第45話 力を見せる魔王
騒がしい夕食が終了してしばらく。
吾輩の素性がバレはしたものの、結果としては悪くないところへと落ち着いた。
確か『雨降って地固まる』と日本ではいうのだろうか。
使い方が合っているのかどうか自信はないが、兎にも角にもこれで吾輩も活動しやすくなった。
「ホンマに助かったわ!」
今は志保の部屋にいる。
食事を終えると、珍しく志保に部屋へと連れ込まれた。
日頃とは真逆の光景である。
吾輩としても明日の鎌田絵里との戦いに備えた作戦会議がしたかったので都合がよい。
「いやー、お母さんがまさか『元魔王の冒険者事務局の人』って認識しとったなんて。ほんでそれをそのままお父さんにも伝えとるとは……」
「そもそもそれがなくとも、お前が佳保殿の追及したせいで口を滑らせていたから、どの道今日にはバレていたであろうがな」
「うぐっ……」
今思えば佳保殿を、吾輩がもう少し上手く操作しておけばよかったのだ。
この点は佳保殿に恩義を感じて徹底できなかった吾輩のミスである。
日頃の普通の生活に馴染み過ぎて、佳保殿に洗脳魔法をかけていることをついつい忘れてしまう。
「まあ、これで吾輩も動きやすくなった。この話はここまでにしておこう」
「そう言ってもらえるとありがたいわ」
一段落着いたところで、2人揃って深いため息を付く。
何とも疲れてしまった。
「さて、では明日の鎌田絵里との戦いについての作戦であるが……」
吾輩が本題を切り出した、ちょうどそのタイミングでコンコンコンと部屋のドアがノックされる。
「お母さんか?」
「ちゃう、俺や。真中さんはおるか?」
志保の問いかけに答えたのは大志殿であった。
どうやら吾輩を呼んでいるようである
「おるで。入ってきてもええで」
嬉しそうな顔をしながら部屋に入って来た大志殿に何用か尋ねる。
「吾輩に何か用事か?」
「もし時間があれば俺の部屋に来て欲しいんやけど。アカンか?」
はて。
どうしたものか。
吾輩としては明日に備えて志保と打ち合わせをしたいのであるが。
しかし、日頃世話になっている恩を返すためにも、ここは掛田家の家長に従うべきか……。
チラッと志保の方に目を遣る。
「はぁ。今日は魔王に助けてもらったからな。先に寝たりせんからお父さんの方に行ってあげてや」
「ふむ。そう言うなら行かせてもらおう」
「お、なんか知らんけど話ついたみたいやな。じゃあちょっと真中さん借りていくで」
「いっその事、ずっと借りとってもええで」
勝手に親子間で貸し借りをされる。
仮に大志殿が吾輩をずっと借りた場合、志保はいつ寝るのであろうか。
吾輩を裏切って寝るつもりなら後悔させてやろう。
「じゃ、真中さんはこっちへ」
大志殿に促されるまま志保の部屋を出ると、2階の一番奥の部屋へと案内される。
普段は家族の入室さえ禁止されているという例の部屋だ。
「ほう……」
中は凄まじいことになっていた。
夫婦の寝室が別にあるため、この私室にはベッドがない。
その分だけ本棚が設置されており、びっしりと様々な本が詰められている。
壁には何だかよくわからない生物のポスターや見たことのない地域の地図が貼られ、棚には無数の模型がおかれていた。
床には魔法陣のような紋様まで書かれている始末である。
少なくともあの魔法陣では魔力を注入したところで何も起こらない。
術式が滅茶苦茶である。
「話には聞いていたがこれは凄いな」
「ちっこい頃からUFOやUMAというのが大好きやってな。そこからオカルトや超常現象全般にハマっていってしもうたんや。子どもの頃は、その手の特番がいっぱいやってたから夏休みが大好きやったなぁ……」
どこか遠い昔を思い返すような台詞を口にする。
吾輩にとってみれば20年や30年程度は極々最近の話であるが、人間の寿命からすれば懐かしむほど昔なのであろう。
「なるほど。筋金入りというわけか」
UFOやUMAが何を指しているのかは分からない。
ただ、この男なら元魔王などと言う荒唐無稽な話も信じるということは理解できた。
「ほんでさっそくなんやけど。何か魔法を見せてもらわれへんやろか?」
「魔法なら最初に志保の髪の毛を金髪にしたではないか」
「ちゃうねん。目の前で見たいんや。佳保から『宙に浮く皿洗い』の話を聞いてから、見たくて見たくてしゃあなかったねん。ここだけの話、ゴールデンウイークに帰って来た一番の理由かもしれへん」
「それは佳保殿には内緒の方が良いだろうな」
「やから、内緒で頼むわ」
大志殿をさらに深く信じ込ませるためにも披露するとしよう。
「良かろう。では、あそこの本棚の本を引き寄せてやろう」
本棚に向かって手をかざす。
そして、一番重そうな本に向かってこちらへ来るように念ずる。
ひょいっと本は飛んで来て吾輩の手の中に納まる。
お、重い……。
