第43話 父親に会う魔王
「フハハハハハ!」
「あら、真中さん。なにか良いことでもあったんですか?」
高笑いする吾輩を見て、佳保殿が微笑みながら尋ねてくる。
あまりにも気分が良かったため、ついつい高笑いをしてしまった。
「うむ。少しな」
「あらあら、そうなんですね」
本来ならゴールデンウイーク前半はオークのステータスを探るだけの予定であった。
それが何の因果か明日もダンジョンに潜れるのである。
加えて、鎌田絵里との再生回数勝負という話題性抜群の動画撮影が可能なのである。
今日の野次馬達の誰かが情報を流したのであろう。
既にSNS上では『遂に女子高生冒険者が激突!』や『鎌田絵里VS掛田志保 勝つのはどっちだ!』といった投稿がちらほら出始めている。
吾輩が何をするでもなく、宣伝が行われている。
「志保もなんだかやる気に満ちた顔をしていましたし、もしかして良いことって冒険者関係ですか?」
「その通りだ」
その当の本人は、家に帰って来るなり汗をかいたからと言って、風呂へと直行してしまった。
本来であれば、明日に向けての作戦会議を今すぐにでも開きたいのであるが、志保とて年頃の娘であるから、父親の帰宅までに身だしなみを清潔に整えたいのであろう。
しかし、あのまま吾輩が機転を利かせて撮影を明日に延期しなければどうするつもりであったのだろうか。
無策のまま動画撮影をしても勝負にはならないどころか、単発動画として見ても面白くないものになりかねない。
志保は吾輩が父親の帰宅に配慮したと勘違いしているようであるが、その辺りにもっと気をまわして欲しいものだ。
ともかく、絶好の再生数と人気稼ぎの機会なのだ。
上手く利用させてもらうとしよう。
「ふー、すっきりした」
そんなことを考えているうちに志保が風呂から上がって来る。
「ほい。真中さんよろしく」
そして、そのまま何の抵抗もなく、まだ布で拭いただけの濡れた頭髪を吾輩に差し出してくる。
全く。
吾輩を『ドライヤー』や『ヘアアイロン』とかいう機械と勘違いしているのではないか。
気が付けば日課のようになってしまったため、今更拒否はしないが、何とも言えない気持ちになる。
「あらあら。もうすっかり真中さんと仲良しね」
「仲良しちゃうわ! ただ、こんだけ便利やったら利用せん理由がないやん。お母さんもしてもらったら?」
「お母さんはいいわ。真中さんには他にお世話になっているし、真中さんをとったら志保に嫉妬されるかもしれないから。」
「ぜっっっったいないわ!」
ははは、こやつめ。
少しばかり遊んでやるか。
いつものように髪を整えてもらえると信じている志保は、佳保殿との会話に夢中になっている。
これなら、気付かれることもないだろう。
魔王を舐めるとどうなるか教えてやろう。
『ピーンポーン』
タイミングを計ったかのようにインターホンのベルが鳴る。
さすがにインターホンの名前は覚えた。
『門に設置された外部に音声を発する四角形の機械』といつまでも言っているような吾輩ではない。
志保の作業を手早く終え、吾輩も身だしなみを整えて出迎えの準備をする。
佳保殿が機器を操作すると、画面上に眼鏡の男性が映し出される。
「はーい」
かつて吾輩が掛田家を初めて訪れたときと同じように、佳保殿が対応を始める。
いや、あの時よりも、緊張からか少々声が上ずっているようである。
『俺や。帰ったで』
むむむ。
今、『オレ』と言ったか?
もしやオレオレ詐欺の詐欺師ではないだろうな?
