第9話  ハーレム勇者 勇者、3つ股をかける

「それでリッチ退治は全員でいくのか?」

 朝ご飯を食べながら対面で、あきれたように野菜スープを飲んでいるエルフの少女。

 サイトウの両脇にはお姫様と女神官。そして後ろから抱き着いているのは女戦士。じゃれあいながら、朝食を口へと運んでもらっている。

 何しろ、マルガリータ姫とは結婚の約束をし、女戦士ジャスティの告白を受け入れて恋人同士。女神官ルミィとは信仰のパートナーとなった。

 立派な3つ股であるが、それぞれの女の子には、まだ秘密にしてと言われているから、現在のところはサイトウにとっては実に都合の良い展開になっている。サイトウの世話を争いながらも、3人とも自分こそが1番だと思っている。

 こんなハーレム展開を純粋に楽しんでいるサイトウ。3つ股修羅場がどうなるか、恋愛経験が全くないサイトウには見当もつかなかった。だから、言葉もすごく軽くなる。

「ああ……まあ、俺が行けば楽勝だからね……彼女らを連れて行っても問題ないだろ」

「……そういうこと」

 エルフの少女の目は実に冷ややかだ。昨晩のサイトウのクズな行動のことを知っているかのようだ。いや、現場を見なくても、今のこの状況だと誰でも推察できるであろう。

「ジゼルちゃんはどうする?」

 そうサイトウは聞いた。このエルフの少女は来ないだろうとサイトウは思っていた。しかし、答えは意外であった。

「わたしも行く……お主がどうなるか興味が出た……」

「興味?」

「そう」

 そう言ってスープを飲み干す。興味が出たと言っても、サイトウにまとわりつく雌猫たちとは、全く違う視点からだろう。ジゼルの目に宿す色あいはサイトウにまとわりつく3人の女の子たちとは違う。

「はい、あ~ん、サイトウ様」

 スープをスプーンですくってサイトウに食べさせようとする公女。女神官はパンをちぎってはサイトウの口に放り込む。女戦士は後ろからサイトウの後頭部に豊かな双丘をぐいぐいと押し付ける。

「サイトウは勇者だから、ハーレムは許されるかもしれない。だけど、忠告する……」

 そうエルフの少女はサイトウに小さな声で言った。

「女は3人までにしておけ……」

「いや、3人って……」

「遊びならそれなりに付き合えるだろう。だが、将来を共にするとなると結局は1人だ。3人の中から選ぶのならまだできる。それ以上だと収拾できたためしがない」

「一人と言ってもねえ……。選べないよ。みんな可愛いし……」

「はあ……。優柔不断な男の運命は決まっている」

「え、運命って……ジゼルちゃん?」

 ジゼルは黙って離れていてしまった。しばらくその姿を見ていたサイトウであったが、またまたグイグイと押し付けられる両サイドの圧力に、サイトウは考えるのを止めた。もはやどうでもいい。この幸せを永遠に……と快楽に身を沈めたのであった。

 さて、サイトウ御一行によるリッチ退治が開始された。

 サイトウと女戦士ジャスティ、女神官ルミイに公女マルガリータ。これにエルフの少女ジゼルが行く。

一行は立ちふさがるリッチの部下のモンスターを軽く蹴散らし、アッと言う間に都へたどり着いた。まずは城下町で石にされた公国親衛隊を発見する。

「これはバジリスクの仕業……」

 そう一目見てジゼルはそう言った。この中で、もっとも長生きをしているエルフだから分かることだ。

「バジリスク……なぜ、そんなことが分かる?」

 ジャスティがそう聞くが、ジゼルが話す前に甲高い叫び声に答えは中断された。町の広場には、騎士たちが恐怖を浮かべた形相で石になっている。その中で、ひと際美しい女騎士の像を見て、公女マルガリータが叫んだのだ。

「アリエッタ!」

 涙を流してそう石に縋りつく。その石像は見事な造形で立っている。つまりのところ、メリハリのある美しいラインである。その光景を見ながら、ジゼルは先ほどのジャスティの疑問に答える。

「これだけの数を一瞬で石にしてる。魔法よりも特殊な攻撃と思うのが自然……。それに地面の足跡は蜥蜴の足跡に酷似している。大きさから考えてドラゴンでもない」

「ふ~ん。バシリスクね」

 サイトウもジゼルの意見に同意している。それに先ほどから、こちらに向かってくる気配を感じていた。勇者のもつ気配察知の能力だ。そして、それはやがて現実のものとなる。廃墟となった城下町にズシリと響くなぞの足音が近づいてくる。

