第4話 心理テストで分かりみが強くて幼馴染が尊い
「まぁ、聞くまでもないことなんだけれどよ。席替えで洋太の周りの席が好きに変えられるようになったとしよう」
「……教室いっぱいの志穂畑!!」
「予想の斜め上を行く気持ち悪い回答をどうも。聞くんじゃなかったぜ」
がっかりするトッキー(時田仁くん、外野手四番)。
どういう答えを期待していたのかしらないし、その質問にどういう意味があるのかもわからないが、俺の答えはいつだって決まっている。
全方位総志穂。
志穂絨毯爆撃。
志穂飽和作戦。
俺の人生において大切なのは常に志穂だけである。故に、教室に志穂さえいれば俺は満足なのだ。そう、俺のクラスに志穂さえいれば、世は事もなし太平無事天下布武なのである。
だがしかし。
今現在、俺の心は平穏ではなかった。
「……どうして!! どうして、違うクラスになってしまったんだ、志穂!! せっかく同じ高校に入学したというのに!!」
「仲のいい友人や同じ地域の出身者なんかは、あえてクラスを分けて受け持ったりとかするらしいわね。先生の好みという話もあるけれど。まぁ、学校の存在意義は集団生活の定着だから、既存のコミュニティに依存しちゃ元も子もないのよね。新しい集団の中で、自分の立ち位置を見つける訓練だから」
言った矢先に志穂。
いつの間にやら俺の前には、歪んだ日本の教育制度により引き裂かれてしまった、俺の
おぉ、志穂、どうして貴方は志穂なの。
ふざけている場合ではない。
「違うんだ、志穂。別にお前と一緒の学校がよかったとかじゃなくて、たまたまこの高校が、家から近くてそこそこ進学率もよかったから」
「ストーカーみたいな重たい男と思われたくないのね。洋太の気持ちは分かるわ」
さすが志穂。
俺のことをよく分かってくれている。
そう、別に志穂のことが好きで好きでたまらなく好きで、どうしようもなく四六時中一緒に居たくて、同じ高校に進学したとかそういうのではないのだ。
なんかちょうどいい感じに家から通う高校が近かっただけなのだ。それでそこが男女共学で、志穂も同じような考えで進学した、ただそれだけのことなのだ。
そんないつでもどこでも一緒じゃなきゃやだとか、そこまで幼馴染を束縛するような重い男ではない。
ただまぁ、一緒に居れたらラッキーくらいには想っているけれど。
それだけで一年ハッピーに過ごせるくらいには想っているけれど。
「なんにしても、全方位私とか言われても、気持ち悪いだけだから。ちっとも嬉しくない上に、下手なストーカーよりも重たいって感じるだけだから」
「そう……なのか……?」
「そうよねトッキー?」
「お病気ですね、七尾の旦那さん。手の施しようがありません」
おいおいトッキー。
よしてくれよ。
そんな旦那さんだなんて。
まだ俺たちは恋人にだってなっていないというのに。
志穂に迷惑だろう。
ほら、しょうがないなって感じにため息を吐きだしている。デリケートな問題なのだから、あまりからかわないでくれよ。
俺はいっこうに構わないけれど。
ちょっと嬉しいくらいだけれど。
「笑ってるよ気持ち悪い。七尾さあ、今からでも転校した方がいいんじゃねぇ?」
「そうしたいのはやまやまだけれど。毎日お通夜のような空気をクラスの一角で放たれても、トッキーたちは平気なのかしら」
「……苦労してんなぁ。結婚もしてないのに」
「もし仮に結婚したとしても、この苦労はずっと続くのよ」
「志穂。待ってくれ。俺はお前に迷惑をかけない立派な旦那さんになるつもりだ。家事も子育ても手伝うし、辛いときにはちゃんと寄り添う。仕事をしたいというのなら、それに協力もするだろう。産休だって俺がとっても構わないんだ。お前に苦労はかけさせないから、絶対に幸せにするから、だから安心してくれ」
「口説き文句まで重い!! そういうところ!!」
「安心して俺に嫁いで来てくれ!!」
「嫁がないわよ!! だから、重いって言ってんの!! アンタの言うことは!!」
重いだろうか。
嫁を貰うにあたって男が当然に覚悟することだと思うのだが、重いだろうか。
うぅむ。
逆にもっと軽い感じで、結婚しよっかとか言っちゃった方が、女性からすると気分としては楽なのだろうか。
分からない。
女心は分からない。
志穂心も分からない。
こんなに長く一緒にいるというのに、どうしてだろうか。
「ちな、前方が想い人、隣が好きな人、後ろが信頼している人って感じな」
「間違いなく想っているし、恋人にも友人にもなりうる幼馴染だし、信頼もしている。やはり、志穂しかいないな」
