第6話 ベッド

「ルナ…と言います、よろしく、お願いします…。」

「ルナちゃんか〜かわいいね、こっちおいで。」

ゴツゴツした手が蛇のように自分の体をはう。

やめて。もう、やめてよ。私はこんなこと、したくないよ…。ベッドに倒されて、キスしすぎでただれそうな口が開かれくっつかれる。

ルームキーが突然あき、彼が駆けつける。

「おい、ルナから手を離せ。俺の女だ。」



現実味無さすぎるストーリーに、俺も月もこうべを垂れる。

「月…これは…。」

「み、皆まで言うなってやつですよ。」

俺の"ダメだこんなストーリー"っていう顔に少し傷ついたようだ。


603は今日もきれいで、りゅーさんもご飯を持ってきてくれて、何も無い日は暇つぶしに、甘々のラブストーリーを書く。悲劇的なヒロインを助けに来てくれるの。もりさん、何してるかなって思いながら、この隔離された欲にまみれた部屋で1人過ごすの。どうせ誰も来ないのに誰かを待つ。行動なんてできないから項垂れる。

こんな愚痴を月から聞いた。

「…俺は小説とかよくわからんが、今お前が言ってた愚痴みたいなことを書けばいいんじゃねえのか。」

「え…?」

「正直、甘々なストーリーより、誰も来ないってわかってるっていうストーリーのほうが引き寄せられるぞ。」

なるほど…と顎に手を当てる。

「もりさん、ありがとう。」

いや別になにも…と流す。


月は今は正直女性として清らかな生活は送っていないが、少し小説に手をのばして、素人コンクールの優勝を狙っているようだ。

「もりさん…ルナには、幸せが訪れるのかな…?」

「それはお前の好きにしたらいい。幸せなほうが心地いい人間もいるし、人間、腐りかけくらいが美味いんだよ。」

それは…遠回しに私が腐ってるってこと…?と聞いてくる月にしまった、と思った。何も腐ってるとまでは思ってないが、世間一般的には中々掴みにくい立場と性格をしているだろう、と思ってしまった。

「もりさん…私、いつかここを出るよ。」

急にはっきりした口調で話す月に目見開く。

「りゅーさんはお父さんじゃないし、両親はもういないから。別のことして頑張って生きていく。結婚もする。」

人間って決断を口にすると叶ったりするっていうのがあるけど、(言霊…って言ったかな…)月のそれもまた叶うような気がして、心から応援してやりたいと思った。

「…もりさんは、前話していた子と、その…したの…?」

「…?あ〜、いや、してないぞ。あいつまだ18っていうのもあるし、俺と恋人とかじゃないし。」

少し驚いた顔をしつつそっか、という。…いや、俺のことどれだけヤリチンだと思ってるんだよ。無理もないけど。

月がベッドに腰を下ろす。

「もし…もりさんが私の事好きになってくれたら、ここじゃない、別のベッドで、私の事、抱いてくれる…?」

純粋すぎる真っ直ぐな好意にどうしても嫌な気はせず、むしろ嬉しくて苦しくなっただけだった。

なんだお前、B専なのか…?俺はたしかに目の色だけはきれいだけど、他は平均以下だし、B専とか思ってるのも世の男に失礼かもしれない。C専だ、C専。

相応しいかどうか、一緒にいたいかどうかは相手が決めることで、口を出すな、と月に怒られたから否定とか拒否もできなくて困っている。そういうこっちの身にもなってくれ。たしかに、言っていることは間違ってはいないが、本当は足りないと思っているこっちのほうが苦しくてみっともないって劣等感に駆られていることを知って欲しい。美人のお前にはわからないだろうが。

こんなようなことを月に言ってもイマイチピンとこないのだろう。悲しい運命に満ち溢れた世の中だ。


「…なあ、なんかさ、俺から言うのも変だけどさ、お前そんなに美人なのに俺の恋人になりたいわけ?」

「…?顔は関係なくないですか?」

「いや、あるね。重々に。」

月は首を傾げイマイチ納得いかない、という顔をしている。

「…その、付き合ったら、俺に抱かれるんだぞ?嫌だろ。」

「嫌だったら告白なんてしません。」

そんなにはっきりした口調で言われるとゆらぎそうになる。

「でも、ひとつ言えるのは、私は好き同士じゃなきゃ、嫌です。」

そうじゃなきゃ気持ち悪いです。と、ぼそっと付け加えた。ベッドのシーツの皺をささっと撫でてなおす。りゅーさんが洗濯はしてくれるけど、やっぱり気になっちゃうのよね、途中で。

