第6話 調理実習で分かりみが強くて幼馴染が尊い
えっ、普通科高校生なのに調理実習なんてするんですか?
別に家庭科のカリキュラムもないし、オリエンテーションとかでもない。
唐突に挟み込まれた謎の授業に、俺たちは困惑した。
「……現国教師の高藤先生が急にぎっくり腰になられてその穴埋の授業めです。ほんと、高藤先生の軟弱ぶりはどうにかして欲しいものですね」
とは、彼が入院したせいで、急遽調理実習を受け持つことになった、数Ⅱ担当にして我らが野球部の監督海原先生であった。俺たちの練習に付き合って、こんがりと日に焼けた頬を物憂げに揺らして彼女はため息を吐く。
しかしながら俺たちは知っていた――。
クラスメイトは真実を知っていた――。
「うみちゃん先生、頑張り過ぎたんだな」
「くにおくん、ただでさえ運動とか苦手なのに。容赦ないからなぁ、あの人」
「ガッチガッチの体育会系とヒョロッヒョロの文系だもんなぁ。仕方ないよなぁ」
「むしろ、こうなるのが分かっているのに、無茶させるうみちゃんが鬼だわ」
監督こと海原先生と高藤先生は付き合っている。
健全に大人の男性と女性としてお付き合いしている。
なんだったらもう当て字にしてお突き愛というくらいにラブラブである。
その熱愛ぶりは思春期真っ盛りの高校生たちも白眼視する所。
昼間は教師という仮面をかぶっていなければいけない二人。
聖職者、子供たちに生きる道を教える立場の人間だというのに、その仮面はぽろぽろとよく取れていた。
お昼を一緒に食べていたり。
仲良く通学路を並んで通勤してきたり。
生徒指導室から何故か二人で出てきたり。
授業中にいきなり怒鳴りこんできたかと思うと、キャバクラに行っただの行ってないだの、間柴先生(社会科教師・独身)が無理やりだの、口論したり。
流れで仲直りのキスをおっぱじめようとしたり(みんなで止めた)。
なんやかんやでモロバレの男女関係だった。
そもそも、病気について詳しく知り過ぎな所でお察しだった。
「そういやここ最近、溜まってそうなかんじだったもんなうみちゃん」
「……そうなのか?」
「ノックにムラがあったじゃん。お前、それくらい気づけよ」
「いや、ノックはムラがあるから意味があるんだろう」
「くにおくん、受け持ってる歴史研究会が縄文土器を発掘しちゃって、研究機関への応対やらメディアへの説明やらで忙しかったからなぁ。落ち着いたら、そりゃちょっとハメ外しちゃうのも分からんでもないよなぁ」
「ハメは外したんじゃなくて、むしろ」
「なんでお前はそういう所だけ察しがいいんだよ。黙ってろよ馬鹿」
まぁそれはともかく調理実習である。
そして、折も悪くというか、ちょうどいいというか――。
「あと、私の本来の授業も入っているから隣のクラスと合同授業です。仲良くやるように」
というミラクルである。
高校で調理実習というだけでも驚きなのに、そこに加えて隣のクラスと合同。
ミラクルはミラクルを呼ぶ。
流石に、弱小高校野球部を奇跡の指導法で県大会上位まで持ち上げた、名監督海原先生のやることである。
なんというか本当に神がかった展開であった。
そして、そういう流れというのはえてして続く。
「頑張ろうな、志穂!!」
「はい出た、洋太の全力投球熱血宣言。料理つくるのに頑張る必要なんてないわよ」
「何が食べたい? なんでも作るぞ? 肉じゃがか? カレーか? シチューか?」
「うぅん、栄養価がほとんど変わらない!! あと、別の班だから!! 基本、クラスメイトと一緒に調理する奴だから!! ぐいぐい来ないの!!」
神がかったように、俺と志穂は隣の席で調理実習をすることになった。
イッツミラクル。
メイクミラクル。
今年は本当に行けるかもしれないな、甲子園。
志穂と離れ離れになるから行きたくないんだけれど。
「……ふふっ。調理実習なんて久しぶりだな。思えば小学生以来だ」
「ほんとそれな」
「包丁を握るのはナックルの形だったっけ? カーブの形だったっけ?」
