第3話 カーテン

月から連絡があった。

不在着信も2件溜まってて、どうやらそこそこ緊急のようだ。

"どうした、なんか用…

そう送ろうとしてやめる。

まあ、あいつならすぐ出るだろとか思ってかけ直す。

つっつっ…

何回か呼出音がなって、月が出る。

「…はい…。」

いつものゆっくりした、穏やかな声だった。

「さっきの不在着信、なんだ。」

「…?あ〜、あれですね、あなたに会いたいな〜話したいな〜って思っただけなのよ?」

「…は?別段用はないってこと?」

「…?はい、いけませんか〜?」

「いけませんっていうか…なんか待たせたわけじゃねえならいいわ。」

「今…お時間あります?森さんと話したいんです。」

時間がねえこともねえけど。この後夕と待ち合わせしてるんだよな。

「…あー、10分くらいで良ければいいけど。」

「今日も…するんですか?」

「いや、今日はほんとに違う。」

キャラ崩壊も甚だしいな。俺がこんなベラベラ話すなんてよ。しかも女とのセックス全力否定すんのもなんでだって話。

もう黙りたいぜ、と思っていたら、月も黙り込む。


体感20秒くらいお互い黙って、多分空をぼーっと眺めてる。月のスマホからも風のような音がする。

「好きな子でも…できた?」

「いやっ…」

なんでこんな食い気味に否定しなきゃいけねえんだよ。彼女でもねえのに。

嫌いな癖っていうのはやっぱり中々直らないみたいだ。

「もりさんが、誰かを心から愛せるようになるといいわね、応援してるわ。」

自分で言うのも変だが、思ってもねえこと言うんじゃねえよ。

適当に礼を言うと、適当は良くないよ?と怒られた。

みんながみんなお前みたいに女らしく、丁寧じゃねえんだよ。夕みたいなやつもいるし。

「他に話したいことないか?そろそろ家出るけど。」

「…もうちょっとだけ…。」

仕方ねえな。なにがそんなにいいんだか。

「月は…今日何するんだ。」

「男の人からのお呼出し。」

お前もなかなかだな。夕とほぼ同じ状況ってことだもんな。同じお呼び出しでもホームセンターとは大違いだな。

「まあ…その…変なやつには気をつけろよ。そんなことするやつ変なやつしかおらんけどな。」

月がまた黙り込む。カーテンをさっと閉める音がする。部屋に入ったみたいだ。

「私…。」

そういったぎり口を開かない。こいつは言いたいこと我慢しすぎなんだよ。


男が気持ち悪いって言え。

こんなことやめたいって言え。

しばらく、えっとね、えっと…と、月なりに考えをまとめているようだ。静かに口を開くと共に息を僅かに吸うような音がする。

「私…もう…やめたい…。」

ふう…っと薄い息を吐く。多分、本音を言う方が、誰かに悪いとか気を使うタイプだ。

「…こういうことをか。」

「やめたい…っ。」

おいおい、どいつもこいつも泣くな…。もしかして俺が悪いのか…?

いや、悪いのは俺を含め男だ。

「…私も…そろそろ行かなきゃ…。」

仕事という責務な以上、月が本気で逃げる必要がある。そうシンプルに思った。


夕がこっちこっち、と手を振る。

「もりさん、待ってやしたよ。」

「おう、遅くなってわりいな。」

この間よりは元気そうだが、パッと見結構痩せた気がした。

「お前…腕見せろ。」

「腕…?なんで。」

「いいから。」

7分袖をさっとめくるとやっぱりかなり骨ばっていた。

「おい、飯。」

「作ってきてないよ?」

「そうじゃなくて、今から飯行くぞ。」

「今、食欲無いんすけど。」

無理やり腕を引っ張って今にも倒れそうな足で必死についてくる。どいつもこいつも不器用なんだよ。寂しいなら寂しい、やめたいならやめたいって言え。死ぬぞ。


メニューを見るやいなや夕が口を開く。

「あのさ。ほんとに食欲なくて。食べれやいんだけど」

「いいから食え。お前死ぬぞ。」

「…へ、いや、死にはしないでしょう。」

「お前最近体重測ってないのか。かなり痩せたぞ。」

「とてもじゃないけど…食べ物食べる気しなくて。家にあるゼリーみたいなの、時々吸ってた。」

麻薬中毒者みたいに吸ってたとか言うんじゃねえよ。

「…俺だけ頼むから、1口でいいから食べ物口にしろ。」

俺が頼んだ和風スパゲティをくるくる回しながら恐る恐る、ゆっくり口へ運ぶ。

「…ん、ねぎ。」

ねぎが嫌いらしい。

「好き嫌いはだめだ。食え。」

「嫌いってわけじゃないけど…苦手。」

それもう嫌いだよ絶対、と思うと笑いが込み上げる。

「…?なんで笑うの」

「サバサバしているようで結構オブラートなのな。」

よく言われるようで少し照れながらまあね、とサラッと答えた。


少し顔色が良くなった夕と別れ、ちょこちょこ飯に連れてく約束をした。

あいつも早くいい男見つけろって話だ。

あー…疲れちまったよどいつもこいつも訳あり、というか難しいやつばっかだ。俺は遊びで女とセックスしてるから色んな女を見てきたし、変なのも沢山いたけど俺には関係なかったし、そいつがどうなろうとどうでもよかった。

