彼女に、うちの旦那が面白いものを作ろうとしているんだけれど、ゲームデザインを頼めないかしらと、気軽に奥さんが声をかけたのだそうな。
担当はもはや言うまでもないくらいにすんなりと決まった。
各々が、各々のプロフェッショナルたる職域を担当したVRRSは、去年の冬のコミケで初のお披露目を見た。
ただし、PSVRでのソフトウェアリリースにはインディーズということで待ったがかかり、残念ながらOculusプラットフォームでのリリースと相成ってしまった。当然、個人製作であるから、僕たちが座っているチェアーのようなものなど作る余裕などあるはずもなく、必要最低限の機能を具備したものだった。
しかし、すごいものをすごいと見抜く、日本人オタクの嗅覚たるやすさまじい。
VRゲーム業界に携わっているモノから、ヘビーなゲームオタクに至るまで、VRRSに触れた人たちはこぞってそれを絶賛した。企業ブースに顔を出していたエンジニアさんの上司まで、「これは上に話を通してでも、PSVRでリリースするべきだった」と、思わず漏らしたくらいだったという。
それからKADOKAWAから彼らに連絡が入るまで一か月もかからなかった。
資本提供を申し出たKADOKAWAは、上記の条件で三人にVRRSのPSVR対応を要請。また、エンジニアさんの属している上層部にまで掛け合って、専用のプレイチェアーの開発まで依頼した。
蜜月の関係にあるKADOKAWAからの要請ということもあり、旦那さんは特命により従事していた業務を離脱して、VRRSの開発業務に専念。
あわただしく開発を進めた彼らは、今年の五月上旬にVRRSのPSVR対応作業を完了。その後、一か月の徹底したデバッグ作業と並行して、提携するボードゲームカフェと話をつけて、こうしてプレオープンに至ったということであった。
「夢見たような起業物語ですね。うーわーうらやましい。ちょっとうらやましい」
「実際にやってみると思い知らされますが地獄ですよ。正直、何度なかったことにしてくれと泣きつこうとしたか。失踪しようかと思ったくらいですもの」
「……起業って、大変なんですね」
「それで、いざお店をオープンしてみたら、システムを十全にコントロールできるのは、開発者の私たちだけだってことになって。三人とも、プレオープンの店舗に単身赴任ですよ。私はアルバイト、ツレは自営のイラストレーターだったので、その辺りの融通は利きましたけど、ツレの旦那は死にそうな顔をしてましたよ」
ご愁傷様である。
何歳くらいの技術者かは分からないけれど、単身赴任は辛いものだ。うちの会社でも、仕事の都合で国外はもとより海外に単身赴任している役員や従業員が何名かいるが、誰も彼も口をそろえてろくなもんじゃないよと言う。
独身でも、久しぶりに顔を出したら同じことを言うのだから、やっぱり慣れ親しんだ生活圏を離れるというのは、それなりに辛いモノがあるのだと思う。よっぽどたくましくできている人間でないと、単身赴任は楽しめないだろう。
まぁ、そんな開発秘話はそこそこに。
「現在VRRSで利用できるプラグインは以下の三つ。中世ヨーロッパの騎士伝説世界を体験することができるプラグイン『
「最後のプラグインだけはないですね。プラグイン名が糞ダサい上に、パロ元がモロバレのやっちゃった感。絶対に多脚戦車とか出てきますよ、これ」
「それならそれで、僕はアリだと思うんだけれど」
「男の子ですね。ちなみに、そのプラグインの開発者は、ツレの旦那です」
男なら皆大好き、攻殻機動隊。
そりゃPSVRの開発に携わるくらいのオタクでギークなら、きっと嗜んでいるんだろう。イースターエッグで笑い男のスキンが出るくらいのこともしてそうだ。
けれどもまぁ、残念ながらこればっかりは、男の子だけにしかわからないロマンだよね。
知っているけどそれはノーって感じの顔を加賀さんはしていた。
さりげなく、ヘッドマウントディスプレイの内部カメラから、表情筋の動きを読み取っているのだろうか。表示された、彼女のアバターの表情は豊かだた。
僕も、自分では見れないが、きっとそれなりに苦々しい顔をしているのだろう。
嫌だというのなら、それを無理に薦めることはできない。
僕はそれならもう加賀さんが選んでくださいと、ちょっと投げやりな感じで、プラグインの選定を彼女に任せた。
プラグイン――。
これまた薄い本の形をして現れたそれを前に、腕を組んで悩む加賀さん。
