第37話 研究する魔王

 先日の曽根美咲とのコラボ動画のおかげで、志保は知名度を大きく上昇させていた。

 今の実力ならまだ倒していないオークの動画を撮影しつつ、新たな敵の出現する第5層を目指すこともできるだろう。

 そんなタイミングで、学校の時間を心配する必要ない長期休暇に突入するとはなんとも僥倖である。

 ゴールデンウイークは人気を押し上げる千載一遇のチャンスであると言っても過言ではない。

 ここまでは裏技的攻略動画をアップしているが、この辺りで再生数稼ぎと人気の指標として別の種類の動画を上げてみても良いかもしれない。

 スマホのカレンダー機能を見ながらそんなことを考える。


「志保にも自覚が出てきたようであるしな」


 少し前に志保から電話があり、学友たちと話をしたところである。

 なぜ他の女と遊ぶことに興味がないことを宣言させられたのか不明であったが、吾輩に不利益はないので素直に応じてやった。

 最後に佐竹美優と直接言葉を交わしてしまうというハプニングもあったが。

 兎にも角にも、学友たちとの遊びを断るということは、即ちこの休みをダンジョン攻略に捧げるという意思表示であろう。


「……もしかして志保は吾輩を独占したいのか?」


 なんだかんだと言っても、可愛い所もあるではないか。

 吾輩とて、先日のように志保となら街に行ってやらなくもない。

 あやつとて、この休暇中に遊びにも行きたいであろう。

 なんにせよ、今の吾輩にできることは上位ランクに向けた研究であろう。


「となれば、今までのように特定のモンスターの動画のみを調査するのではなく、上位冒険者がどのような動画を上げているのかもっとよく見る必要があるかも知れぬな……」


 やるべきことを口にしたところでスマホの操作に戻る。

 もはや見慣れてしまった冒険者の公式サイトにアクセスして動画再生のページを開く。

 週間ランキングや注目ランキングといった短期間の再生回数ランキングのトップ表示に志保の動画が並ぶ日も出てきてはいた。

 一方で年間ランキングや累計ランキングと言ったところでは、わざわざスクロールをして画面を下方へ移動させなくては発見することができない。

 それも曽根美咲とのコラボ動画が一番最初に発見できるという具合である。

 つまり、志保単独ではまだまだ埋もれているのが現状である。


「さて……研究するといっても、常盤や加賀、曽根の動画を見ても参考にはならんな……」

 

 今までは特定のモンスターの動画を研究していたとはいえ、ランキング上位に居座る彼らの動画については見ていた。

 ただ、それらはドラゴンやヤマタノオロチと戦っているものであり、ただただ戦闘を映しているだけでも迫力がある。

 口から炎を吐き出し、強靭な爪と尻尾を鋭く振り抜くドラゴン。

 八つの頭で冒険者を翻弄するヤマタノオロチ。

 モンスターや魔法が日常には存在していないこの世界においては、そうした存在との戦闘風景は、それだけで充分なエンターテインメントとなっている。

 しかも、今まで両モンスターを倒した冒険者が存在していないため、今回こそは討伐したのではないかという期待も込められ、投稿された動画の再生回数は放っていても増加する。

 そんな動画を参考にしたところで、今の志保に活かせる要素は少ないと言ってよいだろう。

 一旦、動画再生ページから昨年の年間順位順に並んだ冒険者一覧ページへと画面を切り替える。

 思い返せば、日本へと転移した初日に三郎に見せてもらって以来、このページを閲覧したことがなかった。

 常盤、加賀、曽根の1位から3位までは把握していたが、それ以外のトップランカーにどのような人間が居るのか良く分からなかった


「志保の役に立つような冒険者は居るであろうか」


 かつて志保を見つけたときのように画面をスクロールして下げて行く。

 と、直ぐにある人物が目に留まる。


「ほう、10位にこんな者が居たのか」


 転生当日には全く気にもならなかったその冒険者が気になった理由は単純である。

 プロフィールの年齢が17歳と記載されていたのである。

 つまり、志保と同じ年齢で既にトップランカーに入っているのである。

 これは何か得られるものがあるかもしれぬ。

 そう思い、冒険者ページに貼られたリンクから鎌田かまだ絵里えりの動画へと飛ぶ。

 ふむ。吾輩も随分と機械慣れしたものである。


「…………。なるほど……これは人気も頷けるな」


 気が付けば数本の動画を閲覧していた。

 絵里は思った通りに志保と同じく高校生冒険者であった。

 一方で、動画の内容はダンジョンに潜ってモンスターを倒すというスタンダードなものであり、志保のように一風変わった動画を上げているわけでもない。

 

