第2話  お約束は守られる


「なんだ、夢か」


 目を覚ました玲斗。

 ぼさぼさで寝癖まみれの髪を掻きながら起き上がる。

 いつもと何ら変わりない自分の部屋。

 窓から差し込む朝日が、散らかった部屋の中を照らす。

 机の上に雑然と積まれた教科書や、床の上に散らばった読みかけの漫画をぼんやりとした頭で眺め、部屋を出る。

 そうだ、現実のはずがない。

 いきなり可愛い女の子二人と同棲生活が始まるなんて、どこのラブコメだよ。

 そう苦笑しながら階段を下り、リビングへと入る。


「あ、おはよう。起きるの意外と早いのね」


 茶味がかったショートカットが朝日を反射して輝いている。

 身にまとっているのは玲斗と同じ高校の制服。ブレザー。

 そしてその上からエプロン。

 若奥様スタイル……!

 思わず無言で見惚れていると「ちょっと、じっと何見てるのよ」と鋭い視線を向けられて慌てて視線を逸らす。そんな様子に首を傾げながら、


「ちょっと待って。あと少しで朝ごはん出来るから」


 そう言ってリビングの奥、キッチンへと引っ込んでいく。

 その姿をぼーっと眺めていた玲斗だったが、ふと思いついて右の頬をつねる。

 痛い。

 今度は左の頬をつねる。

 やはり痛い。


「夢じゃなかった……」

「なに、バカなこと、やってる、の?」


 リビングのソファの上にはちょこんと腰かけたリナがいた。

 こっちは未だジャージを着たままだ。

 とはいえだぼだぼのジャージを着た美少女と言うのもまた良い。

 袖の先から伸びる、細い指がつかんでいるのは相変わらずスマホで、目はしっかりと画面を見たままだったが。

 朝早くから、同年代のしかも美少女と出会う経験などしたこともない玲斗は少しどぎまぎしながらその隣へと腰を下ろす。


「リゼは、朝飯を作ってくれてるのか?」

「あれで、朝ごはんを作ってない、なら多分ただ食べ物を焦がしてるだけ」


 キッチンの方でフライパンを握って調理しているリゼを見ながら言うと、リナは少し視線を冷ややかなものにする。

 言外に朝食を作っていることに意外感を持っていることが伝わったのだろう。


「そうじゃなくて、わざわざ作ってくれてることが意外だっただけだよ。昨日の感じだと、俺の分はない! とか言いそうだったし」

「お姉ちゃんは、そこまで、いじわるじゃない。むしろ、ノリノリ?」


 ノリノリとはまた久しぶりに聞いたなぁ、と思っていると、リゼが湯気の立つ朝食を持ってくる。


「簡単なものだけど」

「いや、十分だよ」


 そう言いながら、皿を持ってくるのを手伝う。

 その様子を見て、リゼは照れたような笑みを浮かべたが、すぐにそれを消して、


「ふ、ふん! 冷蔵庫の中、見たわよ。結構食材入ってるじゃない。普段から自炊するんでしょう?」


 リゼの言う通り、冷蔵庫の中には先週の日曜日に買い込んだ食材が入っている。基本的に気が向かない時以外は自炊するようにしている。


「まぁ、そうだが。かなり適当だぞ? 焼いて味付けするくらいなもんだ」

「それでも、焼けるなら、マシ」

「え?」

「何でもないわよ。ほら、冷める前に食べましょ」


 リナの口をふさぐようにして、リゼが食卓へ移動する。

 ちなみに玲斗の隣にリナ、向かいにリゼだ。

 テーブルに並べられたのはごはん、味噌汁、目玉焼き、ソーセージ、サラダだった。

 朝食としては十分過ぎるラインナップ。

 そういえば、誰かの手料理なんていつぶりだろう?

