第52話 外泊を楽しむ冒険者

 ゆらゆらと仰向けで水面に浮かぶ。

 夕食後ということもあって、全身の力が抜けて何ともええ気持ちや。

 あんなご飯が毎日食べられるなら幸せやなぁ。

 ちなみに今はお風呂タイム中や。

 そう、佐竹家の風呂は仰向けでぷかぷか浮けるほどの広さやった。

 これがプールやなくて、風呂なんやから驚きや。


「志保……一応女の子なんやからもうちょい恥じらいとかないん? 全部丸出しやん」


 耳が水に浸かっているので少々聞き取りにくいが、美優がウチの姿を見て呆れたようなセリフを吐く。

 日頃の美優なら喜び勇んでガン見しそうなところやけど、あまりにも露骨な露出やからか普通にたしなめられる。

 うるさいやい!

 こんなことができるのはここしかないんや!


「夏まで待たれへんの? 海でもプールでも一緒に行くで?」


 夏はプールも海も人でいっぱいやからこんなことできんし。

 それに人前で水着になるのはあんまし好きちゃうし。

 まあ、今は水着すら来てへんのやけどな!


「む。そうやってうちのことを無視する奴にはこうや!」

「ちょ、ぶはっ!」


 急に美優が抱きしめてくる。

 慌てて起き上がるが離れることができへん。

 やめろ!

 それ以上その暴力的なボディをぶつけてくるんやない!


「志保……ハアハア……」

「キモいからやめい! いや! ホンマにどこ触っとるんや! んあっ!」

「スライムばっかりズルいねん! うちも志保とこうしたいんや!」

「スライムに嫉妬すんなや!」


 このあとしばらく格闘を続けた結果、2人してのぼせる寸前でなんとか四つん這いになって脱衣所へと避難する。


「あつい……死ぬ……」

「お嬢様がご迷惑をお掛けしました」


 裸で脱衣所に横たわるウチらに佐智さんが団扇うちわで風を送ってくれる。

 何だか昔の偉い人になった気分や。

 吐きそうなくらい気持ち悪いことを除けば最高や。


「佐智さん、み、水……」

「はい。お嬢様」

「ウチも……」

「どうぞ」


 これは佐智さんが脱衣所で控えてくれてへんかったら大惨事やったな。

 女子高生のゲロ祭りやったわ。

 今日の晩飯は豪華やったからゲロも多少は上品やろうか。

 ……何をアホなことを考えとるんやウチは。

 仮にそんなことになれば墓まで持って行く黒歴史確定やな。

 回復するまでたっぷりと佐智さんの世話になる。

 その間、佐智さんが美優の胸を恨めしそうに見つめていたのはそっとしといたろ。

 佐智さん、ウチよりもバストないからなぁ……。


「ふう……しんど……」


 そんなこんなで、なんとか地獄の脱衣所から脱出して、用意された部屋に到着する。


「ほんまに。うちも志保がおるからってはしゃぎすぎたわ」


 そう言いながら美優が手で風を扇ぎつつ、もう片方の手で服の胸元をパタパタとさせる。

 え、めっちゃエロいやん。

 これが同い年ってマジ?