「やっぱり王道の中世ヨーロッパ風ファンタジーか。それとも、近現代クライムアクションか。悩ましい所ですね」
「甲乙つけがたい所だよね」
「剣と魔法と同じくらいに、銃と刀も使えないですからね」
「……刀は出てこないんじゃないかな?」
出てきませんよねと栖原さんを見る。
すると、出てきませんねと微笑みでそれを肯定された。
日本の裏社会が舞台ならばともかく、香港が舞台である。刀が出てくるということはないだろう。何かこう、中国の曲刀とかそういうのは出てきそうだけれど。
そして、どうやらその銃と刀の世界観が崩れた時点で、加賀さんは腹を括ったみたいであった。
「プラグイン『
「かしこまりました。ちなみに、本プラグインは、私が監修させていただきました。シャルルマーニュ伝説の英雄の名を関しておりますが、あくまでモチーフであり、内容に直接の関係はありません。さぁ、奇々怪々摩訶不思議な幻想世界と、完成された騎士道精神世界を存分にお楽しみください」
栖原さん監修と聞いて、ちょっとだけ安心する僕が居た。
ちょっと口は悪いけれど、目の前で真剣に自分たちが作ったサービスを楽しんでもらおうとする仕事ぶりをみせつけられれば、それは嫌でも信頼するだろう。
あれだけ文句を言っていた加賀さんも、へぇそうなのと、何か納得したような顔をしていた。
パラリパラリとめくられるプラグイン『
再び本が僕に襲い掛かって来たかと思うと世界が暗転する。
加賀さんも、栖原さんも見えなくなった暗闇の中で、僕は意識だけで漂っていた。
「さて。まずは、TRPGの一番の醍醐味――キャラクターメイクから行くとしましょう」
「やったー、キャラメイク!! 自分の性癖が曝け出されて恥ずかしい奴!!」
「テンプレートキャラクターを使うというのもありますけれど、加賀さんはTRPGをとめですからね。えぇ、作りましょう。キャラクターをメイクしましょう。最高に性癖の尖ったキャラクターをメイクしましょうね」
「い・い・か・た!!」
怒りながらも明らかにテンション上がっている感じの加賀さん。
本当にTRPGをやりたくて仕方がなかったんだろうなと、ひしひしと感じる。
すんなりと今回のお誘いに乗ってくれたと思ったけれど、そういう側面もあったのかもしれない。
幾つになっても、やりたいものはやりたいのだろう。
僕はといえば、なんというか、まぁ――これを会うためのダシに使っただけなので、それほど何か思い入れがある訳ではない。
正直、テンプレートキャラクターを使ってもいいのかなと、それくらいの気持ちだった。
「まずは見た目の決定と行きたいところですが、先にステータスや技能を決定して、それぞれの役割分担が決まってからの方が固めやすいかもしれません。見た目筋肉がありそうなのに、ステータス的には女の子に負けてるとか、そういう奇跡が起こってしまってはかないませんからね」
「……言われてるわよ。アーチャー」
「……すまない。腹筋詐欺で本当にすまない」
中の人つながりで筋力Dネタ弄るのはやめてあげてください。
乗っちゃったけれど。
仕方ないじゃないか。無印の頃からそうなんだから。
後発のキャラクターと整合性をとろうとすると、歴史の古いキャラクターの方が割りを食ってしまうのはよくある話でしょう。
パワーインフレ。こればっかりは仕方ないんですよ。
まぁ、けど、幼女に負けるのはどうかと思っちゃったけれど。
「振っておいてなんですけれど、そういう他作品のメタネタは作品の雰囲気を壊しますので、控えていただけると助かりますね」
「あ、はい」
「一応、今回のプレオープン中のプレイは、今後のサービス向上のために研究させていただきます。できる限り真面目に、差し支えなければ宣伝に使えるくらいに、もっと言えばリプレイとして世に出しても問題ないように、配慮してくれるようお願いします」
要求内容が結構エグい。
けど、まぁ、栖原さんたちも、結構手探りの状況でこのお店をやっているんだものな。うまく利益が出ればいいだろうけれど、休日のこの閑古鳥ぶりを見れば、ちょっと真剣に怒っちゃうのも仕方ないように思う。
真面目にやろう。
TYPE-MOONはKADOKAWAとも取引があるけれど、最近は星海社との関係の方が強い気がする。
なんにしても、独立してコンテンツを供給している会社だ。
あまり突くと厄介なことになってしまうかもしれない。