 ふとそう思う。


「いただきます」


 二人に先んじて、箸を取る。

 目玉焼きは食卓の上にあった醤油をかけていただく。

 目玉焼きは固めに焼かれていて、玲斗の好みだった。

 箸で口に運ぶとき、二対の瞳がその様子をじっと見つめていたことには気が付かなかった。

 口に入れた瞬間、黄身の甘みと醤油のしょっぱさ、そして―――じゃりっとした砂を食んだような触感。


「うわっ、何だ!?」


 思わず箸でつまんでいた残り半分を見る。

 そこにあった目玉焼きはさっきまで見ていたものと変わりない。

 変わりないが、持ち上げたことで見ることができるようになった裏側に問題があった。


「こげこげじゃねーか……」


 どういう焼方をしたらこうなるのか。

 何故か裏側だけが真っ黒に焦げていた。


「やって、しまいましたなー、お姉ちゃん」

「うっ」


 見ると、リゼが顔を真っ赤にしている。


「リゼ?」

「そうよ! 私は料理が苦手なんです! 文句ありますか!」

「逆切れ!?」

「私は、お姉ちゃんは、料理の才能あると、思うよ? 普通、こんな風に作れない」

「普通に作れる才能の方が欲しかったわよ……」


 そう言うなりテーブルに突っ伏すリゼ。

 視線でリナに尋ねてみる。


「お姉ちゃんの、作る料理はロシアンルーレット、ちゃんと、できる可能性は3割、位?」


 7割外すのか。

 とはいえ、食べられないわけではない。

 みそ汁の方はうまくできていた。サラダは焼いていいないのだから間違いようがない。

 食べていると、リゼがようやく顔を上げた。エプロンをなぜか顔まで引き上げると、顔の下半分を隠し、じとっとした目で玲斗を見てくる。


「……無理して食べなくていいわよ」

「無理はしてない。それに、味噌汁の方はうまくできてる」

「っ!」


 ぱっと、再び一気に顔が赤面する。

 別に嘘は言っていない。

 確かに舌の上で目玉焼きはじゃりじゃり言っているけど、こうして誰かが自分のために作ってくれた料理を一緒に食べるということ自体が、玲斗にとってはなんだか嬉しかった。

 目玉焼きの後に味噌汁を啜って、暖かい汁が寝起きの胃に落ちていくのを息を吐きながら感じる。

 なんとなく、贅沢な時間に感じられた。

 その様子を見て、無理をしていないということが本気だと分かったのだろう。

 ようやくリゼがほっとしたような表情になる。


「よかった、ね。お姉ちゃん」

「う、うるさいっ。いいからリナも早く食べる! 転校初日から遅刻なんて御免でしょ!」


 そう言うなり自分の食事にとりかかる。

 少しばかり荒っぽい手つきで平らげていった。

 その感情表現の大きさに、少し呆然と見ていた玲斗だったが、ふと隣に座ったリナが耳元に口を寄せてくる。


「お姉ちゃん、結構、練習、した」

「!」


 どうやら家に来るまでに結構料理の練習をしたらしい。

 それで目玉焼き一つ満足に作れないセンスのなさを嘆くべきか、あるいは一言誉めただけで赤面してしまう初心さを可愛らしく思うべきか。


「ちなみに、ボクは、食べるの、専門」

「それはなんとなく想像がついたよ……」

「コラそこ! こそこそ話さない!」


 リゼが指さしてきたのでこちらも食事を再開する。

 別に何も変えてないはずだったが、よりおいしく感じてしまったのはなぜだろう。


   ◇


 二人が教室に姿を現したことで、一瞬ざわめきが起こる。

 同じクラスだったか……。

 一瞬頭を抱えてくなる。


「リナ……です」

「二條リゼです。リナとは双子の姉妹です。以前は隣の県の雁坂女学院に通っていました。二か月だけですけどね。仲良くしてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします」