「なわけねえだろ!! お前と組まされる時点で嫌な予感はしてたけれども、さっそく的中したよ!! 助けて明乃!! 野球でしかものを考えられない馬鹿がおる!!」
「頑張って仁くん!! 生きてお昼休みを迎えよう!!」
隣り合う志穂の班と俺たちの班。
例によって、俺はトッキーと同じ。
志穂は友原さん、君川さん、豊中さんと一緒である。
正直に言って不満である。できれば志穂たちの班に混ざりたい気分だった。
とはいえ。
仲良し女子グループのこういう授業での連帯感もまた凄いものがある。
「志穂ぉ。アタシ、調理とかマジ無理なんだけれど、なんかできることあるぅ」
「とよちんは無理せず野菜の皮とか剥いててくれればいいよ。あと、盛り付けとかお願い」
「あら、そんな心配しなくても、ビシソワーズなら簡単ですわよ。こんなこともあろうかと、今朝がた執事の松田に必要な調理器具を運ばせておきましたわ」
「さっちん、ビシソワーズは流石に調理実習で作る料理じゃないと思うの。普通にもっと家庭的なの作りましょう」
「……私の家では、毎晩出てくる家庭的な料理なのですけれど」
「さっちん、マジお嬢、パないわぁ。とりま、うちらの班で頼りになるのは志穂と明乃ってとこじゃん」
「任せて!! いつも夕飯の準備とか手伝ってるから料理は得意だよ!! 男の胃袋を掴むにはまずは手料理からだしね!!」
「肉食系だなぁ、あけぴー。まぁけど、今日はあけぴーメインでやっていこうか」
何を造るのかは各班でお任せ。
ミラクルで起こった調理実習である。
準備も用意もあったものではない。
だいたいこういうのは始まる前に役割分担を自然にしておくものだが、今回については完全に出たとこ勝負であった。故に、一緒になったメンバーとの、親密度や信頼関係が如実に出てくる。
始まるや早々に連携を取った志穂たちの班。
我が校きっての綺麗どころにして、評判のかしまし娘たちの間に、割って入る余地などとてもじゃないがなさそうだった。
まぁ、仕方ない。
「最終的に、志穂の手料理が食べられれば、俺はそれで構わないんだ」
「不本意だがミートゥー」
「トッキー、そうは言うが僕らは何を作るのさ」
「拙者、ツナマヨ握り飯とみそ汁くらいしか作れない侍にて候」
対してこちらはと言えばこの有様。
俺、トッキー、ボードゲーム部の有本、剣道部の安房という、どう考えても調理できないマンたちという顔ぶれ。
飯を造るくらいならコンビニに走る。
そういう現代っ子な面々であった。
せめて、一人くらい女子が欲しい所。
女っ気のない調理実習など、はたしてやる必要があるのだろうか。
男飯。
必然、殺伐とする。
もはや昼休みをまともに迎えられないのは約束されたようなものだった。
しかし――。
「まぁ待て、慌てるな。こんなこともあろうかと、俺も策を練って来た」
「「「トッキー!!」」」
野球部随一の技巧派。
時田仁が不敵に笑う。
流石にそのプレイセンスやコーチング能力を見込まれて、来期の野球部キャプテンと目されているだけはある。この絶望的女子力ナッシング、あるのは無意味な男子力だけチームを、なんとかして勝利に導くべく彼はちゃんと策を練っていたのだ。
頼りになる。
頼りになるぞトッキー。
けど、できれば隣の班の女子と一人、取り替えたい所だけれど。
むしろ志穂と取り換えたいところだけれど。
トッキーが鞄の中から取り出したのはコンビニの袋。さらにその中には、やけにカラフルな色味をした紙袋がいくつか入っていた。
白色をした買い物袋越しにも分かる。
そう、トッキーが持っているそれは間違いない。
「……女子力のない男たちの強い味方!! 今日も元気だご飯がすすむ!!」
「「「チャーハン&
飯さえあればもう他には何もいらない。
振りかけて炒めるかお湯をかけるかすれば出来上がる、素敵なお料理であった。
なるほど。
これならば、俺たちのような女子力皆無男子100%にも作れる。
調理実習ができる。
俺たちは勝利を確信した。
だが――。
「……で、ごはんは?」
有本くんが真顔で言った。
コンビニ袋の中からまろび出したチャーハンの元とお茶漬けの元。
