第55話 色々と衝撃を受ける魔王

 志保が佐竹美優のところから帰還する日に合わせて吾輩も日本へと戻る。

 が、どうやら志保はまだ帰っていないようであった。

 魔王城があまりにも暇すぎて、急いで帰りすぎたようである。

 妙に肌がツヤツヤとしてテンションの高い佳保殿に迎え入れられた吾輩は、そのまま大志殿に部屋へと連れられていた。

 志保が帰ってくるまでディープな話がしたいとのことであった。

 吾輩も今回に関しては嫌々付いて行っているわけではない。

 というのも、魔王城へと戻る前、大志殿の所有する本の中に吾輩の知っている言語で書かれているものを発見していたからである。

 

「いや、まさか。この古代文字が読める人に会えるなんて思わんかったわ」


 鼻息荒く、とても興奮した様子で大志殿が語る。

 まあ、そう言う吾輩とて少々驚きと興奮を覚えていた。

 この世界に吾輩が今まで見たことがある文字が存在しているということは、何らかの形で吾輩の知っている他の世界とこの世界が繋がっているということを示しているのである。


「この書物は解読されていないのだな?」

「全く誰も解読できてへん。何が書かれてとるんか、何のために書かれたんか、一切の謎や。やから捏造なんちゃうかとも言われとる」

「それはない。現に吾輩が読める」


 他の物品はガラクタか訳の分からないものであったが、これだけは本物であった。

 大志殿の話ではこの書物は日本ではない別の国で発見されたもので、かなり古い石板にかかれていたものを模写したものだという。

 冒頭だけを読んだ限りでは誰かの日記のようであった。


「ほな、早よ解読してや」

「うむ。良かろう」


 ひとつ咳払いをしてから読み上げる。


『太陽が鐘九つで沈む月の20夜が過ぎた日。

 今日も今日とて偉いさんのために団扇うちわで風を送るだけの簡単なお仕事が始まったわ。

 いや、マジつれぇわ。

 親戚に紹介されて始めたけどほんとしんどい。

 腕とかパンパンだし、風が強いだの弱いだの文句を行ってくるし。

 もう辞めちまおうかな。

 けどまた仕事辞めたら親父が怒るだろうなぁ……。』


 最初の塊を翻訳し終える。


「ええ……なんやこれ……」

「端的に言えばぐうたら息子の日記だな」

「みたいやな……」


 内容が期待外れだったのか、大志殿が落胆した声を出す。


「も、もしかすると先に凄いことが書いとるかもしれへん! もう少し読み進めてくれへんか?」

「いいだろう」


 ページをいくらか進めてから翻訳をする。


『太陽が鐘八つで沈む月の14夜が過ぎた日。

 やっちまった。

 今月に入って皿を4枚も割っちまった。

 これじゃあクビだろうなぁ。

 まあでも、自分から辞めさせてくれって言わなくてもいいから楽かもな。

 実際には6枚割ってんだけどな。

 2枚は何とか隠せたわ。』


 結局こいつは団扇で風を送る仕事はやめたのか。


「こいつクズすぎるやんけ! そこは正直に白状しろや!」


 大志殿が過去の人間に対してツッコミを入れている。

 今更どうしようもないだろう。


「次に行くぞ」


 またもう少し進めてみる。


『太陽が鐘八つで沈む月の29夜が過ぎた日。

 なんか今日から工事が始まるらしい。

 王様の墓を作るとかなんとか。

 まあ、俺には関係ないから良く分からんけど。

 というか、工事に駆り出されないように仮病の練習しとこう。』


「おい! 仮病の練習ってなんだよ! っていうか、一番大切なのは王の墓の話だよ! なんでそこを書いてくれないんだよ! バカか! こいつバカなのか!」


 大志殿がキレるのもわかるが、仕方のないことであろう。

 現在の我々からすれば王の墓が考古学的価値のあるものとわかるが、この当時はそうは思わない。

 むしろ、王とやらが圧政を敷いていた場合には憎悪の対象ですらあるだろう。

