第54話 外泊を終える冒険者

 ゆらゆらと仰向けで水面に浮かぶ。

 昼食後ということもあって、全身の力が抜けて何ともええ気持ちやなぁ。

 ただ、あんな飯が毎日食えるなら幸せかもなと思ったけど、やっぱりお母さんのご飯が一番や。

 ちょっと恋しくなってしもうた。


「志保……結局昨日のお風呂とやってること一緒やん……」


 ちなみに今はプールタイム中や。

 そう、佐竹家には春先でも入ることができる室内プールが完備されとった。

 しかもウチのサイズにピッタリの水着が色々と用意されっとったから驚きや。

 遊びに来るウチのためにわざわざ用意してくれたんやろうなぁ。


「そもそもプールに入れるなら教えてや。そしたら昨日の風呂であんな恥ずかしいことせんでも良かったのに」


 今回は無視したという口実で襲われないようにちゃんと美優に反応する。

 

「いや、そんなん知らんかったし。昨日の風呂で、志保がプールに入りたいんやなって気付いたんやけど……」


 呆れ声を出す美優はプールサイドに座って足だけ浸けている。

 写真集の場面みたいで、なんとも絵になる姿や。

 うん、あれやな。

 水着になるとまた違った敗北感を味わうな。

 むむむ、こうなればこっちにだって考えがある。


「志保様に口答えするとどうなるか教えてやろう! このこの!」


 昨日とは逆にウチの方から美優に襲い掛かる。


「バッチコーイ!」

「えぇ……」


 が、やめとこう。

 なんかここで行ったらウチの負けのような気がする。

 それに、あの豊かなる丘を触ったら最後、ウチの全てが崩れ去る気がする。

 うん、やめとこ。


「何で止めるんや! さあ、志保! カモン!」

「さーて、ジュースでも飲もうかな。佐智さん」


 両手を広げて固まっている美優を放置してプールから上がる。

 室内なので意味はないが、雰囲気のために差しているパラソルの下では佐智さんが控えてくれていた。

 ビーチチェアまで用意してくれとる。


「はい。オレンジ、アップル、パイナップル、グレープフルーツ、ピーチがございます」


 さすがの品揃えだ。

 これ全部が市販品ではなく、果物から佐智さんが作ってくれるのだから贅沢の極みである。


「じゃあ、リンゴをください」

「承知しました」

「あぁん。志保ったら! 放置プレイというやつね!」


 こんな美優を見たらおじさんとおばさんはなんて言うんやろうか。

 ……案外面白がるかもしれへんな。

 人のことを言われへんけど、この家の父母も大概変なんだよなぁ。


「ほら、そんなアホなこと言わんと一緒にジュース飲も?」

「うん。そうする」


 美優もプールサイドから立ち上がって来る。


「お嬢様はいつものようにパイナップルですね」

「やだ! 志保と同じリンゴ!」

「はぁ。わかりました」

「ねえ。うちがお嬢様なんだけど。なんでうちに対して『承知しました』じゃないの? ねぇ?」


 こんなメイドを雇って一人娘の専属にしとる時点で、美優の両親が変人であることの片鱗が垣間見える。


「はあ、最高や……」


 ビーチチェアに寝転がってドリンクを飲む。

 洋画とかでよく見るシーンである。

 一庶民のウチがこんなことができるのも美優のおかげやな。


「ところで美優」

「うん?」

「なんで今朝ウチは下着姿やったんや?」

「あ、いや! その! な、なんでやろうな!」

「そんなに寝相悪かったんかな」

「か、かもな! あははは……」


 うーん。

 けど、今まで服を脱いだことないしなぁ。

 普段と違う寝床やからやってしまったんやろうか。

 謎や。


「志保は明日はいつ頃出るん?」

「朝ごはん食べて、昼前には帰ろうかなって思っとる」

「え、そんな早く?」

「そのつもりや。ほんで昼からはお父さんと遊ぼうかなって。実はまだお父さんとそんなに遊べてへんからな」


 魔王がダンジョンに行くとか言いそうやけど今回は却下や。

 というか、ゴールデンウイークの最初にオークのステータス取りに行ったばっかりに、待ち構えとった絵里ちゃんから勝負を仕掛けられたし。

 ……もしウチがゴールデンウイーク後半までダンジョン行かへんかったら絵里ちゃんはずっと関西におったんやろうか。

 まあ、おかげで絵里ちゃんとは仲良くなれたけどやな。


「そっか。お父さんと遊びたいんなら邪魔はできへんな。佐智さん、明日は掛田家の昼食に間に合うよう志保を送っていくで」

「承知しました。そのように準備をしておきます」


 真面目な場面ではちゃんと真面目に返事するからこそ、佐智さんは美優の御守を任されてるんやろうな。

 ふざけるばっかりやったらさすがにクビになっとる。


「そういえば、真中さんとはゴールデンウイークに遊ばへんの?」

「真中さんとはダンジョンによく行くからな」

「着替え要員?」

