第56話 街に繰り出す魔王

 佐竹美優からの手紙に少々驚きはしたが、歴戦の強者つわものたる吾輩は既に回復し、昼食も無事に済ませたところである。

 

「いやー、まさか魔王が腰抜かすとはホンマおもろいわ」

「ふん」

「ごめんごめん。ねんなや」


 ベッドに腰掛けた志保が謝罪をしてくる。


「まあそんなことはどうでもよい。あと、吾輩は拗ねてはおらぬ」


 拗ねてはおらぬが、あの娘への警戒度は上げておかねばならぬな。

 佐竹美優……これからも要注意である。


「ふう……さて、では残り2日となったゴールデンウイークであるが……」

「あー、ダンジョンには行かへんで」

「なに?」

「いやだって、なんだかんだ言って、まだお父さんとまともに遊んでへんし」

「むむむ……」


 そう言われてしまうと吾輩としても弱る。

 この娘と父親はこうして連休の場合しか基本的に会えないのである。

 遊びたいという気持ちは理解できる。


「というわけで、今日は家でゆっくりして、最終日の明日は家族で出かけるからな」

「なっ! 吾輩はどうするのだ!」

「いや、だい大人おとなが女子高生に休日をどう過ごすか聞くなや……」


 せっかく退屈な魔王城から帰還したというのにあんまりではないか。

 もちろん、留守番をしながら動画を見て研究するというのも、十分にあちらの世界に比べたらおもしろい。

 だが、吾輩が当初想像したゴールデンウイークとの落差がありすぎる。

 本来であれば来月末に控えた人気投票に向けて、鎌田絵里を見習い連日動画投稿をしているはずであったというのに。


「はぁ……あ、せや」

「うん?」

「ほんなら魔王も出かけたらええやん!」


 これ以上ない名案を思いついたように元気よく宣言する。


「美優の誕プレ買いに行ったから道もわかるやろ?」

「道は問題ない。だが、出かけたところでどうするのだ」

「それは魔王が自分で考えてや。なんかおもろいことあるかもしれんで?」


 ふむ……。

 確かに志保の言うことにも一理ある。

 何の因果か偶然が重なって志保の手伝いをしているが、本来吾輩は退屈から逃れるために日本へ来たのである。

 なれば、ダンジョン以外の楽しみを見つけるというのも悪くないかもしれぬ。


「それにほら。追加のコーチング料1万円も渡すから」


 そう言って志保は財布から1万円を取り出す。

 受け取る受け取らないの議論は既に行ったので、ここは大人しく受け取る。

 なぜだか佳保殿と見たドラマのシーンを思い出す。

 確か夫が妻から小遣いを貰う場面であったはずだ。


「お前が妻か……ありえぬな」

「は? 何を意味不明なこと言ってんねん。慰謝料で1万円没収すんで」


 これ以上、不用意に発言すると本当に没収されそうなので口を閉じる。

 