こんなにも何が書かれているというのか。
「どうだ?」
大志殿を見ると目を何度もパチパチとさせている。
よっぽど衝撃的だったのだろう。
「すごい……すごいで真中さん! 他にはどんなことができるんや!」
「どんなことと言われても。大抵のことはできる」
「何かやってみてや!」
「ならここから志保に念を送ってみよう」
これはダンジョンに潜った志保との通信手段として用いているものである。
ダンジョン内は外部に電波が届かないらしく、スマホでのやり取りが不能であった。
そのため魔法でのやり取りは重宝している。
何よりも、この前のようにグッズ探索のように用事があればよいのであるが、話でもしていないとダンジョン外で待つ吾輩は暇で暇で仕方がない。
「それで何という言葉を送って欲しい?」
「そうだな。なら、『志保、愛してるよ』と送ってくれ」
「うむ。承知した」
目を閉じて志保の気配を感知する。
そして、心の中で話すように言葉を念ずる。
するとドドドドドドドドドッと足音を立てて、勢い良く志保がこちらへやって来る。
「おいこら!! な、な、何をいきなり『愛してる』なんて気色悪いことをほざいとんねん!? 鳥肌が立ったやないか!!」
なにやら志保は随分と怒っているようだ。
言われて気分を害するような暴言ではなかったと思うのであるが。
「え、真中さん。まさか、『志保、愛してる』ってそのまま送ったんか?」
「うむ。それが大志殿の要望であったからな」
「ぷっ。あはははふふふうひひひひ!」
大志殿が腹を抱えて笑い出す。
「え? なに? どういうこと? あと、お父さんちょっとキモいで……」
その後、何があったのか説明すると、志保は恥ずかしそうにしながら『ウチもやで』とだけ言って部屋へと帰って行った。
「はぁー、笑かしてもろうたわ」
そう言いながらも大志殿はまだ笑いが収まっていないのか、しばらく呼吸を整える。
「ふむ。次は気を付けるとしよう」
「いやいや。そのまま天然な感じでいてください。そっちのほうがおもろい」
「う、うむ……」
これは、褒められているのであろうか。
「さて、こうして真中さんを呼んだのにはもう一つ大事な用事があるんです」
先ほどまでとは打って変わって大志殿は真面目な顔になる。
これは真剣な話であろう。
「ほう。なんだ?」
「ホンマにありがとうございます」
「なぜ吾輩は感謝されたのだ? 話が読めぬ」
「父親としては感謝せなあかんのですよ」
それから大志殿は吾輩に感謝する理由をこんこんと述べ始める。
なんでも冒険者になりたての頃は、それはそれは父子ともに大いにはしゃいだのだという。
ところが、吾輩の知っての通り冒険者の現実にぶつかった志保はどんどんと元気をなくして行ったのだという。
「志保が辛そうにしてるんは電話越しにもようわかってたんやけど。なにぶん、単身赴任の身でして、父親として志保の力にはなってやれなかったんですわ」
「それは仕方のないことであろう。そうして大志殿が働いているからこそ、志保は学校にも行けるし、日々の生活もできているのだ」
「そうですけど、人間の親っちゅうんは衣食住を子どもに提供すればそれで終わりってもんじゃないんです。ともかく、毎日毎日心配で。正直なところ、冒険者なんか辞めてまえばええとも思ってました」
ふむ。
吾輩には子がおらぬゆえ親の心情というのは分からぬ。
ただ、目の前の男が心底娘を思っていたというのだけは十分に理解できる。
「それが、真中さんが来てからというもの。志保から冒険者関連の連絡が来るようになったんです。投稿された動画を見ても楽しそうにしとるし。ホンマに嬉しかったですわ」
「そうか」
「実は、それでも本物の志保に会うまでは不安やったんですけど、今日の志保を見る限り完全に昔の楽しそうな志保に戻っとって安心しました。だから、礼を言います。志保を指導してくださって、ありがとうございます」
そういって、大志殿は深々と頭を下げる。
「やはり、吾輩には礼を言われる筋合いはない」
「な、何でですか?」
吾輩の返答に大志殿が驚いたような声を出す。
「吾輩は吾輩の楽しみのため。やりたいようにやったまでである。志保のためにやったわけではない」
「真中さん……」
「それに吾輩はこれでも元魔王であるぞ。礼を言っているが、裏の企みがあるやもしれぬだろう」
「そうですね。ええ、どうですわ! これからも志保を好き勝手にするんやったら見張ってますよ!」
「望むところだ! これからも吾輩の楽しみのためにせいぜい志保を利用させてもらおう!」
「「フハハハハハ!」」
吾輩と大志殿の高笑いが掛田家に響き渡ったのであった。
……すぐに志保に「やかましいわ!」と仲良く説教を食らうことになったが。
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