でも月といい夕といい、ここまで関わった以上、正直無視はできない。


家に帰ると、食べかけのカップラーメンに躓いてつゆが足にかかる。

ちっ冗談じゃねえよたっくよ…と、思っていると全体的に部屋がめちゃくちゃ汚いことに気づいた。

「うわ…やば、俺…。そろそろ片付けるか。」

カーテンにもシミがある。だいぶ前にたまに部屋に来てた女が、花瓶の水をこぼした時に葉っぱのカスみたいなのが着いてそれが取り切れてない。それを取ってない俺もやばいな。こんな汚い部屋に花を飾って多少片付けていた女を改めてすごいと思った。

カーテンをレールから外しているうちに月のことを思い出した。

あいつ…今頃どこの誰だかわかんねえやつとしてんのかな…。

別に、お互い利益が一致してるんだし、その分も含めた金が払われてるんだから仕方ないが、だからって女がずっとやっていていい仕事とは思えない。そう思えるくらいには俺はまともなのかもしれない。

クリーニングに出している間、自分の部屋をいらないものを全部捨てて少しスッキリする。ネットで野菜や肉を注文し、来るまでの間の暇つぶしにテレビをつける。


屈託のない女の子の笑顔。ダンスをする小学生。高校生のアイスのCM。学園モノの再放送ドラマ。


俺達はいつからこんな風になったんだろうか。

月と夕はいつからあんな生活を強いられていたんだろうか。

ひじき女やさなも、あんな生活したくてしてるとは思えなかった。

そういったこと諸々含め、月の言っていたことが少し理解できるような気がしてきていた。


そう思いながらテレビを見ていたらいつの間にか眠ってしまっていた。

はっと目が覚めたときに電話着信が来て、さらに目が覚める。

画面を開くと月の名前が出ていた。

「もしもし!?」

思わず焦って電話に出る。

「…もりさん…今…お会い出来ませんか?」

「なんかあったのか?」

「何も無いですよ…ただ会いたいだけです。」

そこから話していてもどうしても引きそうになかったから部屋を出ることにした。

また左の603に来いということだ。ここまでくると逆に他の客が6と3を嫌い説がある。

コンコンコン、と3回ノックすると月がゆっくり…ゆっくりと扉を開ける。

「来たぞ?」

「うん…嬉しいわ、ありがとう、入って。」

よく見ると月はバスローブのままで、こちらをちらっと見ると濡れかけた黒髪がつるっと肩の後ろに抜けていく。

カーテンのある窓の方にすっすっ…と歩いていき、口を開いた。

「ここ…私専用の部屋なの。」

「…は?」

かわいた声が出る。

「…ふふっ驚いた?このホテルを経営してるのが私を育ててくれている人で」

血は繋がってないんだけどね…?と付け足す。

家にいてもあれだし、家賃がわり?みたいな感じでこんなことしてる。早く結婚でもすればいいんだろうけど、誰でもいい訳じゃないじゃない?

この部屋から外を見ると、いつも思うの。

私より幸せな子達が羨ましい。自由で、お金があって、普通のアルバイトをして。もっと、私にできることっていうか…別のことって、ないのかなって思ったりもする。最近はこの部屋からほとんど出てないし。


そんなようなことを独り言でぽつぽつと話した。

まるで月じゃないみたいにぺらぺら饒舌に話すから、話すのが苦手なんじゃなくて、前は単に緊張してたのかもしれない。

カーテンの側で座り込み、開けるのを辞めたようだ。

「もりさん…私、もう幸せになることなんて、諦めてるんだ。未来なんて…。」

「未来なんてどうなるかわかんねえぞ。」

月が首だけを綺麗に動かし、こちらをまん丸の目で見つめる。

「俺だって、

幼稚園の時はこんなヤリチンになるなんて思ってなかったし、

学生の時だって、もっと自分は頭いいと勝手に思ってたし、

大学の頃は留年するなんて思ってなかったし、

社会人になってすぐ親と音信不通になるなんて思ってなかったよ。」

月は、俺の昔の情報が沢山一気に出てきて飲み込むのに必死だ。

「あとさ…俺はお前に出会って価値観が少し変わるなんて思ってなかったよ。」

月がピクっと反応する。まさかこの話に自分が出てくるとも思ったなかったのかもしれない。

「まだ、完璧には変わってないけど、女の体のこと、愛するっつーのがどういうことか、少し考えるようになった。それは、他でもない、お前のおかげじゃねえの?ほんと、何があるかわかんねえ。だから…」

「簡単に、諦めるのはよそう、ってことかしら?」

そう、それだよ。わかってんじゃん。

ドアからベルが鳴る。あ、ご飯だ。と月がドアに駆け寄る。

「りゅーさん。ありがとう。」

「…大丈夫だった?ちゃんと食べるんだよ。」

ありがとう、と簡単にお礼を言うとりゅーさんは去っていった。

「今のが…?」

「うん、お父さんみたいな人。りゅーさんって言って、すごく、優しい人。」

まだ両親に当たる人達が優しくて安心した。飯もこうしてちゃんと食べているなら。

「…もー、りゅーさんいつも量が多いんだよな〜、もりさん、一緒に食べる?」

うどんセットみたいなやつだったが、そこまで多いようには見えなかった。

1口食うわっと言って窓を開けた。

カーテンから光が差し込んで、風でカーテンがなびく。

光で月が照らされる。

黒い髪が艶やかに見え、うどんの蓋を開ける月の顔がふいに色っぽく見える。髪を耳にかけてこちらをちらっと見る。

「1口…食べないの?」

見とれてた、なんて言えなくて、ああ食うよ。と一言だけ言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る