第33話 浄化する冒険者

 冒頭を撮り終えてから、しばらくは美咲さんとおしゃべりしながらゾンビを探す。

 ヨガインストラクターをやっているのが、美咲さんの強さと美貌の秘訣と知れたんは一番大きい収穫かもしれん。

 ウチもお金貯めてからヨガ教室に行ってみようかな。


「敵の気配がするわ」


 急に美咲さんが立ち止まる。


「えっ?」


 そんなんウチには全くわからんで。

 けど、美咲さんの言葉が嘘ちゃうってのはすぐにわかる。

 ちょっとすると、前方からスライムが5匹ほどウネウネしながら接近して来た。


「美咲さん! スライムや! 今日はゴマ油持って来てへんからアカンで! 逃げようや!」


 というか、仮にゴマ油があったとしても5匹の相手はしんどい。

 救護室送りにされるのが先か、下着を露わにするのが先か。


「落ち着きんさい。ウチが倒したげるけぇ」

「へ?」


 そういうと、美咲さんは背中に背負っていた槍を抜いて構える。

 一見して、初めて出会ったときに構えていた槍とは違うとわかる。

 鞘が外された穂からはどういう原理なんかサッパリわからんけど、キラキラと銀色の粒子が放たれとった。

 あれは間違いない。

 美咲さんがオロチと戦う動画で何回も見た、全冒険者憧れの最強槍装備。


「こ、これが本物のグングニルなんか……」


 その綺麗さに、スライムが迫っとることも忘れて見とれてまう。


「スライム相手にこれを使うのはちいと大人げない気もするんじゃけど、志保ちゃんにはどこかのタイミングで特別に見せたげたかったけぇ。ちょうどええわ」


 それだけ言うと、美咲さんは近づいて来るスライムに向かって、グッと足を踏ん張り、腰を入れてグングニルを横薙ぎに振る。

 美しい銀色の閃光が横一線に走ったかと思うと、先ほどまでウネウネしとったスライムの姿が跡形もなく消え去る。

 ホンマに一瞬の出来事やった。


「す、すご……」


 それ以外の言葉が出てこんかった。

 ボキャブラリー貧弱すぎるやろ……。

 というか、槍の穂先自体はスライムに届いてへんかったで。

 どないなってるんや。


「ふう。これでゾンビ探しを再開できるわね」


 めっちゃ感動しとるウチとは違って、美咲さんは至って冷静や。

 まあ、美咲さんからしたらこの程度のことは朝飯前なんやろうな。


「ホンマに凄いわ! 美咲さんカッコ良すぎるで!」

「ありがとう」

「槍が届いてへんかったけど、あれはなんやったん?」

「ああ、あれね。実は、グングニルは特殊能力で攻撃力500の斬撃を飛ばせるんよ。オロチには効かんけぇ、動画では映しとらんかったけど」

「そ、そんな特殊能力があるんか……」

「これは武器購入アプリには表示されとらんけぇね。手にせんとわからんようになっとるみたい。魔法みたいでええじゃろ?」

「せ、せやな」


 魔法という言葉でウチのテンションが若干下がる。

 なんせ、魔王の見せてくれる魔法といえば、皿洗いくらいや。

 その皿洗いが頭をよぎってしまって、凄さが薄れてしまう。

 そんなウチの様子に気付くことなく、美咲さんはグングニルの穂に鞘を被せると、別の槍に装備を切り替える。


「万が一、グングニルにゾンビの体液がついたらいやじゃけぇ。別にダンジョンを出てしまえば関係ないんやけどね」

「いやいや! 一度でもグングニルを生で見られて嬉しかったで!」


 ウチのために特別に見せてくれたのはホンマやったみたいや。


「けど、スライムを倒すくらいはどんな装備だろうと簡単にできんといけん。ウチは絶対に年間順位第一位になりたいんよ。女性冒険者でもやれるいうんを示したい思うとるけぇね」

「美咲さんやったら絶対になれるって! 知らんけど」

「えっ……」


 し、しまった!

 敬語を気にせず関西弁を話してもええからって油断してもうた。

 この流れで『知らんけど』はアカンで。


「あ、あの、その! 知らんけどって言うのは、別に本当に知らないってわけじゃなくて……」


 そんなわたわたするウチを見て美咲さんが笑い始める。


「ごめんなさいね。関西弁の『知らんけど』の意味は知っとるけど、慌てる志保ちゃんが見たかったけぇ揶揄からかったんよ」

「なんやねん! 焦ったわ!」


 はぁ。

 完全に手玉に取られとる。

 なんか若干疲れてきたわ。

 と、そんな心労を感じながら、再びゾンビ探しを開始する。

 けど、ホンマにさっきの美咲さんはカッコよかったなぁ。

 逃げようとするウチの代わりに毅然とスライムを撃退する。

 いやー、これでこそウチの憧れの冒険者やな!