 ぼそぼそと名前だけ告げたリナに対して、リゼの方は明るくはっきりとした口調でそつなく自己紹介をする。

 その様子を見てクラスの大半の生徒は色めき立つ。

 何しろ二人ともかなりの可愛さだ。

 姉の方は一見して明るくとっつきやすそうに感じる上、腰も手足もほっそりしていて立ち姿からして綺麗に見える。

 妹の方は野暮ったい雰囲気を醸しながらも、学校指定のブレザーを押し上げる胸部の装甲が何よりも目を惹く。

 これは確かに注目を浴びるだろう。

 高校入学後2ヵ月という奇妙な時期の転校だが、それで悪目立ちするということはなさそうだ。


「それじゃ席は、赤木君の隣と後ろに用意しといたから。あとよろしくね」


 そう言って29歳独身婚活中の担任が玲斗へ向けてウィンクしてくる。

 そして教室中の殺気が玲斗へと集まったのは言うまでもない。

 一体何のつながりが? と言う視線でもある。

 ちなみに席は隣がリゼで、後ろがリナとなった。

 何はともあれこうして三人の高校生活は幕を開けた。

 休み時間中リゼは集まってくるクラスメイト達に対してそつなく受け答えし、リナは目を白黒させながら少しずつ、玲斗はやっかむ男子生徒たちに追いかけられながらその日一日を終えた。


「つ、疲れ、た」


 疲労困憊、と言った体で机に突っ伏しているのはリナだ。

 机の上で溶けた飴のようになっている。

 一日中、クラスメイト達が寄ってきては話をしようとするものだから、もともと口数の少ないリナにとってはかなりの疲労になったようだ。

 ちなみに見かねたリゼが助け舟を出し、リナが玲斗を盾にするようになってからは落ち着いた。もっとも、玲斗の背中に隠れる姿に愛らしさを感じて遠巻きに見るようになった者たちと、玲斗へと殺意を向けるようになった者たちに変わっただけのことだったが。


「俺も疲れた……」

「だらしないわね。ほら、リナ今日は荷物が届くから急いで帰らなきゃ」

「うー、そう、だね」


 どうにかこうにか体を起こしたリナが荷物を手に取る。

「荷物? ああ、引っ越しの」

「そ、今日これから届く予定になってるのよ。あっちの家は引き払うことになってるから、ほとんどの荷物はお父さんと一緒に海外に行くけど……」


 そこでリゼがリナの方をじとっとした目で見る。


「なに、お姉ちゃん?」

「いいえ。早く帰りましょ。玲斗も手伝ってくれる?」

「ああ、別にいいけど」

「言ったわね? 言質は取ったからね?」

「?」


 頷きを返すと、リゼがニヤリと笑みを浮かべる。

 一瞬なにかとんでもない約束をしてしまったかと思った玲斗だったが、約束したのはただの引っ越しの手伝いだ。大したことはないだろう。

 そう思っていた時期がありました。


「何だ、コレは……」


 見上げるのは山のように積まれた段ボール。

 帰ってきたとき、ちょうど引っ越し業者が到着したところだったようで、そこから荷物の運び込みが始まったのだが、出るわ出るわ無数の段ボール。机やベッドなど、大きなものは何とか部屋に入れたのだが昨日の今日でまだ部屋の片づけが終わっていない。

 仕方なく、荷物の入った段ボールは後で入れるとして、玄関に積んでもらったのだがそこで出来上がったのが段ボールの城壁だったというわけだ。


「そんなことないと思うけど?」

「必要、最低限」


 二人とも首を傾げている。

 そんな様子にため息をつきながら、部屋の掃除を始めた。

 二階の間取りは、両親の寝室、玲斗の部屋、空き部屋が二つ、トイレが一つとなっている。今回はその空き部屋二つの掃除をすることになったわけだ。

 まずは部屋から大きな荷物を運び出す。運び先は一階の奥にある空き部屋だ。

 この家は玲斗が生まれた直後くらいに両親が購入したもので、本当はもっと子供を作る予定だったらしいのだが、仕事が忙しくなってしまったこともあって部屋は余らせてしまったらしい。


