第2話 ジークフリートの君

「えー、それでは、第十四回栄大須ボードゲームコンを開催したいと思います」


 ぱちぱちぱちと開催を祝う拍手が場内に満ちる。

 二十畳ほどあるだろうか。カフェスペースにしてはいささか手狭と言って差し支えないここは、大須にあるボードゲームカフェだ。元は前にも言った通り、ゲームショップだったので、狭苦しいのは仕方ないのだが、それを感じさせない見事なリノベーションが施されている。


 入ってすぐにあるカウンターでドリンクを注文し席で待つこと三十分。

 想像していた以上に多く、そして若い参加者――もしかして社会人より学生の方が多いんじゃないか――に、気後れしながらも、ようやくそれは始まった。


 合コン。


 本来は男女双方に顔の効く幹事の手により集められたフリーの者たちがパートナーを求めて飲み語らう社交の場だ。

 けれども、時代の流れと共にその在り方も随分と変わってきた。

 今やそれは、一つのビジネスとして高度にシステム化されている。


 男も女も、常に自分たちの生活圏の外の新しい異性との出会いを求めている。


 しかしながら忙しい僕たちにはそこに飛び込んでいく余裕がない。

 いや、あったとしても勇気がない。

 だからこそ、優秀な合コンの幹事というものは、少なからず昔から需要があった。適切なフリーの男女を集められる人間というのは、それだけで価値があり、重宝されるものだった。


 そんな能力が金に換えられると気が付いたのは、たぶんここ数年くらいのことである。


 街コンにはじまる大掛かりな合コンパーティに端を発し、この男女の健全なマッチングシステムは急速に市民権を得るに至った。


 そして、システムが成熟すると、次に起こるのはそれの派生だ。

 ただ異性と出会えるだけでは満足できなくなった我儘なおひとりさまたちは、合コンパーティにより高い専門性を求めるようになった。


 趣味。特定職。世代。

 自分の求めている異性の理想像。それを男女ともにスムーズにすりよせるために、合コンパーティは細分化されていった。


 特にオタク分野については男も女も需要が大きい。なにせ彼らは基本的に出会いに飢えてはいるけれど、出会い方を知らないのだ。それこそ、この業界にとっては、いいカモと言っていい商売相手であった。


 まぁ、そのカモの一人に僕も間違いないのだけれど。


「卓は事前に男女で均等になるように振り分けさせていただきました。所要時間二時間くらいのゲームとプレイ進行を補助するスタッフを各卓には配置してあります。プレイの後、メンバーとゲームを変えて再プレイ。都合二回ほどゲームを楽しんでいただいて、それから歓談タイムとさせていただきます」


 なるほどそういうシステムか。

 はじめてボードゲームコンに参加する僕は、意外とゆるく、出会いよりもゲームを楽しむことに主眼を置いたシステムにちょっと驚いた。


 まぁ、婚活パーティや普通の合コンと違ってせこせこしていないのは嬉しいな。

 会社の先輩や上司の紹介で、何度かそっちにも参加させてもらったことはあるけれど、本気の合コンパーティはなんていうか忙しくって仕方がない。そして、誰も彼も結構歯に衣着せない感じで、ずばずばと懐に入ってくる。


 それこそ、よっぽど小規模な合コンならばともかく、パーティならば十分も同じ異性と話せればよく話せたという部類に入る。だいたい最初のあいさつで、あるかないかを判断されてはいそれまよと終わりになるのが常なのだ。

 僕のような、喋り下手に普通の合コンは難しい。

 そういうこともあって、このボードゲームコンならばと参加してみたのだけれど。


「あながち悪くない判断だったかもしれない」


 そう呟きながらジンジャーエールに口を吐ける。

 ちらりと前を向けば、ゆるふわコーデにガーリーなアクセサリー。ほんのりとピンクのファンデーションを頬に塗った女の子が恥ずかしそうにこちらを見ている。

 その隣にも、こちらはちょっと大人びた、ボーイッシュな感じの女の子。ラフなプリントTシャツの下に、結構立派なものを詰め込んだ彼女は、少し日に焼けた肌をしている。耳にはピアスが通してあるが、プリントTシャツは某有名漫画に出てくる戦闘部隊の隊章エンブレムだった。