型月関係のパロディはなしの厳禁の方向で。
姿は見えない加賀さんに僕は念押しした。
「あ、けど、お店の宣伝にこの動画を使うなら、名前とかも偽名を使った方がいいんじゃないですかね」
「大丈夫です。リプレイはキャラクターメイクが完了してから行いますから。ですので、本名呼びも、キャラメイク後は控えていただけると助かりますね」
「意外と注意しなくちゃいけないこと多いですね」
面倒だなとは思いつつ承諾する。
TRPGは過程を楽しむゲームだという。だとすれば、自分や仲間の操るキャラクターに入れ込んで、そちらの名前で呼んだ方が楽しいかもしれない。
そう前向きに思うことにした。
さて、というつぶやきと共に、僕の前にじゃらりじゃらりと幾つもの、六面体ダイスが振ってくる。緑色をしたそれは、両手で数えきれない個数があり、なんでこんなものがいきなりと、ちょっと不安になってしまった。
同時に、床が光り始める。
青白い光る線が浮かび上がったかと思うと、そこになんだか、RPGで見たことのあるような単語が幾つか並んだのだった。
「ステータス決定のダイスロールを行っていただきます。決定していただくステータスは全部で八つ。筋力、体力、知力、発想力、魔力、器用さ、敏捷さ、幸運です。それぞれ、ダイスを三個ずつ振って、出た目の合算値をそのステータスとします」
「種族値ボーナスとかはないんですか?」
「ありません。この世界に住んでいるのは、基本的に人間とモンスターだけ。亜人種もいますが、プレイアブルな種族はありません」
「えー、綺麗なエルフの王子さまとかやりたかったのにぃー」
――うん?
エルフの王子さまって今、加賀さんってば言わなかった?
普通ファンタジーで出てくるエルフって、王子じゃなくて姫とかじゃないのかな。
いや、そう判断するのは早計だぞ。
男性のイメージでそういう風に思うだけで、実際にはエルフの王子とか、女性向けのコンテンツの中では当たり前なのかもしれない。
彼女が腐女子かどうかは分からないけれど、乙女系のゲームとかはやっていそうな雰囲気がある。だとすれば、そこは姫じゃないのとか、そういうことを言うのはうかつかもしれない。
ちょっと低レイヤーでの解釈違いが発生する可能性がありうる。
そんなことで加賀さんに悪い印象は持たれたくない。
けど、エルフの姫さまキャラクターがいてくれたらそれはそれで映えるだろうな。
「エルフキャラでプレイしたい場合は、ソードワールドのVRTRPGが完成した際にまたお越しになってください」
「商売上手だな、もう」
「さっ、ほらほら早く、お二人ともダイスを振ってください。こういうのは、時の運みたいなものですから、うだうだやっている時間の方がもったいないですよ」
言葉だけで栖原さんに急かされる。
言い返すこともできず、すごすごと僕は目の前に転がっているダイスをかき集めると、光っている床に向かって放り投げた。
そういう風にプログラムされているのだろう。
乱雑に投げ出しただけのダイスは、物理法則を完全に無視して、三個ずつ発光している枠の中へと飛んでいく。ころりところりとその中で、もっともらしく転がると、ばらばらのタイミングで静止する。途中から物理演算が入ったらしい。
システムエンジニアとして、ちょっと雑な実装だなとは思ったけれど、ゲームの根幹に直結する部分のものではないので、あえて目をつぶることにする。
なんだって、力を入れるところと抜くところを見極めるのは大切だ。こんなことに工数を割くくらいなら、他のことに工数を投入した方が、もっといいものになるだろう。
静止したダイスが光る。
かと思うと、床に広がる枠線の中に数字が書き込まれる。
それでどうやら、基本的なステータスは決定したようだった。
僕のキャラクターのステータスは――。
============================
【キャラクター名】 未決定
【HP】 体力+筋力÷6+魔力÷6
【SP】 体力÷6+知力÷6+魔力÷6
【筋力】 14 【体力】 8 【知力】 11 【発想力】 9
【魔力】 16 【器用さ】 10 【敏捷さ】 5 【幸運】 9
【職業】 未決定
【スキル】 未決定
【運命】 未決定
============================
と、出ている。