そんな独り言を俺は大して聞くことも無く、ふーん。と答えた。

月の髪の毛、白い肌、初めて会った日と同じ白いワンピース。

誤魔化し方が下手で、やっぱりまだ若いんだなと感じる。

月の肩をとんと押す。

月は驚いて綺麗な目を丸くする。

「も、もりさん…?」

起き上がろうとする肩をベッドに押し付ける。月は、いっ…と言う。ちょっと痛かったのかもしれない。

まだ話そうとする月の口を無理やり塞いでもう一度軽くする。首をなぞるとふいに声が漏れる。聞いたことない、月の女の声だった。舌を入れてゆっくり掻き回す。その間も月は状況を半分受け入れ、半分拒んでいた。いつも目を閉じる俺でもリアクションが見たくてちょっとずつ目を合わせたり一旦離れたりを繰り返す。

「もりさっ…」

唇を噛む。そんなこといくらでもやられてるくせに初々しいリアクションをする。

「意外と足たくましいんだな。」

言われたくないであろう言葉を平気で言ってしまう。月なら許してくれるだろうと思っている。好きなように触っているうちに月も多少抵抗してくるが、やっぱり力は一般的な女より弱い。目を盗んでちらっと下着を見るともう湿っているのが明らかだった。

…このくらいにしてやるか。

「もりさん!!」

髪の毛を振り乱して半分以上脱げたワンピースを指でつまみ上げながらこちらを見る。

「…どうだった、俺はこういうやつだ。こういうことをされても、好きになってからしか抱かれたくないとか、俺がいいとか、思うか?思わないだろ?」

実験のつもりだった。単にちょっと真意が気になった。

「っ…ひどい…。」

月の性格なら、ファーストキスはもっとロマンチックが良かった、とか言うんだろうか。

"ひどい"の3文字の中にどういう意味が込められているのか、考えるのも面倒で、ただただ立ってしまったこの下半身をどうしてくれるんだ、としか今は思えなかった。

「…私、"お客さん"と話してて、ちょっとわかったの。」

深呼吸して、考えをまとめている。

「あなたが私を好きじゃなくても、どうしても抱かれたいと思う時がある。…でもそれは、"お客さん"と同じ立場になっちゃう気がして…そんなの、絶対嫌だ…。もりさんは、特別なの。」

「…いいんじゃねえの、自分の考えを曲げないのも大事だぞ。」

「…なんで途中で辞めるの…。」

やめろそんな目で見るな…俺はそういう目に弱いんだよ…。

「もりさんのせいで…私収まりそうにない…。」

やめろやめろ…言葉責めはセコいぞ、月。

「…じゃあ…今回は月の自己責任だ。したいならしろ。俺はいつでもしてやる。でもお前が前、自分で言ったことを通したいならそれもお前の自由だ。好きにしろ。」

言い終わるや否や月が俺にくっついてくる。

「ごめんね、ごめんね…。」

セックスするときに謝られたことは無い。意志の弱い自分に言っているのか、はたまた好きでもない女を抱く俺に謝っているのか、もうどれでも良かったし、多分全部だった。

色んな男とセックスするうちに、

男の辛い顔、とやらを見てきて傷ついたこいつは、俺なんかとセックスしてて大丈夫なんだろうか?とも思うが、俺は傷つく要素もないので多分大丈夫だ、と勝手に自己完結した。

月が弱々しい腕力で俺を引き寄せ上に塞がろうとして腕を震わせている。無茶しなければいいのに。一旦抱き寄せてから形成逆転する。

「あっ…私が上に乗りたかったのに。」

「なにお前、俺のこと気持ちよくできるわけ?」

「できません…。」

虚しい声が広い部屋に響く。カーテンが緩やかにセッティングされているベッドは本当にお姫様が寝る部屋みたいだったが、月の華やかさに比べれば、むしろ部屋が劣るくらいだった。

「はーい、ごろーんってしようね〜。」

「年下だからってバカにしてるでしょ。」

「心外だな。してねえよ。不器用だとは思ってるけど。」

それ以降黙ってしまった月の隣で綺麗な髪の毛を優しく撫でながら顔をずっと見ていた。俺にしては珍しいし、スマートなセックスではないが、月が俺に抱かれるとどういう顔をするのかしっかり見ておかないと、しばらく月とセックスはできない気がした。

「も、もりさん…」

「なんだ。」

「わ、私ね…耳が好きなの。」

「お前もなかなか積極的だよな、驚いたわ。」

しばらくゆっくり探りつつ舐めると月は体を震わす。耳が好きとか言ってたくせに結局どこを触ろうが悶えている。なんだよお前は。いつの間にか女っぽくなりやがって。何人に抱かれてきたんだよ。

俺はなんだか悔しくて、今までのどんな男よりいいセックスをしてやる、月のことを1番わかってるのは俺だ、と思いたかった。

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