 どちらもかわいいと思う。

 そして魅力的だ。


 ゆるふわコーデの子についてはたぶん悪い性格ではないだろう。

 また、ボーイッシュの少女はちょっと気は強そうだが、その漫画は僕も好きなので話は合うだろう。


 ますます期待が高まる。


 隣の男は――いかにもカジュアルなオタクですという空気を隠さない眼鏡の男。よく見ると、割とがっちりとした体つきをしている。

 だが、眼鏡が量販店で買ってきましたよと丸わかりのものだった。

 年齢は、たぶん僕より五歳くらい若いくらいだろうか。


 休日なのに白いYシャツ姿というのはちょっとどうかと思う。

 そういうTPOの切り替えは割とこの手のイベントにおいて大切なのだけれど、まぁ、実際着ていく服が仕事着しかないような忙しい生活をしているのだろう。

 そこについては目を瞑ることにした。


 なんにしても、彼はこれから二時間、僕の大切なバディになる。

 仲よくやるにこしたことはない。


 最終的に、目の前の女の子たちを取り合うことになるかもしれないが、まずは自分たちの良い所を引き出さなければいけない。そこは持ちつ持たれつ協力しよう。


「それでは、ボードゲームパーティを開始したいと思います」


「「「「よろしくお願いします」」」」


 そう言って、卓を囲んだ四人は、大人の対応でまずは挨拶をした。


◇ ◇ ◇ ◇


「……疲れた」


 とても疲れた。


 他のグループよりも少し早めに終わった僕たちのグループ。まだまだ、席替えの時間には余裕があるのをいいことに、僕はちょっと失礼とトイレに立っていた。

 そして、鏡の前でこのパーティに参加したことを、ひたすら後悔していた。


 もう何度でも言える。いくらでも言える。


 疲れた。


 何に付かれたかと言えば、会話、駆け引き、腹の探り合い、品定め、といった合コンにありがちな男女の駆け引きではない。それよりもなによりもこの合コン特有のシステムと、自分の性格にであった。


 ボードゲームコン。

 この合コンに付加されたボードゲームの部分はひたすらに僕の性質に合っていなかった。ゲーム自体は昔それこそ嫌と言うほどやったし、今もソシャゲをやったりしているのだけれども、それがかえってこのコンパではマイナス面に働いた。


 いや、すべての原因を僕に帰結させるのは間違っている。 

 それはちょっと物事を歪んで捉えている。

 落ち着くためにも僕は、どうして同じ卓を囲んでいるメンバーがあんなぎすぎすした空気になり、小麦色の女の子が怒ってテーブルを叩き、眼鏡の彼が独断に走ってゲームを妨害し、ゆるふわガールが泣き出したのかについて考えた。


「まず、眼鏡の彼がボードゲームガチ勢だったのが事の発端だよな」


 今回僕たちが取り組んだゲームは「パンデミック」というものだった。

 かなり古いゲームらしい。聞けば、協力型ゲームの決定版と言われるほどの名作らしく、僕以外のメンバーはその存在を認知していた。さらに、一人は過去に何度かプレイしたことがあると自慢げに語っていた。


 その一人が、僕の隣に座っていた眼鏡くんである。


 未経験者ばかりの卓である。

 必然、経験者に対して頼るような流れになるのは仕方がない。

 女の子たちを前にして、格好をつけようとブラフを言っているにしては、店員さんの説明に適切に合いの手を入れていたし、とりこぼしたルールのフォローもしていたから、僕は彼のことをすんなりと信用した。