うぅん、これはなんだか、思った以上に悩ましい感じのキャラクターになってしまったぞ。筋力値が高いという特徴がありながら体力不足が否めない。また、魔力も高いけれど、知力・発想力が並みという、ステータスの字面だけで判断すると、非常にどっちつかずの状態になっている。
TRPGプレイヤーではないけど、このステータスの感じは分かる。
「器用貧乏で扱いに困る感じのキャラクターができあがっちゃいましたね」
「……やっぱり、そうですか?」
「振り直しというのもいいんですけれど、あえてこういうちぐはぐなキャラクターでプレイするのも面白かったりしますよ。どうしますか森野さん。これで行きますか? それとも、再ロールしますか?」
「……とりあえず、加賀さんのステータスを見てからそれは決めます」
えぇいと、加賀さんがダイスを振ったらしい声がする。
暗闇の中に彼女の姿は見えないが――しばらくすると、彼女のキャラメイクの結果だろう、ステータスがぼんやりと僕の視界の右上に表示された。
============================
【キャラクター名】 未決定
【HP】 体力+筋力÷6+魔力÷6
【SP】 体力÷6+知力÷6+魔力÷6
【筋力】 11 【体力】 17 【知力】 6 【発想力】 7
【魔力】 8 【器用さ】 15 【敏捷さ】 11 【幸運】 6
【職業】 未決定
【スキル】 未決定
【運命】 未決定
============================
体力と器用さがなかなかにいい数字だ。
ただ、他のステータスは、筋力と敏捷さを除けば壊滅的と言っていい。
これなんかは役割がとても分かりやすいキャラクターのステータスだろう。
ちょっとして、まるでこの出目を言祝ぐような、甲高い拍手が闇にこだました。
まさか自分で手は叩かないだろう。
間違いなく、栖原さんの仕業だった。
「あぁ、良い感じの脳筋馬鹿ステータスを出しましたね!! なかなかこれはお目にかかれないくらいに見事な脳筋馬鹿ステータスしてますね!! 物理で解決する方があっている感じの脳筋馬鹿ステータスですよ!! 脳筋馬鹿ですね、加賀さん!!」
「……うえぇ。まぁ、ダイスロールの結果にケチつけるほど、私も大人気なくはないけれど。ちょっとこのフルプレートメイル聖女さまステータスはちょっと」
「筋力が低いからそこは違いますよ。けど、このままだと盾役まったなしですね。どうです。このままこのステータスでキャラクターメイクを続けますか?」
加賀さんに聞いているようで、なんだか僕に聞いているようなそんな感じだ。
どうやらこのゲーム、特にペナルティなどなく、納得のいくステータスが出るまで、何度でも振り直しはさせてくれるみたいだ。
けれども、はたしてそれでいいのだろうか。
TRPGとは過程を楽しむゲームである。
とは、栖原さんが何もわからない僕に言った言葉だ。
マンチキはいけない。
とは、加賀さんが僕に前のボードゲーム会で言った言葉だ。
どのようなステータスが出るか分からない、どんなキャラクターになるのかプレイしてみないと分からないというのも、TRPGというゲームの醍醐味の一つではないだろうか。
そして、加賀さんが前に言ったみたいに、自分の思い通りにならないからと言って、強引にルールを変えようとしたり、都合のいいように物事を動かすのは、ゲームの過程を楽しむうえでやってはいけないことではないだろうか。
どうします、と、念を押すように問う栖原さん。
そんな彼女に僕は――。
「このままでいきましょうよ。面白そうじゃないですか、このキャラクター」
「……森野さん」
「ほう。面白そう、ですか」
「ハイスペックなキャラクターでチートするのは爽快かもしれませんけれど、冒険の楽しさはそれだけじゃありませんよね。発生するアクシデントに、自分の持っているカードでどうやって対応するか。そういうのを考えるのが、たぶん、TRPGの醍醐味なんだと、僕は思うんです」
「うぇえぇ、森野さん、まるで熟練のTRPGプレイヤーみたいな台詞を」
うろたえる加賀さん。
これは本気で振りなおそうか迷っている感じだった。
いつも余裕しゃくしゃくとしていて、ひょうひょうとしている彼女だったけれど、これだけ真剣に悩んでいるなんて珍しい。
それほど、このVRTRPGに対して彼女も本気になっているということだろう。
だからこそ、僕は、あえて今のままで行こうと言ってみる。
「けど、いいんですか。このステータス。明らかに森野さんは後衛職ですよ。彼女に対して、前衛職で守ってあげて、良い所を見せてあげることできなくなりますけど」
