第11話 太陽

「ルーサー、飯。」

ルーサーも今日は朝から仕事なのに中々起きずにいるので、珍しく大きな声を出す。

「うううん…。」

うううんじゃねえよ。ガキか。起きろ。

朝日が眩しい。ルーサーは朝のニュースが好きだからテレビを付けていないと怒るが、お天気お姉さんも梅雨明けを発表していた。

「ご飯ほかほかだぞ〜、目玉焼き半熟だぞ〜。」

「俺は半熟苦手だぞ〜…。」

そういえばそうだった。もうしばらく一緒に住んでなかったのでルーサーの好みを半分近く忘れてしまっていた。

ルーサーのスマホにエレナから着信がかかっている。

「ルーサー!エレナから!連絡!」

すると目にも止まらぬ速さで机の上のスマホに転がり込んでくる。…最初からその速さで動けよ…。どんだけ娘大事なんだ、俺のことは放ってるくせに。

「エレナ!?どうした、朝早くに!」

「お父さん?あ、そっか、時差的に朝早いか〜、もう8時くらいかと思って電話しちゃったわ。」

妹よ…。8時でも早いぞ…、しかも朝に電話してくるな…。

「あのね、披露宴の日にちが決まったから教えようと思って。」

それを朝に言うのな…。

「10月の、10日になったから!」

「おお!覚えやすい!よくやった!さすが我が娘だ!!」

やかましいな…。どんだけ親バカなんだよ…。

「お兄ちゃんにも来てねって言っといて。」

行きます。即刻。絶対に。

「ルーサー、行くって伝えといてくれ。」

おう、と軽く返事をするとルーサーがその旨を伝えてくれる。

「いやぁ、エレナの披露宴楽しみだな〜。」

「…ていうか全員アメリカ人で俺アウェイ感すごいんだけど。」

「お前も血はアメリカ人だ!住みは日本だけどな!」

それが嫌なんだって。

結局ルーサーとエレナの電話のせいで2人してバタバタして、車に飛び乗った。

「そういえば、お前は今なんの仕事をしてるんだ。」

「…ちょっとした営業だよ。これが制服。」

「おお、制服か。」

ルーサーにも職業のことは話していない。ルーサーも似たような職業で働いていたが、だからこそ言いたくないのもある。

「…着いたぞ。」

まだ車が日本にないルーサーには、職場まで送り迎えをしている。ルーサーは英語教室を、オフィスを借りて子供相手にしている。俺には絶対無理だ…。自分の髪のケアすらできてないのに子供相手なんて無理だから。

俺は自分の職場に向かうことにして、車を走らせていると式場が現れる。

…エレナももう時期結婚式か…。俺は何に悩んでいるのか。それさえも分からないまま、人を傷つけたくないという理由で、別の方法で傷つけた。俺の場合極端な話、何をしても卑怯な気がした。あの状況で、夕に甘えたとしても、月を愛したとしても、さなを抱いたとしても。結局、俺は愛を知りえずに、変われないのかもしれない。


28にもなって、結局昔のことやこれからのこと、全部を考えて含めたら、元通りになってしまった。身動きが取れないまま変に平穏な日々を過ごして、エレナの結婚式の日を迎えてしまった。

