第49話 成長する冒険者

「また、やられたのか」


 救護室の前で待ち構えとった魔王が声をかけてくる。

 あれから既に4回目の救護室である。

 槍でオークを薙ぎ払うどころか、まともに槍の制御すらできてへん。


「うぐっ、悪いか?」

「いや、今回はそういう企画だからな。やられることも想定済みだ。むしろやられてもらわなくては困る」

「はい?」


 そんなウチに魔王は魔王で滅茶苦茶なことを言ってくる。

 ダンジョン内で一瞬でも魔王に助けて欲しいと思った自分をぶん殴ってやりたい。


「つまりだ。やられた場面も編集して動画にすると言っているのだ」

「ええ!? そんなん嫌や!」


 あんな恥ずかしい映像を世の中に出せるわけないやろ。

 魔王は何を考えてるんや。


「何を訳の分からないことを言っているのだ。いいか。今回の動画はやるかやられるかを楽しむのだ。それが、討伐に成功した場面だけ映してどうなる」

「そ、それは……」

「今回は倒された場面も含めてのエンターテインメントなのだ。何度もやられた方が面白いからよい」

「鬼! 悪魔!」

「吾輩はそのどちらでもないことは知っているだろう」

「ぐぬぅ……」


 いや、たしかに魔王の言っとることは正しい。

 動画冒頭にあんな煽り文句入れといて、倒した場面だけを編集で流してもなんもおもろない。

 というか、そんなもん半分詐欺みたいな動画や。


「どうしても倒された場面を流したくないなら、次で倒すのだな」

「ああ、もう。わかったわ!」


 けど、槍の使い方をなんとかせんとなぁ。

 槍さえあえれば何とでもなると思ってたのが間違いやった。

 誰か教えてくれる人がおれば……。


「あ、せや」

「どうした?」

「ウチには心強い先生がおったわ」

「何のことだ?」

「ふふふふ。オーク、畏れずに足らずや」


 すっかりと忘れとったけど、今こそあの時の約束を果たしてもらおう。

 すぐさまスマホを取り出してメッセージを送信する。


「ほな、返答待ってる間に昼ご飯にしようや」

「なに?」

「安心したら腹減ったねん」

「お、おう……」

「タコ焼きにしようや!」

「うむ……なんというか、お前はたくましいな」

「なんか言ったか?」

「いや、なんでもない」


 熱々のタコ焼きを魔王と楽しんだところで、お目当ての動画が届く。

 これさえあれば無敵や。

 ウチは最強や。

 早速、再生する。


「……なるほど」

「何を見ているのだ?」

「内緒や」

「内緒だと?」

「まあ、後で教えるわ。ともかく、もういっぺんダンジョン行ってくるわ!」


 足取り軽く受付に向かう。

 当然、お兄さんには南口を要望したで。


「待っとれよオーク」


 転送完了後、真っ直ぐに第4層への階段を目指して突き進む。

 あいつだけはウチの手で倒さなあかん。

 他の冒険者に取られへんように急がな。

 1回目の探索とは比べ物ならへんスピードで例のオークに遭遇する。


「皆さん! 何度もウチを倒したオークに遭遇したで!」


 慌てて録画をスタートさせる。

 これで決めたるからな。


「けど、今回のウチはさっきまでとは違うで! もう、無様な姿は見せへんからな!」


 そう言って、先ほどと同様に槍を構える。

 やっぱり重いわ……。

 ウチみたいなか弱い女子高生が持つもんちゃうわ。


「グフッ、グフフフ!」


 そんなウチの姿を見て、とうとうオークが声を出して笑い始める。

 こいつ……バカにしやがって……。


「そうやって笑ってられるのも今のうちやからな!」


 グッと腰を下ろして半身になって槍を少し短めに構える。

 一気に駆け出すようなことはせずにじりじりと距離を詰める。

 そんな状況に痺れを切らせたのか、オークの方から突っ込んで来る。

 どうやら過去4回の勝利で完全にウチのことを舐めとるみたいや。


「ギヤァァァオ!」

「女子高生甘くみたらアカンで! 5度目の正直や!」


 オークが棍棒を振り上げ、胴ががら空きになったタイミングを見計らって、一気に槍を突き出す。

 ドンッという衝撃が手に伝わる。

 穂先が見事にオークを貫いた証拠や。

 何が起こったのかと目をパチパチさせとるオークに向かって、仕返しとばかりにニヤリと微笑む。


「グフッ……」


 短い断末魔の声と共にオークは光の粒子となって消え去る。


「やった……やったで! みんな見てたか? ウチは遂にやったで! いえーい! ひゅーひゅー!」


 嬉し過ぎてドローンに向かってピースをしながら大はしゃぎしてしまう。

 

「これでウチが持ち込み以外でも戦えることが証明されたな! これからも頑張るから、応援よろしくやで! ほなな!」


 満面の笑みで手を振って動画を締める。

 くぅー、長年の宿敵を遂に倒せたで。

 それも魔王の手助けは一切なしでや。

 いやー、ウチもなかなかやるやん。


「ふう。さて、ついでに第4層に降りたら転送装置で帰るか」


 第4層への階段を降り始める。

 ……あああああああ!

 今ごろになってめっちゃ恥ずかしくなってきた!

 なんやねん『いえーい! ひゅーひゅー!』って!

 しかも、オークを倒した直後のあのタイミングやとカットできへんやん!

