第3話 ハーレム勇者 からまれる

 ギルドの酒場は受付ホールかと同じ1回フロアに設けられている。外と直結したテラスを備えた洒落た空間だ。

 さすがに昼間から酒を飲んでいる者はいないが、昼時であるから昼飯を食べている冒険者が多い。

「何にしようかな?」

 サイトウは注文口でメニューに迷う。ここは異世界で言語も文字も違うのだが、当然ながら、神様のスペシャルな付与能力で全て理解できる。

「なになに……Aセットは肉料理。牛肉のソテーとジャガイモの付け合わせにスープとサラダ」

「Bセットは魚料理か。油で揚げた魚にソースがけ。スープにパン」

「Cセットは豚肉のシチューにパン」

「Dセットはパスタか。熱々のスープに入れた麺料理だとラーメンみたいだな」

 サイトウは思案する。お金はどれも銅貨数枚で安い。匂いも悪くはない。

「それじゃ、おばちゃん、Aセットお願い」

 お腹も減っていたから、サイトウはボリュームのあるAセットにした。鉄板で焼かれる肉の香ばしさに期待しつつ、料理ができるのを待つ。

「はい、上がったよ」

 食堂のおばちゃんがAセットを受け取り口に出す。ジュウジュウと音を立てて、焼き立ての肉料理が出てくる。

「さて、どこで食べようかな」

 キョロキョロと辺りを見渡す。食堂は7割ほど埋まっている。ほとんどがパーティを組んでいるらしく仲間と一緒に食べている。

 席で1人で食べている人もいる。隅の方ではエルフらしき少女が一人でスープをすすっている。単品の野菜スープだろう。なぜ、そう考えたのか。元ファンタジーラノベの編集者であったサイトウには簡単なことであった。

 なぜなら、エルフは肉料理を食べないというのが、ファンタジー世界では定説だからだ。

(まあ、最初だからいつもの通り、ボッチ飯だけど。別に虚しくはないな)

 サイトウはボッチ飯には慣れている。というか、この15年ほどほとんどボッチ飯だ。

 だが、今はただのボッチじゃない。なぜなら、どの冒険者たちもサイトウのことをチラチラと見ている気がする。

 そりゃそうだろう。先ほど、素晴らしい潜在能力で大注目を浴びた自分に声をかけるべきか悩んでいるに違いない。

 そんな空気を感じると単なるボッチ飯人間ではないのだ。心の余裕がサイトウにはある。

(あそこにするか……)

 食堂の隅に空いたテーブルがある。サイトウは迷わずそこへ足を向けた。今まではそれで終わっていた。何も起こらず、ただ単に美味しい食事をするだけであった。しかし、この異世界ではサイトウは勇者である。当然ながら、何も起こらないはずがない。

 それすらサイトウは予想していた。なぜなら、それがお約束ストーリーなのだから。

 サイトウがそこに座って食べ始めて1分もしないうちに事は起きた。鉄の胸当てを装備した筋肉隆々の大男が近づいてきたのだ。

「貴様か、初心者なのに金等級とかふざけた奴は!」

 50もあるテーブル席の食堂に響く声。食事をしていた冒険者が一斉に目を向ける。そんな中でもサイトウは慌てない。自分に与えられた圧倒的な力がその勇気の源泉だ。

「何か用ですか?」

 ナイフで切った肉を口の運びながら、サイトウはそう答えた。ごく自然に答えた。元の世界なら、こういう状況なら絶対にビビった。だが、今はビビることはない。サイトウは絡んできた粗野な冒険者を少しだけ見る。

 大男の首から下がったプレートはコッパー。35歳過ぎだろうという見た目からすれば、熟練冒険者であり、決して弱くはない。

「おい、この冒険者ギルドで10本の指に入る戦士ロッド様を知らないとはな。この他所もんが。まずは先輩に挨拶だろうが」

 ロッドの名乗る大男はそう叫ぶと、サイトウの隣の椅子を蹴飛ばした。椅子は軽く後ろへと転がる。その音に酒場で食事をしていた他の冒険者が視線を送る。

「止めてくださいよ……」

 それでもサイトウは落ち着いている。というか、この注目されている現状に気持ちよささえ感じている。

 勇者はこういうところでもビビらない、なぜなら、今のサイトウには、この大男を怖いと思えないから。そしてある意味、この展開もテンプレとしか思えない。これまでサイトウが関わってきたライトノベルでも何作品かで書かれたお約束展開だ。