「こんなもんかな」


 部屋の中にあった荷物の移動と、掃除を終えて一息つく。

 部屋の中に残っているのはそれぞれのベッドと机、あとはいくつかのカラーボックスと本棚だった。ただしその量のバランスがやけに偏っている。


「……リゼの部屋だけやけに本棚多くないか?」

「そ、そんなことないわよ、普通よ普通」

「お姉ちゃん、はあれが、あるから―――」

「わーっ! 言わなくていいのよリナっ」


 あれ、とは何か尋ねようとした玲斗だったが、リナの口をふさいだリゼの眼がブリザードのように冷たかったので断念せざるを得なかった。


「そ、それじゃ運び込みましょ」

「運ぶって、あの量をか……?」

「とーぜんでしょ。期待してるわよ、男・の・子!」

「れーくん、おねがい」


 リゼの男女差別のような発言にはやる気をそがれたが、すすすと寄ってきたリナが手を握って上目遣いにお願いしてくれたことで多少のやる気を回復する。決して腕に当たった柔らかい物のせいではなく。

 だからそんなに睨まないで下さいリゼさん。


「し、仕方ない。さっさと終わらすぞ」


 しかしこれはかなりの重労働だった。

 下から上へと荷物を持って昇るだけではあるが、なぜかかなり重い箱が幾つも交じっており、かなり中が気になった。命が惜しいのでさすがに開けはしなかったが。

 ちなみにリゼはともかく、リナの方はほとんど使い物にならなかった。玲斗とリゼの通行の邪魔になるレベルでしか階段の上り下りが出来なかったので、仕方なく階段上まで上げた荷物の仕分けに入ってもらった。


「……何とか、終わった」


 階段の最上段に腰かけてため息をつく。

 どうにか無事それぞれの部屋に荷物を押し込むことに成功した時にはすでに日も暮れかかっている時間だった。

 体のいたるところが痛む。

 夕食の準備に移る前に部屋で少し休もうと腰を浮かせかけた玲斗だったが、


「れーくん」


 振り向けば、リナが自分のあてがわれた部屋の扉をわずかに開けて玲斗を呼んでいた。


「どうした?」

「しーっ、お姉ちゃんに、聞こえちゃう」


 そう言って、すぐ向かいの部屋に慌てたような視線を向ける。

 しかし当の本人が出てくる様子はなく、どうやら聞こえなかったらしい。


「どうした?」


 改めて小声で尋ねる。


「荷物、出すの、手伝って、欲しい」

「あー」


 正直そう来るだろうとは思っていた。

 段ボールを運び入れるなり、リゼが「ここからは自分でやるから、玲斗は部屋に入っちゃダメよ! リナ、あなたも自分の荷物は自分で解くこと。いいわね?」と言って部屋に引っ込んだのだ。

 とは言っても、あの重たい荷物をリゼはともかくリナは片付けるのに時間がかかるだろうと思っていたのだが、それ以上に音を上げるのが早かったようだ。


「仕方ないか」


 手招きをするリナの顔が、頷いた玲斗を見て輝く。


「こっち」


 言うが早いか玲斗の手を掴んで部屋へと招き入れる。

 6畳ほどの部屋の真ん中に段ボールが山と積まれていた。ベッドにはすでに布団も敷かれておりいつでも寝られるだろう、あとはやけに大きな机が気になったのだが、


「これ、中身出して、欲しい」

「見て大丈夫なのか?」

「うん、気にしない、から」


 そう言って一際大きな段ボールを指さすリナ。

 仕方なしに開けた玲斗だったが、中身を見て硬直する。


「おい、これパソコンか?」


 意外にも中身はデスクトップパソコンだった。

 いや、実際はそうでもないかもしれない。家に来てからずっとスマホでゲームばかりしていたリナのことだ。このパソコンでもゲームをするのだろう。


「こっち、こっちも」

「ちょっと待てって、まずはこっちを出してからだな……」


 そう言いながらも、リナの引っ張る方の段ボールを見やると、そこにもパソコンがある。いや、正確に言うならデスクトップパソコンのモニターだ。それも二つ。


「机に、乗せてくれれば、配線、は出来る、から」


 机が大きいのはこのためだったらしい。

 玲斗は箱から中身を取り出すと、リナに指示されるまま、机に設置していく。途中、リナが何度かケーブルを接続して立ち上げまでをやっていたが、その動きはかなりスムーズなものだった。


