25石 瀬川家

25石 瀬川家




「あ……」


 昼食を食べたあとにリビングでゆっくりしていると突然レイラが声を上げた。


「ん? どうした?」


「いえ、夕食の食材で足りないものを注文しようとしていたのを忘れていました」


 レイラが忘れるなんて、珍しいこともあるもんだ。


「すぐに注文してきますね」


「いや、ちょっと待て」


 余はリビングを出て行こうとしたレイラを止める。


「足りない食材はなんだ?」


「トマトとほうれん草ですが……」


「なら、余が外で買ってくる」


「よろしいのですか?」


「ああ。気分転換も兼ねてな」


 家に居ても今はやることが無いしな。


「分かりました。では、お願いします」


「うむ。任せろ」


 余は何時ものサングラスと野球帽を装着する。


「18時くらいまでに食材があれば大丈夫なので」


「分かった。なら適当に近所を回ってくる」


「はい。いってらっしゃいませ」


「いってくる」


 そう言って余は家を出た。


「さて、まずはこの間のスーパーにでも行って先に食材を買ってしまうか」


 そのあとに適当にぶらぶらしていればいいだろう。

 そう決めた余は歩いてスーパーに向かう。

 周囲の人間にチラ見されながらも特に問題もなくスーパーにたどり着いた余はトマトとほうれん草を探す。

 といってもスーパーの入り口から野菜コーナーが見えているので、そんなに探す必要はない。


「今日は由亞の案内は必要なかったな」


 すぐにトマトとほうれん草を見つける。

 どれが良いとかは分からないので、自分でなんとなく良さそうだと思ったのを手に取ってレジへ。

 支払いセルフレジは2回目なのでスムーズに会計を済ませてビニール袋片手に外に出る。


「買うものも買ったし、どこに行こうか」


 とりあえず駅前をぶらぶらしつつ普段行かない反対側に足を運んでみるか。

 そう思って駅前をぶらぶらしながら、家とは反対側の道にやってくる。


「こっちに来るのは何年振りだろうな」


 こっちには幼稚園や小学校、中学校、高校があったな。

 余も幼い頃にこの辺りの幼稚園と小学校に通っていた。

 中学高校は別の学校だったが。


「懐かしいな」


 そう思いながら歩いていると、ランドセルを背負った子供たちとすれ違う。

 どうやら丁度小学生の下校時刻らしい。

 何故かすれ違う子供たちがジッと余を見てくるので、毎回ドヤ顔をかましておく。

 そうしていると前方からまた小学生たちが歩いてくる。

 今度は女の子4人組。

 さて、今回もドヤ顔をかますかと思っていると、女の子の中のひとりが前に出てくる。


「あ、お姉ちゃんだ!」


「む?」


 その子は由亞だった。


「おお、由亞ではないか」


 由亞が近付いてくると、友達だと思われる女の子たちも近付いてきた。


「きれー」


「カッコイイね」


「身長高いー」


 女の子たちが余を見てそう言う。


「ふふん! そうでしょ!」


 何故か由亞が胸を張って得意げだ。

 なんで?


「この人、由亞ちゃんのお姉ちゃんなの?」


「違うけど、知り合いのお姉ちゃんなんだぁ!」


「へー」


「あ! あたし、お姉ちゃんとお話があるからみんなは先に帰っていいよ!」


 どうやら由亞は余に話があるようだ。


「わかったー」


「じゃあねー」


「また明日ー」


 そう言って由亞の友達の女の子たちは帰っていった。


「それで由亞、なにか話があるのか?」


「うん! お姉ちゃんこれから時間ある?」


「あるぞ」


「じゃあウチに遊びに来てよ!」


「由亞の家に?」


「うん! お母さんがね、お姉ちゃんの話をしたら今度お礼をしたいから連れて来なさいって」


「由亞のお母さんがか」


「それでどうかな?」


 由亞が少し不安そうな表情で聞いてくる。

 そんな顔をしたら断れまい。


「構わないぞ」


「やった!」


 由亞は笑顔で喜ぶ。


「じゃあすぐ行こう!」


「その前にそこのコンビニに寄っていいか?」


 すぐそこのコンビニを指して言う。


「いいよー! あたし外で待ってるね!」


「悪いな」


 余はコンビニに入る。


「らっしゃっせー」


 すぐにやる気のなさそうな店員の声が飛んでくる。

 さて、由亞の家にお邪魔するなら手土産があった方が良いだろうと考えてコンビニに来たが、なにがいいのやら。

 とりあえずスイーツか?

 そう思ってカゴを取って中にシュークリームを6個とプリン4個を入れて、ついでにペットボトルのフルーツジュースも入れてレジに持っていく。


「ありゃしたー」


 やる気のない店員に会計をしてもらって、ふたつのビニール袋片手に外に出る。


「あ、お姉ちゃん!」


「由亞、これやるよ」


 フルーツジュースをビニール袋から取り出して由亞に手渡す。


「え? でも、あたしなにもしてないよ?」


「余と由亞が偶然会えた記念だ」


「そっかー! ありがとお姉ちゃん!」


 これで納得するのが可愛いな。

 由亞は早速フルーツジュースを開けて一口。


「おいしー!」


「そうか」


「じゃあウチに案内しまーす!」


「頼む」


 由亞に連れられて歩き出す。


「そういえば、お姉ちゃんなにしてたの?」


「余は暇だったので、ここら辺をぶらぶら歩いてたのだ」


「へー。でも、それで偶然会うってすごいよね!」


「確かにな」


「本当にこれって運命かも!」


「はっはっは! そうかもしれないな」


 その後は「学校は楽しいか?」とか、たわいもない話をしながら歩く。


「あ! あれがウチだよ!」


 そう言って由亞が一軒の家を指差す。

 見た目は普通の一軒家だが、その家の隣には意外な建物が建っている。


「あれは道場?」


「うん! ウチのお父さんが武術を教えているんだよ!」


「ほぅ」


 どうやら由亞のお父さんは道場の師範でもやっているらしい。


「なんの武術をやっているんだ? 空手か剣道か?」


「古武術ってやつだよ!」


 古武術か。

 余はあまり詳しくないが、徒手も刃物も使う武術の総称だったか?