「うーん。それもあるけど、虫よけかな。美優の誕プレ買ったときみたいに」


 美優には魔王は親戚ということにしてるからな。

 ダンジョンのアドバイスを貰ってるとは言われへん。

 というか、下手に冒険者事務局の人とか言ってしまったら、佐竹家の力やったら簡単に真中王太郎が冒険者事務局に所属してへんことがバレてまう。

 家族に対する設定と美優に対する設定がちゃうのはややこしいな。

 ボロを出さんように気を付けな。


「あっ! そういえば、あの時のお礼を真中さんにまだしてへんかったわ!」


 虫よけの話をしたところで、美優が思い出したかのように声を上げる。


「あー、手紙書くとか言ってたやん」

「いやー、すっかりと忘れてたわ。ほな、今日にでも手紙書くから志保が真中さんに渡しといてや」

「ええで。切手代もったいないしな」


 まあ、その程度は佐竹家からすれば大した額じゃないやろうけどな。


「そろそろ上がろうか」

「せやな。ウチのためにプール開けてくれてありがとうな」

「え、なんだって?」

「だからウチのためにありがとうなって」

「うん? なになに?」

「わざとやろ……」

「だって何度でも聞きたいもん」


 放置して風呂にでも行こ。

 うん、それがええな。

 水着は佐智さんが回収してくれたんか、風呂から出たときにはいつの間にかなくなっとった。

 洗濯して返そうとおもってたんやけどなぁ。


「ふぅー、食べたわー」


 夕食と風呂も終えてベッドに潜り込む。

 隣には当然の権利のように美優がおる。


「はぁ。やっぱり明日帰ると言わずに、うちの庭に墓を建てるくらいおればええのに」

「その場合にはウチの将来の夫もここに住まわせてもええんやな?」

「はい? 志保と志保の娘だけに決まってるやん」

「えぇ……夫と息子はそうするんや」

「庭にテント張ればええやろ。いくらでもスペースあるで!」


 鬼畜過ぎる。

 というか男に対する恨みが半端ない。

 まあ、美優くらいの容姿とスタイルやと苦労も多いんやろうな。

 羨ましくもあり、可哀想でもある。


「まあ、そう言う意味では真中さんは許容できるな」


 意外な言葉やった。

 なにせ、魔王の方は美優を完全に避けとる。

 それが、美優の方は受け入れとるんやからおもろい。


「なんで真中さんはOKなん?」

「あの人の真意はわからんけど、志保のことをちゃんと考えとるぽいから」

「なんやそれ……」

「何よりも、初対面のときから一貫してうちの目しか見てへん。全然胸に視線行かへんねん。あんな男初めてや」

「なるほど」


 貧乳好きとかではなく、単純に女性の胸に興味ないんやろな。

 あと、魔王というだけあって、相手の目を見るというのが礼儀として叩き込まれているんやろうなぁ。


「若干悔しかったで」

「普段は見られるのが嫌なのに?」

「なんかな。そこまで見ないと逆に魅力ないんかと思ってまうわ」


 こやつめ。

 贅沢な悩みをしよって。


「それに、客観的に見たら真中さんイケメンやしな」

「それはわかる。見てくれだけはええから妙にダメージ来るねんな」

「志保もなんか経験あるんか?」

「せやねん。聞いてや」


 3年生のしょっぱなの日に下着姿を見られた挙句、失礼なことを言われたことを教える。

 話がビンタをかましてやったところまで進んだときに、美優の異変に気付く。


「真中王太郎シスベシ。覚悟セヨ。志保ノ下着姿ヲ見テ欲情セヌトハ、万死ニ値スル」


 美優がやたらと物騒なことを言い始める。


「美優?」

「あ、ごめんごめん。前に真中さんと話したときに、志保にビンタをされたことがあるって言っとったんや。このことやったんやなって。それを思い出してたねん」

「いや、明らかにそれとは違うことを口走ってたやろ……」

「そうそう。さっき渡した真中さんへの手紙やけど、書き忘れたことがあったから返してくれへん? 帰りにまた渡すから」

「お、おう」


 顔は笑っとるのに、目が笑ってへん。

 これは逆らったらウチがやられる。

 大人しく手紙を引き渡そう。


「フフフフフフ……」


 手紙を返して貰った美優が不敵な笑みを浮かべる。


「ああ、そういえばあの鎌田絵里とかいう冒険者も志保に喧嘩売ってたわね……」

「み、美優?」

「せや! うちが志保のナイトになるわ!」

「は、はい?」


 またウチの親友がようわからんこと言い始めたで……。


「だって、最近の志保は学校でもダンジョンでも人気者やん。何があるか分からんからな。やからうちがマネージャー兼ナイトになるわ!」

「あー、う、うん。考えとくわ……」

「遠慮せんでええんやで。あの真中とかいう親戚もいつ志保に手を出すかわからんからな……」


 こうして心配性な親友との夜が過ぎて行く。

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