 それがいけなかった。


 ルールをちゃんと把握しているのは、ゲームで確実に勝利するため。

 より効率よく、より機械的に、ガッチガッチのガチ、詰め将棋のような最小手による勝利をもぎ取る為のものだった。


 つまるところ彼は――合コンそれ自体よりもゲームへの勝利に執着した。

 始めてボードゲームをプレイする僕たちに、それを楽しむ余裕さえ与えず、勝利することを求めた。


 場が凍り付いたのは二巡目。

 作戦隊長というゲーム上の役割ロールを担っていたボーイッシュな女の子に向かって彼が、そのプレイ内容について厳しい指摘を入れたからに他ならない。

 彼女が担っているゲーム上の役割ロールは、とても強力なスキルを保有している。それを使わずに手番を終わらせようとしたボーイッシュな女の子に、それじゃダメだろと結構強めな感じでダメだししたのだ。


 彼はゲームに勝ちたかった。

 僕たちもゲームに勝ちたかった。

 けれども、その勝ち方には大きな開きがあった。


 彼は必ずゲームに勝利して、今回のゲームも楽勝だったなと、そういう余裕の勝利を目指していた。

 けれども僕たちは、はじめてのゲームなのだから、勝てればラッキーくらいの気持ちで、勝利を目指していた。


 温度差による不協和音は、眼鏡の彼の一声により一気に卓に広がった。

 彼は、僕たちのように何も考えずにプレイしていては詰む、自分に任せろと、ゲーム全体のコントロールを申し出たのだ。


 彼がボーイッシュな女の子に指摘した内容は、初見の僕が考えてみても間違っていなかった。効率的な一手だった。だから、僕は、ちょっと言い方についてはひっかかるところはあるけれど、その通りじゃないかと彼の意見に同調した。

 ボーイッシュの彼女もしぶしぶそれに同意した。

 どうやら、彼女はあまり深く考えてゲームをプレイするタイプではないらしく、彼が指摘した内容がどれほど効果的なことか、その提案を受け入れながらも理解してはいないようだった。


 二巡目が終わり、三巡目がやってくる。

 三巡目のラスト――ちょっとぎこちない感じでゲームをしていたゆるふわ系の女の子がとあるイベントカードを引いた。それは、爆発的にゲームの難易度を上げる、定期発生するイベントをコントロールすることができるカードであり、やや難局に面していた僕たちにとって、起死回生の鍵となるカードだった。


 けれどもそれの使い方を、ゆるふわ系の女の子は間違えた。

 いや、間違って使おうとした。


 確かにそれは今使うべきタイミングではなかった。

 危機的状況ではあるが、ただちにそのイベントカードを利用するには、まだ余裕のある状況ではあった。


 当然、ゲームガチ勢の眼鏡くんは激高する。

 そうじゃないだろとカフェ内に怒号が飛び交ったその瞬間、カフェに居る誰もが俺たちの卓を見たと思う。そして、その怒鳴り声に遅れて、嗚咽がゆるふわ系の女の子から漏れたその瞬間、俺たちの卓でゲームは終了した。

 事実上終了した。


 淡々と、世界の破滅へとまっしぐら。

 キレてしまったボーイッシュな女の子が考えなしに都市を移動する。

 たった一人でも勝利しようと、他のプレイヤーの動きを無視して、眼鏡くんが勝手に行動する。

 もう何もする気になれないのか、イベントカードだけを引いて、何もしないゆるふわ系の女の子。

 そして――眼鏡くんをサポートしながら、なんとか勝利条件を満たせないかと考える僕。


 このゲームは四人用で設計されている。

 二人のプレイヤーで、世界を救うのはとても難しい。


 ハードモード。

 いや、ベリーハードモードだと言ってもいいだろう。


 結局僕たちは、ゲームシステムに敗北し、そのまま有り余る時間で再戦リベンジをするという選択肢を選ぶこともなく、ゲームを終了することを選んだ。同時に交流さえもしないということを選んだ。


