第10話 新天地
「りゅーさあん、歯ブラシって、梱包する〜?」
「…しなくていいよ?」
りゅーさんが可笑しそうに笑う。そんなに変な事言ったかな?
昨日もりさんと話をした。正直今でも実感がわかなくて、モヤモヤしてる。りゅーさんが持ってきてくれるご飯もいつもは美味しそうに見えるのに、窓から入る光で影がより深くなり、食べたら闇に引きずり込まれそうなうどんを見るのも辛かった。
「月。ご飯はきちんと食べなさい。」
「…あら、ごめんなさい、忙しくってなかなか手をつけてなかっただけなの、後で食べるわ…。」
目が腫れてほぼ別人になっているのに気づかれないようにりゅーさんと目を合わせられない。
「月。」
かなり大きな声を出される。驚いて肩がすくむ。
「…心配なんだ、食べてくれ…。」
「りゅ、りゅーさん…。た、食べるから!後でちゃんと!ご、ごめんね?私が悪かったわ…だから…えとお…。」
りゅーさんをナデナデする。肩をさすり優しくハグをする。
「ごめんごめん…食べるからね…。」
よしよぉし…と撫でているとりゅーさんも落ち着いてくる。
「…すまない…後で、荷物取りに来るから。俺こそごめんな。」
優しく撫でてくれる。それだけでぶわっと涙が溢れる。
「…ごっ。」
ご?とりゅーさんが首を傾げる。
「ごはん〜…たっべなきゃ〜な〜…。」
不自然な歌をりゅーさんは切なそうに見つめている。
大丈夫。大丈夫だよ。私、生きてかなきゃ死んじゃうもん。生きるしか、ないんだもん。
「りゅーさんは…ここに残るのよね…?」
「…そうだな…俺は高卒でここに就職して、月の親御さんにもお世話になって、まだ数年しか経ってないからな。このホテルのためにまだできることをしたい。」
りゅーさんは私と少ししか年違わないのにしっかりしてるな…。
「私、りゅーさんみたいになりたいな。」
「ラブホテルのホテリエか?」
「ううん、小説家になりたい。後は足りないお金はバイトする。」
「バイトは何するんだ?」
「うーん…思い当たらないな…。」
りゅーさんはそうか…といい、暫く考え込む。
「じゃあ…ここでバイトしろよ。受付として。住むのは1人で住む。それでどうだ?」
少し驚いて目を開く。
「な、なるほど…そういった考えはなかったわ…。」
「全くの新天地だと違和感あるだろ?だから、ここには少し関わるくらいの方がちょうどいいと思うぞ。」
あまりもの名案に少し元気が出る。
「ありがと、りゅーさん。私、頑張るね。」
軽くほっぺにチュッとするとりゅーさんは怒る。
「…お前なあ、いくら親御さんが外国の方だったからってそのくせ直した方がいいぞ?」
「ごめんなさい…私なりの愛情表現だもの。」
「片言で話すのも治ってきたよね、よく日本語習得したよ、月は頑張り屋さんだね。」
「ふふん、褒めて褒めてえ。」
嬉しそうに手を握ってブンブンするとりゅーさんは早くご飯食べろとあしらってきた。
「後で食器持ってくね。」
笑顔を見せた私に安心して、じゃっ、と去っていく。
しばらくして荷物をまとめると、りゅーさんがまるさんと管理室で話していた。
「月も自立か…。」
「あの子、昨日色々あったみたいだけど、大丈夫なの?」
「昨日?」
「ええ…なんか、裏玄関で男の人と話していたけど…。私は一応母親代わりだけど、月はあんたに心開いてるみたいだしあんま関わらんようのしとるけど…。」
「まるも、同じ女の人として、たまには月を気にかけてやってくれ。俺じゃ役不足もあると思うんだ。」
…まるさん、昨日のこと知ってたんだ。
「まるさん…。」
そっと食器を持ったまま管理室に入ると2人して驚いている。
「私…その…昨日、色々あったけど…生きていかなきゃいけないし、辛いことに引きずられてちゃいけないって思った。りゅーさんも、まるさんも、私の事心配してくれる人が沢山いるって気づいたの。ありがとう、りゅーさん、まるさん。」
2人は切なそうに私を見ている。実のとこ2人は本当に私と大して年が変わらないのにとってもしっかりしている。いつも頼りにしてしまっていて、まるさんには恥ずかしくてなかなか本心を出せずにいたのに、いつも心配をかけていたと思うと、嬉しくて、悲しくて、まるさんにそっと抱きつく。
「まるさん…引越しはしちゃうけど、毎日ここに来るね…?大好き、ありがとう。」
ほっぺに軽くチュッとするとりゅーさんはまた怒る。今回はりゅーさんにしてないじゃない…。
「だ、誰にでもするんじゃない、誰にでも…。」
