第57話 勉強会を開く冒険者

 激動のゴールデンウイークも終わり、いつもの生活に戻る。

 お父さんは昨日の夜遅くに単身赴任先に戻ったけど、なぜかウチよりも魔王と別れることを惜しんどった。

 若干魔王に負けたみたいでもやっとするわ。


『さて志保よ! ダンジョンへ行くぞ!』


 放課後に校門を出たタイミングで、元気いっぱいの魔王が電話を掛けてくる。

 思う存分オオサンショウウオ君グッズを買ってからというものハイテンション過ぎるやろ。

 どんどんウチの部屋が気色悪い物体に侵食されとる。

 が、毎度毎度そっちの思う通りになると思うなや。


「あー、悪いけどダンジョンには行かへんで」

『なに!?』

「いや、だって中間試験がもう直ぐあるし。今日からは放課後に美優のとこで勉強会するからな」

『むむむ……』


 勉強関係なら魔王が折れてくれるのはようわかっとる。

 下手な人間なんかよりよっぽど教育熱心やからな。


「というわけやから、試験終わるまではダンジョンには行かへんで」

『ぐっ……仕方あるまい。せいぜい佐竹美優から勉強を教わってくるといい』


 あれ?

 なんか魔王が失礼な勘違いしてへんか?


「なあ真中さん」

『なんだ』

「ウチと美優のどっちが賢いと思ってるんや?」

『当然、佐竹美優であろう』


 あー、やっぱりそうか。

 これはちょっと驚かせたろ。


「あんな真中さん」

『うむ』

「勉強会はウチが美優に教えるためにやるんやで」

『なんだと……』

「もういっぺん言うで。ウチと美優ならウチの方が賢いからな。勉強を教えるのはウチや」

『ガゴッ! ガダッ!』

「うわっ!」


 突然、魔王の側から大きな物音が鳴る。

 鼓膜を守るために慌ててスマホを耳から離す。

 一体なんやねん……。


「大丈夫か?」


 静かになったことを慎重に確認してから会話を再開させる。


『う、うむ。あまりの驚きにスマホを落としてしまった』

「これでもウチは文系ではトップクラスの成績なんやで?」

『そ、そうか……。すまないが電話を切る。少々心の整理が必要だ』

「失礼なやつやなぁ……」


 そこまで話して魔王が電話を切る。

 魔王の中でのウチはどないなイメージやったんや。


「ずーいぶんと長い電話しとったけど、どうしたん? やっぱりそういう関係なんか?」


 通話が終わったことを確認するなり、少しだけ日焼けした美優が絡んでくる。

 というか、そのジト目は止めて欲しい。


「ちゃうわ。これ以上いらんこと言うんなら勉強会やめるで?」

「それだけは勘弁してください! 助けて志保様!」


 マジなトーンで美優が地面に座り込んで足にすがりついてくる。

 はぁ、全くこの子は。

 なんで日頃は完璧超人ぽいのに勉強のことになるとポンコツなんや。

 ホンマ不思議や。

 真面目に勉強しとるはずなんやけどなぁ。


「ほな行くで」

「うん! 車来てるから早よ行こ!」


 そう言った美優は急に元気なって子犬のように走っていった。

 ウチも後に続いて、周囲の視線を浴びながらリムジンに乗る。

 もはや校門前で乗る分には慣れてしもうてるから無感情で淡々と乗車する。


「では出発します」


 いつものように佐智さんが運転席に座っとる。

 どうやらゴールデンウイーク明けにクビにはならんかったみたいやな。

 

「なあ、志保聞いてや」

「なに?」

「実はグアムでな……」


 美優が家族旅行の話題を振ろうとしてくる。

 これは明らかに楽しい会話に持ち込んで勉強会をお流れにする作戦や。

 が、毎度毎度そっちの思う通りになると思うなや。

 

