第5話 彼女にしたいランキングで分かりみが強くて幼馴染が尊い

「よしっ!! 今日の練習はここまで!! 夏の大会に向けてあと少しだ、各自しっかり休んで明日の練習に備えるように!!」


「「「おつかれっしたーっ!!」」」


 野球部監督の海原先生(海原夏緒:女数学教師)が号令をかける。脱帽して彼女に礼をすると、俺たちはぞろぞろと部室に向かって歩き出した。


 隣を歩いていたトッキーがふへぇと情けのない声を上げる。

 今日はフライのキャッチ練習をやったので、外野の彼も疲労困憊という感じだ。

 守備力に定評があるトッキーだが、本人としては打撃の方が気が楽だし身体も楽らしい。守備の強化練習の後には、決まって彼はグロッキーになるのだった。


「いやほんと、点数を取られたら取り返したらいいだけなんじゃないのかと。プロならともかく、高校野球に必要ですかね守備力って。なぁ、洋太?」


「必要だろう。攻めるばかりが戦いではない。時には堅く守り、粘り腰で物事に挑むのもまた戦い方の一つだ」


「えぇ、マジで言ってんのかそれ」


「押してダメなら引いてみろ。鳴くまで待とうホトトギス。短期的な勝利に固執せず、大局的な勝利を掴まんと望むなら、じっと守って時を待つこともまた寛容」


「……なんかお前が言うと妙な説得力があるな」


「そう、俺は信じている。信じて待っていればいつかきっと、志穂が俺のことを好きになってくれるだろうと。恋人になってくれるだろうと。奥さんになってくれるだろうと。ママになってくれるだろうと。子供は男の子と女の子と二人だろうと。孫に囲まれて平穏な老後を過ごせるだろうと」


「……うん、よくそこまで自分の幸せな未来を信じられるな。クレイジーポジティブパッションフラワー野郎かよ」


 そんな陽キャが花屋さんで買いそうな野郎ではない。


 というかなんだそのたとえ。

 人に意見を求めておいて、そんな風に言うことはないんじゃないだろうか。


 なんだよそのポジティブと見せかけて最高にネガティブな感じ。

 字面から現れる面倒くささ。

 もうなんていうか、呼び方からして面倒くさい。


 陽のコミュ障の者みたいに、分かりやすい言葉を選んでくれ。


 ともあれ。


 未来について明るい希望を持つことは悪いことではない。

 もちろん、最悪の事態を考えて備えることも必要だが、基本的には明るい先を見据えて行動した方がいい方向に人生は進む。


 そう、思う。

 そう、信じている。


 現実逃避でもないし、妄想でもない。

 希望に向かって一つずつ、着実に歩んでいくのなら、それは紛れもない現実だ。


 信じて待つ。

 その待つために必要な力を手にいれる。

 我慢強さ、つまり守備力の強化は、人間としても野球人としても重要なものだと俺は思っていた。


「まぁ、パイセンたちは、スカウトが練習を見に来るくらいに仕上がってるし。実際、今年はいいとこ行くかもだな、夏の大会」


「できれば、志穂と離れたくないから、甲子園には行きたくないんだがな」


「……お前、ほんとになんでも七尾を基準に考えるのな」


「志穂を中心に俺の世界は回っているんだぞ? そんなの言われるまでもなく当たり前だろう?」


「当たり前じゃねえよ。ほんと、今日も最高に気持ち悪いな、お前はよう」


 ほんと、トッキーは口が悪いな。

 そんなんだから、俺のような陰キャの者しか友達がいないんだよ。

 ほんとにトッキーはしょうがない。


 そんなんで、次期野球部主将が務まるのだろうか。

 今から心配で仕方がない。

 野球部の同級生と後輩には慕われているようだけれど、俺は心配だ。


 まぁ、俺と違って彼女はいるけれど。


 なんてことを思ってると――。


「仁くんお疲れさまぁー。うわぁ、汗びっちょりだね」


「……明乃? あれ、バレー部の練習は?」


「今日は先生が用事で早上がり。やることないからこっちに来ちゃった。迷惑だった?」


「そんなわけないだろ。けど、悪い。すぐ着替えてくるからちょっと待っててくれ」


 その彼女がとことことどこからともなくやって来た。


 友原明乃。

 バレー部マネージャーをしているゆるふわ系女子だ。


 ウェーブのかかったロングヘアーに丸みのある童顔。

 低身長に華奢な身体と、男の保護欲を刺激してたまらないスタイルをしている。


 中学校まではバレー部に所属していたのだが、膝の成長痛とそれに伴う低身長により高校では選手としての自分に見切りをつけた。以来、マネージャーとして裏方に回っている――とは、彼女と親友の間柄にある志穂の言葉だ。


