第39話 変化を感じ取る魔王

 そんなこんなでゴールデンウイークの初日となる。

 この日の掛田家は朝からそわそわとしていた。

 正確には佳保殿と志保がそわそわしており、吾輩はいつものようにオオサンショウウオ君を側に置いて、リビングでスマホ片手に動画を見ている。


「なんで家主が帰って来るというのにそんなに余裕なんや……」


 そんな吾輩に向かって、志保は呆れたような声で話しかけてくる。


「今から浮ついても仕方ないであろう。それに吾輩に会いたい者との謁見えっけんというのも慣れている。誰かに会う程度であたふたするような吾輩ではない」

「まるで王様みたいやな」


 みたいではなく、吾輩は正真正銘の王である。


「大志さんの好きな穴子も用意したし、志保の好きな軟骨の唐揚げも用意したし。真中さんに手伝ってもらって掃除もしたし……」


 佳保殿も妙に落ち着かない様子である。

 まあ、家を空けていた夫が戻るのだから当然か。

 戦場へと向かった夫を待つ妻というのは吾輩も幾度となく見て来た光景である。


「さて、では行くとしよう」

「せやな」

「あら、ふたりともどこか行くの?」


 連れ立って部屋を出ようとする吾輩と志保に佳保殿が話しかけてくる。


「ちょっと、お父さん帰って来るまでの時間でダンジョンに行ってくるわ」

「そう。けど、遅くならないようにね」

「うん。わかってる。ほな、行ってくるわ」


 そんなやり取りを終えて、いざダンジョンへと向かう。

 いつものように最寄り駅まで歩いて、電車に乗ってダンジョン前駅で下車する。

 流石に電車にも慣れてしまい、今更驚きの声を上げることはない。


「おお……これは……」


 が、今回は別の事象で驚きの声を出してしまう。


「うわぁ。ゴールデンウイークなだけあって人多いなぁ……」


 志保の言う通り、ダンジョン周辺は多くの人で賑わっていた。

 親子連れにカップル、グッズに身を包んだ熱狂的なファン。

 様々な人間が楽しそうにしている。

 『潜ってほふれるスター』たる冒険者の人気が良く分かる。


「これはダンジョンに潜っている冒険者も多そうであるな」

「やろうなぁ。はぁ……しらん人に痴態を見られへんか心配や……」


 急遽決まった曽根美咲とのコラボ動画で延期となったオーク討伐であるが、かのモンスターは棍棒を装備している厄介な相手であった。

 志保が不安げにする理由もわからなくない。


「それに、こんだけ人が多いのは来月が投票なんも関係してるかも」

「どういうことだ」

「投票前の最後の連休やからアピールのために潜りに来る冒険者が多いねん」

「ほう」

「で、それに釣られてファンがやって来るんや。現地でリアルタイムに応援したいってな。他には次にブレイクしそうな冒険者のグッズを今のうちに買うコアなファンもおるんや」

「投票後、人気になってからでは入手が困難になるからか」

「せやな。まあ、高騰したところを見計らって転売する奴とかもおるけどな」

「なるほどな」


 どこの世界にも商魂たくましい者がいるものだ。

 仮に冒険者に人気が出なければ、不要な在庫を抱えるだけに終わる。


「来月に投票があると言っていたが、詳しくはいつ頃なのだ。」


 志保を落ち着かせるためにもう少しこの話題を続ける。

 なにより、投票について調べるのをすっかりと忘れていたので良い機会であった。

 スマホで調べればわかることではあるが、こうして志保との会話で情報を得る方が手っ取り早くわかりやすいことも多い。

 それに、中高生とのコミュニケーションが大切であると、ワイドショーで教育評論家という人物が偉そうに語っていたを見たばかりである。

 実践する良い機会であろう。


「ええと。投票は3月、6月、9月、12月の25日がスタートで末日が締め切りや。ほんで結果発表は翌月の3日って決まっとる。例えば、1月から3月までの間で活躍したと思う人に投票する3月度のランキングは、3月25日から31日まで投票して、4月3日に発表されるわけや。1月3日には10月から12月までの12月度ランキングと年間順位が発表されるから、かなり大きな発表になるで」

