第48話 決戦に挑む冒険者

 アカン。

 まさかウチが朝食でご飯を茶碗1杯しか食べられへんなんて。

 これは緊張しすぎや。

 お父さんに至っては、『志保はダイエットなんて気にせんでええで。十分に引き締まってるで』っていらん心配をするほどやった。


「これから勝負事だというのにあれだけ食べられるとは立派なものだ。熟練の兵士でも緊張で食事が喉を通らないことも多い。やはり、お前には戦士の才能があるかもな」

「はい?」


 唯一、魔王だけが頓珍漢とんちんかんな分析をする。

 やから、戦士の才能ってなんやねん。

 そんな才能いらんわ。


「ともかく行くで」

「うむ」


 ダンジョンの敷地内へと魔王と共に進む。

 と、直ぐに周りに人だかりができる。


「志保ちゃん頑張って!」

「今日はどんな道具を使うんや?」

「カワイイ!」

「そっちのイケメンは彼氏ですかー?」


 あわわわ……。

 ど、ど、どないしたらええんや。

 こんなに囲まれるなんて経験ないからわからへん……。


「やっと来たわね!」


 どうしようかとアタフタしとったウチに向かって、一際大きな声が投げかけられる。

 声のした方を向くと、サッと両脇に避けて群衆が道を開ける。

 おお……なんか世界史でこういう逸話聞いたことあるような……。

 声の主は当然、絵里ちゃんやった。

 藁にも縋る思いで絵里ちゃんに駆け寄る。


「絵里ちゃん! ホンマありがとう!」

「え、はい?」

 

 勝負相手に勝負前に感謝されるという展開に、絵里ちゃんは調子が狂ったかのような反応をする。

 けど、絵里ちゃんが来んかったらどうしようかと思ったわ。


「鎌田絵里よ。今日は宜しく頼む」


 そんなウチを無視してなぜか魔王が話を進める。


「こほん。ええ、こちらこそ真中さん」

「うむ」

「ところで気になっていたんですけど」

「なんだ?」

「真中さんって何者なんですか? 昨日はなんか流れで意気投合しちゃいましたけど」

「ああ、吾輩は志保の親戚だ。両親よりこいつの御守おもりを命じられている。まあ、保護者だと思ってくれたらいい」


 おい。

 なにを勝手なことを抜かしとるんや。

 こっちの世界ではウチが魔王の御守をしとるやん。


「そうだったんですね。てっきり、彼氏さんかと思ってました」

「それだけは絶対にないで。ありえへん」


 不穏な会話にやっとウチも正気に戻る。

 周りも聞き耳を立てとるから、これだけは絶対に否定しとかなアカン。

 なんせ、彼氏なんて情報がクラスの女子に広まったら最悪や。

 美優を筆頭に何をされるかわからん。

 きっと、くすぐりの刑とかされるんや。


「ともかく、ルールを確認するわ。今日撮った動画を投稿すること、投稿後24時間の再生回数で勝負をすること、敗者は勝者に謝罪すること。これでいいわね?」

「う、うん」

「じゃあ、投稿時間だけど……今日の18時にしましょう。それまでに動画を撮って編集しておくこと。予約投稿で18時に公開ね」

「それでええで」


 トントン拍子に物事が決まっていく。

 18時までならなんとかなるやろ。


「ハンデとして物の持ち込みは有りにしてあげるわ」

「は?」

「掛田志保と言えば、物を使った一発屋で有名だから。今日もそういう動画にするんでしょ?」


 物の持ち込みの有無に関してはどうでもええ。

 けど、『ハンデ』という言い方は気に入らん。

 いや、そりゃウチの実力と人気からしたら絵里ちゃんの足元にも及ばんけど。


「ちゃうわ! 今回はフェアに持ち込みは無しや!」

「へ、へえー。あとで後悔しても遅いわよ?」

「かまへん!」

「ぐぬぬぬ……」

「ぐぎぎぎ……」


 売り言葉に買い言葉で再び絵里ちゃんと額を突き合わせて睨み合う。


「こら。お前ら。そんな暇があるなら早くダンジョンへ行け。時間は待ってはくれぬぞ」


 魔王の注意でようやく睨み合いが終了する。


「絶対に勝つから!」


 そう言い残して絵里ちゃんは先にダンジョンへと向かう。


「真中さん!」

「どうした?」

「今回に関しては手出し無用や! 絶対にウチは勝つで!」

「うむ。行ってこい」


 魔王に見送られて、鼻息荒く、いつもの受付のお兄さんのところへと向かう。

 もう周りの視線なんて一切気にならへん。

 