 それはそうだろう。

 こんなバッドエンドを迎えては、仲よくしようという気になれるはずない。

 世界を滅ぼしておいて何を言うのかというものである。


 あまりの気まずさに立ち上がるのさえはばかられる。こうして、トイレに立つことだって、なかなか勇気のいる行動だった。


 以上が、初めてのボードゲームコンを終えての反省である。


 悪い点はいくつもある。

 僕が女の子たちの気持ちを考えずにゲームへの勝利を優先してプレイしたこと。

 また、ゲームに対する理解はあるが、人に対する理解が圧倒的に足りていない、眼鏡の相棒に対して、適切なフォロー入れてあげられなかったこと。


 仕事で、人とのコミュニケーションを密にしているとは思えない、まるでなっちゃいない社会人失格のバッドコミュニケーション。

 もし知り合いにこの場面を見られていたらと思うと胃が軋みそうだった。


 そして、そんな反省もさることながら。


「毎回、こんなお通夜ムードでゲームが終了したら、連絡先を交換するとかそういうの無理じゃない? なんだこれ、普通の合コンより難しくないか?」


 自分の置かれた危機的状況がよけいに心を苛んだ。


 ダメだ。

 これはダメだ。

 ボードゲームだから、きっと自分と似たような、ちょっとオタクっぽいおとなしい人が集まるだろうと思っていたけれども全然違う。


 まず前提の認識からして間違っている。


 ゲームが好きな人間は、基本的におとなしくない。

 効率的で、打算的で、ともすると恐ろしいくらいに自己中心的だ。


 ゲームをコントロールしようとした眼鏡の彼も。

 そのコントロールに抗ったボーイッシュな女の子も。

 沈黙してゲームを放棄したゆふわ系女子も。

 この絶望的な状況下でも、なんとか勝ちの目がないか探していた僕も。


 みんなみんな、自分勝手――いざ皮をむいたら我の強い奴らばかりである。


 ダメだこれは。

 ゲームは、人の本質をさらけ出す。

 こんなシチュエーションで、うわべつらをどう取り繕うかがメインのような合コンなんて成立する訳がない。


「……無理だ。これは絶対に無理だ。参った、一日家で寝ていた方が絶対に有意義だったぞこれ」


 ぼろりと本音が洗面器に漏れる。

 リノベーションした際に取り付けられたと思われる、玉砂利がまかれたそれの中に、僕の言葉は吸い込まれて消えた。

 王様の耳はロバの耳じゃないけれど、これはあの卓で呟くことはできない。

 誰の前でも呟くことはできない。


 あぁ、難儀だな。

 この合コンなら、なんというか、気の合う人がみつかるかもと思ったのに――。


 そんなあきらめが頭をよぎった時。


「ちわー、三河屋でぇーす」


「……なんでさ!!」


 こんこんとトイレの扉が鳴ったかと思うと女性の声が外からした。

 ふざけているけれど、きっと俺が籠っているのに業を煮やしたのだろう。


 これまたいけない。

 これ以上の醜態はさらせない。

 これから二回戦もあるのだ。


 そこで、格好をつけるためにも、ここで切り替えなければ。


 マインドリセット。

 頬を叩いて洗面台の横を向く。そのまま、僕はトイレを出た。


 大丈夫だ。辛いことがあっても平静を保つのは慣れている。

 親会社との会議で無茶ぶりされることなんていくらでもあった。

 ささいな行き違いで、部下が拗ねて言うことを聞かなくなり、社内会議が無茶苦茶になることだって何度もあった。

 その度に、僕はなんとか踏みとどまって、笑顔で難局を乗り越えてきた。


 今回もきっと大丈夫。乗り越えられる。


 そう信じて扉を引けば――。


「ジークフリートの君。ちょっと、その切り返しは卑怯じゃないです?」


「……さっきの本屋の?」


 にまにまと意地悪そうに笑う女性の姿。

 さっき一緒に卓を囲んでいた女性たちよりも分かりやすくオタク寄り。

 そして、ちょっと人間的に余裕がありそうな小柄な女性が立っていた。


 いつ着替えたのだろうか。上着はいつの間にか、革製のジャケットからふわふわとしたコットン製パステルカラーのものに変わっていた。

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