「あ、あれは!」

 街の中心につながる石畳みの道路の先。大きな噴水広場らしきところに、巨大なトカゲみたいなモンスターのシルエットが見えた。凄まじい咆哮で見つけた獲物を威嚇している。

 びりびりとその振動が5人に伝わる。ジゼルの予想は当たったようだ。

「サ、サイトウさん、石にされたら私には解除の魔法は使えませんよ」

「石化の攻撃をされる前に仕留めないと……」

 ルミイが心配そうにサイトウに視線を送り、ジャスティは剣の柄に手を添える。わずかに震えているのが見て取れた。サイトウは左手を上げて彼女たちを制する。

「ああ、大丈夫、大丈夫。あんなの簡単」

「サイトウ……バジリスクの石化は視線だ。あいつの目に映ったものは石にされる」

 ジゼルがそうサイトウに忠告するが、神様からもらった能力にモンスターに関する知識があるから余裕である。

「ジゼルちゃん、目に映ると言っても距離があるんだよ。たぶん、この距離なら大丈夫。石化範囲にあいつが入る前にやっつけよう」

 軽く答えるサイトウ。2歩だけ前へ進む。

「制裁の楔!」

 右手で3本指を立て、サイトウはそれを上から下へ下した。同時に光の楔が3本、そのオオトカゲを地面に縫い留めた。

 オオトカゲはその正体がバジリスクだと認識される前に死んだ。そのまま、モズのはやにえ状態で絶命である。

「すごっ!」

「サイトウさん、素敵!」

「……でたらめだな」

 驚く、ジャスティ、ルミィ、ジゼル。サイトウはそれに応えることなく、平然と石化された騎士たちに近づく。

(ふっ……俺ってクール過ぎる~)

 ジゼルの表情を見ると少し気取り過ぎて、痛いかなとも思わんでもなかったが、ジャスティやルミィを見ればこの試みは概ね成功だったようだ。

「石化解除!」

 石化解除の魔法は聖魔法の中でも高度なものだが、神よりチートな力を与えられたサイトウには問題ない。

 次々と親衛隊の騎士の石化を解く。最後に公女マルガリータの親友である親衛隊隊長アリエッタの解除を行う時に、なぜかジゼルがサイトウのマントを引っ張った。

「解除するのはよいが、気を付けた方がいい……」

「ど、どういうことだ?」

サイトウにはジゼルの忠告の意味が分からない。石化された人間を助けるのは当たり前の行為だ。それが美女の騎士なら当然だ。

「……生き物は目覚めた時に初めて見たものに行為をもつものだ」

「ジゼルちゃん、それはインプリンティング。人間は鳥じゃないよ」

 インプリンティング……。卵から孵った雛が初めて動くものを親と認識して付いていく生態のことだ。今の状況がそれに当てはまるはずがない。もう何も言うまいと顔を軽く左右に振ったジゼル。サイトウはジゼルの忠告を無視して、魔法を唱えた。

「解除……」

 石化が解ける。解けて体を崩すアリエッタをサイトウが抱き留める。

「あっ……」

 うっすらと目を開けたアリエッタ。目に映るのはサイトウの顔。

「お嬢さん、体は大丈夫ですか?」

 そうサイトウは尋ねる。公国親衛隊の隊長であるアリエッタ。伯爵家の娘で24歳。マルガリータの幼少時から仕えてきた女性だ。

「あ、あなたは……」

「サイトウと言います。マルガリータ様の願いで公国を救いに来ました」

 女騎士の顔が徐々にピンク色に染まる。サイトウの目をうっとりと見つめる。長いこと石化していたので、助けてくれた男に釘付けになってしまったようだ。

「あ~ん……アリエッタ~」

 マルガリータが泣いてアリエッタに抱き付いてきた。

「姫様……よくご無事で……」

 アリエッタはマルガリータの髪を撫でる。マルガリータはここまでの経緯をアリエッタに語る。すべてを聞いたアリエッタは、サイトウの前に跪いた。

「サイトウ殿、感謝いたします。このアリエッタ・シュノーマイル。感謝を込めて、身も心もサイトウ様に捧げます」

「ほえ?」

 変な声をあげたサイトウ。跪くアリエッタの胸元から豊かな谷間が見える。白銀の胸当てから見える神々しいものが。

「み、身も……」

「はい、身も心もです……これは命を救われた騎士の務め」

「はあ……まあ、いいいけど……」

 勇者サイトウは、エルフの少女の忠告を思い出すことすらしなかった。

 

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