りゅーさんっていい人だけど難しいわね。
1週間して、引越しをした部屋に来た。
広くて、家賃も高そうだけどりゅーさんが大丈夫だ、と言っていた。小説家になりたいと豪語したもののどうしたらいいかわからず色々本を買ってみる。
「難しい…やっぱり豪語するんじゃなかった。」
店員さんも色々気を使ってオススメをしてくれるがとりあえず、帰ります…と出てきてしまった。
新しいことって難しいし、大変だし、慣れるまで不安も大きいなあ…。
りゅーさんやまるさんもうちのホテルに来てくれた時はこんな感じだったのかな…。
「あっ…すみません。」
本屋さんを出ようとしたら女の子とぶつかりそうになる。
「い、いえっこちらこそ…。」
ぶつかったときに赤本が落ちてしまう。
「…!あら、大学受験?すごい。」
「いえいえ…合格するかもわからないすから…。」
ちょっと細くて、目の下にもクマがうっすら出来ている。
「じゃ、じゃあ…お気をつけて。」
体調を気にしつつ、手を振って去ろうとした時に相手の子の服が汚れていることに気づいた。
「…!私ったらごめんなさい!お、お洋服が…!」
「…へ?ああ、こんな泥くらい大丈夫すよ。高い服でもないすし。」
謙遜だ。めったに手に入らないブランド限定の服。私も好きなブランドだった。
「ダメですわ。私のせいよ…私の家、すぐそこなの。お時間とらせませんから、お洗濯させてください。」
女の子はしばらく迷っていたが、
「じゃあ…あなたの家で勉強させてください、家だと居心地悪くて…。」と言った。
「どうぞ…。」
家にあった取り置きのお茶で悪かったけど、なにも出さないよりはと思い出す。
「あ、あざっす…。」
「お、お菓子は何が好きかしら…?」
「え。ああ…く、くっきー…とか?」
明らかにうちの棚にあったのが見えたからか気を使ってくれる。
「どうぞ…。」
勉強の邪魔にならないよう、しばらく黙っていたが、相手から口を開く。
「おねえさん、賢いですか…?」
「べ、勉強の質問なら答えてあげられませんよ…?私、ある意味外国人ですし、高校しか出ていないので。」
「おねえさん外国の方なんすか!?どこの方です?日本語上手だから気が付かなかった。」
「はい、両親ともアメリカなんですけど、髪も黒いし、肌もベージュですから、気が付かれないです、いつも。」
「そうすか…。」
そこからまたしばらく沈黙が続いて、相手の方からまた喋り出す。
「私、学力的にも、人間的にも、賢くなりたいと最近思ってます。」
「わ、私もです…!」
「本当すか?まあ…なかなかなれないすよね。」
「はい…。」
お互い会話が続きそうでなかなか続かない。当たり前だ。お互いなんだか訳ありっぽくて聞けることがほとんどない。
洗濯もピーっと終わりを告げ、乾かすことを口実に洗濯機に逃げてきてしまった。
「…干しておきますね、日が強いのですぐ乾くと思いますけど。」
「あ、あざっす…。」
今思えば、クリーニング代だけ渡して帰ってもらえば良かったな…と思ったがもう手遅れだった。
「あなたは…恋人とかいないの?」
「わ、私は…モテやせんし、この間とんでもねえ恋人と別れたばっかすよ。」
「あらまあ…でも…素敵な人だったんじゃないかしら。あなた、とっても素敵だもの。お世辞じゃないわよ?」
わかってるっすよ。と女の子は笑う。
「…勉強もそう、親もそう、恋人もそう。辛いことがないとは言えないすけど、絶対もう後ろ向かないって決めやしたんで。」
「強いのね…羨ましい。」
私はまだそうなれてない気がするの…。
そんなこと言ったら女の子に気を使わせてしまうわね。
数時間して、服もかわいて、私がうたた寝をしているうちに、女の子はいつの間にか家から出ていた。
名前くらい聞けばよかったわ。また会うこともあるかもしれないし。出会いって大切だもの。寝ちゃうなんて、私ったら本当にだらしがないわ。
机を見ると書置きがあった。
"ありがとうございました、お茶もお菓子も美味しかったっす。おねえさんも、幸せになれるように、一緒に頑張りやしょうね。また、会える日まで"
本当にクールなのに素敵な子…。
書き置きを指でなぞって、大切に、カンカンに入れた。
カーテンから風が吹いてきて、下の階からは元気な女の子の声が聞こえる。あのときの私みたいに、また元気に笑える時が来たらいいな。
心からそう思った。
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