「それにこれ以上腰を抜かす心配もないし、安心して街に行きや」


 静かになった吾輩を見て、何を勘違いしたのか優しく語り掛けてくる。


「どういうことだ?」

「美優は今日明日とグアムらしいで。ええなぁ……って、弾丸ツアー過ぎるやろ!」


 志保がひとりで何やら騒いでるがそんなことはどうでもよい。

 吾輩にとっての最重要情報の確認が大事である。


「なぜそれを早く言わないのだ! グアムがどこかは知らぬが、佐竹美優は日本にいないのだな!?」

「う、うん……」

「よし! では明日は街へ繰り出すとしよう! お前は家族で遊ぶと良い」

「どんだけ美優の手紙にビビってんや……」


 呆れたような声を出す志保を無視して、吾輩はあれこれと明日の予定を考える。

 さて、この金をどう使おうか。

 少なくとも、クレーンゲームでオオサンショウウオ君の残りをゲットするのは確定であるな。


 ―――――――


 雲一つない晴天。

 少々汗ばむ陽気。

 相変わらず行き交う大勢の人間ども。

 そして我が両脇には新たに仲間に加わるオオサンショウウオ君が抱えられている。


「ふっ……」


 念願であったクレーンゲーム景品全制覇を成し遂げ、嬉しさのあまりつい声を漏らしてしまう。

 だが、まだ気を抜くには早すぎる。

 吾輩には行かねばならぬ場所がある。

 昨日、志保に教わった地図アプリを起動する。

 スマホの画面に映し出された地図上には、吾輩を目的地に導くように線が伸びる。

 これまた原理は良く分からないが便利な機能である。


「ふむ。オオサンショウウオ君グッズショップはあっちか」


 期待に胸を膨らませながら、いざ第一歩を歩みだそうとしたときである。


「ねえ、あなた」

「なんだ?」


 背後から声を掛けられたので振り返ると、佳保殿くらいの年齢に見える女が立っていた。

 いつものように食事の誘いであろう。

 適当にあしらってしまおう。


「すまないが吾輩は忙しい。では、失礼する」


 女にそう告げて今度こそ第一歩を踏み出したときである。

 

「あなた、不思議な力を持っているわね」

「なっ!」


 返って来た衝撃的な言葉によって引き留められ、再び女に向き直る。

 吾輩の反応を見た女は少しだけ微笑んで見せる。

 まさか吾輩が魔法を使えるということをこの女は見抜いたと言うのか?


「な、何を言っておるのだ。不思議な力など持ち合わせてはおらん」


 兎にも角にも面倒なことにならぬようすぐさま否定する。


「そう隠さなくても大丈夫。私にはわかるわ。隠そうとしても隠し切れない。あなたからは溢れんばかりの力を感じるわ」

「お前の勘違いであろう」

「いいえ。勘違いではありません。それに、溢れる力の中に悪いものを感じるわ。まるで悪魔や魔物のような」

「なんだと……」

 

 この女は吾輩が魔法を持っていることだけでなく、魔王であることまで見抜いているというのだろうか。

 少なくとも、吾輩が常人ならざる力を持っていることを確実に感じ取っているようである。


「やっぱり悪い力を持っているのね」

「ならばどうする? 周囲に告げるのか? それともここで吾輩を仕留めるとでも言うのか?」


 非常に困った展開である。

 洗脳してしまうのがよいか……。


「そのような物騒なことはしません。少しお話しをしましょう。どうぞ、あちらの喫茶店に」


 こちらの反応を得るよりも先に女は指定した喫茶店へと歩き出してしまう。

 こうなってしまってはグッズショップは後回しだ。

 何としてでもこの女を抑え込まなくては。

 後について喫茶店へと入り、女と向かい合うように座る。

 女の隣の席には何やら大きな包みが置かれている。

 当然、吾輩の隣には新入りのオオサンショウウオ君たちを座らせる。


「さて、あなたの悪い力だけど、それで困ったことはないかしら?」

「ない」

「なるほどね。けど、いずれどこかで悪いことが起こるわ。その力はそういうものよ」


 一体この女に吾輩の魔力の何がわかるというのか。

 だが、妙に自信ありげに話すのでついつい聞き入ってしまう。


「そうならないためにも事前の準備が必要だわ」

「事前の準備だと?」


 吾輩の問いかけに女は隣の椅子に置いてあった包みを机の上に乗せる。


「それは?」

「これはね。側に置いておくだけで、日々あなたの溢れ出る力を吸収してくれるありがたい壷よ」

「壷だと?」

「ええ、その通り。ほら、これよ」


 大切な宝でも見せるかのように女が丁寧に包みを開けると、それなりに立派な壷が姿を見せる。

 むむむ……。

 少なくともこの壷からは魔力の欠片も感じない。

 それに、見た限りでは何らかの機器が設置されているわけでもない。

 

「見て、この壷凄いでしょう?」

「確かに立派な壷だとは思うが……」

「この壷を持っておかないと、あなたは近い将来に絶対に危ない目に合うわ」

「いや、しかしだな……」

「本当ならこの壷は100万円以上する高価なものなの。だけど、私はあなたを助けたい。だから半額の50万円で譲るわ」

「50万円だと!?」


 バ、バカな……。

 100万円の壷が半額の50万円だと?