「っと、うわっ!」


 あれこれ考えながら歩いていると、またまた急に立ち止まった美咲さんにぶつかりそうになる。

 なんなんや一体。


「この匂い……。このすぐ前方にゾンビがいるようね。匂いの濃さからして数は三体というところかしら」


 どうやら今度こそ本命のゾンビの匂いを感知したみたいや。

 一瞬で美咲さんが動画モードの口調に切り替わる。

 これは一種の職人芸やな。 

 というか、匂いで数までわかるんか。

 嫌い過ぎて逆に詳しくなりすぎちゃうか。


「志保ちゃん、ドローンの撮影を始めるわ」

「わかったで」


 美咲さんが再びドローンによる録画を開始する。


「遂にゾンビを発見したわ。じゃあ、志保ちゃん。行くわよ」

「ええで! いざ、討伐や!」


 美咲さんに促されるままに足を進める。

 というか、正確には美咲さんに背中を押されながら進む。

 ここに来てビビらんとってや!

 なんで年間順位340位を盾にしとんねん!

 さっきのスライムで見せた雄姿はどこへ行ってん!

 年間順位1位への意気込みはどうしたんや!

 あれこれツッコミを入れたい気持ちを抑えて前進すると、美咲さんの言う通り3体のゾンビがフラフラと歩いとった。

 うぅ、既にかなり臭い……。


「3体のゾンビが虚ろな目をしながら近づいてくるで。既にこの距離でもかなり匂うわ」


 美咲さんがやけに静かになってもうたから、仕方なくウチが実況を続ける。

 向こうの動きがかなりゆっくりなのに加えて、こっちの動きも美咲さんがビビりすぎてぎこちないため、意外と距離を詰めるのに時間が掛かる。

 その分だけ長いこと悪臭に晒されなアカン羽目になる。


「ええい! もうこうなったらウチがワインをぶっかけて来るわ!」

「ええっ! ダメよ!」


 痺れを切らしてウチがワインをかけに行くことを提案する。

 さすがに未成年がワインを所持している証拠映像を撮影するわけにはいかないと判断したのか、美咲さんは反対する。


「ほな美咲さん。はよ、ワインの栓を開けてや!」

「うぐっ……いいわ! やってあげるわ!」


 ようやく腹を括ったのか、美咲さんは引き抜いた槍を右手に、バックから取り出したワインを左手に前へと進み出る。

 ……あれ? 両手が塞がっとるけど、どうやって栓を抜くつもりなんやろうか。


「志保ちゃん」


 進み出た美咲さんが足を止めると、ドローンにも入らないくらいの小声で声をかけてくる。


「なんや?」

「栓抜きを忘れたわ……」

「はぁぁぁ!?」


 そのまま美咲さんは、カメラが回っている手前、クールな顔をしながら仁王立ちしてしまう。

 ちょっと待って。

 え、ポンコツ過ぎへんか。

 嘘やろ? これが憧れの美咲さんなんか?

 さっきグングニルを構えてとった人と同一人物なんか?