 この日記の作者にとっては王の墓建設よりも休むことの方が価値があったのだ。


「はあ……はあ……これ以上はツッコミ疲れてまうから、最後の方を翻訳してや。ほんで今日は終わりにしよ」


 勝手に大志殿が疲れているだけのように思えるが……。

 ご要望にお応えして最後の方を翻訳する。

 ちょうど、最初の団扇事件から1年ほどが経過した辺りである。


『太陽が鐘九つで沈む月の11夜が過ぎた日。

 まさかあんなことになるなんて。

 こんなことになるなんて思いもしなかった。

 どうしてああなってしまったんだ。

 これではあれと同じではないか。

 どうすればよかったのだろうか。』


 大志殿がプルプルと震えている。

 ツッコミとやらを我慢しているのだろうか。

 まあ、我慢はできないだろうな。


「指示語ばっかりやんけ! 何があったんか全くわからんやろう! はあ……はあ……」

「今日はここまでにするか」

「ああ、そうしよ。ツッコミすぎて喉渇いたわ。なんか飲んでくる」


 そう言って大志殿は部屋を出て行く。


「ちなみに本当に何があったのだ?」


 その前の日の日記に目を通してみる。


『太陽が鐘九つで沈む月の10夜が過ぎた日。

 やべぇよ。

 先月から始めた王宮の警護中にマジでヤバいことしちまった。

 宝物庫の宝を盗もうとしたら運搬中に川に落としちまったよ。

 あれ確かダンジョンコアという名前の宝だったはずだ。

 宝物庫には2つあったな。

 なら明日にでも、もう1個も盗んじまおう。』


「なん……だと……」


 衝撃の内容であった。

 だが、考えてみれば当たり前であった。

 吾輩の知っている言語が存在した場所に、ダンジョンコアが存在しているのが一番自然である。

 この日記から推察するに、川に落としたダンジョンコアが海へと流れて海流に乗って日本へとやって来たということだろう。


「うむ? 待てよ……」


 今の話を前提として、もう一度指示語だらけの日記を見直してみる。


『太陽が鐘九つで沈む月の11夜が過ぎた日。

 まさかあんな(川に落とす)ことになるなんて。

 こんな(また川に落とす)ことになるなんて思いもしなかった。

 どうしてああ(川に落とすことに)なってしまったんだ。

 これではあれ(昨日落としたダンジョンコア)と同じではないか。

 (宝を手に入れるには)どうすればよかったのだろうか。』


 日本にダンジョンコアが2つ存在している謎が解けた瞬間であった。


「もしかして……」


 ダンジョンコアが古代のこの世界に存在していた理由が書かれているのではないかと考えて、書物を一応全ページ翻訳してみる。

 が、結果は不発であった。

 結局、あの部分以外は全て本当にただの日記であった。

 読んでるこっちが腹立たしくなるようなクズっぷりであった。


 ―――――――


 ダンジョンコアに関する情報は未だに大志殿には話していない。

 そもそも大志殿が書物への興味を失ってしまったのか、翻訳を依頼してこなくなった。

 やることもないので、志保の部屋でいつものように動画を漁る。


「ただいま!」


 志保の元気な声が家中に響く。

 どうやら帰って来たようだ。

 部屋から出て階段を降りて出迎える。


「戻ったか」

「うん。ただいま。あれ、お父さんとお母さんは?」

「大志殿と佳保殿は買い物に出かけた。帰って来るお前のために昼食を買って来ると言っていた」

「あ、そうなんや」


 状況を把握した志保は旅行の片付けをするために部屋へと戻って行く。

 何故か吾輩も付いてくるようにと言われたのであるが。


「どうしたのだ? 普段ならこういうときは部屋から出るようにと命ずるのに」

「まあちょっとな。それに普段から魔王に洗濯してもらっとるから服とか下着を見られるのは今更やし。いや、こういう状態の下着を見られるのは問題ないってだけで、ウチの下着姿を見るのは許さんで?」

