第4話 鏡
天を仰ぐ。
あー、今日何曜日だっけ。
…仕事!!!
やばいとか言うもんじゃない、もう8時半。ここまでくるともう休んだ方がいいくらいだ。ほら焦って事故に遭っても良くないし、医者代かかっちまうし、とにかく連絡を…!
そう思ってスマホを見ると、今日が日曜日だと表示されている。
あー…はい。
スーツを着ていたのにゆっくりと脱ぎ始める。
画面見たついでにメッセージを見る。
月と夕たちと知り合ってから、まさか俺がメッセージを毎日確認する日が来るとは思ってなかった。
アポイントメントなんて取らなくていいけど、急に電話とか入れてくるもんだから焦るんだよ。
確認すると、やっぱり連絡が入ってて、思わず目を見開く。
"もりさん、デートしたい"
急だな。
"いつ?"
"今日か明日"
また急。
ここまでくると笑いすら込み上げてくる。俺はどんだけ暇だと思われてんだよ。どうせ今日暇か。
"ええよ。何時だ。"
"11時にエレベーター前"
いいけど、エレベーター効果で泣くなよ?とからかったら怒られた。
11時に行くともう夕は待っていた。ショートカットにした髪の毛はさらさらとなびいているが、服がいつもの感じと違う。
「もりさんおはよ」
フランクに話しかけてくる。前よりは元気そうだ。
「よう、おはよ。どうした、今日はそんなフリフリした服きて。」
「私まだ18だよ?良くない?別に」
悪いなんて言ってねえじゃねえか。
「…で?今日どっか行きたいとかあんの?」
「…?いや?ないよ?デートしたいだけ。」
お前ら…会いたいだけだの話したいだけだの。もうちょっと欲とかいうものはないんかいな。
「強いていえば…ん〜…。」
そう夕が唸っているうちに、曇り空が急にどす黒くなり、あまつさえ雨が降り出す。
「…!おい、雨降ってきたぞ。こっち来い。」
雨宿りをしていると、夕が口を開く。
「親にさ、1回相談してみようと思う。」
水商売のことだ。
「…おう、いいんじゃね。」
「やってきたことが全部ダメだったとか無駄だったとは思ってないけど、やっぱり、普通の生活がしてみたい。」
夕だって18だ。来年には大学生になって、一般的な生活を送るのも悪くないはずだ。
「…おう、いいじゃねえか。」
「参考までに聞きたいんだけど、もりさんってなんの仕事してんの?」
「それは内緒だ。」
内緒、とか女かよ。
「なんで…?言いたくないような仕事なの?」
そういう訳じゃねえけど。自分のことあんま話したくないんだよ。
「とにかく内緒だ。俺達はそこまで馴れ合っていい関係じゃないかもしれないし。」
「今日も迷惑だった?」
「そういう訳じゃねえけど。お互いの全部を知る必要はねえかなって思う。」
「…そか、難しい関係だね。」
そんな他人事みたいに。
夕がくしゃみをする。雨に濡れて髪の毛がぺしゃっとなっている。
イケメンだったらうち来るか?とか言って、風呂入れ、風邪ひくぞ。とか言えば、女の子もあ、じゃあとかなってそのままラブストーリーとかあるか知らんが、俺には無理だし、そんなキャラじゃない。
「今日は…お開きにするか?」
「うん…そうだね」
かっこわる。
まあ、30にもなってカッコつけようとか思わねえけど。
自分の家に帰って風呂に入っていると鏡がもう何年も掃除されていないせいでぼやけてみえる。
俺…どんな顔してたっけ…。
家にあるなけなしのバス用洗剤で少しずつ擦る。何分かして、結構綺麗になった時に、自分の顔の汚さに衝撃を受ける。
俺は…!あんな顔であんな美少女たちと会っていたのか…!?信じられん…。
驚きのあまり絶句した。というか、さなとかひじき女も驚きの顔だったのではなかろうか…。
髭も生え放題、目だけは明るい綺麗な茶色だが、正直髪もボッサボサだし、肌なんて、お前、何年洗顔してないんだ?みたいな顔だ。
急いで薬局に向かい、洗顔フォームを買う。ついでに夏に向けた消臭剤とか、良さそうな入浴剤まで買ってしまった。
休みにしかこういうことできないし、なんなら休みは女と遊んでたから全然自分のことに気が回ってなかった。
それから夕からも月からもなかなか連絡がこなかった。
夕に至ってはいらないこと、というか、わざわざ言う必要も無いことを言って傷つけたのではないかと思った。
夕にとっての幸せが何か、考えて話したつもりが逆に傷を逆撫でしたようだった。
謝った方がいいか…。
…今日はシフトがあるって言っていた。
16時までだった気がするが、今は14時。ダメもとでなにをしているかだけ聞いてみることにした。
"おい、今何してる。"
"今?バイトの休憩中"
"何時までだ。"
"16時だけど?"