 湯上り美人とはこのために存在しとる単語やったんかと思うほどや。


「けど、志保と裸の付き合いができたから良かったわ」


 頬を赤らめながら美優が満足そうに頷く。

 そのせいで酷い目に合ったんですが。

 いや、今はそんなことはどうでもええ。

 それよりも、もっとウチが美優に言わなあかんことがある。


「なあ美優」

「なんや?」

「なんでウチのベッドに美優もおるんや?」


 佐智さんは確かに『ここが志保さんのお部屋です』と言って案内してくれた。

 それに、美優の部屋には何回か行ったことがあるから、ここが美優の部屋でないことも知っとる。

 なのに風呂上がりにウチ後ろをナチュラルについて来て、さも当然のようにベッドに潜り込んで来よった。


「せっかくのお泊りなのに志保がもう寝ようとしてるからや。もっと話そうや」

「ええ……明日じゃアカンのか? というか今日も割と話したで」


 実際にリムジンの車内から始まって、到着後のお茶、夕食、風呂とずっと話しっぱなしやった。

 それに、ちょっと眠い。

 まだまだゴールデンウイークは始まったばかりやけど、既に事件が目白押しで少々疲れ気味やねんな。


「志保はうちと話したくないん?」

「そうは言ってへんやん」

「それになんか最近はうちのメッセージに対する返信も遅いし……」


 あー、それはあれやな。

 最近は何かと絵里ちゃんと冒険者とか美咲さん談義で盛り上がっとったからやな。

 ウチにとっては初めての冒険者友達やから、ついつい美優を後回しにしてしもうてたかも。


「はぁ。ほな、ちょっとだけやで」

「やった!」


 ああ、もう可愛いなちくしょう。

 ウチが男やったら確実に襲ってるわ。

 ……返り討ちに合いそうやから止めとこ。


「けど、何の話をするんや?」

「もう。まだ大切な話ができてへんやん」

「大切な話?」

「もちろん志保の恋愛に決まってるやん!」

「はい? というか、なんでウチ限定なんや……」


 あ、これは確実に魔王のことを聞かれるパターンですわ。

 心を鬼にして寝ればよかったかもしれん。


「志保って好きな人とかおらんの?」

「おらんわ。今はダンジョンと勉強が最優先やからな」

「へー。真中さんは?」

「ないわ。一番ないわ。あれだけは勘弁してくれ」


 というか人間ちゃうし。


「めっちゃ否定するやん。あんなにクラスの女子に人気やのに」

「だって親戚やで?」


 ホンマはちゃうけどな。


「いやいや。一線を越えるとわからへんで。従兄弟以上なら結婚もできるんやし。例えばなんかの拍子にキスとかしてもうて、今まで意識してへんかったのに……急に縮まる二人の距離……」

「やめいや気色悪い。聞いただけでも目が覚めたわ」


 吾輩系男子なんか魔法使い系男子なんか知らんけど、仮にあれと付き合うのは苦労するで。

 そもそも魔王自身がウチに対して異性としての興味を持ってへんしな。

 仮に偶然にもキスしたとしても、こっちだけがアタフタと慌てて『どうした? 何を慌てているのだ? 口はちゃんと洗った方が良いぞ?』とか言って余裕の対応されるだけや。


「志保、そのうち女の人に刺されるんちゃうか」

「怖いこと言うなや……」


 いや、マジでありそうで怖い。

 街をちょっと歩いただけで魔王は女の人からやたらと声を掛けられとるからな。

 嫉妬心で襲い掛かって来るやつもおるかもしれん。


「まあ、大丈夫。もし志保にそんなことをしたら、ウチが許さへんから。うん、絶対にそいつ許さへんで。うちが持てるだけの財力をフル活用するから安心して」

「お、おう。ほどほどにな」


 先生! 佐竹美優さんが怖いです!

 絶対に刺されんようにしよう。

 親友を犯罪者にしてまう可能性がある。


「じゃあ現実的なところで鈴木は? 鈴木孝弘」

「は? なんで鈴木の名前が出て来るねん」

「いやだって、志保が一番仲良くしとる男子といえば鈴木かなって。あいつ志保のファンで動画も欠かさず見とるし、グッズもうとるし」

「はぁぁ!? あいつウチのグッズ買うとるんか!?」


 知らんかった。

 鈴木がウチを応援しとるのは知っとったけど、そこまでは知らんかった。

 というか、グッズってことはブロマイド持っとるんか。

 うわー、はっず!

 今度会ったら捨てるように言っとこ。


「お、その反応はもしかして満更じゃない感じ?」

「ちゃうわ! ちょっとびっくりしただけや!」


 それに鈴木がウチのことを好きなのは有り得へん。

 なにせ鈴木が好きなのは美優やからや。

 しょっちゅう相談も受けとる。

 というか、鈴木がウチのファンになったのも、美優との話題作りのためやったし。

 まあ、気が付いたら目的忘れて普通に冒険者のファンになっとったけど。


「どうしたん?」

「いや。それよりも、美優は好きな人とかおらんの?」


 鈴木、今度おごってもらうで。

 この情報料は安くないからな。


「志保だけやな」

「即答かい! いやいや異性でや」

「はっ。男とか死んだらええねん。どいつもこいつも胸ばっかり見て」


 あ、鈴木ごめん。

 これは脈ないわ。

 だって鈴木はウチに熱弁してくれたもんな。

 『巨乳こそ正義だ』って。

 あんた一番嫌われてるタイプの男やったで。

 可哀想やから、さっきのおごりはキャンセルでええわ。


「うちには志保がおればええんや!」

「いや、ウチはいずれ異性と付き合うし、結婚もする予定やで」

「え、なんだって?」

「この距離で聞こえへんわけないやろがい!」

「「フハハハハハ!!」」


 こうして夜は更けていく。

 まあ、最終的には佐智さんに『うるさい!』と言われて寝るんやけどな。

 なんでか知らんが美優はそのまま隣で寝よった。

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