「なんか、手慣れてるんだな」

「パソコン、は好き。人と、直接関わらなくて、いいから」


 カタカタとパソコンのキーボードを叩いて、設定をしている様子のリナの横顔は笑顔だったが、どこか卑屈な色を宿している。

 それを見て、何も言えなくなった玲斗は部屋の中に残された数個の段ボールを指す。


「こっちのダンボールはどうする?」

「適当、に開けて、もらえる?」

「適当にって……」

「あと、残ってるの、服とか漫画」

「分かった、適当に出しとくぞ」


 そう言ってパソコンをいじるリナに背を向けてダンボールを開ける。すると中に入っていたのは確かに服だった。ジャージと制服しかまだ見ていないから、中に入っていたのはガーリーなものだったため意外に思う。

 とりあえずさっき設置した衣装ケースに入れればいいか、と思っていた玲斗だったが、その背中に、


「っ、リナ?」


 ふわり、と香るいい匂い。

 背中にかかる重みと柔らかさ。

 なぜがむずがゆい。


「あぁ、れーくん……」


 耳元でささやかれた声に、体が硬直する。

 昨日の夜の比ではない。

 甘えた声で、玲斗を刺激した。


「ずぅっと、会いたかった、んだよ。ボク」


 その声が、あまりにも感傷に満ちたもので、本当に会いたかったのだということが伝わってくる。

 正直未だに昨日の「どちらかと付き合う」というのが現実感を持てていない玲斗だったが、少なくとも背中に覆いかぶさっている少女は本気の様だった。


「……会いたかったって、急にいなくなったのはそっちの方だろ」


 微かな恨み節を込めて、言う。

 リナはすまなそうに眉根を寄せた。


「お父さんの、急な転勤、だった、から。ごめん、ね?」


 とぎれとぎれの謝罪は、十年分の罪悪感がこもっているように感じた。


「……もういいよ」


 思い出したことで胸の中心にぽっかりと空いた感情に蓋をして、玲斗は謝罪を受け入れた。とは言え玲斗も忘れているのだから本来立場的に違いはないのだろうが。

 気が付いていないようなので、棚に上げておくことにした。

 せっかくだから、本当にあの時会っていたのか探りを入れてみようか。そう思って尋ねる。


「最初に会ったのは、公園、だったよな?」


 思い出した記憶が正しければ、出会ったのは家の近所―――歩いて3分ほどのところに今もある公園のはずだ。当時は紫陽花が綺麗に咲いていた、ような気がする。


「そう、だね。あの公園、紫陽花綺麗に、咲いてたから、好きだった。今も、まだある、の?」

「……ああ、あるぞ。紫陽花もちょうど今が見頃だ」


 覚えていた通りだった。

 どうやらリナの方は以前会っていたことは間違いなさそうだ。


「記憶と、合って、た?」

「っ! ああ、覚えてた通りだったよ」


 確認をされていたことに気づかれていたようだ。

 気を悪くさせたか、と思った玲斗だったが、背中から小気味良い振動が伝わってくる。笑っているらしい。


「リナ?」

「ううん、なんだか、嬉しくて。ねぇ、れーくん」


 ぎゅ、と首に回された腕に力が入る。


「次の、お休み、デート、してくれる?」


 がつん、と何かで殴られたような衝撃を頭に感じた気がした。

 それほどに甘い一撃だった。

 どう答えたものか、と黙っていると、首に回された腕に力がこもる。


「……分かった、いいよ。どこに行く?」

「! ありがとう、公園、がいい」

「さっきの公園か? デートっていうには近場過ぎる気もするけど」

「人ごみ、は嫌い」

「だよなー」