俺なりの髪のセットとそこそこマシな服を着てスタンバイをする。ホームセンターまで行ってちゃんと顔を見て謝りたい。
傷つけたかったわけじゃない。お前がどうあるべきか、どうあるのが幸せか考えていただけなんだ。
15時50分くらいに着いて、夕を待っていた。ムシムシする日で、正直外には出たくない湿度だが、夕も頑張っているので我慢する。
通りすがりの親子がこちらをちらっと見る。
子供にいたってはちらっとを通り越して悪魔を見てしまったような瞳をしている。
「かずくん!見ちゃダメ!!」
小声で子供を注意し無理やり腕を引っ張っていく。すみませ〜ん…と言った感じで気まずそうに去っていく。
…まあ、子供から見たら前髪長いし、服装も大したことないし、背も高いから不審者に見えるかもしれない。
「やだ、あの人、誰か待ち伏せ…?」
「あんまり怪しいようなら声掛けた方がいいんじゃない…?」
「あんな出で立ちでいかにも怪しいわよね…、女の子を待ってるとかじゃないならいいんだけど。」
おばさんのそんなヒソヒソ話が聞こえてくるが、ヒソヒソがデカすぎて、最早俺への悪口になっている。
「あの〜…すみませんけど、あなた、誰か待ってるの…?」
正直鬱陶しかったが、無視しても余計状況が悪化するだけだろう。
「あ、はい…。ちょっと、知り合いを。」
「そうですか…。」
なんだよその怪しいヤツを見る目は。
「ここら辺、最近治安悪いんですよ、ごめんなさいね、お兄さんみたいな人見ると私たちもつい、ねえ?」
つい、ねえ?じゃねえよ。
「ほんと、そういうんじゃないんで。どっかいってもらえませんか。」
おばさんたちは渋々、といった様子でまだ遠くから俺のことを見ていた。
なにかしようものならすぐに通報してやろうっていう勢いだ。
仕方ないので隣のコンビニにでも移動しようと思った瞬間、夕が出てきた。
「もりさん!?待ってたの!?」
「よ、よう…。」
するとさっきのおばさんたちが駆け寄ってくる。
「酒井さん!?この人、知り合いなの!?」
「あー田中さん。そうですけど…。」
おばさんたちが夕の腕を引っ張って、俺から遠ざける。
小声で夕をたしなめ出した。
「夕ちゃん…?あの人はね、やめておきなさい。酒井家があんな人と関わっちゃダメ。格が違うの、わかる?」
夕は突然の出来事に顔が固まっている。状況が把握出来ていないようだ。
「あ、あの…わ、私は…。」
「とにかくダメ。親御さんに知られたら大変よ?やめておきなさ…
あの!!
夕が突然大きな声を出す。
いつもだるそうな声を出して適当に相手をあしらうのに。
あまりの衝撃に俺も、おばさんたちも、圧倒される。
「私は、大好きな、かっこいー彼氏と付き合いましたけど、ヤリチンだったんで、26のよーわからん女と結婚しやしたよ。だから、顔とか、見た目なんて関係ないっすよ。現に私は財閥に生まれやしたけど、敬語なんて未だに出来やせんし、淑やかになんて育ちませんでしたから!」
おばさんたちもしばらく黙っていたが、そ、そう…?わかったわ…と言って去っていった。
夕はくるっとこちらを見て、いやぁ、参っちゃいやすよね、大きい声出すと疲れちゃうんすよ。と言って、カカカと笑った。
「もりさんから誘いがあるなんて、珍しいっすね。」
「あ、ああ…。」
俺が謝りたかったことを、おばさんたちとの流れでなんだか解決してしまったような感じがして、余計言いにくかった。
「ほら、前…雨だったからデート途中だったじゃんか。」
「…?あー!あったね、そんなこと。」
…そんなことって…まだ2週間経ってないぞ。
「…どこ行く。夜景でも見に行くか。」
「いいの!?行きたい行きたい!!」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。夕はやっぱりまだ18歳なんだな、と思った。
車に乗せてしばらく走っていると、夕が口を開いた。
「ねえ…もりさんはさ、私たちの関係って、なんだと思ってる…?」
「そうだな…。」
しばらく考える。雰囲気に似つかわしくないロックがスピーカーから流れる。
「今は…その、相談したいこととか、聞いて欲しいことがあれば話は聞くが、夕がちゃんと自分の足で立って、話したいことがなくなっちまえば、俺も要らねえかなと思ってる。」
ふうん…。そっか…と、ホテルで女がよくする、どうでもいいときの返事をする。
普段余り見ない車内のバッグミラーに自分が移り、洗顔フォームも、入浴剤も、なにも効果をなしていなかったことに気づいた。
「離れた方がいい。」
無意識に発していた。
「…は?」
夕がかわいた声を出す。
「一緒にいちゃ、いけない相手だ。」
そう言うと、おばさんたちの話と違って、早くも全てを理解したような夕の
瞳が揺れる。
「鏡を、みたんだ。」
「鏡…?」
夕の声が震えている。
「俺はな、お前が思ってるほど、出来てねえ。」
自分でも何言ってるかあまり分かってないが、夕が珍しく理解力が高くて、ただ顔を伏せている。
「幸せになるのに、負担にならないことなんて、ありえないよ。」
鼻をすすっている。かつて聞いた、さなのすすり声と似ていて、同じことを繰り返す自分が嫌になった。
それでも俺は引かなかった。
「だめだ。」
そう言うと夕はもう諦めたように黙ってしまった。
「なんかあれば、言ってこいよ。話ならいつでも聞いてやるから。」
俺は最低な男だ。1番せこいやり方だ。
それをお互い分かっているから、逆に何も言えなくて、ただ苦しい顔が写し出されていた。
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