第2話 腹ペコの分かりみが強くて幼馴染が尊い

 昼休みインザクラスルーム。

 俺はいつものように野球部メンバーの卓に混ざって昼飯を食べようとした。

 しかし、それは思いがけない事態により失敗した。


 そう――。


「……弁当の消失トリックだと!? くそっ、助けて、名探偵!!」


「トリックだと!?――じゃないわよ。家に忘れただけでしょ。おおげさ」


 鞄の中に弁当がなかったからだ。

 そして、本来俺の鞄の中にあるはずだった弁当の所在も、その消失の謎も、俺のよく知る幼馴染美少女名探偵が一発で解決してくれた。


 唐草色のザ・風呂敷という感じの包みでくるまれた弁当。

 それを手に呆れた顔をしているのは、俺の幼馴染の七尾志穂。


 隣のクラス一の美少女。

 学年では五本指くらいの美少女。

 しかしながら、俺にとってはかけがえのないオンリーワンな美少女である。


 当然、クラスにちょっとしたどよめきが起こった。


「……どうしてお前がここに居るんだ志穂?」


「お弁当を持ってる時点で察してよ。わざわざ持って来てあげたんじゃないのよ。もう、しょうがないにゃぁ」


「……お手数をおかけしますにゃぁ」


「語尾真似する必要ないよねぇっ!?」


 にゃぁなんて語尾付けてわいこぶる必要もないと思うのだけれど。


 まぁ、どちゃくそ可愛いから、ついつい真似したくなっちゃうのは仕方ない。

 なんにしても、照れ顔で怒る志穂も最高に素敵なので、言ってよかった。


 うちの幼馴染は、本当にからかいがいがあって最高だ。


「しかし、それはそれとして、お前が俺の弁当を持っている理由が分からないにゃぁ。そも、どうして俺が弁当を忘れたことを知っているんだにゃぁ。教えてくれ、志穂にゃぁ」


「だから!! 語尾!!」


「……すまん。悪ふざけがすぎた。かわいかったものだからつい真似を。恨むなら、とってもキュートな自分を恨んでくれ」


「さっきから台詞が全部致命傷になってるんですけどぉ!! もうお弁当置いて帰っていいかなぁ!?」


「ダメだ。教えてくれ志穂にゃん」


「志穂にゃん言うなァ!!」


「教えてくれ志穂。どうしてお前が、俺がお弁当を忘れたことを知っている」


「……それは簡単な答えよ洋太」


 はぁ、やれやれという感じで、志穂は俺の机に弁当を置く。

 まるで本当に古いドラマの探偵みたいなそぶりだ。


 好きだものなぁ、志穂。

 平日の夕方にやっている、往年のベストドラマセレクション。

 あと、なんかご長寿推理アニメ。

 漫画も全巻持ってたっけか。


 まぁいい。

 猫の志穂も、名探偵の志穂も、ベリーキュートだ。

 それだけは紛れもない事実である。推理も証明も必要のない事実であった。


 狐色の髪をくるくると人差し指で巻いて目を逸らす志穂。

 なんだか気恥ずかしそうに、彼女はちょっと溜めてからそれを口にした。


「ほら、洋太の家の生活音は私のところに筒抜けっていうか。嫌でも聞こえてきちゃうっていうか。おばさんが、お弁当忘れてるわよって叫んでるのが聞こえちゃってさぁ」


「……なるほど!!」


「仕方ないじゃない、聞こえちゃったんだもの」


 確かに聞こえちゃったら仕方ない。

 困っている人間がいたら助けるのは人の道理だ。

 志穂のやったことは至極当たり前のことである。


 しかし、前段階で大いに間違えている。


「志穂。俺は志穂がたとえどんなことをしても、温かく迎えることができるでかい男になりたいと常々思っている」


「……どしたの洋太、急にあらたまって?」


「なりは小さいし、陰キャだし、メカクレだし、頼りない奴かもしれない。けれども、まだ、――俺成長期だから。これからもっと、大きな男になる可能性はあるかもだから」


「もう、成長期、終わってると思うなぁ」


「世間の厳しい視線から、志穂を守れる男になるから。だから、志穂――自首しよう?」


「うん、ちょっと、待って。洋太がなにか壮絶な勘違いをしていることは分かった。そして、何を言おうとしているかも、今後の展開もだいたい分かった。分かったから、そこまでは分かりました。だからお願い、ちょっと時間を頂戴。具体的には、赤っ恥を掻くような台詞を吐く前に、ちょっと二人で話し合う機会を」


「……盗聴、してるんだろう?」


「してないにゃぁーっ!!」


 幾ら俺のことが好きだからって、愛が重いよ志穂。

 いったいどうやって盗聴器を仕込んだのか知らないけれど、それはダメだよ志穂。

 家が隣同士の幼馴染でも、やっていいことと悪いことがある。


 部屋も近くて、割と生活音筒抜け感があるけど、それでも盗聴はダメだ。


 それは紛れもない犯罪だ。

 俺は志穂に、犯罪者になんてなって欲しくない。


 しかも、俺への激しい愛のためにそんな愚行を犯して欲しくない。


 サイコパスな志穂だって俺は愛することはできる。

 ヤンデレな志穂だって愛する自信はある。


 けれど、属性それ犯罪これとは話が別だ。


 志穂にはもっと自分のことを大切にして欲しい。

 愛ゆえの犯罪だなんてそんな愚かしいこと、して欲しくないんだ。


 だから――。


「前の誕生日に贈ってくれたサボテンの鉢植えの中かな? それとも、そのひとつ前にくれた目覚まし時計か? いや、子供の頃にくれた手作りのぬいぐるみの線も」


「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!!」


「志穂。そんなことしなくても大丈夫だ。お前以外の女に、俺は俺の家の敷居を跨がせるつもりはない。だって俺は志穂のことを心から愛しているから――!!」


「このすっとこどっこーい!!」


 おらーと、志穂の猫パンチが俺の頬に飛ぶ。


 おうふ。

 まったく痛くない。

 痛くないが、その拳に籠った愛の重さは感じたぞ志穂。


 まったく。


 殺したいほどアイラブミーか。

 困った子猫ちゃんだ。

 そんなシリアルキラーな志穂も俺としてはアリさ。


「普通に家が隣だから生活音入ってくるだけだから!! 盗聴とかしてないから!! 人聞きの悪いこと言わないでよ!! もうっ!!」


「……なんだ、してないのか」


「してないわよ!! だいたい、なんで私が洋太の私生活を気にしなくちゃいけないのよ!! 恋人ならともかく、ただの幼馴染になんでそこまでするのよ!!」


「……今なら俺の恋人ポジション、空いてますよ?」


「なったらするって話じゃないから!! 言うと思いましたよ!! ばかぁっ!!」


 叫んで、志穂は弁当箱を俺の机に置くと、ずかずかと教室を出て行った。


 やれやれ、またしても告白失敗である。


 今日のはちょっと、自然に告白したとおもったのになぁ。


 いつになったら志穂は俺の愛に応えてくれるのやら。


 まぁ、焦らず気長にやるとしようか。


「……なぁ、中津」


「どうしたトッキー?」


「七尾さんとお前って、本当に付き合ってないの?」


「……俺はいつだって付き合う準備はできてるんだけれどな。けど、志穂の気持ちが固まるまで待ってやろうと思うんだ。それがきっと、本当の愛だと思うから、さ」


「……気持ち悪」


 よく、志穂にも言われるよ。

 そういうところが、ダメなのだろうか。


 うぅん、わからん。


 陰キャに恋愛は難しいにゃぁ。

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