第38話 ゴールデンウイークの予定を立てる魔王

 あとは寝るだけとなりベッドに転がる志保と、いつものように話をする。

 どうやら風呂に入ったことで帰宅直後のショックからは立ち直ったようである。


「お前はこの冒険者のことを知っているか?」

 

 鎌田絵里の紹介ページをスマホで開いて志保に提示する。

 まさか、こんな日が来るとは転移当日には思いもしなかった。


「ああ、鎌田絵里ちゃんやろ。もちろん知っとるで。ウチと同じ高校3年生なのに去年トップテンに入ったんやからホンマ凄いわ」

「うむ。お前が変な意地を張って潜って屠らなかった間に、こちらは随分と成長したようであるからな」

「うぐっ、事実やけど随分とハッキリ言うやん」

「なに。これから追いつけば良いだけのことだ」

「おお……なんか魔王が優しい……」


 まるで珍しいものを見るような視線を向けられる。

 こうして人間の小娘に惜しげもなく吾輩の頭脳を貸してやっている時点で、相当慈悲深いというのに、なんとも失礼な言動である。


「では、これから始まるゴールデンウイークでは鎌田絵里を見習って毎日動画を撮影しに行くぞ」

「え、毎日はさすがにイヤなんやけど。普通に遊びたいし」

「な、なに!?」


 なんということか。

 この長期休暇という素晴らしいチャンスをこの娘は捨てるというのか。


「そんな驚かんでもええやろ。女子高生のゴールデンウイークをなんやと思ってんねん」

「し、しかしだな……」

「というか、ゴールデンウイークの真ん中は美優の家に泊まることになっとるから」

「なぜそれを早く言わないのだ! しっかりと佐竹美優の機嫌を取ってくるのだぞ」

「えぇ……急に態度変えるやん……。なんで魔王は美優の話題になると弱気なんや」


 あれはただ者ではない。

 吾輩の勘がそう告げている。

 おそらく戦えば吾輩が勝つであろう。

 だが、それ以上の言い知れぬ精神的圧迫をあの娘は与えてくるのである。


「まあ、ダンジョンには一切潜らへんとは言ってないんやから。な?」

「う、うむ……」


 なぜ10代の人間の娘に諭されるような口調で話しかけられているのであろうか。

 若干納得がいかぬが、これ以上暴れたところで状況は変わらないであろう。

 こういう場合は事態を受け入れて代替案を提案するのがよい。

 魔族の王として培ってきた経験である。


「なればそれ以外の日を使ってダンジョンに潜るのが良いか」

「いや、明日にはお父さん帰って来るから、その辺もあんまりダンジョンに時間使いたくないんやけど」

「ぐっ……」


 単身赴任の父親との時間も欲しいと言われてはなんとも反論ができぬ。

 吾輩とて、挑んでくる人間に対しては容赦はせぬが、血も涙もない外道というわけでもない。


「な、なんやねん。そんな悲しそうな目でこっちを見つめんといてや……。 ああ! もうわかったわ! ほんなら明日お父さん帰って来るの夜やから、朝のうちにオークのステータスを取りに行こう。な?」


 次に攻略するのは、前回攻略を延期したオークにすることは志保と話していたのであるが、どうやらこのゴールデンウイークは思ったほどダンジョンには潜れなさそうである。

 もったいないことではあるが、それとて仕方ない。

 多少はダンジョン攻略に融通を利かせてもらうとしても、志保の私生活を滅茶苦茶にしてまで行おうとは思わない。

 第一、楽しそうにしていない志保をトップ冒険者にしたところで、吾輩の欲望は満たされはしないだろう。


「ふむ。父親との時間は必要であろうから、その案で妥協してやろう」

「おお……魔王も気遣いとかできたんやな。」

「失敬な。王たる吾輩は常に配下のために心を砕いているのだぞ」


 これでも組織の長をやっているのだ。

 その辺の気配りくらいはできる。


「お前が佐竹美優の家から無事に帰還した、ゴールデンウイーク後半は集中して動画撮影をするぞ?」

「わかったわかった。あと、なんで毎回のように美優をフルネームで呼ぶん?」

「それは畏敬の念を込めているからだ」

「えぇ……なんやそれ……。それに『美優の家から無事に帰還』って、別に美優の家は危険な場所じゃないからな。サバンナとかにあるわけじゃないからな。……佐竹家ならサバンナに別荘あるかもしれんけど」


 サバンナとやらが分からぬが、あとでスマホを使って調べておこう。

 だが、例えサバンナがどんな土地であろうとも、佐竹美優の家に比べればたいしたことはないだろう。

 なるほど。

 魔王城に攻め入った冒険者というのはこのような気持ちだったのかも知れぬな。


「お前がしばらく外泊するならば、そのタイミングで吾輩も一度魔王城に戻るとしよう」

「え、日本と魔王城って行き来ができるんか?」

「当たり前であろう。吾輩は魔王であるぞ。それくらい造作もない」


 そもそも魔王城に戻れなくては、吾輩はこのままこの世界に閉じ込められてしまうではないか。

 この世界でやることが終わったときに、次なる世界へと旅立てなくなる。


「ならゴールデンウイークの間はずっと魔王城におったらええやん。それで全部の問題が解決するんちゃうか?」

「それでは動画撮影ができないだろう」

「いや、別にどんな動画にするのかだけ教えてくれたらウチだけでも大丈夫やろ。オークの弱点ってなんなん?」

「…………」

「……ど、どないしたんや? そんなに沈黙して」

「今まで世話になったな。吾輩はこれにて魔王城に帰るとしよう。今後の攻略に関しては頑張るといい。吾輩は勇者狩りに戻るとする」

「あー! 待って! ウチが悪かったから! な? ホンマにごめんって!」


 志保が慌てて謝罪をしてくる。

 ふむ。

 どうやら今朝のテレビでやっていた、『当たり前だと思われていることを当たり前じゃないと思わせる』という恋愛テクニックとやらは、対人関係において有用なようだな。

 こうも簡単に志保を屈服させてやったぞ。


「よかろう。そこまで懇願するのならこれからも手伝ってやろう」

「ホ、ホンマか! ありがとうな!」

 

 そもそも魔王城に戻ったところで楽しみなど存在していないのだから、吾輩の方からこの生活を手放すわけがないのだがな。

 これが駆け引きというやつか。


「ほな、ゴールデンウイークの終盤はウチと一緒にダンジョン攻略ということでええな?」

「うむ。そうしよう」


 魔王らしく人間の心を久しぶりに操ってやったわ。

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