俺の幼馴染がわかりみが強すぎて尊い

kattern

第1話 ラブレターの分かりみが強くて幼馴染が尊い

「……志穂。相談があるんだけれど」


「どしたぁー、洋太? なになに、そんな改まっちゃってさぁ? 学校だからってぇ、幼馴染相手に水臭いぞぉ?」


 昼休み。

 俺は隣のクラスに来ていた。


 四つ机を合わせて、友達とご飯を食べているその女。

 明るい狐色のショートヘアーにモデル顔。

 クラスの中心でウェーイを叫ぶ感じの彼女は、なにを隠そう俺の幼馴染だ。


 七尾志穂。

 家は垣根を共にするお隣さん。

 家族ぐるみのおつきあいで、小中と来て高まで一緒の仲である。


 まぁ、仲は悪くない。

 絶対に悪くない。

 悪くなければこうして昼休みに会いに来たりしないし、時間が合えば一緒に帰ったりしない。そもそもこんな軽快な会話が発生しない。

 よく言う気のおけない相手という奴である。


 そんな彼女に今日の俺はちょっと厄介な相談をしにやって来た。

 ぶっちゃけ、どうしていいか分からなかった。

 友人に相談するにも戸惑いがあり、部活仲間に相談するにも葛藤があり、やはりこの手のことに一番相談しやすい、彼女を頼ることにしたのだ。


 そう、俺の相談とは他でもない――。


「ラブレターを貰ったんだが、いったい俺のどこに惚れる要素があるんだろうか?」


「うぇーい!?」


 倒れた。

 志穂が椅子に座ったまま倒れた。

 舟を漕ぐ感じで背もたれにその身を預けたかとおもいきやそのまま倒れた。

 目を見開いたまま倒れた。


 そんな驚かなくてもいいじゃないか。


 いくら俺のことが好きだからって。


「しほぴー!! 大丈夫!?」


「ちょっと中津!! もうちょっとデリカシー持てし!! しほぴーマジびっくりしてるじゃん!! スタン状態入ってるじゃん!!」


「これだから陰キャはダメですの!! ラノ――小説じゃなくて空気をお読みなさい!!」


 陸に上がった魚みたいに死んだ目をして口をぱくつかせる志穂。

 そんな彼女を介抱する愉快で健気な友達たち。クラスでも一・二を争う綺麗どころの集まり。それでいて、性格もいいし品行もよろしいのだから、いい友人を持ったものだと幼馴染ながら思う。


 まぁ、俺の中では志穂がナンバーワンなのだが。


 この世のどんな女の子よりオンリーワンなのだが。


 なにせ生まれてずっと一緒なのだ。

 代わりになる女性なんていない。

 もう替えが効かない。


 嫁にするなら志穂がいいし、妻にするなら志穂がいいし、伴侶にするなら志穂がいいし、彼女にするなら志穂一択である。


 ただ、幼馴染を拗らせ過ぎて、上手く行ってないのが辛い。

 こればっかりは幼馴染の悲しいところである。


 などと、自分たちの置かれた境遇にため息をついていると、志穂がのっそりと椅子から起き上がった。


 目は相変わらず、陸に上がった深海魚みたいに見開かれている。


「え、ラブレター? 洋太にぃ? 誰がぁ?」


「悪い、彼女の名誉のために名前は言うことはできない。しかし、分からないんだ。どうして俺なんだろうか。こんな陰キャヒョロ男のいったいどこに惚れる要素があるのか、それが分からないんだ。どうにも」