「まだこれだけの動画が残っているのか」


 それなりの数を見たつもりでいたが、画面をスクロールすれば未視聴の動画が次々と表示されていく。

 これが、彼女が高校生でありながら第10位に入っている理由であった。

 彼女は志保と同じように満16歳で冒険者となって以降、毎日動画を上げているのである。

 最初の頃はそれこそ志保の初期状態のように、ただゴブリンやスライムに蹂躙されるだけであった。

 それが徐々に徐々に成長していきモンスターを倒して、再生数で稼いだポイントで装備を更新、更にダンジョン深部へと進んでいく。

 彼女のそういった成長をリアルタイムで追いながら応援できるところが共感と話題を呼び、冒険者となって僅か1年で年間順位のトップテン入りを果たしたのである。

 人間というのは庇護欲を煽られると弱いとも聞く。

 少女が一生懸命に頑張る姿を見てしまうと応援せざるを得ないのであろう。

 動画に付されたコメント欄には応援する言葉や励ます言葉、攻略の参考となる別冒険者の動画リンクが張られており、視聴者との暖かい関係が見て取れる。


「やはり、定期的に動画をあげることが重要か……」


 地道な成長記録動画というのは志保の方針とは合わない。

 何より、今更そっち方面に舵を切ったところで、視聴者はそんなものを求めてはいないだろう。

 しかし、毎日投稿によって常に視聴者と関係を持つやり方は見習うべき点である。

 うむ。

 せめて、このゴールデンウイークは鎌田絵里を見習って動画を上げ続けるとしよう。


「ただいま!」


 そんなことを思っていると、元気な声と共に玄関が勢い良く開けられる音がする。

 どうやら志保が帰って来たようであるが、いつにも増して随分と騒がしい。

 普段なら佳保殿に帰宅の挨拶をするためリビングへと行くのであるが、今日はドタドタと音を立てながら階段を駆け上り、そのまま部屋の扉をこれまた勢い良く開ける。


「魔王! ゴールデンウイークは外で暮らしてや!」

「なんだと!?」


 全くもって想像していなかった宣言にさすがの吾輩も驚いてしまう。

 ゴールデンウイークといえば、かなり長い連休である。

 それを外で過ごせとは相当なことである。

 できないことはないが、あんまりではないか。


「理由を聞かせてもらおう」

「ゴールデンウイークはお父さんが帰って来るんやけどな」

「ふむ。この前もそう言っていたな。確か名は大志殿であったか。是非ともお会いしたいものだ」

「いや、お父さんに会って欲しくないから言ってんねん」


 なるほどな。

 大体の話が読めた。

 志保とて年頃の娘である。

 そんな志保のところに吾輩のような男がいるのを見られては、父親に誤解されてしまうということだろう。

 

「安心しろ。大志殿には吾輩とお前は男女の仲ではないと説明してやる」

「はぁ? そんなんいらんわ! というか二度とそんな気色悪いこと言わんとってや」

「なっ……気色……悪いだと……」


 なんだこの敗北感は。

 勇者にも英雄にも勝ち続けてきた吾輩がなぜ小娘に敗北感を味わっているのだ。

 これでも魔族の中では結婚話が絶えず持ち込まれた存在なのだぞ。


「志保。何を騒いでるの」

「あ、お母さん」


 騒ぎを聞きつけた佳保殿がやって来る。

 すまないがしばらくはそちらでやり取りをして欲しい。

 吾輩は少々ダメージを負い過ぎた。


「ゴールデンウイークはお父さん帰って来るやろ?」

「そうね」

「だから真中さんには外に行ってもらおうかなって」

「なんてことを言うの!」

「え、は? ウチがなぜ怒られとるんや……」


 どうやら志保も相当なダメージを受けたようだ。


「そもそも大志さんも真中さんに会いたがってるのよ?」

「お父さんが!? というか、お父さんは真中さんを知っとるんか!?」

「真中さんが家に来てからずっと報告してるわよ。志保も私も世話になっているから是非ともお礼が言いたいって」


 実際に大志殿は吾輩がスマホを持つことを許可しているのだから、佳保殿が言うように吾輩に悪い感情は持っていないはずだ。

 というか、志保は今の今まで大志殿が吾輩のことを感知していると知らなかったのか。


「し、知らんかった……け、けど……」

「けど?」

「食器が宙を舞って勝手に洗浄される光景とか、ゴミが消え失せるとことか見たらお父さんが発狂するんちゃう?」

「何言ってるのよ! むしろ見たいって言っていたわ!」


 その佳保殿の言葉に志保は「あっ」というような顔をする。


「せやった。お父さんはオカルトとか超常現象が大好きなんやった……」

「ともかく、真中さんには家にいてもらいます。いいわね」


 高らかに宣言して佳保殿は立ち去っていく。

 そして、自分の敗北を悟ったのか志保は俯く。

 どうやら吾輩はゴールデンウイーク中も掛田家にいられるようである。

 黙っている間に吾輩は勝者となっていた。


「まあ、あれだ。お前が父親に吾輩の正体を知られることを懸念しているというは理解できた」

「どうしたらええんや」

「安心しろ。万が一、吾輩のことを魔王と知って暴れだした場合には魔法で何とかする」

「もうそれで頼むわ。というか、今思えばお母さんはなんで平気なんや……」

「そ、そうであるな」


 佳保殿に洗脳の魔法を掛けていることは未だに志保には内緒であった。

 タクシー代の一件以来、吾輩が佳保殿相手に命令をしたことはない。

 そのため今の状況なら洗脳魔法を解いても問題はないと思うのだが、それでも何があるか分からないため、そのままにしている。


「とりあえず、ウチ着替えるから部屋から出てや」

「うむ」


 少々落ち込み気味の志保相手にふざけるわけにいかない。

 おとなしく部屋から出てリビングへと移動する。


「あ、真中さん。さっきは志保がすみませんでした」

「いや、良いのだ。ところで大志殿はどんな人物なのだ?」


 吾輩に会いたいと言い、志保すらも諦めさせる大志殿の人となりが気になって仕方ない。


「そうですね……大らかで優しい人です。ただ、趣味のオカルト話になると熱量が凄いです」

「それほどなのか」

「ええ、それはもう。大志さんの部屋にはお小遣いをつぎ込んだ色んなグッズが置いてあるんですけど、触られたくないからって、私も志保も基本的に入室できないんですよ。掃除なんかも全部大志さんが自分でやりますし」

「ほう……」


 これなら大志殿に洗脳の魔法は不要かもしれないな。

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