 なんにしても、目の前のカスみたいな男にはもったいない、できる女の子。

 女子力高い系の女の子だった。


 美少女五本指には残念ながら入っていない。

 しかし、校内男子の彼女にしたい女の子五本指には入っている。

 そんな可愛い系女子だった。


 なぜか俺の志穂が入れていない、彼女にしたい女の子五本指に入っている。

 そんな魔性の女の子だった。


 むぅ。


「何度考えても分からない。友原さんが彼女にしたい女子五本指に入っているのに、どうして俺の志穂はランキングに入っていないのか」


「うーん、今日もブッチギリに俺様ってるね。流石は我が校の陰キャ王子、中津くんだ」


「……そういうとこだぞ、洋太。あと失礼な、俺の彼女に」


「彼女にしたい女の子ランキング選考委員会に恣意的な動きを感じる。公正な選挙を。公正なランキングを。俺の志穂に清き一票を」


「けど、いざランキング入りしたら、絶対に渡さんってなるんでしょう、アンタ」


 世の男たちの審美眼のなさに嘆いているところに――ブルマ志穂が現れた。


 紺色のブルマを着用し、純白の体操服を着た、ブルマ志穂が現れた。

 サポーターを外し、生足をびっくりするほど露出した、ブルマ志穂が現れた。

 短い髪をちょっと結い上げてお団子にした、ブルマ志穂が現れた。

 うっすらと汗ばんだ肌が眩しくて、見た瞬間この世から蒸発してしまいそうな、神々しさをまとったブルマ志穂が現れた。


 なんてことだ――。


 これはとても立っていられない。


 正視することもできない。

 目を開くことも、息をすることも、きついくらいだ。


 俺は、夏の大会前の野球部のきつい練習に耐えきったというのに、MP(メンタルポイント)を削り切られてその場に膝を衝いた。


 くっ、殺せ。(本望)


「――志穂特攻とブルマ特攻がダブルで刺さる!!」


「刺してんのよ。大人しくしときなさい馬鹿洋太」


「しほぴー。ついてきてくれたの? やだぁ、恥ずかしいなぁ」


「うちの幼馴染が失礼なことを言う可能性を察しましたので」


 失礼なことを言うだって。

 珍しいな。志穂が俺の行動について、読み間違えるなんて。

 別に何も失礼なことなんて言っていないじゃないか。


 俺はこれこの通り、いつものように平常運転だ。

 そして志穂もまたいつものように、世界で一番かわいいのだ。

 彼女にしたいランキング選考委員会だけが、ちょっとおかしいだけなのだ。そのことについて声を上げることがいったいどう失礼だというのだろう。


「志穂。安心してくれ。たとえ世の男全てがお前のことを彼女にしたくないと思っても問題ない。だって、俺がお嫁さんにしたいと思っているんだから」


「はいはい、ありがとね洋太。洋太が今日もぶっちぎりで気持ち悪いおかげで、私も無駄に忙しいことにならなくて助かってるわ。これは心から感謝してるわ」


「ひでぇ言い草だなぁ、七尾」


「しほぴーってば、素直じゃないのよね。本当はまんざらでもないのに」


「ちょっと!! あけぴー!!」


 顔を真っ赤にして友原さんに怒鳴る志穂。

 怒り顔も可愛い。


 あと、怒った拍子にちらりとおへそが見えた。


 おへそもえっちぃ。


 ローアングルで眺めていたから即死だった。


 特攻に加えて即死攻撃を仕掛けてくるなんて。

 まさしく志穂こそ、俺にとっての死告天使アズライールという奴に違いないない。


 もはや心残りなぞ微塵もなかった。

 あろうものかという心地だった。


 志穂に(性癖で)刺されるなら死ねる。


「志穂。彼女にしたい女子ランキングなんて関係ない。周りがどう言おうと、俺が絶対にお前を幸せにしてやるから。だから、無理に女子力を高めなくても大丈夫だぞ」


「……って、洋太!! なんで倒れてるのよ!! やだ、ちょっと熱中症!?」


「俺はいつでも、志穂という名の太陽マイサンシャイにお熱なのさ――ぐふぅ」


 男、中津洋太。

 グラウンドに死す。


 愛する人が肩を揺するのを感じながら、俺はしばしその柔らかな掌やら、無自覚にあたる太ももやら、目の前で静かに揺れる胸やらを眺めて悶死したのだった。


 そうだ他の人がどう言おうと関係ない。

 俺だけは、俺の中だけではいつだって、志穂が彼女にしたい女の子ランキング一位なのだ。俺だけが彼女のことを分かっていればそれでいい。


 それだけで十分なのだ。


 俺だけの志穂マイオンリーサンシャイン


 他の人が彼女の可愛さに気が付かないなら好都合。

 俺が志穂を独占してくれよう。


 まぁ、気づいた所で、絶対に渡さないのだがな。

 どんなことをしてでも奪い返すのだがな。


「相変わらず面白いねぇ、陰キャ王子の中津くんは」


「そうかぁ」


「これだけ大切に想われてしほぴーは幸せものだねぇ。ひゅーひゅー」


「……じゃぁ、逆に聞くけどさあけぴー。トッキーがこんな感じで、子供の頃から常時まとわりついて来たら、アンタそれはどうなのよ?」


「絶対に無理。生理的に受け付けられない。舌を噛み切って死を選ぶレベル」


「俺も無理。絶対にできない。介錯頼まずに腹切って詫びるわ、悪いけれど」

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