 こんなん晒し者やん!


「うぅ……帰ろ」


 転送装置でダンジョンの入口へと戻る。

 これで、第4層に直接潜れるようになったけど、今はそんなことどうでもええわ。

 顔を真っ赤にしてダンジョンから戻ったウチのことを、魔王は気にするでもなく黙って2人で帰路へと着く。

 こういうよくわからん察しだけはええねんなぁ。

 というか、最後の方は完全に絵里ちゃんとの勝負とか忘れとったわ。


 ―――――――


 お父さんが魔王に絡む騒がしい夕食も終わり、今は19時を回ったところや。

 動画は恥ずかしさに耐えながら、なんとか編集して予約投稿した。

 ただ、緊張やら怖いやらで再生回数は確認してへん。

 今ごろは色んな人が見てくれてるんやろうか。

 しかし、自分のやられるシーンを編集して動画に盛り込むのは、なかなかの苦行やったで。

 最後の勝利シーンに至っては感情もなく淡々と残したで。

 考えるだけ恥ずかしいからな。

 

「そういえば、ダンジョンへと潜る前に何を見ていたのだ?」


 膝にオオサンショウウオ君を乗せて、お父さんの絡みから回復した魔王が尋ねてくる。


「あれはな、これを見てたんや」


 魔王に動画ファイルを開いてからスマホを差し出す。

 画面に映し出されたのはモップを片手にした美咲さんや。


「これは?」

「この前コラボしたときに、美咲さんと槍の使い方を教えてもらう約束してたねん。それを思い出して、急遽お願いしたんや」

「なるほどな」


 ホンマはダンジョンの中で槍を使っとる動画をくれる約束やったけど、美咲さんはゴールデンウイークなのに仕事中やったみたいで、昼休憩中に職場のモップで再現してくれた。

 美咲さんってやっぱ神だわ。


『ええと、戦国時代なんかでは槍は振り下ろして使うとったみたい。重量と遠心力を使って相手の兜や頭蓋骨を破壊したり、脳震盪を起こさせたり、なかなかえげつない威力やったみたいよ』


 動画内の美咲さんが話し始める。

 あぁ、方言の美咲さん最高や……。


『じゃけど、志保ちゃんみたいな女の子やとそがいな戦い方はできんじゃろう。ほいじゃけぇ、今回はオークに勝つための使い方を教えたげる。ちゃんとしたのは今度また撮って送るけぇね』


 そこから、ウチがダンジョンの中でオークを倒したのと同じ方法を美咲さんがモップで実演してくれる。

 槍をいっぱいいっぱいに持たず、オークのリーチに勝てる程度まで短く持つ対処法は、言われんかったら思いつかんかったやろうなぁ。


「これを参考にしてオークを倒したわけか。通りで、討伐成功時の槍使いが様になっていたわけだ」


 魔王が納得したように頷く。


「曽根美咲とやらには吾輩から褒美をやらねばならぬな」

「魔王の褒美ってなんやねん。呪術の道具とか貰っても美咲さん困るで……」

「失礼な。ちゃんと人間用の褒美に決まっておろう。呪術道具がよいなら魔王城から取り寄せるが」

「ちなみに人間用の褒美が手に入る都合はあるんか?」

「うぐっ……今のところはないが……」


 そりゃこの前まで電車代を女子高生に出させてたんやからな。

 褒美の当てなんてないやろ。


「まあ、美咲さんに褒美をあげるためにも、これからもウチのコーチングを頼むで」

「うむ。任せよ」

「ふふん! ところでどうや? 今回はウチ頑張ったと思わへんか?」


 ここで胸を張って自慢する。

 まあ、どうせ魔王のことやから何かと粗探しをして批判して来るんやろうな。


「そうだな。今回はよくやった」

「えっ!?」

「どうした? 気持ち悪い声を急に出して」

「いやいや、魔王のことやから説教でも待ってるんかなと……」

「なぜ説教をする必要がある。今回はお前に任せたのだ。そして、お前は自分で装備を考え、曽根美咲に助けを求め、自分の力でオークを倒して、動画を撮影するという目的を達したのだ。存分に誇るといい」


 ウソやん……。

 魔王がウチをべた褒めしとるやん。


「ま、またまたー。どうせなんか裏があるんやろ? 負けたら罰ゲーム的な」

「そんなものはない。今回の動画を撮らせた段階で吾輩の企みは終わりだ。それ以降に関しては完全にお前の手柄だ。再生回数の勝負も吾輩にとってはどうでもよい」

「こんなにええ雰囲気で企みとか言うなや……。というか『どうでもよい』とか直球やなぁ」


 と、ちょうどそのタイミングで下からお母さんが呼びかけてくる。

 どうやら魔王に風呂の順番が回って来たらしい。


「では吾輩は風呂へ行こう」

「せやな。ちゃんと清潔にしてきてや」

「失敬な。吾輩は常に清潔であるぞ」


 そんなことを言いながら、魔王はいつものように部屋を出ていく。

 ただ、すれ違いざまに『よくやった』のひと言と共に頭をポンポンとされたことを除いて。


「ふぇっ!?」


 振り返ると魔王の姿は既になく、鏡に映ったウチは茹でたタコかと思うほど真っ赤やった。

 ウチはそのまますぐにベッドへと潜る。

 結果が心配で早よ寝ただけやからな!

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