「構いませんよ。女性が前衛戦士で、男性が後衛魔法使い。そんなファンタジーのセオリーを崩したキャラクター配置も面白いじゃないですか。出たとこ勝負。与えられた運命に今は従ってみましょう」
黙り込む栖原さん。
はっと、何かに驚いているようなその沈黙。彼女がそんな反応を返してくるのは、僕の予想とちょっと違っていた。
てっきり、そうですかではそうしましょうと、事務的に物事を済ますものだと思っていたけれど。どうして黙り込んでしまうのだろう。姿は見えないけれど、何か、意味深な感沈黙であるのは間違いないように感じる。
これは僕、無自覚に変なことを言ってしまったのかもしれないな。
やっぱりなしとも言いづらい。
どうしようかなと、次の言葉が出てこなかった所に――。
「よし!! 私も腹を括りました!! このステータスで行きましょう!! 安心してください森野さん!! 森野さんのキャラクターは、私が盾になって守って見せます!!」
「加賀さん」
「私は君の盾!!」
「……だから、版権がややこしくなりますので、そういう発言は控えてください」
ぷっ、くすすと笑いを噛み殺して栖原さんが言う。
どうやら、僕たちの決断について、彼女はあきれていたらしい。無自覚に失礼なことを言ったというより、無自覚に無謀なことをしたという所だろう。
なんだろうな。
やっぱり、今からでもステータスを振りなおそうか。
そんなことを思う僕の前で、ガコンと何か柵でも降りるような音がした。
見ると、青白く光っていて床の光が、サイコロを振ったステータス値の場所だけ、緑色の光に変わっている。
色が変わったということは、たぶん値が確定されたということだろう。
「では、このステータスでプレイしてみましょうか。大丈夫、総合値としてはバランスが取れているはずです。十分、プレイすることが可能なキャラクターですよ」
私もGMとして、ちゃんとサポートしますから。
そう付け加えて栖原さんはまたくすくすと笑った。
不安だ。
なんかいいようにしっちゃかめっちゃか振り回されそうな気がしないでもない。
「それでは、次は職業とスキル、あとは運命の決定ですね」
「あ、それ、ちょっと気になってたんですよ。職業とスキルというのはなんとなく分かるんですけれど、運命っていったいなんなんですか?」
「同人TRPGって、独特のシステムがあったりしますよね。もしかして、この運命って奴もそういう感じの奴だったりします? というかたぶんそうですよね?」
いい所に気が付きましたねと穏やかな声で言う栖原さん。
穏やか過ぎて、逆に聞いている方がちょっと心をかき乱されてしまいそうな、妙な凄みを感じさせる、そんないい所に気が付きましたねだった。
気付いてはいけないものではないのか。これ。
「運命の項目には、ゲームを進行する上である特定の状況に陥った際に、絶対にしなければいけない行動が記載されます。文字通り、避けられない運命という訳ですね」
「……へぇ」
「……なるほど。順調すぎて平坦になりそうな物語を揺さぶる要素ってことですね」
「ちなみにこの運命の項目は、ステータスを振りなおす度に増える仕様になっています。まぁ、当たり前ですよね。ステータス決定の時点で運命に抗ったんですから。それに対する帳尻合わせは、ちゃんとつけてもらわなくっちゃ」
そう、これまたなんでもない感じに言う栖原さん。
散々プレイヤーに、ステータスの振り直しを甘言しておいて――これか。
ペナルティないのかなって不安に思っていたけれどこういうことか。
不意打ちでびっくりだよ。
そして、まったくこの店員さん、信用できたもんじゃない。
うかうかしてると、さっくり地獄に突き落とされるぞ。
笑ってプレイヤーを地獄に突き落とすタイプの人だ、栖原さん。
「あきらかに嵌めようとしてるじゃない!!」
「ちょっと、栖原さん!!」
「あははっ、ごめんごめん。けど、ちゃんとこうして説明したんだから、許してくださいよ」
不安だ。
よもや、初心者を徹底的にぶち殺しに来る、そんなサービスをしないとは思うけれど。さんざんにおちょくられることになるんじゃないか。
そんな不安を、このゲームのデザイナーに感じずにはいられないのだった。
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