ルーサーもエレナもたくさんの招待客がいるがほぼ外国人で本当に気が滅入る。俺は見た目だけだからな。

hi!とか話しかけられるからついビクっとしてしまう。その中でもルーサーは普段からは想像もできないほど流暢な英語を話している。おい…俺を置いていくなよ…。

その中でも日本人に近い見た目の人がいる。

「さっきの人、日本人?」

「一応アメリカなんだよ。髪も肌も日本人ぽいよな。」

へえ…。アメリカって本当に多国籍なんだな…。

「お前のことも息子さんか、と言ってたぞ。」

「は、そんだけ?」

俺への関心が薄すぎて笑いが込み上げてくる。

「あいつはお前より10個下の娘がいるんだよ。その子も普段は日本に住んでて親とは離れているそうだ。今日、来てるとか言ってたかな。」

「招待したの?エレナと関係ないんだろ?」

「いや、小さい頃に結構親しくしていたみたいだよ。その娘さんも中学までアメリカにいたからね。」

「名前は?俺エレナに仲良い友達いたとか聞いたことないけど。」

「んーなんて言ったかな。」

ルーサーのいい加減さには驚くが、いつものことだ。するとさっきの人が戻ってきて娘だよ、と紹介している。


俺は思わず目を見開いた。


ほら挨拶しな?と促す。


「Hi,I'm Tsuki.…」

英語で挨拶をしようとすると、ルーサーが慌ててありがとう、日本語で通じるよ、と弁明した。

「あら。お恥ずかしい、失礼いたしました。月といいます。本日はお招きいただき誠にありがとうございます。エレナさん、綺麗ですね。」

間違いなく月だ。だが数ヶ月見ないうちに目が逞しくなり、華やかなドレスを身にまとっている。ルーサーと話していてなかなか俺に気が付かない。

「あ、あの…月…俺…。」

気まずさ満点だったが、ここまで近くにいるのに避けるのも変だと思い、エレナの結婚式に来てくれたことへのお礼だけ伝えようとする。

「もりさん、お久しぶりね。」

「お、おう。エレナの結婚式、来てくれてありがとう。」

「エレナ、少し見ない間に結構変わったわね、すごい綺麗になった。」

どの口がいう。それはお前だろ。妙に逞しくなって俺の事なんか微塵もいらない目をしている。

「なんだお前、月さんと知り合いなのか。今度小説を出版するそうだよ。」

あんな拙い文章だったのに。親の力か何かか…?と失礼なことを思ってしまう。

「やだお父さん、本をだすだなんて。少し出すけどそんな一般の方が手に取れるほど立派なものじゃないし、大々的なものでもないの。もりさん、脅かせてごめんなさいね。」

「いや…っ。」

もうこのくせは一生直らない。確信した。

「それより…一人暮らしは慣れたか…。」

「うん!すごく楽しいよ!料理そんなに出来ないけど、りゅーさんとかまるさんに教わるし。洗濯もできるようになったし、お友だちも出来たのよ!」

そうか…まあ…楽しいならよかった。

「今度、そのお友達と映画に行くの!とっても楽しみ!」

陰キャとかメンヘラって言ったら怒りそうだが、月がこんなに楽しそうに明るく話すのを初めて見たし、友達って誰だよ。作る機会あったのか。そいつ、変なやつじゃないだろうな。

「高校生の子だからほぼ同い年だし、元々私のドジで知り合った子なんだけど、すごい爽やかでいい子だから!」

「…名前は?」

「…あ!まだ聞いていなかったわ!」

はあ?…友達なのに名前も知らないのかよ。その友達が月のどこをいい、というか、一緒にいたいって思ったかはわからないが、月の人生の思い出を沢山作ったり、幸せになれるなら、その影に俺が居なくても、その方がいいだろうと思った。

気まずいとか思ってたのが嘘みたいに月はペラペラと話していたが、俺が途中から聞いていないことに気づき、それじゃあ、と簡単に去っていく。

俺が真剣に悩んでいたことが遥か昔のことみたいだった。


エレナと長谷川さんが登場して、両親への感謝の言葉を述べたり、エレナ、思い出のVTRとかプロジェクターに流れたりするが、俺は少ししかアメリカにいなかったため、登場することもなく、俺は本当にこのかわいい妹の兄なのだろうか…とか考えてしまった。

俺という人間は、どこの誰なのだろうか、とか哲学的なことをつい考えてしまいそうになる。

ルーサーの息子であるが、ほぼ一緒に過ごしたことは無い。月の理解者であるはずが、月はもはや俺はいらない。スーツを着ているが、代わりのきくただの営業マン。何者でもない、つまらない人間ということに気がついてしまった。それも、もう28になってから。

エレナの結婚式は出席して良かったし、写真も撮りまくったし、綺麗で最高だった。だが、写真をとる時も、はい、チーズ、とか言ってるのは俺だけで、途中から撮るぞ〜としか言ってなかった。

ただ虚しくて天井を見ながら寝転がる。今日の写真をスーツのままスクロールする。306枚。そんなに撮ってたのか。月も少し映り込んでたり、エレナとの2ショットもある。

次は月だね〜、とエレナに言われた時に少し照れた顔をしていたのが妙に脳裏にこびりついている。月に恋人がいても、もうじき結婚だろうと、俺には何も言えない。言う権利なんかない。

そう思うと急いで床にうつ伏せになる。

雫はカーペットにしみていく。

「息子よ、風呂に入れ。」

何も知らないルーサーは平気で声をかける。

俺は顔を見られないように急いで起き上がりカーペットを座布団でさりげなく隠して風呂場に行った。



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