「やあ、掛田さん。なんだか大変なことになってるね」

「今日は持ち込みはありません」


 初めてダンジョンに潜ったとき以来、冒険者カードだけを受付に提出する。


「へぇー、珍しいこともあるもんだ」

「まあ、見ていてください」

「鎌田さんとは違う入口がいいかな」

「そうですね」

「じゃあ、南口からどうぞ。頑張ってね。僕は掛田さんを応援してるから」


 そう言って、受付のお兄さんはニコッと笑ってガッツポーズをしてくれる。


「あ、ありがとうございます」


 なんだかちょっとだけ恥ずかしくなって、そそくさと南口の転送装置へと逃げるように向かう。

 そこから、もはや見慣れてしまった第3層の入口へと潜る。


「負けへんからな……ウチにはこれがあるんや……」


 背中に装備されとる【金の槍】の柄を触る。

 これで絶対にオークを叩きのめしたる。


「ふう……よし、撮影開始や」


 スマホを操作してドローンを撮影モードに切り替える。


「どうもどうも、掛田志保やで! いつも動画を見てくれてありがとうな! ええと、もしかすると知っとる人もおるかもしれんけど。今日はなんと、あの鎌田絵里ちゃんとの勝負することになったんや!」


 それから勝負の細かいルールを一通り説明して冒頭の挨拶を終える。

 なんとかここまでは順調やな。


「さらに! 今回は勝負というええ機会やから、いつもとは違う動画を撮ることにしたで。題して、『【検証してみた】 本当に攻撃は最大の防御なのか? 一撃救護室でいくオーク討伐』や!」


 うっわ。

 クッソ恥ずいやん。

 やっぱ魔王にはネーミングセンスないわ。


「そのためにこれを用意したで!」


 ノリと勢いを失うと、恥ずかし過ぎて死にそうやからドンドンと話を続ける。

 背中に背負った【金の槍】を指さし、スマホのステータス画面をドローンで映す。


「この圧倒的攻撃力でオークをなぎ倒したるで! やるかやられるかの動画になると思うから楽しみにしてな! ほな、オークを見つけるまで一旦カットや」


 そこで録画を停止する。

 ひぃ……顔あっつ……。

 ホンマに恥ずかしかったわ。


「洞窟歩いとったら火照りも冷めるやろ。早よ撮って帰ろ」

 

 昨日の偵察任務同様にオークを探して第4層への階段目指して歩を進める。

 この前はちょうど階段のところで出会ったけど、今回はもっと早く出会えたらええなぁ。

 というか、万が一囲まれたらどないしよ。

 なんも考えてなかったわ。

 これじゃ、また魔王に『日頃、自分で考えていないからだ』なんて説教されそうや。


「はぁ……なんか急に気が重くなってきたわ……」


 さらに追い打ちをかけてきたのは、一向にオークが見つからず、気が付けば第3層の最奥付近まで来ていたことや。

 おかげで、顔の火照りはとっくに冷めたけど、マイナス思考を深めるには十分な時間が経過しとった。

 うぅ……魔王、助けてや。


「グフッ……」


 トボトボと下を向いて歩い取ったウチの耳に、聞き覚えのある鳴き声が入って来る。

 間違いない。

 顔をあげると手に持った棍棒を肩に掛けた、不良スタイルのオークが待ち構えとった。

 ウチを見るなりニヤリと笑う。


「もしかして……お前、この前のオークか!」


 そう言えば、昨日潜ったのも今日と同じ南口やったな。


「グギギギ」

「それは肯定ってことでええんやな?」


 昨日の屈辱を思い出したことで、先ほどまで低空飛行をしていたテンションが一気に急上昇する。

 こいつだけは絶対に倒す。

 ウチだってこれでも、潜って屠れるスターなんや!


「今日のウチはひと味違うで!」


 そう宣言して、ドローンでの録画を再開する。


「皆さん! オークを見つけました! では、今から攻撃したいと思います!」


 美咲さんの見よう見まねで槍を構える。

 ……おっも!

 え、こんなん使えるんか?

 ただ、見るからにオークの棍棒よりも槍の方がリーチが長い。

 これはイケる!

 幸いにも、周囲には取り巻きのゴブリンなんかもおらん。

 今がチャンスや。


「行くで!」


 槍を持って駆け出す。

 体が槍の重量に持っていかれそうになるのをこらえて接近する。

 

「セイヤァァァァ!」


 気合を入れて、美咲さんのように豪快に槍を横薙ぎにしようとする。

 これで決まっ……。


「うぉっ! きゃぁっ!」


 重い穂先を振り回したせいで、遠心力に引っ張られ、無様にも態勢を崩してこける。

 当然ながら目的のオークにはかすりもしてへん。


「フンッ……」


 地面に倒れ込んだウチを見下ろしながらオークが鼻で笑う。


「きょ、今日のところはとりあえず引き分けってことでどうや?」


 ウチの懇願もむなしく、オークは無慈悲にも棍棒を思いっきり振り下ろしてくる。

 こうして、またしても救護室で目が覚めることとなる。


「あいつだけは絶対に許さんからな!」


 ベッドの上で握りこぶしを作って叫ぶ。

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