「美優」

「うん?」

「時間も勿体ないし車内でも勉強しようや」

「え゛……」

「確か古文の助動詞の活用が不安とか言ってやろ。この前の小テストもイマイチやった見たいやし」

「そ、それはそうやけど……」


 美優が悲しそうに落ち込む。

 けどアカンで。

 ウチは心を鬼にせなアカン。


「ほら、あんなもん覚えたらしまいや」

「簡単に言うけどやなぁ! 佐智さんも難しいと思うやろ!?」

「私は志保さんの言う通りだと思いますけどね」


 そりゃ佐智さんは両親から美優の世話を頼まれとるんやから勉強させる派に付くやろ。

 そんなことも見ぬけんとは、美優のやつどんだけ嫌やねん。

 と、ここで美優が古典のノートをカバンから取り出す。


「ほ、ほな! 過去の助動詞『き』の連体形は!」

「それは『し』ですね」

「な、なら、希望の助動詞『まほし』の連用形は!」

「確か『まほしく』と『まほしかり』ですね。『まほし』の後に更に助動詞が続く場合に『まほしかり』を使います」

「ぐぬぬぬ……!」


 やる気出したのかと思ったウチがアホやった。

 何故か美優は佐智さんに噛みつき始めた。

 しかも、完璧に打ち負かされとるやん。

 というか、受験生でもないのに佐智さん凄すぎるやろ。

 それはそうと、ええ加減に勉強始めなアカンな。


「なあ、美優」

「うん?」

「ウチと同じ大学に行くんやろ? ウチは美優がおらんのは嫌やで?」

「よっしゃー! ほら、何をぼさっとしとるんや! 早よ問題出してや!」


 おお……分かりやすいくらいの回復やな。

 まあ、やる気出したなら何でもええわ。

 これでやっと勉強できるな。

 それに、美優と一緒に大学に行きたいのはホンマやしな。


 ―――――――


 試験まであと二日となった今日もウチは美優の家で勉強会をしとった。

 魔王も次の動画の研究をするということで大人しくしとる。

 しかし、ここやと佐智さんが色々と世話もしてくれるから、単純に勉強するにはええ環境や。

 日頃から自習室として利用したいレベルや。


「流されるままに連れてきたけど、やっぱり鈴木は帰さへん? 佐智さんに送らせてさ」

「佐竹……本人目の前にしてそれはないやろ……」


 今日の勉強会には特別ゲストとして我らが日本史のエース鈴木孝弘に来てもらっとった。

 というのも、ウチも日本史にはそこまで自信がないから美優に教えることが難しい。

 ならば、分かる奴を呼ぼうという考えや。


「まあまあ、日本史やるなら鈴木が一番ええやろ。鈴木、今日は頼むで」

「おう、まかせろ」


 昨日の夜に急遽連絡したんやけど、鈴木はノリノリで応じてくれた。

 まあ、そりゃ好きな子の家で勉強会なんて男子高校生にはたまらんイベントやろ。

 ただし、ウチも付いとるけどな。

 いや、だってウチも日本史で鈴木に質問したいし。


「で、掛田に聞くところによると佐竹は日本史の文化史が苦手なんか?」

「せやねん。絵画の名前とか、仏像の名前とか覚えられへん。しかも何時代の何とか文化とか知らんがな」


 何とか納得してくれたんか美優も鈴木から教わる姿勢を見せる。


「ふふふ。そんな佐竹のためにいいもんを作って来たぞ」

「いいもん?」

「これや!」


 鈴木がカバンからトランプくらいのカードの束を取り出す。

 その表面には仏像の画像と『釈迦三尊像しゃかさんぞんぞう』『飛鳥文化あすかぶんか』『作者:鞍作止利くらつくりのとり』という文字が書かれとった。


「なにこれ? え、いらんのやけど」


 美優が一瞬で興味を失う。

 まあ、確かにウチもその程度のカードめくりで美優が日本史を覚えられるとは思わんけどな。


「ふふふ……そんなことを言ってもええんか?」

「な、なんやねん……」


 鈴木が何やら怪しげな発言をする。


「これを見てみ!」


 そう言って鈴木は一枚目の釈迦三尊像カードを裏返す。

 なんと裏面にはタマネギを手に持ったウチの姿が印刷されとった。


「鈴木! な、な、なんやねんそれ!」

「これは俺が佐竹専用に開発した、日本史文化暗記カードや! 裏面には俺が掛田の動画から厳選した画像が印刷されとるで!」

「ふざけんなや!」


 何を勝手にやっとんねんこいつは!

 いくら何でもクラスメイトの女子の画像を集めるとかキモ過ぎるやろ!

 というか、一晩でこれ作ったんかお前は!


「いいや! 鈴木! あんたやるやん! ありがとう!」


 そう言って、美優は鈴木からカードを奪い取ると次々とめくっていく。


「ええ!? 美優、目を覚ますんや!」


 アカン!

 この流れはアカンぞ……。

 

「佐竹!」

「なに?」

「『一遍上人絵伝いっぺんしょうにんえでん』は何時代の誰作や?」

「それは槍を突き出す志保だったから……『鎌倉文化』で『作者:円伊えんい』や!」

「正解!」

「当たり前やん!」


 それからも鈴木の問題に美優が次々と正解していく。

 ええ……、ウソやん。

 あの美優が日本史を覚えとるやん。


「これで佐竹もバッチリやな」

「鈴木」

「なんや?」

「さっきは失礼なこと言ってごめんな」

「え、ええんや! 佐竹のためになったなら!」


 おう、何をデレデレしとるんや。

 ウチはこの恨み忘れへんからな。


「なあ、これ他の科目も作ってくれへん? 今回の試験が終わってからでええから」

「お、ええぞ!」


 美優に頼られて嬉しそうな顔しやがって。

 なんかちょっと嫉妬するやん。


「じゃあ、出来たらここに郵送しといて」

「え?」

「いや、カードなら勉強会に来んでもええやん。ウチは志保と勉強するし」

「ソ、ソウヤナ……」


 鈴木……。

 その、なんかごめん。


「じゃあ、志保。数学教えて!」

「お、おう……」


 結局、中間試験の日本史で美優は自己最高得点をたたき出し、先生から驚かれとった。

 ただ、先生に成績向上の秘訣を聞かれて「愛の力です!」と答えたことで、佐竹美優彼氏持ち疑惑が持ち上がって別の騒動になったけどな。

 ……美優ってホンマ男子に人気あるんやなぁ。

 そして、鈴木もけなげにカードを作成しとった。

 かわいそうやからカードの件は許したろ。

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