「お姉ちゃん、お母さんにお姉ちゃんが来たって言ってくるからちょっと待ってて!」


「分かった」


 由亞はただいまーと言いながら家に入っていく。

 そして5分ほどで由亞が女性と一緒に出てきた。


「お母さん、この人がお姉ちゃんだよ!」


 どうやらこの女性が由亞のお母さんらしいのだが、少し様子が変だ。

 余を見て目を見開き、右手が震えていた。


「……お母さん?」


 不思議に思ったのか、由亞が声を掛ける。

 すると、右手の震えが止まった。


「あ、ごめんなさいね」


「構わないが……どうかしたのか?」


「いえいえ、なんでもありません」


 そうは思えないが。


「私は由亞の母の瀬川透子です。由亞が何時もお世話になっているようで」


「いや、余の方が助けられているのだ。余の名はウルオメア。よろしく頼む」


 そう言って余はコンビニで買ったスイーツが入っているビニール袋を差し出す。


「手ぶらでは悪いと思ったのでな。受け取ってくれ」


「これは、気を遣っていただいたようで、どうもすみません」


 透子はビニール袋を受け取ってそう言う。


「気にするな」


「それより早く家に入ろうよ!」


「……そうね。では、中へどうぞ」


「お邪魔する」


 ふたりに案内されて家の中に入る。

 中は片付いていて綺麗だ。

 靴もきっちり並んでいる。

 余は靴を脱いでしっかりと並べてから用意されたスリッパを履く。


「すぐにお茶を出すので待っててくださいね」


 リビングに案内されて由亞と一緒に椅子に座る。

 すぐに目の前のテーブルに透子が透明なコップを持ってきて置く。

 中には緑茶と氷が入っている。


「どうぞ」


「ありがとう」


 由亞と一緒にお茶を飲んで一息つく。


「ふぅ……」


「冷たくて美味しいね!」


「そうだな」


 そこで対面に透子が座る。


「ウルオメアさんは外国の方ですか?」


「まぁそのようなものだ」


「日本人には見えないよね! でも、日本語すごい上手い!」


「練習したからな」


「すごーい! あたしなんて英語が全然分からないよ!」


 由亞が瞳を輝かせて言う。

 ちょっと悪いな。


「最初はそんなものだ」


「へー!」


「ウルオメアさんは普段なにを「透子、お茶くれー」」


 透子の言葉の途中でリビングに白い道着姿の男が笑顔で入ってくる。

 その男は余よりも身長が高く、道着の上からでも分かるほど筋肉が隆起していた。

 しかし、無駄な筋肉には見えない。

 これは実践的なものでついた筋肉だ。


「あ、お父さん!」


 どうやらこの大男が由亞のお父さんのようだ。


「お父さん、今来客中だよ!」


「来客中? ……ッ!?」


 由亞のお父さんは余を見ると目を見開き、笑顔を消して鋭い視線を向けてくる。

 なんだ?

 余の正体に気が付いている……訳ではなさそうだ。


「この人が前に言ってたお姉ちゃんだよ!」


 その様子に気が付かずに由亞は話す。


「……そうか。あなたが由亞の言っていたお姉ちゃんですか。俺は瀬川信幸。よろしくお願いします」


「余はウルオメアだ。こちらこそ、よろしく頼む」


「ウルオメアさんですか。早速で悪いのですが、ひとつ頼みがあります」


「あなた!」


「お父さん?」


 すぐに透子が椅子から立ち上がって信幸に近付いて右手を掴む。

 その表情は必死だ。


「やめてください! いくらあなたでも……分かっているでしょう!?」


「分かっている……だが、俺のことを1番よく知っている透子なら分かるだろ」


「それは……はい」


「頼む」


 それで透子は信幸の腕を離す。

 しかし、表情は暗い。

 正直、まったく分からん。

 由亞も分かっていない顔だ。


「すいません」


「いや、構わないが頼みというのはなんだ?」


「……俺と1戦してください」


 そこでやっと理解出来た。

 信幸は余と戦いたいのだが、それを透子が止めていたのだろう。

 本能的に信幸と透子は余が強者だと理解したんだな。

 だから、信幸は余を見た時視線を鋭くし、透子は腕を震わせていたのだ。

 そうなるとこの夫婦はそれなりに出来る者になるのだが……驚いた。

 この世界にも相手の力量をある程度感じ取れる、そんな人間が存在したんだな。


「何故、余と戦いたい? お主なら余と己の差を本能で理解しているだろう?」


「はい。ですが、俺は己の力がウルオメアさんにどれほど通用するのか試してみたいのです」


「……武人だな」


 アッチの世界にもそういう存在は多く居たし、余もレイラに鍛えられていた時は似たような感じだった。

 だから気持ちは分かる。


「いいだろう。その挑戦受けよう」


「ありがとうございます」


 信幸は深く頭を下げた。

 しかし、何故透子はそんなに必死に信幸を止めていたのか。

 まさか余が相手を殺さないと済まないような存在だとでも思っているのか?


「ウルオメアさん」


 そこで透子が暗い表情で声を掛けてくる。


「どうか夫を殺さないでください」


「殺すかっ!」


 どうやら思ってたらしい。

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