恋とは、愛とは。

クラスメートF

恋と愛の違い

 僕には好きな人がいる。中学時代に気付いた事だが、どうやら僕は彼女を好きらしい。

 よくドラマや小説等で『失った事で気付く事がある』と言うような趣旨の言葉を聞いた事があった。その時はそんな事はないなんて端から否定していたが、なるほどどうして気付かないものだ。

 卒業式でも泣く事のなかった僕が、その日の夜に彼女と会えなくなってしまう事を考えて柄にもなく泣いた。切欠は些細なもので、卒業アルバムを見返して友人や彼女との思い出を思い出していた時だった。

 僕と友人と混ざって遊んだ秋、冬には雪合戦なんかもした。学年末には皆でテーマパークに行こうなんて言って、結局僕と友人の二人で行った。クラス換え前日には同じ高校に行こうって約束なんかもした。その時皆と交換した鉛筆は今でも持っている。

 クラス換え後、僕らは会って遊ぶことが段々と無くなった。何も仲が悪くなっただとか、誰かに不幸があったとかじゃない、時間という悪魔によって僕らの再会が妨げられたことが原因だ。

 僕の生来の性格が招いた悲劇で、話すことのできる友人が新しいクラスでは増えなかった。彼らに会いに行こうとも、彼らは彼らの新しいコミュニティーが直ぐに形成されている。僕らは心理的に離れ離れになった。

 ある時、友人の一人の提案で会って遊ぶ事になった。先にはああ言ったが、その日以降僕らは間が空くにせよ、兎も角は遊ぶ日ができた。

 何よりも嬉しかったのは彼女が初めて手にした携帯(何故かガラケー)のメアドを交換したことだった。尤も、その時に気付けば良かったが後の祭、僕は鈍感だった。

 中学三年生になってしまえばもう遊ぶ事は無くなった。受験に専念する為だ。友人らの中で一番頭の出来が悪かった僕は彼らよりも勉強した。今思えば、彼女と同じ高校に入れるようになりたかっただけだ。

 結局、彼らと約束した高校に入学出来たのは僕と友人の一人だけ。他は落ちたり忘れて諦めてたり。彼女もそのクチだ。

 高校に入ると僕は彼女を忘れるように部活に打ち込んだ。いくらやっても気が晴れない。周りに目を向けてみたけれど、彼女よりも好きになれそうにない。

 次第に僕の気持ちは考え込み過ぎておかしな事になっていた。その頃、僕はとあるドラマに出ていたセリフを鮮明に覚えている。


『その人が誰かに盗られたらどう思う?嫌ならそれはその人に恋をしてるってことさ』


 僕はこの言葉を酷く嫌った。僕が彼女を好きなのは間違いない。にもかかわらずその言葉を額面通りに考えれば、彼女を好いていないことになる。

 僕が彼女と付き合う事ができるなら、僕にとっては何よりも嬉しい事だ。しかし、彼女に好きな人(僕でない誰か)がいればそれは叶わない。

 それに、とるだの盗られるだの、彼女、というより人間は物じゃない。物じゃないのだからそんな文法(?)は通じないだろう。

 それを期に、僕は彼女が幸せになれる方法を考えるようになった。僕が彼女と付き合うだの何だのは後回しに、彼女の幸せ、幸福について考えた。

 彼女が誰かとくっついて僕は悲しいのか?いや、彼女が幸福そうなら僕は彼女の近くに居ない方がいい。知らず知らずに首を括る。

 彼女が誰かとくっついて僕は嬉しいのか?いや、彼女が悲哀そうなら僕は其奴を許さず叩き潰すだろう。誰にもバレず首を刎ねる。

 短く纏めればこんなのだが、実際は、頭がおかしくなるほど考え込んでいた。

 卒業後も僕は彼女の事を想い続けた。大学に入ってからも彼女を想い続けた。

 何人かに想いを伝えられたりはしたものの、僕が忘れられていない状態で交際関係になるのは不誠実だ、と断った。

 それでもいいと頭を下げる人も居て、非常に申し訳なくなった。強い口調で断った為に泣かしてしまった事を、今でも他にやり方があっただろうと悔やんでも悔やみきれない。

 中には実力行使にでて来る人も居た。押し倒されて、一夜の関係を持ってしまった。これに関しては流される僕も悪い。悦楽に浸る顔も、快楽に喘ぐ声も、むせかえる性の匂いも、女性特有の柔らかな肢体も、若干グロテスクな秘所の酸味も、僕が彼女を忘れるには至らなかった。

 呪縛とも思えるこの愛で身体を蝕まれ、いっそ死んで楽になってしまおうかとも考えたが、のろいはそれを許さない。

 結局、僕は何にでも弱腰だったのだ。一緒に居られるだけで良いと、ただ彼女と共に過ごす時が好きなのだと、それだけでいいと思っていた。

 ポストに投函されている招待状あかがみを見ると、僕はすぐに行く方に円を書いて送り返した。と同時に、新郎の素性を名前や趣味、銀行の口座番号まで調べ上げた。

 相手の男は相当馬鹿だ。彼女に子供を作らせてそれを理由に結婚らしい。彼女が彼を愛しているだろうし、彼も彼女を愛しているだろうと思ったからだ。

 同時に男は相当狡猾だ。過去の黒歴史まで調べ上げた僕は、彼は彼女を不幸にするだろうという結論に至った。

 偽名を使えばバレないとでも思ったのだろうか。奴は同じ様に女性を手玉に取ってはATMのように金を巻き上げ、ギャンブルや新しい女性に取っ替え引っ替えして、気付いた人には酒を飲んで飲ませて犯し倒し、それをネタに脅して金を巻き上げる。酒にも金にも女にもだらしない。

 彼女はその中の例には当てはまらないようだが、いったいどういうつもりだったのだろうか、式で見たのはお腹が大きく膨らむ臨月の彼女だ。責任も糞もない。直前まで決めきれない馬鹿さ加減は最早賞賛の域に至るだろう。

 結婚後も生活は以前とあまり変わりないようで、心労が祟って体調を崩すどころか子供まで流してしまった。

 彼女と次に会ったのは棺の中と外。若くして亡くなった原因は明らかに奴だろう。安らかな寝顔を見て僕は、卒業時以来久し振りに泣いた。泣き崩れた僕を親族の方が介抱してくれたが、皆何故奴が現れないのか疑問に思うばかりで、その方に気を向けなかった。

 僕が奴の行方を教える訳にはいかない。奴には因果応報と言う言葉を刻みつけてやる。

 雨の中の墓石は昼間の葬儀より黒く見え、僕は傘を墓石に掛けて奴の下へ向かう。

 夜も更けた丑三つ時、僕は発狂しそうなほど煮えくり返る腸を押し殺し、怨敵の下へ向かうのだ。


「テメェには死も生温い。幸福を踏み潰し、踏みにじるテメェだけは絶対に許さない。」


 その一言と共に月のない夜に消えた。

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