「ああ、もう!」


 咄嗟に剣を抜いて美咲さんに近づき、ワインボトルの栓付近を切り落とす。


「ほら! これでいけるやろ!」

「さあ! ゾンビども食らいなさい!」


 気を取り直した美咲さんが3体のゾンビに向かって駆け出す。

 距離を一気に詰めると、顔面目掛けてワインをぶちまけて行く。

 すると、みるみるうちにゾンビたちの表情が穏やかなものになる。

 それに伴って、先程まで周囲に漂っていた悪臭も綺麗に消え去た。

 魔王情報を疑っとったわけやないけど、これは今まででも一番凄い変化かもしれんな。

 一応、スマホでゾンビのステータスを確認したけど、ステータスそのものには変化はあらへんかった。


「ククククク……」

「み、美咲さん?」

「ハハハハハ! ゾンビども覚悟しんさい!」

「ちょっ! テンション上がりすぎて広島弁が出ててるで!」


 ウチの指摘を気にすることなく、美咲さんはしっかりとした踏み出しと共に槍をゾンビに向けて突き立てる。

 ちょっと前まで産まれたての小鹿のように足を震わせていた人間と同一人物とは思えへん。

 ブシュッという音と共に穂先が見事にゾンビの心臓にめり込み、スッと引き抜かれる。

 大きく開いた穴からはゾンビ特有のドロッとした体液ではなく、サラサラとした液体が流れ出た。

 もちろん、匂いは全くしない。


「ゾンビ、恐るるにたらず!」


 もはやあれを止める術をウチは知らんで。

 1体目のゾンビを倒した美咲さんは、アクション映画やゲームで見るような華麗な槍捌きで2体目、3体目もなぎ倒して行く。

 惚れ惚れする動きや。

 ただなんというか。

 ワインを浴びて浄化されたゾンビの顔が穏やか過ぎて、こっちが悪人みたいな絵面になっとるやん。

 無慈悲に美咲さんがゾンビを殲滅したことで戦闘が終了する。


「ふう。みんな、ゾンビにはワインよ。いいわね。じゃあ、また次の動画であいましょう」


 ドローンに向かってカッコよく美咲さんが決めて録画も終了する。

 はぁ、無事に終わって良かったわ……。


「……って! ウチの経験値になってへんやん! というか、これコラボ動画やで!」

「あっ……」


 周りが見えていなかったのか、そこでやっと美咲さんが正気に戻る。

 なんか今日1日だけで、随分とイメージの中の美咲さんが崩れたな。

 もはやボロボロで元々のイメージがなんやったかすら思い出せんわ。


「志保ちゃん! ごめんなさい! いつものように勝手に締めてしもうたわ」

「はぁ……。まあええわ。美咲さんもお疲れ様やで」


 広島弁のイントネーションで喋る美咲さんが見られるだけで満足できるウチは、なんやかんやで未だに相当な信者かもしれんな。

 あ、広島弁といえば、動画の途中で思いっ切り使っとったけど大丈夫なんやろうか。


「そういえば、動画中で広島弁が出とったけどええんか?」

「うぐっ……気付かんかったわ。それなら、もう一度動画を撮り直そぉや」

「ええん? 美咲さん、忙しんちゃうん?」

「ええよええよ。さっきのじゃ、色々と編集せんといかんところが多いじゃろう。動画の締めもコラボ動画として終わらせんといけんかったのに、勝手に終わらせてしもうたけぇ。それに、志保ちゃんの経験値も稼がんといけんけぇね」


 やったぜ!

 まさかの美咲さんとの延長戦や!


「ほんなら、お言葉に甘えて。けど、これで今後はゾンビとの戦いもばっちりやな」

「本当にありがとうね。志保ちゃんがおらんかったら、ゾンビは克服できんかったわ!」


 そう言うと美咲さんが突然ウチを抱きしめてくる。

 一瞬何が起きたんか分からへんかった。

 あぁ~、幸せすぎる。


「え、ええねん。美咲さんの役に立てたんなら」


 何とかしてイケメン風の返しをする。

 顔はニヤニヤとしとったけど。


「あ、そうじゃ」


 ウチを離してくれた美咲さんが何かを思い出したかのように声を出す。

 急いでにやけ顔を元に戻す。


「どないしたん?」

「何かお礼をせんといけんねぇ。撮り直しは撮り直しでするけぇ」

「そ、そんなん気にせんといてや! ウチはこうして一緒に動画撮れただけで十分やねん」

「そんなこと言わんと。何でもいいんさい」


 そう言って、美咲さんが少し腰を落として顔を覗き込んでくる。

 ここまでされて無下にするんも悪いよなぁ……。


「ほ、ほんなら……」

「ほんなら?」

「槍の使い方を教えてや」

「へっ? 別にええよ。ええけど、それでええん?」

「美咲さんに教えて欲しいと思っていたんや!」


 すいません。

 ホンマはただのヘタレなんや。

 色々とお願いしたいことはあるけど、これがウチの精一杯のおねだりや。


「ほいじゃぁ、志保ちゃんのために今度ダンジョンで槍の使い方動画撮って送るけぇ」

「ありがとうございます」

「じゃ、今は今やれることをせんと。一旦外へ出てワインを買うてこんといけんねぇ」


 確かに用意しとったワインボトルはあれ一本だけやった。


「あの、美咲さん」

「うん?」

「次は栓抜きも買うてな」


 ふたりで顔を見合わせて笑う。

 受付のお兄さんが上手いことしてくれてるんか、誰も通らへんから邪魔されることなく美咲さんと声を出して笑い合う。

 もちろん、取り直しが上手く行ったことは言うまでもない。

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