第44話 家族に混ざる魔王

 こうして掛田家が始まって以来、初めての4による夕食となる。

 机の下では未だに志保が吾輩の足を蹴飛ばしてくるが、まあよい。

 問題は机の上である。

 金髪事件に気恥ずかしさもあいまってか、少々沈黙気味であった。


「あ、せや。志保の活躍はお父さん会社でも話題になってるで」

「ホンマか?」


 そんな中で話題を切り出したのは大志殿である。

 話しやすい話題を提供するあたり、さすが父親である。

 志保も食いついたようだ。


「ああ、ホンマや。『これ掛田さんの娘さんですよね』って感じで動画を見せてくることが増えたわ」

「そう言われると恥ずかしいわ……」


 身内に褒められたからか、耳まで真っ赤にして嬉しそうにしている。

 佳保殿は佳保殿でその姿を見て、にこやかに微笑む。

 むむむ……。

 吾輩の場違い感が拭えぬ。


「大志さんったら、志保の動画を見るたびに連絡して来るんですもの」

「え、上げるたびやなくて、見るたびか?」

「当たり前やん! 志保が頑張ってるんやぞ! けど、スライムの動画はヒヤヒヤしたわ。志保の服が溶けんちゃうかって。露出が多いようなら冒険者はナシやからな!」

「あはは……」


 繕うように志保が笑う。

 最初にボツになった動画では下着が見えるほど服が溶けていたので無理もなかろう。

 吾輩の代わりに救護室へと服を届けてくれた佐竹美優が、興奮のあまり鼻血を出して大変であったと志保から聞いたほどである。


「それもこれも真中さんが志保を指導してくれたおかげなんですよ。というか、私もお昼ごろまで真中さんがいなかったから家事がちゃんとできてるか……。最近は真中さんに家事を頼りっぱなしだったので」


