第36話 ゴールデンウイークの予定を立てる冒険者

 目の前に座る美優はニコニコ顔でタピオカミルクティーを飲んどる。

 ウチはあれあんまり好きやないんやけど。

 というか、ここハンバーガー屋やろ。

 流行に乗るのはええけど、節操なさすぎちゃうか?


「うーん! うまい!」


 そんなオッサンみたいなセリフを吐く美優の首元には、もちろんウチが誕プレであげたクローバーのネックレスが輝いとる。

 随分と気に入ってくれたみたいで何よりや。


「……でそれはええとして、なんでこんなにもおるんや?」


 眠い眠い午後の授業を何とか乗り越えて、ゴールデンウイークの話し合いのために美優とガスバーガーにやって来た。

 少なくともウチは美優と来るつもりやった。

 やけど、ガスバーガーの一角には女子高生が集まっとった。

 それも2人、3人やない。

 クラスの女子の大半を占める14人も集まっとった。


「いやー、うちとしても志保とだけ打ち合わせするつもりやったんやけど、みんな真中さんと過ごせるかもって思ったらしくて、待ち伏せされとったわ」


 はぁ。

 あのときの美優の不用意な発言がこんな大事になるとは。

 というか、ウチが嫉妬してる云々でいじったのを根に持っとるやろ。

 絶対にわざと引き込んだやろ。


「みんなに言っとくけど、真中さんは女の子と遊ばんと思うで」


 早よ本題に入りたいから先手を打つ。

 が、これが火に油を注ぐ結果となる


「ええ! それって志保が独占するってことやん!」

「そうや! そうや! ズルいぞ!」

「私も真中さんとオオサンショウウオ君談義がしたい!」

「イケメンとゴールデンウイークを過ごす抜け駆けなんて許さへんで!」

「志保付きで3人で遊ぶのでもええから! それで妥協するから!」


 他のお客さんからの視線が痛い。

 というか、魔王人気を少々なめとったみたいや。

 多分、毎日会っとるウチと違って、1回会っただけのみんなの中で魔王が相当美化されとるんやろうな。

 あと、なんでクラスメートのウチの方がオマケみたいな扱いになってるん……。


「ちょ、ちょっと待ってや。真中さんが遊ばへんって言ったのには理由があるねん!」


 このままでは埒が明かへん。

 そもそも魔王が女性には興味がないこと、居候しているのも遊ぶためではないことなどを丁寧に説明する。

 が、それでも不満は収まらない

 困るウチを見ながら美優はニヤニヤとしとる。

 コノヤロー!

 今日はお前のおごりやからな!


「はぁ。ほなもうしゃあない。真中さんに直接聞くか」


 最後の手段として魔王のスマホに電話をして、魔王様直々に下々の者に断りを入れてもらうことにする。

 そういえば、魔王と電話をするのはこれが初めてやな。

 というか、魔王とスマホで通話する人類なんてウチが初めてやろ。

 番号を押しながらそんなことを考える。


『吾輩である』


 2コール目くらいで魔王は電話に出る。

 反応早!

 あと通話の冒頭が『吾輩である』って、それじゃ誰か分からんやん。


「あ、真中さんか。ウチや、志保や」

『む、周りに誰かいるのだな』


 ウチが『魔王』ではなく、『真中さん』と呼んだことで状況を察してくれる。

 この辺の勘の良さは流石なんやけどなぁ。

 なんであんなにもポンコツ臭がしてしまうんやろうか。


「実はな、今クラスの女の子たちと一緒におるんやけど」

『ふむ。それでどうした』

「なんか、みんなが真中さんとゴールデンウイークに遊びたいんやって」

『なんだと? なぜ吾輩が人間の小娘なんぞと遊ばねばならんのだ。そんなものに吾輩は興味がない。ゴールデンウイークこそダンジョンの攻略をしなければならん』

「ほな、その旨を皆に伝えてや。じゃないと納得してくれへんわ」

『伝えると言ってもどうするのだ? そっちに行けばいいのか?』

「本人が来たら混乱するからスピーカーにして周りにも聞こえるようにするわ」

 