「真中さん、安心し。インターホンに映った姿も声も完全にお父さんやから」
吾輩の心配を感じ取ったのか、志保が教えてくれる。
「今開けますから、少し待ってくださいね」
佳保殿がインターホンでの通話を終了して玄関へと向かう。
その後ろに吾輩と志保もついて行く。
ガチャと佳保殿が扉を開けると、そこには先ほど画面に映し出されていた、黒髪短髪で眼鏡をかけた男性が立っていた。
体格はそれほど良くはない。
というよりも正直に言えば少々太り気味である。
室内での仕事がメインの職業だと志保が言っていたから致し方無いのだろう。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま。志保……も……ただいま……」
久しぶりに娘を見た大志殿が少し困惑している。
ククク……。
「おかえり。お父さんどうかしたんか?」
「い、いや。なんでもないで」
「それよりも。ほら、これが真中さんやで」
面倒ごとは先に処理してしまえと言わんばかりの志保の紹介である。
紹介された以上、吾輩から挨拶をするのが筋であろう。
普段は吾輩に会いに来た者から名乗りを上げるのであるがな。
「冒険者事務局の真中王太郎である。先般のスマホのみならず、大志殿の留守中に佳保殿には大変な世話になっている」
「これはこれは。こちらこそ佳保と志保がお世話になっとります。掛田大志です」
互いに頭を下げて挨拶をする。
ふむ。
やはり詐欺師とは全く違う人物のようだ。
改めて、あの件では大志殿を下賤な者と勘違いして申し訳なく思う。
「さあ、いつまでもそんなとこにおらんと、お父さんもあがりや。ご飯の用意もできとるし」
吾輩と大志殿のファーストコンタクトが上手くいったことに気を良くしたのか、志保が元気よく提案する。
「し、志保の言う通りやな……」
「うん? やっぱりなんかお父さん変やな?」
自分を見るたびに父親の態度が変だということに志保が気付き問い詰める。
大志殿は随分と言い辛そうにしているが、意を決したように口を開く。
「な、なぁ志保」
「うん?」
「その、お父さんは最近の若い子の事情にはあんまり詳しくないからあれなんやけどな」
「うん」
「金髪が流行ってるんか?」
「へ?」
志保の顔は『急に何言ってんだこのおっさん』というようなキョトンとした表情をしている。
対して、志保を見た佳保殿は意外と冷静にしている。
こちらは吾輩の仕業だと知って楽しんでいるようだ。
「あ、いや! 別に長期休暇ではめを外したい気持ちもわかるから。お父さん、怒ってるわけちゃうで! ただ、ちょっとびっくりして……」
「いや、わけわからんのやけど……」
「その……金髪も良く似合うなぁ! さ、さすがお母さんの娘や!」
言うに困った大志殿はとりあえず褒める作戦に出る。
「はい? ……まさか!」
そこまで聞いた志保はダッシュで洗面所へと駆けていく。
「な、な、なんじゃこりゃ! 金髪になっとるやん!」
掛田家に金髪志保の叫び声がこだまする。
「ふふふ。あの子も大志さんが帰って来て嬉しいみたいですね」
「お、おう。なんというか、君は相変わらずマイペースというか変わってるね」
「あら、大志さんに言われたくないです。さ、上がってください」
「そうやな。俺も腹ペコや。というか、志保はいつから金髪なんや?」
「さあ。さっきまで黒髪でしたけど」
「おお! これは怪奇現象の予感だな!」
そんなことを言いながら、未だに洗面所で暴れ回る娘を放置して夫婦はリビングへと入って行く。
「真中さん! こっちに来い!」
志保からの呼び出しには大人しく従ってやることにしよう。
というよりも、志保抜きであのふたりと同じ空間にいる自信がなかった。
「……吾輩はもしかすると、トンデモナイ家庭に潜り込んでしまったのかもしれぬ」
吾輩らしからぬ弱気な独り言を呟く。
「真中さん! 早く!」
「わかっておる」
洗面所に到着すると、顔を真っ赤にした志保がこちらを睨みつけていた。
「早よ戻してや!」
「そう怒るな。大志殿も言っていたが、金髪も悪くないぞ」
「ア、ア、アホなこと言っとらんと戻してや! うぅ……恥ずかしい……」
「ふむ。そこまで言うのなら戻してやろう」
作業中「このやろう……ふざけんなや……このやろう……」とブツブツと呟きながら吾輩を軽く足蹴りしてくるが、まあ愛嬌ということで許しておいてやろう。
これが、勇者であれば足を引っこ抜いてやるがな。
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