 サイトウは視線を料理に向けて平然と食べる。その行為に怒りの炎がさらに燃え上がるロッドという大男。

(まあ、名前が出ると読者も混乱するからゴリラでいい。ただのゴリラ男)

 サイトウは心の中で、ロッドをゴリラ男と認定した。モブキャラはイメージを動物に例えた方がいい。

「お前、なめんなよ。どうして俺の方を向かない」

「食事中ですから……」

 サイトウは少々空かし気味にそう言った。別に他意はない。こういう場面では、そう話すのがお約束だからだ。

「この野郎!」

 ゴリラ男はサイトウの態度が無礼だと思ったのだろう。突然、サイトウめがけて丸太のような腕から強烈なパンチを繰り出した。

 しかし、サイトウは慌てない。左手を挙げるとそのパンチを軽くいなした。勢いの方向を変えられたゴリラ男はその勢いのまま、受け流された方向へ体が動く。全力で放ったパンチだから、体の勢いが止められない。

「うおおおおおっ……」

 ゴリラ男は隣席で食べていた冒険者のCセットのスープパスタに顔を突っ込みテーブルごと転がった。

 この醜態にどっと笑う他の冒険者。そうなることと心配したが、あまりに軽くサイトウがいなしたので笑ってしまったのだ。

しかし、その笑いも頭にスープパスタのどんぶりをかぶり、スープで自慢のひげがべとべとになったゴリラ男が、剣を抜いたことで悲鳴に変わった。

「ロッド、それはやり過ぎだぞ」

「ギルドで抜剣は罰金だぞ」

 慌てて仲間が止めようとするが、ゴリラ男はそれをはねのける。真っ赤に顔で血管が浮き出たゴリラの怒りは収まらない。

「やれやれ……」

 サイトウはここで立ち上がった。ゴリラ男は鉄の剣を向けてはいるが、サイトウは腰の魔法剣を抜くことはない。剣を突きつけられても驚きもしない。元の世界のサイトウであったなら、この状況に驚き、恐怖のあまりに動けなくなったに違いない。

 しかし、今のサイトウは勇者だ。金等級の冒険者だ。それを自覚したことで不思議と落ち着いて行動できる。

「この!」

 ゴリラ男は大上段に構えた剣を打ち下ろした。サイトウは少しだけ左へ体を傾ける。剣は虚しく空を切る。さらに左斜め、右斜めと剣を放つが、サイトウはそれを紙一重でかわす。それも済ました顔で。紙一重もわざとやっている感じだ。

(ああ……なんてノロいのだ)

 三連撃を軽く受け流したサイトウは、右のパンチを放った。それはカウンター。ゴリラ男に顎をかすったように見えた。

 ガクンと膝が折れるゴリラ男。顎をかすめさせたのはサイトウの技。まともにヒットしたら、あごの骨が砕けてしまうだろう。

「ううううっ……」

 かろうじて倒れまいと左足を後ろに下げたゴリラ男であったが、それが限界であった。脳が揺れて視線が定まらない。

 だが、ゴリラ男にもプライドがある。このままでは、因縁をつけて軽くひねられた咬ませ犬の役割をしただけである。恥ずかしくて明日からこのギルドに顔を出せなくなる。

「ちくしょう……」

 痙攣する足を叩き、ゴリラ男は剣を両手で持つ。そして一歩一歩前へと進む。

「このガキが~!」

 全身の力を全てに剣先に集め、ゴリラ男は突進した。その歩みは見ているものにはゆっくりにしか見えなかったが、彼の中では風を切る高速の動きに感じていた。

「スリープ」

 そんな無駄な努力に対して、サイトウは右手を突き出した。

 低レベルの魔法の発動である。通常であるなら、詠唱をした上で発動であるが、神様から与えられた最強の魔力によって、眠りの魔法程度は詠唱破棄できる。魔法名で発動できるのだ。

「うううううう……」

 ゴリラ男は崩れた。そのまま、深き眠りに落ちていく。圧倒的な力の差。如何ともしがたい格の違い。見ていた誰もがそう感じた。仲間が慌てて彼を抱きかかえて、引きずって行った。

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