 何とか魔王の声を聞こうと、今もクラスメートが接近してくるのを美優が食い止めるという激しい攻防が行われている。

 こんなところに魔王が来たら、店への迷惑もええところや。


「ほら! 今から真中さんが皆にメッセージを伝えるから、一旦店の外に出るで! スピーカーでの会話をすると他のお客さんに迷惑やからな。」


 よっぽど魔王の声が聴けるのが嬉しいのか、みんな軍隊のようにおとなしくついてくる。

 店外で道に広がらないように注意しながらスピーカーをオンにする。


「真中さん、聞こえとるか」

『うむ。もう既にスピーカーになっているのか?』


 スマホから魔王の声が聞こえてくると同時に女子が色めき立つ。

 その声が向こうにも伝わったのか、ウチが答えを教えるまでもなく魔王も状況を理解する。


『こほん。初めまして、吾輩は真中王太郎という』

「あ、あの! 真中さんが志保の親戚っていうのは本当なんですか!?」


 許可もしとらんのに質問を始める。

 けど、ここで止める方が面倒くさいことになりそうやから放置や。


『う、うむ。志保の母親の佳保殿の系譜である。今は関西の歴史を研究するために縁を頼って掛田家に居候をさせてもらっている』


 お、魔王もやるやんけ。

 その設定は採用や。

 これなら魔王が関西弁を話さへん理由付けもできるな。


「あの、その! 良ければ、ゴールデンウイークに私たちと遊びませんか?」


 意を決して、いつもオオサンショウウオ君を絶賛しとる女子が魔王を誘う。


「あの、その、私のコレクションを見せ……」

「海に行きませんか!」

「バーベキューもいいですよ!」

「遊園地がいいですよね!」


 オオサンショウウオ君で更に畳みかけようとしたところで、周りの子が口々に声を上げ始める。

 あの魔王のことや。

 オオサンショウウオ君を出されるとどうなるかわからへん。

 場を混乱させんためにも、オオサンショウウオ君の話題が途切れたんは悪くないな。

 ちょっと可哀想やけど、ごめんやで。


『そうであるな。まずは日頃から志保と仲良くしてくれていることを皆に感謝しよう。そして、申し訳ない。吾輩はこのゴールデンウイークこそ集中して研究をしたいと思っているのだ。だから、皆と遊ぶことはできぬ。どうか許して欲しい』


 魔王にそう言われて反論する女子はおらんかった。

 ただ1人、反論とは違う声を上げるやつがおったが。


「真中さん! 志保のことは私に任せてください! 日頃と言わず将来も仲良くします!」

『むっ! その声は佐竹美優だな! すまないが吾輩は急用ができた! これで切る!』


 そこでぷつっと通話が切れる。

 少々唐突な終わりではあったが、意外と今回の魔王は誤解を生むような発言もなく的確に断ってくれた。

 魔王も成長しとるんやな。


「というわけやから。真中さん目当ての子は悪いけど引き下がってや。ごめんな」


 ウチの言葉に『それならしゃあない』、『真中さんの声が聞けてよかったわ』、『抜け駆けしたら志保でも許さんからな』、『うぅ……オオサンショウウオ君について語りたかったのに……』と口々に言いながらガスバーガーを出て行く。

 残ったのはウチと美優だけになる。


「って、純粋にウチと遊ぼうって奴はおらんのかい!」


 帰る友の背中を見送って、店内の座席に戻ったところで渾身のツッコミを入れる。

 はぁ。

 なんや悲しくなるわ。


「まあまあ。みんな真中さんと遊ばれへんからショックで帰ったんやろう。別に志保は嫌われてへんよ。知らんけど」

「いや、知らんのかい!」


 関西人の『知らんけど』は語尾に付けるだけの言葉やから真に受けたらアカン。

 こうしてツッコミを入れるのが礼儀やで。


「そんなことよりもさ」

「そんなことより!?」

「ゴールデンウイークは何しよか。ウチは志保の家に泊まりたいんやけど」


 え、めっちゃグイグイ来るやん。

 なんやかんや言いながらも、やっぱりウチが皆の人気者になったことに嫉妬しとるんやな。

 もー、ホンマにこの子は。

 けど、ごめんやで。

 ウチに泊めるのは却下や。


「あー、ごめん。ゴールデンウイークはお父さん帰って来るから」

「そういえば志保のお父さんは単身赴任してるんやったな」

「うん。お父さんが帰って来るから泊めるのはちょっと無理かな」


 これは単なる方便や。

 ホンマは魔王がおるから絶対に泊めたくない。

 あんな異常な存在は隠しきられへん。

 なぜかお母さんは何の疑問もなく受け入れとるけど、普通に考えて魔法で食器洗いしてるやつとかヤバすぎる。

 それに、なぜか魔王も美優のこと苦手にしとるみたいやし。

 このふたりに挟まれて生活するなんて絶対に嫌や。


「そっか……ふむ……」


 ウチの家に泊れないことで落ち込むかと思いきや、美優はなにやら考え込む。


「じゃあ、志保がウチに泊まりに来ればええやん! そうや! それがええやん!」

「あ、はい」


 勢いに飲まれて返事をしてもうた。

 まあ、別に嫌なわけやないけど。


「けど、お父さんとも会いたいからゴールデンウイーク全部は無理やで?」


 魔王とダンジョンにも潜りたいしな。

 もはや、何の疑問も持たずストレートにそう思えるあたり、ウチは完全に毒されとるな。


「わかってるわかってる。ほな、ゴールデンウイーク真ん中の3日間に2泊3日でどう? それならお父さんが来る日と帰る日に家におれるやん」

「まあそれなら。帰ってお母さんに相談してみるわ」

「やったぜ!」


 全く。

 ウチが泊まりに行くだけで大喜びするなんてかわええなぁ。

 ……って。


「お父さん帰って来るねんなぁ……」

「それがどうしたん? え、まさかお父さんと喧嘩でもしてるんか?」

「いや、ちゃうけどさ……」


 魔王のお父さん対策を考えなアカンよなぁ。

 いくらあのお父さんでも魔王は受け入れへんやろうし。

 ……いや、案外いけそうな気もする。


「ともかく、なんとかせななぁ……」

「え、はい?」

「ごめん美優! ちょっと先に帰るわ!」

「ちょ、ちょっと!」

「泊まりの詳細はスマホで!」


 混乱する美優を置いてガスバーガーを飛び出したのであった。

 ……しまった。

 ここ前払いの店やから、美優におごらせられへんやん。

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