しかし、そこに、それを和えるべき存在がない。
若い体が欲する炭水化物の塊がない。
白い米が見えない。
どういうことだトッキー。視線を向けた俺の先で、野球部の次代の知将は笑う。
目は――。
完全に死んでいた。
「……もはやこれまで!!」
「「「トッキィィイイイ!!」」」
尻尾隠して尻隠さず。
船頭多くして船山に登る。
猿も木から落ちる。
そして、チャーハンの元用意しておきながらご飯がない。
哀しいかな。
肝心の料理の基本となる要素をすっかりと忘れていた。
勝利の喜びから一転して俺たちの間に流れる敗北の空気。そう、誰も彼も、米を用意してくるなどということを思いつかなかった。
それが俺たちの敗因だった。
男たちの限界だった。
女子力皆無の者たちの隠すことのできない実力だった。
「……他に!! 他に何か持っているものはないのか!!」
「拙者、スポーツ羊羹なら持っているでござる!!」
「僕はボードゲームの合間に食べようと持って来たラムネ菓子!!」
「布教しようと人数分買って来た、ケミカルな味のする炭酸飲料水!!」
ダメだ。
鍋で煮こんでもどうしようもない食材ばかりだ。
世の中、煮たらたいていのものでも食えるものだが、よりにもよって煮てはいけないものしか持っていない。混ぜてはいけないものばかりだった。
仕方ない。
もはや万策尽きた。
「……人間は水さえ飲めれば数日は何も食わずに生きていけるという」
「中津!!」
「中津くん!!」
「中津どの!!」
「そして、この炭酸飲料水には、なにかこうケミカル的な栄養素が入っている。ケミカル、いや、ミネラル豊富間違いなし。だからきっと大丈夫だ。俺たちは生きている、無事に昼休みを越えることができる」
「「「しれっと飲む人選ぶ炭酸飲料水を布教するんじゃねぇ!!」」」
ダメだった。
生きるためならば仕方なく、このケミカル炭酸飲料に口をつけるかと思ったが、そんなことはなかった。
全然、皆、余裕で拒否してきた。
それを飲むくらいなら、普通に自販機で買ってくるわとまで言われた。
何故だ。
こんなにおいしいのに。
とにかく万策は尽きた。
俺たちのような男の中の男に、料理など百年ほど早かったのだ――。
「まったく、なんでも作ってあげるんじゃなかったの?」
「……志穂!!」
「しょうがないわねぇ。ほんと、馬鹿なんだから男子ってば」
そう言って、彼女が鞄の中から取り出したのは――透明のビニール袋に詰め込まれたお米。
しかも分かる。
見れば分かる。
米ぬかが綺麗に取り払われているそれは、まぎれもなく、過度の女子力を必要としない便利食品。
「こんなこともあろうかと、無洗米(二合)を持って来ておいて正解だったわ」
無洗米。
そう、無洗米である。
水に浸して炊飯器にツッコめばそれで作れる。
わざわざ何度も何度も手でザルの中でかきまわす必要のない文明の利器。
無洗米である。
流石の志穂。
俺のことどころか、俺たちのことまでよく分かっている。
俺たちがこの調理実習で、のっぴきらない男100%ぶりを発揮して、ろくすっぽに料理ができないだろうということを予見して、準備してきてくれたのだ。
なんという俺に対する深い理解。
なんという、俺たちに対する思いやり。
志穂――やはり、幼馴染。
俺のことをここまで分かってくれるなんて。
「もはや家族。夫婦と言ってもいいのでは?」
「よくないです。どっちかって言うと、手のかかる子供よ。ほんと世話がかかるんだから」
「……志穂ママ!!」
「うん、やっぱ子供もなし!! サブイボが立ったわ!!」
ほらもう、後は水に入れて炊くだけだからと俺にそれを強引に持たせる志穂。
それだけ済ませると、用は終わったという感じに彼女は女子グループの輪の中に戻っていくのだった。
ありがとう志穂。
本当にありがとう。
お前がくれた無洗米、大切にするよ。
「……これは、家に持って帰って家宝にしよう!!」
「いや、食べなさいよ!!」
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