 再生回数にして250万回分の値引きをしてくれるなど、この人間は正気なのだろうか。

 だが、そもそも吾輩の手元には1万円ほどしかない。

 この女の優しさをふいにするようで申し訳ないが断るとしよう。

 どのような危ない目に合おうとも吾輩であればなんとでもなるだろう。


「すまないが今は持ち合わせがない」

「ええ、そうでしょうね。いきなり50万円ですもの。大丈夫、分割払いもできるわ。だから、是非とも……!」

「ああ! こんなところにおったんか!」


 女がさらに畳みかけようとしたところで誰かが吾輩に呼びかけてくる。

 声の主を探すと、なんと三郎であった。


「おお、三郎ではないか。久しいな」


 まさかこのようなところで会えるとは思ってもみなかった。

 転移初日以来の再会である。


「そんなことよりほら行くで」

「どこへだ?」

「ええからええから。ほなオバハン、こいつは先約があるから連れてくで。ほら、早よその気色悪いぬいぐるみ持たんかい」

「う、うむ」


 何が何だかわからないまま、三郎に店の外へと連れ出される。


「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ!」


 背後から女の叫び声が聞こえるが三郎は無視して店の扉を閉めてしまう。


「なんなのだ一体?」

「『なんなのだ』ちゃうがな。あれはどう見ても詐欺や」

「なんだと?」

「ああやって不安を煽って、いらんもん売りつけてくるんや。壷とか水晶とか」


 ぐっ……吾輩としたことが……。

 またしてもこのように小賢しいことに引っかかるとは。

 魔力を絡められたため、ついつい信じてしまった。


「たまたまコーヒーでも飲もかと思って喫茶店入ったら、壷を売りつけられとるんやからホンマびっくりしたで」

「ふむ。三郎にはまた助けられたな」

「なに、ええんや。それよりも、今更やけど兄ちゃんの名前はなんて言うんや?」


 吾輩としたことが、この恩人に対して未だに名乗っていなかった。

 まあ、初めて三郎に会ったときには、まだ真中王太郎とは名乗っていなかったので仕方ないのではあるが。


「我が名は真中王太郎だ」

「王太郎か! ええ名前や!」

「そうであろう!」


 さすがは三郎だ。

 吾輩のネーミングセンスの良さを良く分かっている。


「ほな、俺はもう行くわ。王太郎もきぃつけるんやで」


 そう言って三郎は颯爽と立ち去ろうとする。


「待つが良い」


 そんな三郎を吾輩は呼び止める。

 このまま行かせてやるのが男としてカッコいいのかもしれない。

 だが、吾輩とて魔王としての礼節というものがある。

 二度も世話になったというのに褒美の一つも与えないというわけにはいかない。

 幸い、前回と違い今回は手元に礼をできるだけのものがある。


「なんや?」

「礼だ。受け取るといい」


 吾輩は右前足で自分の顔を掻こうとしているオオサンショウウオ君を差し出す。

 なんとも愛らしく、本日獲得したオオサンショウウオ君の中でもお気に入りの品である。


「え?」

「なに。遠慮せずともよい。また取ればよいのだ」

「お、おう。やけど気持ちだけで十分や。ほ、ほなな!」


 それだけ言うと、足早に三郎は立ち去っていく。

 全く。

 三郎の謙虚さは魔族にも見習わせてやりたいものだ。


「して奴は……」


 喫茶店をチラッと見ると女の姿は既にない。

 追跡することもできるが今回は見逃してやろう。

 吾輩にはもっと大切な用事がある。


「ふむ。気を取り直して、グッズショップへ行くとしよう」


 スマホを片手に再び楽園への道を歩みだす。

 こうして吾輩の初めてのゴールデンウイークは騒がしくも楽しく終わったのである。


 ―――――――


「こんな大量のグッズどないすんねん! ウチの部屋はオオサンショウウオ君の倉庫やないんやぞ!」

「ぐぬぬ……」


 帰宅するなり志保に説教を食らう。

 将来危ない目に合うという女の言葉は間違いではなかった。

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