第50話 勝負に負けて戦いに勝利する冒険者

 18時に間に合うように、足取り重くダンジョン前駅からダンジョンへと向かう。

 なぜこんなにも足取りが重いのか。

 それはひとえに既に勝負の敗北が決まっとるからや。


「はぁ……」

「まあそう落ち込むな。元々、向こうの方が実力はあったのだ」

「そうは言うけど凹むわ。それに、あんな知り方したら余計に落ち込むわ」


 そう、それはほんの少し前のことや。

 ウチは結果を知るのが怖いから、魔王にも家族にもその話はせんといて欲しいと頼んどった。

 おかげで朝から平常心を保ったまま、電車に乗ることはできた。

 ところがどっこい、つり革を持っていつものように魔王と流れる景色を眺めとったところで悲劇が起こる。


『鎌田絵里と掛田志保の勝負どうなったか知ってるか?』

『ああ、なんかさっきの段階で鎌田が42万回再生超えてて、掛田が29万いかへんくらいらしいで』

『うわー、結構な差が開いてるなぁ……。あと、1時間もないしこりゃ無理やな』

『やな。今回は鎌田の勝ちや』

『さすがに相手が悪かったやろ。なんせ、鎌田の方は第13層から一気に第20層まで潜った動画やったからな。あれは凄いわ』

『同じ関西人として掛田の方を応援してたんやけどなぁ……。まあ、あんなカワイイ女子高生がバッタバッタとモンスターをなぎ倒す動画があったらそっち見てまうよなぁ』


 と、こんな会話を後方に立っていた男二人組が繰り広げたのである。

 まさかまさかの展開であった。

 そりゃあれだけ話題になったんやから、今考えれば電車内で会話をする人もおるやろなと思う。

 にしてもこの負け方はなんか納得いかへん。

 あと、まるでウチは可愛くないかのような言い方も納得いかへん。

 いや、確かに絵里ちゃんには負けてる。

 それは認めよう。

 けど、許さへんからな。


「うぅー、なんかモヤモヤする……」

「仕方あるまい。逆についこの前まではああして話題にすら上がらなかったお前が、こうして話題になるのだからよいと捉えろ」

「そうやけど……」


 けど、やっぱ納得いかへんわ。


「それにあの男たちはこうも言っていただろう。『いつもと違う新鮮な動画であれはあれでおもろかったよな』と。動画自体は評価されたのだ。」

「ま、まあな。ウチの才能やな!」

「…………」

「なんか言えや!」


 はぁ。

 これが昨日ウチをべた褒めしてくれたのと同一人物なんやろか。

 ……同一人物って言葉が魔王に合っとるんか知らんけど。


「どうした? 顔が赤いぞ」

「な、なんもないわ!」


 アカンアカン。

 思い出したら恥ずかしくなってきたわ。


「しかし、鎌田絵里はさすがはトップランカーだな。第1層から第13層までの動画は初日で20万回そこそこだったというのに、今回の勝負の動画は一気に40万だ。やはり、集客力が段違いであるな」

「ホンマにエグイわ。やっぱり、トップランカーの人とはまだまだ固定層の量が違いすぎるなぁ」


 今回の勝負でまざまざと差を見せつけられた。

 トップ冒険者なんて簡単になれるもんやないと改めて認識させられる。

 そんなこと考えながら、ダンジョンの敷地に足を踏み入れる。

 相変わらずアホみたいに人がおったけど、絵里ちゃんのことは直ぐに見つかる。

 なんせ、絵里ちゃんの周りだけ係の人によってぽっかりとスペースが空いとった。

 まるで人気アイドルと追っかけみたいになっとる。


「ふむ。この状況で吾輩もついて行くと少々面倒ごとになるかもしれぬ。お前ひとりで行くといい」

「えぇ……ここで見捨てるんか?」

「なんだ。吾輩が恋仲の男だと噂が立ってもいいのか?」

「それだけは嫌や。ひとりで行くわ」


 一瞬で決心がついて、人々の囲いの中心にいる絵里ちゃんに近づく。

 よく見ると、絵里ちゃんの顔が赤い。

 

「お、お、遅い!」


 開口一番、説教を食らう。

 これでもまだ18時にはなってへんのやけどなぁ。


「恥ずかしくて死ぬかと思ったわ!」


 あー、確かにこの状況でひとり待つのはウチでも耐えられへんな。

 ちょっと涙目になっとるやん。


「ごめんな。というか、これはどうしたんや?」

「なんか話題に釣られて人がいっぱい集まったとかで、混乱を避けるためにこうなったのよ!」


 なるほどな。

 その、係の人、ごめんやで。


「とっとと確認しましょ!」


 早くこの場から去りたいのか、絵里ちゃんがまだ18時になっていないのに、再生回数の確認を提案してくる。

 いうても18時まであと数分やし、別にこの段階で勝敗決めてもええやろ。

 いや、敗北は知っとるんやけどな。


「ええで、ほなお互いのユーザーページを見せよか」


 動画再生画面に表示される再生回数にはラグがある。

 一方で、投稿者のみが見れるユーザーページに表示されとる再生回数は、ほぼリアルタイムに更新される。

 ウチも絵里ちゃんもスマホを操作して互いに画面を見せ合う。

 絵里ちゃんが42万8654回再生、対するウチは29万208回再生と一応29万回は超えとった。

 約24時間のスタートダッシュとしては最高の再生回数やけど、負けは負けや。


「あはは……やっぱウチの負けやな……」

「ま、まあ当然よ!」

 