 このタイミングで急に話を振られる。

 完全に傍観者の立場でいたため、反応するのに少し遅れてしまう。

 その隙をついて今度は大志殿が話しかけてくる。


「真中さんは志保のアドバイスだけやなくて、佳保の家事も手伝ってくれてるんやったな。これは改めてちゃんとお礼言っとかんとアカンな。ありがとうございます」

「いやいや。気にすることはない。こうして宿と食を提供してもらっている返しである」


 吾輩の返答を聞いた志保が一安心というような顔をする。

 失礼な娘だ。

 吾輩とて、自分の立場と状況くらい理解している。

 ここで『下賤なる人間風情が気安く声を掛けるでないわ!』などど声を荒げたりはせぬ。


「しかし、何でも真中さんは不思議なことができるらしいやんか!」


 大志殿のその一言で志保の顔は一瞬で凍り付く。

 一方の大志殿はこれぞ本題とばかりに目を輝かせている。


「志保、どうしたんや? 全然食べてへんやん」

「あ、うんん。なんもあらへん……」

「そっか」


 大志殿も娘の異変には気付いたようではあるが、その理由までは察せなかったようである。


「な、なあ、お父さん」

「なんや?」

「お父さんは、自分が家におらへん間に若い男性が家におるんは嫌じゃないんか?」

「お前は何を言っておるのだ?」


 予想もしていない志保の質問に吾輩はついつい声を出してしまう。

 一体何を聞いているのだこいつは。


「え、まさか真中さんと志保はデキてるんか?」

「できてへんわ! ありえへんこと言わんとってや! 寒気して来た……」


 こちらこそお前のような小娘は願い下げである。

 おっと、握っていたフォークが曲がってしまった。

 気付かれぬうちに直しておこう。


「も、もしかして佳保か!?」

「お母さんも違う! ……はずや」


 チラッと志保が佳保殿の方を向く。

 ふむ。

 まあ、お前のような小娘よりは、まだ可能性としては佳保殿の方がありえるな。


「なんでそこはハッキリ言わないのよ! そんなわけないでしょう!」

「ほんならお母さんは夜な夜な真中さんと何してるんや?」

「うっ、気付いてたのね」

「ちょっと前から」

「はぁ、なら白状するわ」


 食卓に妙な緊張が走る。

 はて、なぜこんな方向に会話が進んでしまったのであろうか。

 当然のことながら、佳保殿は吾輩の昔話を聞いているだけであることを告白する。

 佳保殿がスプラッター映画好きという事実に志保は驚いてはいたものの、拍子抜けしたというような顔になる。

 当たり前だ。

 魔王たるもの、夫のいる女性を狙ったりはせぬ。


「なら問題ないわ」


 そこまで聞いて大志殿が答えを出す。


「それに今までの話を聞く限りでは真中さんは悪い人じゃないみたいやしな。俺がおらん間に2人を守ってくれとるなら、むしろ大歓迎や」


 悪いではないのは確かである。

 なにせ、魔王である。


「……うん? え、あれ?」


 ここで一旦食卓が落ち着くかと思ったが、志保が混乱したような声を出す。

 吾輩はまだほとんど食事に手を付けていないというのに既に腹一杯である。

 この矢継ぎ早な話題展開は勢揃いした関西人一家の通常なのであろうか。


「魔王の昔話を聞いてるって……お母さんは真中さんが魔王っていうの知ってたんか!?」

「何を言ってるのよ。じゃないとあんな不思議なことはできないでしょ」

「え、けど冒険者事務局の人やと思ってるんとちゃうん?」

「もちろん。真中さんは冒険者事務局の人よね。元魔王で今は冒険者事務局の人でしょ?」


 微妙に間違っている。

 吾輩は現役の魔王であるし、なんなら冒険者事務局の方が偽りである。

 一体どこでこんな勘違いが起きたのか。

 まさか佳保殿の脳内では吾輩はそのように処理されていたとはな。

 確かに、合理的にこの状況を処理しようとすればそういう解釈になるか……。


「え、えっと、それはな……って、あっ!」


 ここで、志保の顔がみるみるうちに青ざめて行く。

 大方、大志殿がいることを失念して魔王という単語を出したことを後悔しているのであろう。


「いや、真中さんが冒険者事務局の人で元魔王だっていうのは俺も知ってるで。佳保からとっくの昔に聞いたわ」


 ここで、畳みかけるように大志殿が会話に加わる。

 洗脳こそしていたが、佳保殿の口止めはしていなかった。

 この日本において、まさか『魔王』などということを外部に話すことはないだろうと高を括っていたからである。

 そんなことを口走ればたちまち変人扱いされるのがオチであろう。

 ところが、であれば話すであろうという可能性は思ってもみなかった。


「大志さんったら、教えたときなんて仕事をほったらかして帰って来ようとするんですもの」

「むむむ。魔王と聞いて、俺のオカルト魂がめっちゃ揺さぶられたんや! 仕事中もヤバかったんやぞ。すぐに家に帰りたくてうずうずしてたわ!」


 視線を志保に向けると諦めたような目をして静かにしている。

 あれだけ色々と苦労していたのに、こうもあっさりと吾輩が魔王とバレたことにショックを受けているのだろうか。

 はたまた、目の前にいる吾輩を魔王として疑わない両親に呆れているのか。

 とはいえ、元魔王という設定になっているのは都合がよい。

 この際、話を合わせてしまおう。


「ふむ……バレてしまっては仕方がない」


 机の上に肘をついて手を組んで、深刻そうな雰囲気を醸し出す。

 声もいつもより若干低めにする。


「その通り。吾輩は魔界を追われた元魔王である。現在は真中王太郎として生活をしている」


 吾輩の言葉に志保は『ホンマにありがとう!』と声がなくても伝わって来る勢いで頷いている。

 対して大志殿は箸を落として驚き、佳保殿は普通にそれを拾っている。


「まさか……俺が生きている間に本物の魔王に出会えるなんて……」


 申し訳ないが、こいつは大丈夫なのだろうか。

 佳保殿は趣味に情熱を捧げる人物だと言っていたが、これは行き過ぎではないか。

 元魔王などという、この世界では異常の存在を簡単に受け入れ過ぎなのではないか。


「どうかこのことは秘密にして欲しい。世間にバレるとどうなるかわからない。もしかすると吾輩を追放した魔界の者たちが嗅ぎつけて始末しに来るかも知れぬ。そうなると、吾輩の素性を知る掛田家の人間もただでは済まないだろう。追放された吾輩に良くしてくれた掛田家に迷惑をかけるのは本意ではない。だが、一方で掛田家のサポートがなくては吾輩はどうしようもない。どうかこれからもよろしく頼む。代わりに吾輩は魔法で佳保殿を助けるし、志保の冒険者生活のサポートもしよう」


 我ながら自分の演技力が怖い。

 完璧な偽装ではないか。

 志保は瞳に涙を浮かべている。

 ただ、一点だけ訂正が許されるならば、吾輩を始末できるような魔族など存在しないということであろう。

 つまり、始末される心配などまずない。

 なんなら、このゴールデンウイーク中に一度魔界に帰る予定である。


「当たり前ですよ真中さん! 佳保! 志保! 真中さんの秘密は絶対に漏らすんじゃないぞ!」

「はい。大志さんがそう言うなら」

「ウチも絶対に言わへんで! 絶対にな!」


 佳保殿はにこやかに微笑み、志保は壊れた人形のように首を縦にブンブンと振っている。

 どうやら吾輩は完全に掛田家への浸透を完了したようである。


「ささ、真中さん。どうぞ食べてください。佳保の料理は最高ですから!」

「うむ。それは吾輩も認めるところである」

「ほら、佳保。真中さんにもビールを注いであげて」

「もう。大志さんたら調子がいいんですから」


 佳保殿が酒を注ごうとするが制止する。

 アルコールが飲めないわけではないが、酔った勢いで何をするかわからない。

 大志殿の目がある以上、ここは控えるべきであろう。


「申し訳ない。アルコールは控えている」

「あ、そうでしたか。やっぱり魔王でもアルコールで魔力が弱まったりするんですか?」

「うん?」

「昔読んだ書物に書いてあったんですわ。『アルコールは魔力を減少させる』って」

「そ、そうか」

 

 残念であるが、その書物は虚偽記載ばかりであろう。

 吾輩の経験則上、むしろアルコールによって魔力が活発になる者の方が多い。


「魔法と言えば、志保」

「うん?」

「真中さんに変な魔法とか掛けられてへんやろうな? もしそうならお父さんが解除したるからな」

「あ、うん。その心配はいらんで」


 吾輩の正体問題が解決したからか、志保の顔色は戻っている。

 そして大志殿よ。

 仮に志保に洗脳の魔法等をかけていても、お主のオカルトでは解除はできぬ。


「お父さんのまじないとかやなくて、魔王のはマジもんやからお父さんには無理やろなぁ……」


 志保の小声のツッコミが真実をまさに表現していた。

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