「ふむ……」

 

 確かに、吾輩がこの世界にやって来たのは4月3日であった。

 だからこそ、街頭ビジョンで3月度の投票結果を放送していたのである。

 しかし、全国民的投票をわずかな期間で集計・発表できるとは、ネット環境というのはつくづく反則級の技術である。

 吾輩が行ったことのある世界でも、いくつかは投票による意思決定を採用していたが大抵は情報伝達の壁に苦労していた。


「よし、ほなちょっと行ってくるわ」


 どうやら、やる気を取り戻したようである。


「うむ。頑張って来るがいい」

 

 志保がダンジョンの入口へと向かうのを見送る。

 さて、吾輩は何をしようか。

 しかし、こうも人が多いと暑く感じるな。

 季節は夏に向かっているというし、これから更に暑くなるのだろう。

 この日本という国は、湿度の高い気候のようである。

 これから気温が上がるにつれて不快な気候が続きそうであるな……。


「せっかくだ。先ほど話題に上がったグッズショップでも覗いてみよう」


 さすがにオークのステータスを手に入れるだけの短時間で、志保が救護室送りにされるとは思えない。

 別に救護室前で待っている必要もないだろうと判断し、人混みを掻きわけてグッズショップへと向かう。

 すると【最後尾はこちら】という看板を持った女性職員が立っていた。

 どうやら入店待ちの列ができているようだ。


「すまないが、どれくらい掛かる?」

「そうですね。店内に入るまでは30分くらいですかね。ただ、入店してからも店内が大変混雑しております」

「問題ない。並ぶとしよう」

「あと、目的の冒険者グッズが売り切れているかもしれませんが……」

「それも問題ない。特に目当てがあるわけではない」

「そうですか。では、こちらへどうぞ」


 職員の誘導に従って列に並ぶ。

 列の長さこそあったが、前に進むスピードは悪くなかったので、それ程の不快感を覚えることなく店内へと足を踏み入れる。

 強いて言えば、吾輩の後ろに並んだ高齢の女性たちにやたらと絡まれたことぐらいか。

 死んだ旦那の若い頃にそっくりな男前だと言われ、何故か知らぬが飴をくれた。


「これはなかなか……」


 飴をなめながら入口から店内を眺める。

 職員が言っていたように店内はごった返しという表現がピッタリな状態であった。


「さて、志保のグッズはあっちだったな」


 以前の記憶を頼りにゆっくりゆっくりと志保のグッズコーナーへと近づく。

 今はいくらかの金がある。

 せっかくであるからネーム入り鉛筆くらいは買ってみようか。

 ブロマイド写真は持っていると志保に怒られそうであるし吾輩も必要がない。

 どうせなら実用性のある方が欲しい。


「これは……」


 信じられない光景であった。

 前は山積みになっていた志保のグッズが売り切れていたのである。

 念のために何とか店員を捕まえて尋ねてみる。


「掛田志保のグッズはもうないのか?」

「すみません。棚になければもう品切れです。今朝、裏にあるのは全部出してしまったので」

「そんなに売れているのか?」

「はい。最近はとても人気で売上急上昇中なんですよ。ただ、元々は下位冒険者だったので、グッズの量も種類もそんなにないんですよ。入荷もいつになるか……」


 先ほど志保が言っていた、投票前にグッズを買っておくというファンの行動がまさにこれか。

 そして、言い換えれば吾輩の志保がそれだけの注目を受けているということである。


「そうかそうか! ワハハハハ!」


 気分が良くなってついつい高笑いをしてしまう。


「お客様?」

「いや、なんでもない。少々嬉しさのあまり声を出してしまっただけだ。では吾輩はこれで失礼する」

「は、はぁ……」


 吾輩の育成が順調であることを知り、軽い足取りとなってグッズショップを後にする。

 この分ならば、次の投票はかなり期待できるかもしれない。

 もしかすると、トップ冒険者もそう遠くないかもしれぬ。

 そんな吾輩らしからぬ希望的観測をついついしてしまうのであった。

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