 予想された返答だった。


「ま、分かった。明日が金曜日だから、明後日の土曜でいいか? 晴れればだけど」

「うん、それで、いい」


 満足したように言うと、リナが背中から離れていく。

 離れる感触にほっとするような、もったいないような気がしていた玲斗だが、


「必ず、好きって、言わせて、みせる、から」

「!」


 再び耳元でささやかれる言葉。

 どうしてこの子はこんなにも自分を好きだと言ってくれるのか、この前の「助けた」と言うのが関係しているのか。色々な疑問が頭をよぎるが、急にささやかれた言葉に混乱した玲斗はとっさに話題の転換を優先した。


「ほ、他のダンボールもさっさと開けるぞっ」


 そう言って少し乱雑に、中の物を出していく。

 しかしいくつかのガーリーな私服の下から出てきたのは、派手めなデザインの下着の数々だった。

 そこでようやく玲斗は疑問に思った。

 昨日見たパンツはだいぶ―――悪く行ってしまえば地味目な下着だった。服も家ではジャージを着ているリナだ。

 そしてどちらかと言えばこの服が似合う人物を今玲斗は知っている。


「なぁ? この段ボールは?」

「あ、それ、お姉ちゃんの」


 コンコン、とドアがノックされたのはそんな時だった。


「リナー? 私の服そっちに混ざってない?」


 まずい!

 玲斗が。

 下着(リゼの物)を持って。

 リナの部屋で二人きり。

 今の状況を一瞬のうちに思い出し、反射的にどこかへ隠れようと立ち上がる。


「あっ」


 だがそれは悪手だった。

 耳元で囁いたリナはまだすぐ後ろにいたのだ。気が付かずに突然立ち上がった玲斗とリナはぶつかってしまう。

 そのせいでどさっ、と派手な音を立ててしまう。


「ちょ、ちょっと! リナっ開けるわよ!」


 扉の向こうから慌てたリゼの声が聞こえてくる。

 ガチャリと音を立てて開けたリゼが目にしたのは。

 床に倒れた妹の胸に顔を埋め、自分のパンツを固く握りしめる変態の姿だった―――!


「れ、れれれ玲斗ぉぉぉ! 何やってるのよっっ!」

「ま、待った! 話せばわかる! これは事故なんだ!」


 上ずった声で玲斗が説得を試みるも、顔を真っ赤にさせたリゼは大股で部屋の中を進んでくる。足音荒く、かなり起こっているようだ。

 とはいえそれもいたしかない。目の前で大事な妹がどこの馬の骨とも知らない元幼馴染に床に組み伏せられているのだから。


「だったら、さっさと、起きなさいよ!」

「わ、分かったちょっと待て……」


 鬼の形相にビビりながらも、どうにか起き上がろうとした玲斗だったが、それがいけなかった。

 手のひらがやけに柔らかいものを掴む。


「んぅん……! れーくん、そこは、ちょっと。できれば、二人、きりの時に、して?」


 悩まし気な声を発するリナ。

 その頬が、桜色に上気して目元がうるんでいる。

 床に着こうとした手が、リナの柔らかな双丘の片方をがっしりと掴んでいた。

 あまりの柔らかさに一瞬意識が真っ白になる。

 だから、口から出たのは、


「り、リナ……お前、ブラジャーは?」

「ん、部屋では、着けない、主義」


 ぷつん、という音が背後から聞こえた気がした。

 振り返れば背後に「ゴゴゴゴ」という効果音を背負ったように見える般若の姿が。


「いつまでそうしてるつもりなのっ!」


 鋭いキックが脇腹に刺さる。

 もんどりうってリナの部屋を転がる玲斗だった。

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