 絵里ちゃんが胸を張って嬉しそうに宣言する。

 はぁ、謝罪か。

 ウチは今日の冒頭でも絵里ちゃんに謝罪したのに、また謝罪せなアカンのか。

 というか、なんという名目で謝罪したらええんや。


「ほな、約束通り謝罪するわ。ええと、なんて謝ったらええかな?」


 相手の気分を害するのも嫌やから素直に名目を尋ねる。


「そうね……『私を差し置いて美咲さんとコラボしてすみません』って謝って……欲しいところだけど必要ない」

「えっ?」


 驚くウチの側に寄って来て、絵里ちゃんが囁く。


「だって、こんなにも人目があるのよ。こんなところであなたに頭下げさせたら私の評判が落ちるじゃない」

「えぇ……」


 この子、カワイイ顔して意外に腹黒いなぁ……。


「それに」

「それに?」

「今回の槍使いは……その、なかなか良かったわ!」

「うるさ!」

「あ、ごめん」


 耳元で急に大声を出されたのでびっくりする。

 褒めてくれるのは嬉しいんやけど、恥ずかしいならやめたらええのに。


「けど、今回の戦いは本当に今までとは動きが違ったわ……」


 ウチからサッと離れた絵里ちゃんが不思議そうに呟く。

 ふふふ……しゃあないから秘密を教えたろ。


「実はな」

「うん」

「美咲さんに槍の使い方を教えてもらってん」

「……は?」


 何を言われたのか理解できてへんのか、絵里ちゃんは固まる。


「いやー、前にコラボしたときに槍の使い方を教えてもらうって約束してたねん。ほんで、今回のために動画で教えてもらったんや」


 もちろん動画は見せへんで。

 あれはウチだけの宝物や。

 魔王は例に漏れず、ノーカンやノーカン。


「なんで……」

「うん?」

「なんであなたばっかり美咲さんと絡めるのよぉぉぉ! 私も美咲さんとお話ししたい! したい! したい!」


 色々なものが限界を突破したのか、絵里ちゃんが駄々をこねる子供のようになる。

 周りを囲むファンも若干引いとる。


「こうなったら関東のダンジョンで勝負よ! 今度こそけちょんけちょんにしてやる!」

「絵里ちゃん、落ち着いてや。そんな急に関東に行かれへんって」

「そうだ! そんなことしなくても、私が今日から掛田志保として生きればいいんだ!」

「えぇ……」


 急にわけわからんことを言いだしたで。

 なんでウチの周りはこんな変人ばっかりなんや。


「うわぁぁん!」


 とうとう泣き出して、絵里ちゃんが駆け出そうとする。


「ま、待ってや、絵里ちゃん!」

「なんや? ウチは絵里ちゃうで?」

「いや、無理して関西弁使わんでも……。というか、『絵里ちゃん』って呼ばれて止まっとるやん……」

「うぅ……」

「はぁ。ええとな、はい、これ」


 二つ折りにした一枚のメモ用紙を絵里ちゃんに手渡す。

 泣きべそをかきながら中身を見た絵里ちゃんは目を丸くする。


「これ……は……まさか……」

「美咲さんの連絡先やで。絵里ちゃんが大ファンで連絡取りたがってるって美咲さんに教えたら、連絡先を教えてもええって許可を貰ったんや」


 そう、メモ用紙に書かれとるのは美咲さんのメールアドレスと電話番号とメッセージアプリのIDや。

 まさに好きなように美咲さんと連絡が取れる魔法の紙切れや。

 ちなみについでということで、ウチの連絡先も書いとる。


「志保ちゃん!」

「は、はい?」

「ありがとう! そしていきなり突っかかってごめんなさい!」

「え、あ、うん」

「じゃあ、私は用事があるからこれで! あ、志保ちゃんが関東に来るときは連絡してね! 私泊めてあげるから! お昼ぐらいなら奢るから!」


 それだけ言い残して絵里ちゃんは颯爽と駆け出す。


「な、なんやったんや……」

 

 嵐のようとはまさにこのことかと思い知らされる。

 そういえば、初めて『志保ちゃん』って呼ばれたわ。

 というか、急にキャラ変わりすぎやろ。

 ……いや、よくよく考えたらあっちの方が動画でよく見る絵里ちゃんやわ。

 今まで突っかかって来てた方が珍しい絵里ちゃんや。

 うん?

 ということは、つんけんしてた方が本性なんか?

 これ以上考えるのは、ええことなさそうやから止めとこ。


「はぁ。なんか色々とありすぎて疲れたわ。早よ帰ってご飯食べよ。確かお父さんがお寿司を取ってくれるって言ってたしな」


 ほんま、ゴールデンウイークやってのにごちゃごちゃありすぎやで。

 濃すぎるスタートや。

 まあ、なんもないよりはおもろいからええんやけどな。


「真中さん、帰るで……はぁ……」


 人混みの中の魔王は相変わらず女性に絡まれとった。

 

「見ていないで助けろ」

「ほな、ウチは帰るから。適当に遊んだら帰って来るんやで」

「こら! 待て!」


 せっかく一勝負終わったってのになんか締まらへんなぁ。

 けど、この方がウチと魔王ぽくてええかもな。

 そんなことを思いつつ、魔王を放置して家路に着くウチであった。

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