「そんなことはどうでもいい」

「どうでもいいって……酷い……」


 グチグチと言いながら旅行バッグの中身を次々とタンスへと戻していく。

 佐竹美優の家で洗濯は済ませてもらったらしい。


「家事をしてくれるなら魔王やなくて佐智さんみたいなメイドが良かったわ」

「まあ、確かにメイドは便利だな」

「は? まさかメイドがおったんか?」

「吾輩を誰だと思っている。魔王であるぞ。それにメイドを雇うことは地位の高い魔族の娘の雇用創出にもなるのだ」

「なんやそれ……」


 仕方がないので志保に説明してやる。

 高位の魔族というのはプライドが非常に高い。

 そのせいで娘の仕事にうるさいのである。

 畑仕事などもってのほかである。

 よって、メイドとして雇っているのである。

 これによって、魔王城に就職して、魔王の側で働いているという肩書が手に入る。

 この辺の管理も魔王の仕事なのだ。


「やっぱり魔王は日本で企業経営するべきや。ウチなら絶対にそこに勤めるわ」

「だからそのつもりはないと言っているだろう」


 そもそも会社の立ち上げが吾輩ではできないだろうに。

 もちろん、詐欺グループを確保したときのように様々な人間を洗脳して情報を操作すれば可能であろうが。

 それだけの労力を使うやる気がない。


「話が逸れたな。部屋にわざわざ呼んだということは、吾輩に何か言いたいことがあったのではないか?」

「ああ、うん。そうやねん……」


 志保の動きが止まる。

 なんであろうか。

 その様子からかなり重大なことだとわかる。


「実はな。昨日の夜に美優と話しててな」

「うむ」

「うっかり魔王に下着姿を見られた話しをしてもうたんや」

「なっ……なんということを……」


 魔王たる吾輩の心臓の脈拍が上昇しているのを感じる。

 そして冷や汗を背中にかいているのがわかる。


「で、美優がかなりキレてました」

「すまないが吾輩は用事を思い出した。魔王城に帰る。300年後ぐらいにまた会おう」

「いや、待てや! そんなんウチ死んどるやろが!」

「当たり前だ! 佐竹美優が死んだことが充分に保障された期間の経過を待たなくてはならん!」


 これは一大事である。

 この世界に部下を呼び寄せるか……。

 あるいは魔王城を召喚するか……。


「とりあえず落ち着いてや。ほんでな、美優から手紙を預かったねん」

「手紙だと?」

「うん。美優の誕プレを買いに行ったときにウチを護衛してくれたお礼やって」

「ほう」


 なんだ脅かしよって。

 吾輩に対してキレていたというのも関西人特有のネタというやつだったのだろう。

 こうして感謝の手紙をわざわざ送ってくれるとは、実は良い奴なのかもしれんな。


「で、こちらがその手紙です」

「…………これが?」

「はい」

「感謝の手紙だと……?」

「はい」


 志保から手渡されたのは真っ黒な封筒であった。

 裏面には髑髏どくろマークの蝋封ろうふうがされている。

 誰がどう見ても感謝の手紙ではない。


「開けたら中に剃刀かみそりが入っているのではないだろうな」

「さすがにそれはないと思う。それやと間違ってウチが怪我するかもしれんから」


 判断基準が恐ろしいほどに明確だ。

 ふむ。

 少なくとも魔力の類は感じないので、呪いは掛かっていないようだ。

 まあ、この世界で魔法を使える者はいないのでその心配は不要か。


「では開けるぞ」

「ホ、ホンマに開けるんか?」

「もらった手紙を読まないのは失礼だろう。感謝の内容ならなおさらだ」


 吾輩自身に言い聞かせるようにして蝋封を開けて中身を取り出す。

 志保の言っていた通り、剃刀や虫の死骸などは入っておらず、折り畳まれた便箋びんせんが入っているだけであった。


「よし。読むぞ」


 志保の見守る中、便箋を展開する。

 びっしりと赤色のインクで文字が記載されていた。


『志保ノ護衛ニ感謝スル。乳ヲ見ザル態度モ敬意ヲ表ス。志保ノ下着ヲ見タナ。見タナ。見タナ。見タナ。見タナ。見タカッタ。見タナ。見タナ。許サン。許サン。許サン。許サン。許サン…………』


 こんな文書なのに己の欲望に素直とは恐れ入った。

 キレているというよりは吾輩に羨望しているのだろう。


「ひぃぃぃぃ! 怖すぎるやろこれ!」

「この程度なら良いだろう。佐竹美優がお前のことが好きだというのも伝わった」

「え、なんで魔王はそんなに平静なんや? ウチがおかしいんか?」


 これくらいは子供のいたずらであろう。

 そもそも、あの恐ろしい瞳を見ずに済むのなら手紙なんてどうということはない。


「ただいまー」

「帰ったでー」

 

 どうやら大志殿と佳保殿も帰って来たようだ。


「さて、昼食の準備を手伝うとしようではないか」

「あ、うん。せやな」


 志保と共に立ち上がって部屋を出る。

 ……共に立ち上がって。

 ……立ち上がって。


「魔王、何をしてんねん。早よ立ちや」

「た、立てん」

「はい? って、まさか美優の手紙で腰抜けたんか? ぷはははは! ま、魔王が! 女子高生の手紙で! アカン! おもろすぎるやろ!」


 吾輩にとっては笑い事ではなかった。

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