「そんなに私はいないわよ!! もうっ!!」
「そう言う七尾はどんな感じ?」
と、ここでトッキーがキラーパス。
いきなり心理テストを志穂に振った。
こいつ、何をいきなり聞いてくれてやがるんだ。
熟練の外野手。レーザービームでどんな球も確実に塁へと送球する強肩にして精密無比な仕事人。我が野球部のエーストッキーは、とてつもない暴投を俺たちにぶちかましてくれた。
やめてくれそんなの。
もし、志穂の想い人が俺じゃなかったら――。
「もう、この世に生きている意味がなくなってしまう!!」
「……ほら、血涙流してるでしょ?」
「……ほんとだ。うわぁ、きもちわるぅ」
俺にNTR耐性はないんだ。
大切な志穂が、俺以外の男と仲良くしている姿なんて想像するだけで耐えられない。そんなことにならないようにと、わざわざ一緒の高校に入学したのに、それが水泡に帰すようなこと勘弁していただきたい。
それはもう、本当に嘘偽りない真心からの気持ちだった。
心の叫びだった。
「まぁ、左前から順に――さっちん(君川幸代:お嬢様・バレー部仲間)、みきちゃん先輩(津戸美樹:バレー部主将)、あけぴー(友原明乃:普通の女子高生・バレー部マネージャー)、とよちん(豊中琴子:ギャル・バレー部仲間)、冷泉先輩(冷泉澄江:バレー部エース)、ダーちゃんパイセン(ダイダナル・ナオミ・乙子:バレー部リベロ)、まこちょん(橘まこと:バレー部後輩)、コーチ(大銀河叫子:バレー部コーチ・体育教師)かな」
「まさかの俺不在!!」
そしてあっさりと答える志穂。
そんな、まさか、どこにも俺の居場所がないなんて。
俺の存在が、志穂の中で抹消されているなんて。
辛い、辛すぎる。
まさか、そんな、志穂ナインの一員にすら選ばれていないとは。
レギュラー落ちしているとは。
席に着く前の状態だなんて。
そんなに俺は志穂にとってどうでもいい存在なのだろうか。
幼馴染なのに。家もお隣の幼馴染なのに。こんなにも長いこと一緒にいるのに。
つらひ。
照れ隠しだとしても、何か思っての事だとしても、これはつらひ。
「……ベンチは? ベンチには俺の姿はないんですか? 志穂コーチ!!」
「ないねぇ」
「二軍にもないんですか!? 俺の居場所は!?」
「というか、洋太はクラス違うし」
先輩がしれっと周りに座っているのに、そんな言い訳。
ひどい、あんまりだ。
俺は机を叩くと慟哭した。
昼休み。
うっきうっきのキャンパスタイム。
だというのに、はばからずに俺は嘆きの叫びをあげた。
志穂。
おぉ、志穂。
俺はこんなにも、お前のことを好きだというのに。
前後不覚になるくらいに、志穂のことを思っているというのに。
どうしてこんなにつれないんだ――。
「……まぁ、明乃の彼氏の俺が言うことじゃないけどさ」
「……そうだトッキー!! お前、志穂が友原さんと結婚してもいいのか!! お前の大切な彼女だろう!! 右上は、結婚したい人の席なんだぞ!!」
「いいんじゃねえ? あいつ、驚くくらいに気の利く奴だから、なんも心配ねえ」
「心配しろよ!! お前、それでも彼氏かよ!! 彼女の心配をしろよ!! いいのか志穂に寝取られても!! 百合の花を咲かせても!! 学校で、百合の旋風を巻き起こしちゃっても!! 女の子と女の子でいちゃいちゃしちゃっても!!」
はぁ、と、ため息を吐くトッキーと志穂。
分かっていないなという空気を出した彼は――。
「長くなりそうなんでこちらをどうぞ七尾さん」
「ありがとトッキー。さっすがあけぴーの彼氏だわ」
「それほどでもございませんよ」
志穂に自分の席を譲るのだった。
ぬぅ。逃げる気かトッキー。おのれ情けのない奴。
お前、これもしも今すぐお前の代わりに志穂が座るんじゃなかったら、俺は普通に許さないからな。断固として、お前の彼女に、志穂を譲ってやることなんて許さないんだからな。
認めません。
幼馴染の俺は、志穂と友原さんの百合百合な交際を断じて認めません。
そして――。
「頼む志穂!! 右上の席だけは!! 右上の席だけはどうか空白にしておいてくれ!!」
俺は涙ながらに、結婚したいと想っている人のポジションを空白地帯にして欲しいと、幼馴染に頼み込むのだった。
友原さん。
いつも俺が教室にやってくると、どうぞどうぞと席を譲ってくれる彼女。
トッキーの彼女ということで完全にアウトオブ眼中だったというのに。
おそろしいダークホースも現れたものである。
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