「そういうとこぉっ!!」


 ビシリ。

 志穂は俺に人差し指を突きつけた。


 どういう所だろう。

 俺にはちっとも分からないが、流石は幼馴染の志穂である。

 俺研究については一日の長がある志穂博士である。

 どうやら彼女にはそれについて即答できるような心当たりがあるようだった。


 うむ、本当に頼もしい。

 あらためて惚れる。

 やはり俺のことを十全に理解できる女の子は志穂しかいないな。


「洋太のそういうとこ!! そういうところが女子のクラっと来ちゃうポイントなの!!」


「……古臭かっただろうか?」


「彼女の名誉のためにうんちゃらとか、そういう歯の浮くようなセリフよく平気で言えるよね!! 今どき男子なら、もうちょっとこう照れ臭そうに濁すところだよそこは!!」


「……照れる要素がないのだが?」


「だからそういうとこ!! 女の子にラブレターを貰ったんだよ!! 普通だったらまずは浮かれるとこでしょ!! 男子的には!!」


「……浮かれるより先に彼女の気持ちを理解したいと思って」


「言うと思った!! だから、そういうところ!! 自分の事より、他人を優先する洋太のそういうが女子ポイント高いの!!」


「……女子ポイント高いのか?」


「高いよ!! あと洋太、自分のことを陰キャって言ってるけど!! 普通に野球部のレギュラーじゃん!! セカンドじゃん!! いいポジションじゃん!!」


「……けど、メカクレチビガリだぞ?」


「そのギャップもポイント高いの!! 分からない!? 野球漫画でも一人はいるでしょう、小動物っぽい感じのトリッキーなキャラクター!! 洋太はそれなの!!」


 なるほど。

 あれだったのか。

 言われてみればなるほど、なんとなく自分に男としての需要がある気がしてくる。

 漫画のキャラ的な需要があるような気がしてくる。


 カッコいいもののな、トリッキーな巧打者・巧守備者って。


 流石は志穂。

 俺についての分かりみが強い。


 はぁ、とため息を吐きだす志穂。

 暗い表情のまま、彼女は俺の腕を握り締める。


「ちょっとこっち来て」


 そう言うなり、志穂は強引に俺を教室の外へと連れ出す。


 ぐいぐいと進み階段の踊り場。

 人がいないのを確認して、彼女は俺をじっと見てきた。


 ようやくその瞳はいつものつぶらで愛らしいものに戻っている。


 うん。

 志穂はやはりこの顔がいい。

 凛としていて、とても綺麗だ。

 そして可愛い。


「ていうか、ラブレターの差出人、保健委員の秋田さんでしょ?」


「……そんなことまで分かるのか志穂?」


「相談受けたのよ。洋太に告白するけどいいかなって。私は洋太のお母さんか何かかよって気分だったわ。これ、オフレコね」


 ぴっと口元でバツを造る志穂。


 なるほど。

 そうすると大げさに驚いたのも演技だったのか。

 まるで初耳のようなフリをして、教室を抜け出す流れを作ったという訳だな。


 これは一本取られた。


 そして――秋田さんの名誉のために身体を張るとは。

 やはり志穂。俺が惚れただけの女の子だ。


「なんかね、後輩が怪我したりすると洋太が保健室に連れて行くでしょ。そういうの見てるうちに、なんかいいなってなったんだって」


「……後輩の面倒を見るのは先輩の義務だろう? なにがなんかいいんだ?」


「だからそういうとこ。そういうことに何の疑念も持たないところがいいの」


「いいのか?」


「……少なくとも、秋田さんと私はいいと思う」


 顔を赤らめて視線を逸らす志穂。

 そうか、志穂はそんな俺をいいと思うのか。


 ならばこれからも、積極的に後輩の世話を見ていくことにしよう。

 志穂が惚れる俺ならば、きっとその俺は良い俺に違いないのだから。

 志穂の目に、俺はいつだって全幅の信頼を寄せているのだ。


「とにかく!! ちゃんと返事はしなよ!! 勇気出して告白したんだから!! 女の子の一大決心に誠実に応えられない男なんてサイテーだよ!!」


「あぁ、分かっている」


「……言葉もちゃんと選びなさいよ。女の嫉妬は怖いんだから」


「心配してくれるのか、志穂?」


 もはや俺が秋田さんにどういうかまで志穂には分かっているらしい。

 あとくされを心配してくれる幼馴染。そんな彼女に俺は微笑む。

 すると、うぁあぁと、もどかしそうに狐色の髪をした少女は声を上げた。


「もう!! いっそ彼女造っちゃいなさいよ!! 洋太ってば、マニアックに女性からモテるんだから!! 気を揉むこっちの身にもなってよね!!」


「……すまない」


「秋田さんいい人じゃん。大和撫子タイプっていうの。間違いなく美人だし。OKしちゃえばいいのよ」


「いや、俺は付き合うなら志穂がいい」


 子供の頃から何度も言ってる。

 彼女に何度も言い聞かせてる。

 そして志穂もまんざらでもない。

 今日だって、顔を真っ赤にして俯いている。


 けれども決まっていつだって――。


「だから!! そういうとこ!! だってばぁっ!!」


 俺の告白は失敗するのだ。


 何故だ。

 こんなにも俺たちは相思相愛のはずなのに。


 分からない。

 やはり自分のことが分からない。

 自分の何がダメなのか分からない。


 志穂ならきっと分かるのだろうけれど、それを聞くのは――。


 流石に野暮ってものだろう。

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